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雨が降っていた  作者: D太郎
カラトとシエラ
20/103

闇の道を歩いていた

 闇の道を歩いていた。



 ボルドーは、イエローの町に戻って来ていた。


 そして、歩きながら、先ほどまでの、フーカーズとの一連のやり取りを思い出していた。


 結局、白か黒かは分からなかった。ただ、あの程度のやり取りで答えが分かるとは、初めから考えていなかったが。

 それよりも、フーカーズの変化に、実は驚いていた。


 よく喋るようになっていたのだ。


 少なくとも、冗談のようなことを言ったり、自分を卑下するようなことを言って笑ったりすることなど、昔なら絶対になかったはずだ。

 それを、いい変化だとはボルドーは思わなかった。どちらかと言えば、悪い開き直りをしてしまっているように見えた。


 心労が限界なのかもしれない。


 昔と違って、相談できる人間もいないのだろう。そう考えると、別れ際のフーカーズの言葉が、胸に刺さった。

 しかし、何もしてやれない。軍に残ることを選んだのはフーカーズ自身だ。

 自分に、同情をする資格はないが、同情するしかない。


 ボルドーは、宿の前に辿り着いた。

 扉を叩く。数分後に、中から鍵が外される音が聞こえて、扉が開かれる。

「すいませんね」

 扉を開けてくれた女性にそう言って、ボルドーは、借りた部屋に向かった。

 部屋に入ったが、誰も居ず、すぐに隣の女性陣の部屋も覗いたが無人だった。

 少し考えてから、もう一度、宿の女性に断りを入れて、宿を出て、向かいの飲食店に向かった。


 そこにも、三人の姿はなかった。


 ……。

 店の外で、ボルドーは腕を組んだ。

 おいおい、あいつら……。

 何も根拠はないが、何故か、ボルドーの中に悪い予感が過ぎった。

 何か、問題が起こったのか。

 ボルドーは、眉間を押さえた。

 当然、あいつらに任せた自分にも責任はある。しかし、いくらなんでも二町続けて騒動が起こるなど、思いもよらなかったのだ。

 勿論、早計の可能性は高い。だが、こういう場合は、最悪を考えて動いた方がいいはずだ。


 ボルドーは、町の奥に入っていこうと足を踏み出そうとする。

 しかし、すぐに足を止める。


 少し考えてから、ボルドーは、振り返って歩き始めた。











「待ちやがれ!」

「逃げんじゃねえよ!」

 そういった叫び声を上げながら、四人の男が子供を追っていた。

 子供の足も、子供にしては、かなり速いが、あと数十秒で追いつかれそうだ。

 だが、その前に自分が男達に追いつけると、セピアは思った。

 男達は前方に夢中で、こちらに気付きそうな気配もない。

 セピアは、取り出した棒を握り締めた。


 子供が、路地に飛び込む。続けて、男達、すぐにセピアも続いた。

 路地に入ってすぐに、少し広い空間があり、そこを男達が通り過ぎる時、男達の中の一番後ろの男が、後ろに振り向いた。

 その瞬間、セピアの突きがその男の腹部に入った。

「ごぼっ」

 腹から息を漏らしながら、男が仰向けにひっくり返る。それに気付いた、前の三人が後ろに振り返る。

「私が相手だ! 悪党どもがっ」

 セピアは、足を止めて大喝した。

 目を丸くして、前の三人も足を止めた。

「なんだぁ!?」

 セピアは横目で、子供が路地から抜けていっているのを確認した。

 と同時に、シエラが追いついてきて、セピアに並んだ。

「お前ら! 子供相手に、大の男四人掛かりで襲うなど、恥ずかしくないのか!?」

 セピアは、男達に棒を突きつけて言った。

「誰だ、お前ら。パウダーの所の人間か!?」

 三人の男の中の一人が言った。

「パウダー?」


 すると、路地の外の方から、大人数が動いている足音や声が聞こえた。灯りの光が、建物の隙間から見える。

「あっ、しまった!」

 男の一人が振り向いて言う。

 ぞろぞろと、複数の男が路地に入ってくる。ほぼ、統一された服装をしていて、武器であろう棒を持っている。この町の治安維持の兵だろうか。ということは、この四人を捕らえに来たのだろうと、セピアは判断した。


「やばいっ、ずらかろう」

「待てっ、逃がすわけがないだろう」

 セピアが再び、男達に棒を突きつける。

 男の一人が、倒れていた男の肩を担ぎ、セピアを睨む。

「ちっ、こいつがやられた分は、今回だけは無しにしてやる」

「何?」

「お前らも、逃げたほうがいいぜ」

 一瞬どういう意味かを考えてしまって、男達が走り出すことに対する反応が、少し遅れてしまう。

「待っ」

 追いかけようと思ったセピアの両肩に、いきなり後ろ向きの力が加わる。何だと考える間もなく、セピアは、うつ伏せに地面に押し倒された。

 兵と思われる男が、セピアを押さえつけていた。

「何を」

 セピアは、すぐに、それを払いのけようと力を入れる。

「おおっ! すごい力だぞ、この子!誰か手伝ってくれ!」

 男が言うと、すぐに、近くにいた数人が、セピアを押さえるのに加わった。それで、身動きがとれなくなった。

 さらに、シエラも同じように押さえつけられているのが見えた。

「何の真似だ!? 子供を襲っていたのは、今逃げた男達だぞ」

 いくらセピアでも、数人の男達に上から押さえつけられれば、抗いようもなかった。シエラも、同じようだ。

「見たことがない顔だな。部外者かな」

「運のない奴らだ」

 セピアを無視して、男達が話している。

 まったく理解ができない状況に、考えがまとまらない。

 その中、兵の中の一人を見て、セピアは、さらに思考が止まった。

 兵の一人が、両手を縄で拘束されて、ぐったりとした子供を引き摺っていた。

 先ほどまで、逃げていた男の子だ。


「何故だっ、どういうことだ? 子供を助けにきたのではないのか」

「あ? 何で、物乞いを助けなきゃいけないんだ?」

 物乞い?


