賑やかな声が飛び交っていた
賑やかな声が飛び交っていた。
シエラ達三人は、オリーブの街の通りを歩いていた。
両脇には、飲食店らしき店が、多く立ち並んでいて、人通りも多い。女性の客引きの声がよく聞こえ、酔っている男が多いようだ。
いつものごとく、ボルドーの先導で道を進んだ。
なにやら、周りの人が不思議そうな目でこちらを見ている気がする。セピアは、居心地が悪そうに歩いていた。
少し歩いて、通りに面している、建物の前に着いた。他の建物より、少し大きい。
「あの、ボルドー殿。そういうことでしたら、我々は、別の所で待っていますが……」
セピアが、少し話しにくそうに言う。
「いやいや。ここは、知り合いの店だ。一階が食堂になっていてな。わしが知り合いに会っている間、そこで、食事でもしておいてほしい。ちょっと待っていてくれ」
言うと、ボルドーは建物に入った。
少しして、出てくる。
「まいったな。いるか、いないか分からない」
セピアが、少し首を傾けた。
「では、すぐに移動しましょう」
「仕方あるまいな」
道に人集りができていた。
その中からは、人が怒鳴っているような声が聞こえる。
「何か、騒ぎでしょうか」
セピアが言う。
三人は人集りに近寄って、人々の間から、その中心を見た。
中年の男が三人、怒気を含んだ声を上げている。対しているのは、女が五人。負けじと声を荒げて何かを言い合っていた。
どうやら、店客の問題のようだ。
「男達が今にも、手を出しそうです。止めに入ったほうが良くありませんか?」
セピアが言うと、ボルドーが何かに気が付いたような顔をした。
「いや、少し様子を見よう」
言い争いが続いている。少しすると、人集りが、ざわめいた。
シエラ達と反対側の人集りが割れると、そこから四人の人間が中に入ってくる。
こちらも、全員女のようだ。
言い争いが止まる。男達は、何事かという風に、四人を見た。
「何を騒いでいる、こんな所で」
四人の先頭に立っている人が言った。女性にしては長身で、腕が立ちそうに見える。
「何だ、てめえら」
「我々は、この妓楼街に雇われている衛視だ。このような所で騒がれると通行人の迷惑になる。双方の言い分を聞くから、場所を移動したいのだが」
「悪いのは、この男達です!」
五人の女達の方から、声が上がった。
そのまま、騒ぎの原因を話始めた。
男達も、反論を挟みながら、話が続く。
どうやら、前金を払う店だったが、内容が予想と反していたため、代金を返せと、男達は言っているようだった。
「話を聞く限り、悪いのは男達だな……」
セピアが、呟くように言った。
話が終わっても、どちらも引きそうではなかった。また、言い争いが始まりそうだと、シエラは思った。
「よし」
すると、声が割って入った。今まで、一言も発していなかった、衛視と名乗った四人の中の一番後ろにいた、女性が言ったようだ。
薄い栗色の長い髪が流れている。豪華な刺繍が施された、前開きの上着を、腕を通さずに肩に掛けるという着方をしていた。歳は、二十五から三十ぐらいだろうか。
「では、こういうのはどうだろうか? お金は、お返ししよう。ただ、それだけでは、こちらが損をするだけになってしまうので、半分で勘弁してもらえないだろうか? そのかわり、四人方を私の店にご招待しよう。これでどうだい?」
薄茶色の髪の女が、男達を見て、軽く微笑む。
男達が、それぞれを戸惑いながら見てから口を開く。
「まあ、それでもいいが」
「よし、じゃあ決まりだ。お前等、お客をお連れしな」
言うと、四人の中の残りの二人が、男達を先導して人集りを抜けていった。
「ちょっと待って下さい!」
口論していた女性が声を上げる。
「何故です? 衛視なら、私達の味方ではないのですか?」
「衛視だからこそ、中立的な見地が必要だ。それがないと客が来なくなってしまうからね。客が来なくなると、君達も困るだろう」
「中立ですか!? 今のが」
「不満があるなら、後で聞いてやるよ。今は、お客の目があるし、通りの邪魔になっているからね。間違っているかい?」
言われると、女は黙った。
「よし、じゃあ、ちゃっちゃと商売に戻りな」
しぶしぶといった風に女達が動き始める。それで人集りも、散り始めた。
「うぅん……」
セピアが、難しそうな顔をして唸る。
「これでは、達の悪い客が、増長してしまいかねないと思うのですが」
ボルドーに言ったようだ。
「そうかもな」
答えは素っ気なかった。
人集りは散ったが、豪華な刺繍の上着の女だけが、こちらの方にゆっくりと近づいているのを見つけた。
「そこの御仁。どうだい、うちの店に来ないかい? 特別に安くしてやるよ」
女が言った。一瞬、誰に言っているのか分からなかった。
