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雨が降っていた  作者: D太郎
カラトとシエラ
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不愉快だった

 不愉快だった。



 目の前には、尻餅をついた、男がいた。

「いやぁ、参りましたよ。さすがに、お強い」

 その言い方に、さらに虫唾が走った。

 男が、本気ではないことは、すぐに分かった。だが、たとえ本気でかかって来られても、まず、自分が勝っていただろう。

 それで、男の誇りを守ったつもりか。女に負けるぐらいなら、手加減をして、負けてやったと思った方が、ましだというのか。

 この男とは、二度と戦わない。


 セピアは、振り返って、歩き始めた。











 随分、緑が少なくなった。


 小さい丘を、一つ越えると、町が見えた。

 灰色や白の、低い建物ばかりで、全体的に地味な印象だった。


「ローズ、到着!」

 明るい声で、ペイルが言った。

「はしゃぐんじゃない」

 ボルドーが言った。

「お二方が、元気がなさすぎるんですよ。こういうことをやれば、旅が楽しくなりますよ、師匠」

「その呼び方、やめろ」

「えー、いいじゃないですか、師匠」

「何かを教えた記憶はない」

 ペイルは、初めて会った時と、随分、雰囲気が違うと、シエラは思った。


 三人で、町に入った。

「たしか、この町って、昔、戦争の前線のすぐ後方にあって、軍の駐屯場から発展した町なんですよね」

「よく知っているな」

「まあ、自分結構、いろんな所行ってますからね」

「いばれるようなこと、しとらんかったんだろ」

 ボルドーは、シエラを見た。

「何か、思い出せたか?」

「……、いえ……」

 グリーンの町と同じだった。シエラは、何も、記憶がなかった。

 三年という月日は、ここまで忘れてしまうものなのか。それとも、自分にとって、あの旅は、思っていた以上に、思い入れがなかったということなのか。そもそも、本当に、あの旅は、現実だったのか……。

