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雨が降っていた  作者: D太郎
カラトとシエラ
23/103

壮大な屋敷だった

 壮大な屋敷だった。



 町の中央より、少し奥に入った所にパウダーの館はあった。

 シエラが想像していたよりも、大きく、複数の棟がある。柵が周りを囲っていて、角から角までが、暗さも手伝って、視認できないほど遠い。

 館の周りは、町の他と違い質の良さそうな家が多かった。

 夜だというのに、そこら中が灯りだらけで、随分と明るい。

 町の中で、ここだけが異質だった。


 コバルトに先導されて、路地を通って館の近くまで来ていた。

「でかいな……」

 ペイルが、呟くように言う。

 コバルトから借りた布が、首から口にかけて巻かれている。シエラとセピアも同様だ。


 館の門が、覗き見ることができる場所に移動した。門の前では三人の男が楽な体勢で、何やら話している。服装は、普通の町人のような服装だ。ただ、三人とも棒を持っている。門番だろう。


「よっしゃ、そんじゃ行きますか」

 コバルトが、気軽な口調で言った。

「どこか、忍び込める場所があるのか?」

「いや」

 コバルトが持っていた棒を、少し持ち上げる。

 セピアが持っている棒より長かった。これが、この人の武器なのだろう。

「正面から行こう」

 言うと、いきなり駆けだした。

「ええっ!」

 ペイルが、声を上げたころには、すでに、館の門の近くにいた男達が、コバルトによって気絶させられていた。

 やはり腕が立つ。男達は、声を出す暇もなかっただろう。

「おいっ」

 三人が駆け寄る。


「そんじゃ、手筈通りにいきますか」

 こちらを見たコバルトが、にやりと笑った。






 四人は、棟と棟の間を走り抜けた。


 途中、私兵らしき人間と、数人出くわしたが、悉く気絶させて進んでいる。

 シエラは、剣に鞘をつけたまま戦うつもりだった。ペイルも同様なようだ。

 まだ、騒ぎらしい騒ぎにはなっていないし、私兵も今のところ相手にならなかった。


「へえ、やるなあ」

 いくらか戦うと、感心した風にコバルトが言った。

「あなたも、かなりできるな」

 セピアが言う

「はは、だろ」

 四人は、敷地内の西の奥にある、高い棟に到着した。

 本館とは離れていて、人気もない。何のための建物か、シエラには分からなかった。

「ここにしよう」

 ペイルが、建物を見上げて言った。

「よっしゃ、じゃあ後は任せたぜ。俺は、本館の方に行くからよ」

 そう言って、コバルトが駆けだしていった。


「よし、さっさと、やっちまおう」






 棟が燃え始めて、数分が経っていた。

 すでに、人集りができて、騒ぎになっている。

 三人は、それを物陰から見ていた。


「あれはもう、そう簡単に消火はできないだろう」

 ペイルが言うと、振り返ってセピアを見た。

 シエラも、セピアを見る。

 セピアは、少し俯いていたが、視線に気付いて、少し顔を上げた。

「何か?」

 ペイルが、ちょっと考えるような仕草をしてから、もう一度セピアを見た。


「まだ、軍が到着するまで時間がある」

 ペイルが言う。

「時間ぎりぎりまで、子供を捜そう」

「いいのかっ?」

 セピアが、一歩踏み出した。

「本当は、良くはない。どう考えたって危険だ。だけど……」

 少しの間。

「俺も、助けたいと思う気持ちは、同じなんだよな」

 言って、ペイルは肩を竦める。

 セピアは、一度頷いた。

「シエラちゃんは、いいか?」

「はい」

 シエラも頷いた。






 外の騒ぎが、さらに大きくなっている。


 三人は、本館の中に、忍び込んでいた。

「一通り、外の建物を見て来たけど、人を閉じこめておけるような建物はなかったと思う」

 ペイルが言う。

「では、この屋敷のどこかだろう」

 セピアが言うと、ペイルが腕を組んだ。

「でも、外で捕まえた浮浪者を、屋敷に入れたりするか?」

「考えても仕様がないこともあると思う。特に、外道が考えることだ。とにかく時間がない。すぐに探そう」

「ああ。さて、当てをつけるか」

「私は、人を捕らえるなら地下だと思うが」

「まあ、妥当だな。じゃあ、できるだけ下に気を向けて進むか」


 その会話から、十分ほどが経っていた。

 ある程度、歩き回ったが、人とは出くわさなかった。外の火事に人が集中しているからだろう。

 コバルトの気配もなかった。

 そして、ある所で下に向かう階段があった。灯りの量も少なく、先は薄暗い。

 三人は、顔を見合わせて頷いた。


 慎重に進むと、木製の厚そうな扉があった。その前に、俯いて椅子に座った男がいる。服装からして、門番や、屋敷の途中で出くわした男達と同類だろう。

 眠っているようだ。

 ペイルが近づいていって、壁に掛けてあった縄を使って素早く拘束する。起きたようだが口も塞いだ。

 セピアが、扉の中に入っていく。

 二人もそれに続いたが、扉の出た所で、セピアが立ち止まっていた。

「どうした?」

 ペイルが聞くが、セピアは動かない。

 シエラは、中に入った直後から、異様な臭いを感じてた。


 部屋は、薄暗かった。壁に、わずかに燭台があるだけだ。すぐに見えるのは、天井から地面に延びている棒が両側にあり、部屋の奥まで連続して続いている。部屋は、石造りだろうか。