「年寄りを、からかうんじゃない」
ボルドーが、苦笑気味に言う。
「えっ?」
セピアが、声を上げる。
女が、笑みを浮かべた。
「久しぶりだね、ボルドーさん」
街に入って、始めに行った建物に戻った。
シエラとセピアとは、一階で別れた。
そして、薄栗色の髪の女に連れられ、細い幅の階段などを昇って、建物の三階に当たるだろう小部屋に入った。
小さい窓がある。置物など、小さいが値が張りそうな物ばかりだ。なかなか小洒落た部屋だと、ボルドーは思った。
女が、どっしりと胡座をかいて座る。
「ここなら、人の耳を気にしなくても大丈夫だよ」
ボルドーも、女の正面で胡座をかいた。
「さて……じゃあまず、何か飲む?」
「では、茶でも貰おうか」
「そいつは、いい案配だ。ちょうど、新しい茶を仕入れたところでさ」
言うと、女は腰を上げ、部屋の角にある小さい棚のところに行った。
湯飲みを二つ手に持ち、元の場所に戻る。
用意してあった湯を中に注ぎ、差し出してきた。
「すまないな」
女が、にやりと笑った。
ボルドーは、一口、茶に口をつけた。
なるほど、確かにうまい。芳醇な味が口に広がってくる。
茶など、久しぶりだと、ふと思った。
「ちょっと失礼」
女が言うと、煙管に火を点けて、それをくわえた。
「随分珍しい物を持っているな」
「新しいもの好きは、相変わらずでね」
思わず、ボルドーも、少し微笑む。
「グレイから、手紙か何か来なかったか? グラシア」
「ちょっと前に来た。要点がいまいち掴めない内容で意味が分からなかったけど、直にボルドーさんが来るだろうみたいな事も書いてたから、待ってたんだよ」
「ふむ」
「何か、あったんだろうっていうのは分かった」
グラシアの目に、少し力がこもる。
ボルドーは、居住まいを正して、話始めた。
内容は、グレイに話した事と同じだ。フーカーズの時とは違い、シエラの事も話した。間、グラシアは、じっとして何も喋らなかった。
一通り話し終わって、ボルドーは、茶を飲んだ。
グラシアは、少し伏し目がちで、何か考えているようだ。
「どう思う?」
「そうね……グレイは、何て言ってた?」
「カラトが死んだとは信じられないと」
「まあ、そうだろうね」
言って、皮肉っぽく笑う。
「残念だけど、役に立ちそうな情報は何もない」
「そうか……」
沈黙。
「グラシア」
「何かな?」
「十傑の、残りの連中の在所を教えてほしい」
ボルドーが言うと、グラシアは眉を上げた。
「多分、ボルドーさんが知ってる以上のことは知らないと思うよ、私」
「お前でもか」
「そんな、言うほどの情報網を持ってるわけじゃないんだし」
「ダークの在所を知りたかったのだが」
グラシアは、首を横に振った。
「分からない。軍には残らなかったと思うけど。あいつが、本気で姿をくらませたら、もう見つけようはないでしょうね」
ボルドーは、腕を組んだ。
「デルフトは、東の国境だったな?」
「そう」
言ってから、グラシアは、目を見開いてボルドーを見た。
「不思議だよね。何の噂話も聞かないって事は、ある程度ちゃんとやってるってことだよ、あのデルフトが。信じられないんだけど」
ボルドーは、思わず少し苦笑する。
「あとの二人は?」
「軍には残ったんだと思う。でも、その後の話は、ぱったり……これも不思議な話だよ」
ボルドーは、頷いた。
再び少しの間、沈黙が流れる。
「ボルドーさん、さっきの話で、言いたいことが一つだけ」
グラシアが言う。
「ん?」
「カラトを倒せる人間は、真っ先に十傑の誰かだろうって考るのは、ボルドーさんらしいと言えばらしいんだけど……カラトと、ある程度戦える人間だけが犯人とは限らないよ」
「どういうことだ?」
グラシアは、煙管を口につけて、息を吐いた。
「倒すことだけを考えるなら、例えばボルドーさん一人にだって、それこそグレイにだって一人ででも容易にできると、私は思う」
「何故?」
「相手が、カラトだってことを考えてよ。あいつが、知己の人間に対して本気で殺しに掛かれると思う? 自分の命が狙われてるって分かっても、絶対、剣が鈍る。そういう男だよ、あいつは」
言われて、ボルドーは、ハッとした。
確かに、そうかもしれない。
「……失念していたな」
「まあ、それだけなんだけど。特に、進展するような情報は何もないんだけどね……」
「いや、改めさせられた。昔から、お前と話すと毎回、何かしら為になるなぁ」
「大袈裟な人だ」
二人で軽く笑った。
「まあ、私もできる限りの協力はするよ。噂話なら、すぐに集まるし。少しの間ぐらい、ゆっくりしていきなよ。いい宿空けてあげる」
「そうだな」
「あっと!」
突然、グラシアが声を上げた。
「さっきの女の子二人、是非とも紹介してほしいなぁ」




