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雨が降っていた  作者: D太郎
シエラと国
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壮大だった

 壮大だった。



 まず目に付いたのは、正面の視界の半分は占める白い壁だ。それが、長く横に伸びている。まっすぐではなく、ゆるやかに曲がっているようだ。今いる位置から、少なくとも二カ所、城門が見えた。

 当たり前だが、自然にできたものとは思えない。人の手によって築かれたものだ。

 あれを作るということに際し、一体、どういう意志が働いたというのだろう。力の誇示か、或いは敵に対する恐怖心か。


 そして、壁の奥には遠目にも巨大であることが分かる建物が見えた。

 あれが王宮か。

 壁の向こうは、奥に向かうほど、段々地面が高くなっているようだ。反対側には、断崖絶壁がある。つまり、攻撃をするには、こちら側からしかできないということだ。

 あの壁と王宮の間には、数万という住民もいる。


 都。ずっと、目指していた所。国の中心と言われる場所。終着点。

 そして、自分が生まれた場所。


 シエラは、しばらく都を眺めていた。

「正面から、まともに攻撃をすれば、おそらく落とすまでには一年以上かかると思います。犠牲も、大きくなるでしょう」

 グラシアが、馬を並べて言った。

「それは、望ましくないな」

「はい」

「降伏の書簡は?」

「二日前から、矢文を数本飛ばしていますが、反応はありません」

「そうか」

「外界と完全に遮断される前に都に入っていたのは、ライトと、その手勢が数人です。都の中にいるようですが、連絡ができません」

「連携は難しいということか」

「彼らの、独自の判断に任せるしかありません」

 シエラは、もう一度都を見た。

 城壁の上に、いくつかの人影が見える。







 軍議を開いた。内容は当然、都をどう攻めるかという話だ。

「シアンにも、一応話を聞いてみたいんだけど」

 ある程度話が進んだところで、カラトが言った。


 しばらくして、シアンが呼ばれて現れた。表情は、少し笑んでいるように見えた。

「お呼びいただき、光栄です、殿下」

 すぐに、そう言う。

「何か、策があるのか?」

「当然です。私は、今まで都にいたのですよ。この中の誰よりも、その構造は熟知しています」

 そう言って、場を見渡す。

「私の策ならば、一日で都を落とせるでしょう」

 場が、ざわついた。

「ただ、これは秘策中の秘策。できれば、殿下只お一人のお耳にだけ入れたいのです。宜しければ、後で殿下と内々にお話させていただきたいと思います」

 何人かが、声を上げそうな顔をしていた。

「いいだろう。では、この後シアンだけ残れ」

 シエラは、すぐに言った。


 それで、散会になった。シエラとシアンだけが、その場に残った。

「それで、秘策というのは?」

 しばらくしてから、シエラは言う。

 シアンは、立ち上がり、幕舎内をうろうろと歩き始めた。

 シエラは、黙って待った。

「ところで、シエラはいつも、そんな薄汚れた服を着ているのかい? 見栄えというものを気にすることも、為政者としての責務だと私は思うよ」

 急に、口調が変わった。

 気にはなったが、無視することにした。

「そんなものは必要ない」

「それではいけない。王族というものは、威厳と品性が必要なのだ。シエラは、きっと周りにいたのが軍人ばかりだったから、考え方が偏ってしまっている」

 二歩ほど、近くに来る。

「どうだろう。離城には、王族の娘衣装が何着かある。シエラに似合うものも、きっとあるだろう。こちらに、運ばせようか?」

「結構だ」

「意固地になっては駄目だよ」

 シエラは、思わずシアンを睨みつけた。

 再び、シアンが笑む。

「こうも、お節介になってしまうのはね、シエラは、いわば妹みたいなものだからだよ。血の繋がりも非常に近い。この世界に残った唯一の家族と言ってもいいんじゃあないかな」