 少しずつ、目が慣れてきて、何があるか見えるようになる。

 シエラは目を疑った。

 棒でできた柵の奥に、黒い塊がいくつもあった。

 いや、倒れている人だ。

 どれもが、ぴくりとも動いていない。


「ひ……ひでえ」

 ペイルが、呟くように言っている。

 服装が粗末な者ばかりだった。

 全員、捕らえてきた浮浪者ということだろうか。

「これは何だ!?」

 セピアが叫ぶ。

「本当に人間ができることなのか」

 振り返ったセピアの目が見開いていた。その目から、涙が流れていた。

「私は、これをやった人間を許せない。例え、私が殺されてもだ」

「セピアっ」

「止めても無駄だ。もう、軍とか証拠だとか知ったことか」

 そう言って、セピアは二人の間を抜け、部屋を飛び出していく。

「おいっ!」

 ペイルが、声を上げた。











「何だ、貴様」

 セピアが、走り抜けている廊下の先に、警察の集団が五、六人固まっていた。


 侵入者がいるのが発覚してきたのか、先ほどから、警察連中が屋敷に入ってきている。

 パウダーの息の掛かっている連中だから、屋敷の出入りが自由なのか。

 しかし、そんなことはどうでもいい。


「どけっ!」

 セピアは、棒を構えて突っ切った。

 地下牢を出て、最初に出くわした屋敷の人間を締め上げて、パウダーの居場所を聞き出していた。屋敷の三階の南側中央の部屋にいることが多いらしい。

 そこに向かうだけだ。


 階段を駆け上がり、所々にいる男達を問答無用に蹴散らす。

 すぐに、目的の部屋だろう扉の前に着いた。

 重厚そうな木の扉を、思い切り突き、破って中に入った。


 高級そうな、家具や絨毯が整っている広い部屋だった。

 数人の男が、無造作に倒れている。

 奥の窓のすぐ近くに、人がいるのが見えた。向こうを向いていて、屈んでいる。大きな背中だった。

 それが、ゆっくりとした動作で、こちらに振り返った。

 コバルトだ。


「助けてくれ!」

 何をしている、と言おうと思った直後に、叫び声がセピアの耳に入った。

 コバルトの体に隠れて見えなかったが、彼と壁の間に男が一人いるのに気がついた。

 四十から五十辺りの年齢に見える。口ひげを蓄えた男で、高級そうな服を着ている。拘束されているのか、腕が背中に回っていて座っている。


「誰だか知らんが、助けてくれ!」

 男が、もう一度叫んだ。

「そいつが、パウダーか」

 セピアが、二人に近づきながら言った。

「あぁ」

 コバルトが言う。


 コバルトの表情が、先ほどまでとは違い、軽さがまったくなかった。

 憎むべき対象が目の前だからだろうが、厳しいといった風でもない。

 なんとなく、暗さや陰のある顔つきだった。


「なんだよ、結局来ちゃったのかよ、嬢ちゃん。それにしても、随分熱り立ってるみたいじゃねえか」

「そいつを殺しに来た」

 セピアが言った。パウダーの顔が青くなる。

「ははあ、何か見ちゃったのか」

 コバルトが軽口でそう言った。セピアは、コバルトを睨む。


「おいっ!」

 後ろで声がして振り返ると、入り口の所に、息を切らせたペイルがいた。鞘がついたままの剣を手に持っている。

「早まるんじゃねえ、セピア。あれは、もう言い逃れできない証拠だ。将軍が来てくれれば、そいつを引き渡せる」

「関係がないと言っただろう!」

「そいつを殺せば、お前が捕まっちまうだろうが!」

 少しの間、にらみ合う。


「おめえら、早いとこ逃げな」

 コバルトの声。振り向くと、先ほどと同じ体勢だった。

「こいつは、俺が殺すよ」

「はあっ? 何を言ってんだよ。将軍に引き渡すんだろ」

 ペイルが言う。

「あいつは来ねえよ」

 コバルトが言った。そのまま、表情も体勢も変えずに続ける。

「あいつは、命令がないと絶対に動かない、そういう奴だ。いくら待っても来やしないさ」

 言って、ゆっくり顔をこちらに向けた。


「悪かったな。全部うそだったんだよ。初めから、お前等を囮にして、こいつの所にまで来て殺すのが、俺の目的だったんだ。お前等は、火さえ点ければ、とっとと退散するかなと思ったんだけどな」

 言っている意味を把握するのに、少し時間が掛かってしまう。

「まあ、今からでも遅くないから、窓からでも逃げな」


 少しの間。堪らず、といった風にペイルが声を上げた。

「お、え、はあ!? お前、どういう……いや、それより、逃げろって、お前はどうすんだよ? だいたい、殺すったって、じゃあ何ですぐに殺さない? あっ、殺せって意味で言ってるんじゃないぞ」

「こいつは、すぐに殺したんじゃ俺の気が収まらねえ。時間を使って、ゆっくりなぶり殺してやる」

 コバルトが、殺気を放った。

 パウダーの顔が、再び青くなる。

「う……」

 ペイルが口ごもった。セピアも、気が押されてしまった。


 少しして、廊下の方が、騒がしくなってくる。

「早く行け」

 コバルトが言う。

「で、でもよっ」

「さっさと行けって言ってるだろう!」

 コバルトが、パウダーの後ろ襟を掴んで立ち上がった。


「やめろ、コバルト」

 突然、静かな声が割って入ってくる。静かだが力強い、聞いたことのない声だった。

 コバルトが、驚いたように目を広げる。

 思わずセピアは、部屋の入り口の方を見た。


「君の戦歴を、そのような男の血で汚すなど馬鹿馬鹿しい」


 入り口に現れたのは、黒い髪の軍服の男だった。






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