 気持ちが、暗く、沈んでいくような気分に襲われた。

「覚えていようと意識していないと、風景など、そう簡単に覚えられるものでもないさ」

 思わず、ボルドーを見る、シエラ。

「それに、道が間違っている可能性もある」

 こちらを見ずに、話す、ボルドー。

 励ましてくれている。

 シエラは、そう思った。

 いつもながら、心が読めるのかと思う。

「はい」

 シエラは、言った。


「よし、じゃあ、金を渡すから、二人で飯でも食ってこい。わしは、ちょっと行くところがある」

「え?三人で食べて、三人で行けばいいじゃないですか」

「いいから行ってこい」

 すると、ペイルが、にた、と笑みを浮かべる。

「ははーん。なるほど、そういうことですか」

「何だ?」

「いやいや、仕方ありません。師匠も、一人の男ですからねぇ。お孫さんと、いつも一緒じゃ、機会がないですよねぇ」

 ペイルが、自分の胸に、手を当てる。

「分かりました!この、ペイル、お孫さんを預かりましょう!」

 ボルドーが、眉間にしわを寄せて、片目を細める。

「シエラ、やっぱり一人で行け」

「ええっ」

 ペイルが声を上げた。











 大通りから外れて、裏通りに入った。


 少し入っていくと、古ぼけた、汚らしい、小さい酒場があった。

 ただ、外から見るだけでは、ここが、酒場だと分かるものは何もない。

 ボルドーは、そこに入った。

 内装も、外観と同じく、古ぼけている。

 痛んだ、木製の机や椅子、壁。割れた窓も、手付かずだった。

 木製の長椅子で、中年の男が横になっていた。

「おい」

 ボルドーは、男に歩み寄った。

「ん……、営業は、暗くなってからだよ……」

 男が、煩わしそうに言った。

「わしだ。ドーブ」

 少し間があった後、男が飛び起きた。

「ボ、ボルドーの旦那っ!?」

「久しぶりだな、ドーブ」

「お、お久しぶりです。どうしたんですか!?」

「ちょっと、お前と話がしたいと思ってな」

「こんな所で良ければ、どうぞ、どうぞ」

 言って、ドーブは椅子を勧める。

「お酒でいいですか?」

「いや、水でいい」

 ドーブが、慌ただしく、動き回る。

 ボルドーは、椅子に座った。


「客は来ているみたいだな」

「ええ、お蔭様で」

 ドーブは、水の入った器を二つ、机の上に置き、ボルドーの対面に座った。

「いやぁ、しかし驚きましたよ。旦那から訪ねて来てくれるなんて」

「こんな所、用事がなければ、来たくはなかったがな」

「ちょへぇ、相変わらず、お厳しい……。で、用事とは?」

「三年前、どこかの軍が動いたという話は聞いたことないか?」

「軍?外国ですか?」

「いや、スクレイ内だ。もしくは、政府の動きでもなんでもいい。三年前に、何か気になったことはなかったか?」

 ボルドーが言うと、ドーブは、腕を組んで、唸り声を出した。

「三年前……、三年前……」

 ボルドーは、水を飲んだ。


「今だったら、にわかに軍が慌ただしくなってますけど」

 ぼそりと、ドーブは言った。

「なんだそれは?」

「えっ、知りませんか?」

「知るわけがないだろう。もう軍とは、交流はないのだ」

「最近、スクレイのあちこちで、謎の獣の出没が多発しているらしいです。なんでも、並みの獣狩じゃあ対処できないらしくて、軍が動くしかないとか」

「謎?」

「突然変異か何か、普通の獣と微妙に違うらしいです。色とか、形とかが。本当でしょうかね?」

 ボルドーには、心当たりがあった。

「わしも、ここに来る前に、赤い狼獣を見た」

「え?本当ですか」

「それらが何か分かっていないのか?」

「ええ」

「それで、三年前は?」

「すいません、ちょっと分かりません」

「そうか」


 すると、ドーブは、少し物悲しい顔をした。

「ボルドーさん……、軍に戻る気はないんですか?」

 ボルドーは、ドーブを見る。

「相変わらず、中央は酷いもんですよ。王子達の権力争いに、軍まで巻き込まれ始めたらしいですから……。このままいったら、近い将来、この国は滅びますよ。今こそ、ボルドーさんのような、芯がしっかりとした人が、この国には必要だと思うんです」


 沈黙。


「あっ、すいません。知った風な口を利いてしまって」

「いや、お前が、国の将来を気にするようになるとはな」

 ボルドーは、笑った。

「すいません、柄じゃないですよね」

「柄、か……」

「あっ、そういえば」

「ん?」

「確か、三年前に、王子達の争いが、一時沈静化したことがあったんですよ。急のことだったんで、軍でもちょっと話題になったことがあるんです」











「やっぱり、兵隊が多いなぁ」

 ペイルが、居心地が悪そうに言う。

 シエラとペイルは、大通りに面した飲食店に入ることにした。

 先ほどから、ペイルが、周りを気にし始めていた。

 大きい話声の体格のいい男達が、店内に何人もいた。


「あの、ペイルさん」

 ペイルが、シエラを見る。

「ん?何、シエラちゃん」

「スクレイの十傑って何ですか?」

「ああ、そっか。シエラちゃんぐらいの歳じゃ、知らないか……」

 ペイルが、にんまりと笑った。

「スクレイの十傑っていうのは、数年前まで続いていた戦争を終わらせた、十人の英雄のことさ。俺は、君のおじいさんが、その一人だと思っているんだけど……」

「もしかして、カラトっていう人もいませんでした?」

「カラト?いや、俺が聞いたことがある名前は、ダークとフーカーズ。ボルドーの三人だけだよ」

「そうですか」

「その人がどうかしたの?」

「いえ……」


 話していると、男達が食事を終えて、去っていった。

「ああ、まいったなぁ。毎度毎度こう緊張してると持たないや」

 ペイルは、背を伸ばした。

「いや、ね。一応、俺は……、犯罪者だしね。まぁ、そんなに顔が出回ってるわけじゃないから、詐欺をやった町に入らなければ大丈夫だと思うけど。あっ、当然二人には、死んでも迷惑は掛けないから」


 すると、店の隅にいた女が、二人に近づいてきた。

 赤い長い髪が印象的で、黒い軽装の軍服を着ている。

 若い。シエラには、十代に見えた。

 その子は、ペイルの横に立った。


「何かな?お嬢さん」

「青っぽい短髪に二十代前半、中肉中背の腰に剣を吊るしている男」

 女は、ペイルの特徴を言った。

「お前、ダークだな」

 言って、女は自分の腰にあった剣を抜き、ペイルに突きつけた。

 ペイルの顔色が変わった。

「ぐ、軍人?こんな女の子が」

「女とか、若いとか、関係ないね」

 シエラは立ち上がった。

 女が、心気を使えることが雰囲気で分かった。

「私は、はっきり言って詐欺だのなんだのは興味がないんだ。ダーク。私と立ち合え」

「立ち合え?」

「男達がいなくなるのを、わざわざ待ってやったんだ。お前と、戦いたかったからね。さぞや強いんだろ。スクレイの十傑」

 女が、不敵に笑った。

「私に勝ったら、見逃してやる。どうだ?」

 ペイルも、笑った。


「いいだろう」






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