「家族?」

「そう、シエラも私のことを、兄と思ってくれてもいい」

「兄……」

「そう、兄だ」

 シエラは黙った。

 シアンの視線が、少し鋭くなる。

「シエラは、玉座についた後、あの者達に政権を任せるつもりなのだろう? おそらく、中心は元十傑の者達か」

 急に話題が変わった。

「だが、それは危険だ。権力というものは、人の欲望を露わにしてしまうからね。彼らも、今はシエラに従順でも、いつ本性を出すか分かったものじゃない」

 眉を顰める。

「残念ながら、人というものは信頼するべきではないのだ」

 そう言った。

「しかし、一つだけ例外がある」

 間。

「それは、血の繋がりだよ。血縁であるということは、生きている限り決して切れることのない繋がりがあるということなのさ」

「グラデと争っていただろう。同じ王族なのに」

「あの男は、おそらく偽物だ。だからこそ、私に楯突いていたのだ」

 そう言う。

「そして私の元には、長年王室に仕えてきた者達がいる。グラデなどとは違い、彼らは信頼ができるのは保証済みだ」

 続く。

「つまり、シエラが玉座についた後は、私に政権を任せてほしいのだ。きっと、シエラの望むがままの王座を約束しよう」

 じっと見据えてくる。

「どうだろう?」


 シエラは、少し俯いてから、息を吸った。

 それから顔を上げて、シアンを見た。

「一理ある話だ」

 シエラが言うと、シアンは微笑んだ。

「そうだろう。利発なシエラなら、きっと分かってくれると思っていたよ」

 そう言って、何度も頷いていた。

「この話は、二人だけの秘密だ。グラデさえ討ってしまえば、あの元十傑の者達など、どうとでもできるさ」

「分かった」

 シエラは言った。


「それで、そのグラデを討つ策というのは?」











 シエラは、シアンとの会談の後、グラシアの幕舎に向かった。中に入ると、すでに隊長格が全員集まっていた。

「どういう話でした?」

 グラシアが言った。

「うん……まあ、大体皆の予想通りだった」

 言いながら、上座につく。

「それで、秘策の方は?」

「地下道だって」

 息を吐く者が数人。

「なんだ、結局そういうのか」

「でも、今までの話には出ていなかったものだと思う」


 中央に机が置かれていて、その上には地図が広げられていた。都とその周辺の地図だ。

 そして、そこにはいくつかの書き込みがあった。

 他の地下道があると思われる場所だ。

 カラトやフォーンも、都の地下に関しては、独自の情報があった。さらに、軍人内の噂のような話から、都の伝承のような話に至るまで情報が集められ、その地下通路があると思われし所に印をつけていたのだ。

 長い年月の間に、都の者達が様々な思惑をもって貫通させた通行路である。


 シエラは、シアンから聞いた地下道のあると思われる場所に指を乗せた。全員が、それを注視する。

「これを作ったのは、シアンの部下だそうだ。知っているのは、シアンの取り巻きが数人だけらしい。グラデとの闘争の後、ここを使って逃げたって言っていたから、あることは間違いないと思う」

 しばらく、地図を眺める。

「どんだけ穴だらけなんだ、この都は。せっかくの城壁が台無しだな」

 コバルトが言った。

「これらは、無用の長物です。我らが都を制圧すれば、すぐに全て埋めてしまいましょう」

 フォーンが言った。


「それで、どうする?」

 グレイが、場を見渡しながら言った。全員の視線が、自然とカラトに集まった。

 カラトが、話し始める。

「やっぱり、戦は早く終わらせるべきだ。それは間違いない。多少、危険や犠牲があっても、俺はこの地下道を使うべきだと思う」

 そう言う。

「一つ一つ確かめたいということは分かる。だけど、それで相手方に地下道のことが露見して、塞がれたり、或いは罠を張られたりしたら、勿体ない」

 視線を上げた。

「あると思われる地下道から城内への進入を、少数精鋭で同時に一気に決行する。そして、うまく城内に入れた部隊が、内側から城門を開けて、本隊を中に引き入れ、都を制圧する。それが、俺の考えだ」


 しばらく、全員が黙っていた。

「分かった」

 シエラが、沈黙を破った。

「カラトの意見を採用する。明日、攻城を仕掛ける。そして、全てを終わらせる」






「殿下」

 集会が終わった後、一人フォーンが、近づいてきた。

「お心を乱す可能性があるので、報告するべきか迷ったのですが……」

 そう前置き。

「サーモンという人に関してです」

 それを聞いて、シエラは一瞬緊張した。

「調べましたところ、サーモンという侍女は、間違いなく存在していたようです」

「そう……やっぱり、王妃の侍女で?」

「いえ、彼女はグラデ王子の母親に仕えていた侍女なのです」

「えっ?」

 グラデ?

「それって、どういう」

「分かりません」

 首を振りながら言った。

「……グラデなら、何か知っているのか?」

「その可能性はありますが……」
















 翌朝。

 軍がゆっくりと前進を開始した。

 そして、城壁から五百歩ほどの所で整列して停止した。

 シエラと近衛部隊は、都の城壁前面を一望できる丘の上に布陣した。

 静かになった。


 これが、最後の戦いになる。最後の戦いにする。

 近衛部隊の前に出る。

 シエラは、偃月刀を持ってきていた。

 重いし、扱うには長すぎる。これを使って戦うわけではない。

 ただ、この戦いを見ていて欲しいと思ったのだ。


 刻限。

 シエラは、偃月刀を頭上で掲げた。そして、腹の底から叫ぶ。


「全軍、攻撃開始!」



 始まった。











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