「この二人どうするんですか?」

「とりあえず捕まえておこう。物乞いと違って、いろいろ使い道がありそうだ」

 とにかく、セピアは、今の状況が不味いということは理解したが、それ以上、何も考えられなかった。

 そして、少しずつ、恐怖心が沸いてきた。


 どうすれば……。

 分からなかった。


 声が聞こえる。

 風が起こったと思った瞬間、セピアの意識が覚醒した。

 セピアを押さえていた男達の内の数人が、弾き飛ばされた。

「起き上がれ!」

 セピアは、すぐに上に残った男の脇腹辺りに、手刀をぶつけた。男が怯むことで、体を捻ることができ、さらに男の顔面に、拳を叩き込んだ。男が後ろ向きに倒れる。

 近くに落ちていた、自分の棒を拾うやいなや、周りにいた兵達を、手当たり次第に、弾き飛ばした。


 そこまでいって、少し冷静になる。

 シエラの方を見ると、拘束が解かれ、立ち上がっている。

 その近くにペイルがいた。

 ペイルが助けてくれたということか。

「逃げるぞ!」

 言って、ペイルが走り出す。

 シエラも走ったので、思わずセピアも着いて走る。

「追え!逃がすな」

 背後から集団が迫ってくるが、それほど速くはない。

 そこで、セピアは思い出した。

「男の子は!?」

「考えるな!今は、逃げるんだよ」

「しかし」

「頼む! ここは、俺の言う通りにしてくれ! 捕まっちまったら、どうしようもないんだ」

 前を走っていたペイルが、真剣な顔をして、振り向きながら言った。

 こういう顔ができるのかと、セピアは少し意外な気持ちになった。


 ペイルに先導されて走った。ただ、勘で道を選んでいるようだ。

 いくらか走っていると、建物の陰から、誰かが手を挙げているのが見えた。

「こっちへ来い」

「お前は」

 思わず、セピアは声を上げた。

 先ほどまで、子供を追いかけていた男達の中の一人だ。


「お前らを、逃がしてやるよ。着いてこい」

「何を馬鹿なことを」

 セピアが言った。

「いいか?この町は広い上に、路地が複雑に入り組んでいる。いくら、お前らの足が速くても、いつかバテてきて、いつの間にか取り囲まれちまうのがオチだ」

「だからといって、お前などに着いていけるか。今度は、お前の仲間に取り囲まれてしまうだろう」

「俺たちは、何か悪さをしようっていうんじゃねえよ。お嬢ちゃんの早とちりだ」

「悪人は決まってそういうことを言う」

「あのな。どっちにしたって、あいつらに捕まるか、俺に着いてくるか、二つに一つだろ。助かる可能性が高そうな方を選ぶしかねえんじゃねえのかい?俺も捕まりたくねえんだよ。着いてこないんなら、もう俺は行くぜ」

「着いていこう」

 今まで黙っていたペイルが言った。

「おいっ」

「この男の言う通りだと思う。どこかで、何か賭けにでなけりゃ、この状況は打破できない。一番危険が少ないのは、この男に着いていくことだと俺は思う」

「よし、着いてきな。早くしてくれよ。もう、かなり接近されちまってる」

 言って、男が路地の闇の中に入っていく。

「よし、行くぞ」

 ペイルが言って、走りだそうとする。

「待て、私は納得いっていない」

 セピアが言った。

「お前」

「二つに一つだと?ふざけるな。走って逃げ切れないかどうかは、やってみないと分からないだろう。そうやって、失敗を前提に物事を考えるから、あんたはきっと、負け犬思考にしかなれないんだ」

 ペイルが睨みつけてくる。

「シエラ。こんな男は放っておいて、私達は」

 言葉が途中で切れる。突然視界がぶれた。

 殴られたのだとすぐに分かった。ペイルが殴ったのだと思った。

 しかし、殴ったのはシエラだった。

「シエラ」

「セピア」

 シエラに名を呼ばれた。それだけなのに、何故か萎縮するような気持ちにセピアはなった。

「セピアは、ペイルさんの言うことを無条件に反発しようとしている。それだと、まともな判断はできない」

「私は」

「じゃあ、私が決める。私の判断に従う。今は、それでいこう」

 そう言って、シエラは、男が進んだ道に向かう。

「あの人に着いていく」

 シエラが言った。ペイルが、目を丸くして立っている。

「さあ、早くいこう。二人とも」

 言って、シエラが走った。すぐ後にペイルも続く。

 慌てて、セピアも後を追った。


 もう、その前の、やり取りのことは忘れていた。







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