降り積もった桜の花片を
私の故郷には雪のように花片を降り積もらせるほど桜が植えてあった。
それは春。四月の始め頃。私は小学四年か、五年だった。小学校の体育館の裏手では事務員の手によって降りしきった花片が一カ所に集められていた。桜の花のベッドが作れるくらいの量で、私たちはそこにせっせとよそから花片を両手いっぱいに持ってきて募らせた。そうすることでもっといっぱいの花片の山を作ろうとした。できあがった桜の花びらのベッドに身体を投げると、ばふんっと花片は横に均された。そこへやってきた学童の先生が「よくこんなに集めたね」と感嘆していた。
私たちはまだその頃は仲良しだったし、この遊びを楽しいと思い合っていた。きっと、そう。私はそう、思っている。帰り道が同じ方向でもあって、そのときの一部メンバーとしばらく帰りを共にした。
私たちは大人に内緒で寄り道をした。マンション下の簡易的な小さな公園で夕方から暗くなるまで遊びほうけた。下がバネになっていて、木馬のような犬が取り付けられた遊具に乗って、地面ギリギリまで身体を押し倒すのだ。犬は二つあったので私たちは競って乗って、チキンレースのように地面すれすれまで押し倒した。
でもそれも一ヶ月か二ヶ月もすると、そこは小さな子が遊ぶところだからとメンバーの一人が大人に告げられて、寄り道する公園を変えることになった。言われたのはメンバーの中の最年長、小学六年生の女の子だった。彼女は公園の近所の家の子だった。私たちのなかでもリーダー格の女の子でいつもスカートではなくズボンを履いているイメージの子だった。寡黙で男勝り、運動神経が良く、私たちは彼女をほのかに慕っていた。
場所が移された新しい寄り道場所の公園は、マンション下の、人がよく通る大きな道路の傍にはない、もっと入り組んでいて、誰も遊ばれていなさそうな、道から外れた住宅街の一角にある影が濃い場所だった。それでも、ブランコと滑り台、鉄棒があり、私たちはそこでブランコに乗ったり、いろんな鬼ごっこをした。普通の鬼ごっこ、色鬼、高鬼。コンプリート仕切った。様々なものを遊び尽くしたあと、ブランコにベンチがくくりつけられていることがあって、ここは私たちだけのものではないことを確信してしまった。この頃には公園から飛び出して、公園周辺を散策していた。
クリスマスが近づくとある日突然、なぜかメンバー内の空気が一変した。私はあなたのことが好きだけど、あの子は嫌い。そうあの小学六年生の彼女が言った。他のメンバーも同意していた。誰がそれを言い出したかは解らない。私はどうしてそうなったのかも解らなかった。
小学校の教室内もそういった悪口が蔓延し始めていた。奇妙な変化だった。どことなくぎすぎすしている。裏では悪口を言って、表では悪口を言うことなく冷ややかに笑って遠巻きにしている。私は転校前の学校のことを思い出していた。もし仲間はずれにされたら。悪口を言われた女の子のようになってしまう。何か一つミスをすれば結託されて「あなたのこと好きじゃないから」と名指しされてしまう。私が悪いこともたくさんあった。だけど、それ以上に突きつけられたそれを持って家に帰ったとき、何も言えずに玄関に泣き崩れた。そう、今、まさに執筆している今、それを思い出した。当時は絶対その細部まで思い出していない。
私には傷が多くて、どれがどう作用しているのか自分でも解っていなかった。しかも、当時、今のように言葉を持たなかったから、家庭内のことも、教室の不和も、友達の一変した変化も、教師からの評価も表現し得なかった。
もしかしたら、このとき思い出したのは当時通っていた転校後の教室だったかもしれない。教室でも同様の空気は感じ取れた。ある日突然、なぜか誰かを「嫌い」になるのだ。「本当はね、あの子嫌いなの」と。互いが互いを「嫌い」と言い合っていて、表では仲良くしていた。「嫌い」がよく解っていなかったんだと思う。まるでファッションのように「嫌い」を使い、使われた相手も防衛として「嫌い」になるしかなかったのだ。
『ファッション嫌い』だ。『ファッション嫌い』は私はなんとなく感じ取っていた。私からしたら、どこがどう嫌いなのか。何もされていないのに。暴力も暴言も、仲間外れもしていない相手を「嫌い」になることが解らなかった。程度が解らなかった。
だから私は早く大人になりたかった。息苦しかった。大人になったらきっと何も言われない。きっとこの気持ちも解る。上手く振る舞える。この嫌いの渦のなかに流されないで済む。
その頃、私はテレビでいじられているタレントを見ると「どうして?」と感じていた。もし大人になって、私がその番組に出たのなら、そのいじられたタレントに優しく声をかけるんだと心ながら思っていたし、そうして何度も眠りについた。「大丈夫。私は味方だから」
でも、やっぱり現実は嫌うふりをしなければならないときだって時にはあった。そして、その罪悪感など、当時の私はなかった。むしろ安心していたし、すごく悪いことだけれど、息抜きとして安心を得るために嫌いを排出したかったのだ。上手く言えなかった。おそらく『ファッション嫌い』の女の子たちも、同じように排出していたのかもしれない。ただ私より純粋に、なんの躊躇いもなかった。子どものまま悪意に寄り添っていた。
私はどっちつかずで、一番気に障る立ち位置と気持ちをしていたに違いない。私が一番、きっとワルだった。多数に順応するしか脳のないワルである。今腕に刺青があればぐっと見せただろう。
だからこそ、私は、一変した空気に、ぎすぎすのなかに放り込んだ。
「落とし穴作ろう」
帰り道のメンバーに嫌われている子がいないときに提案した。
「その子を落とすの」
それから寄り道の公園では毎回地面に穴を掘っていた。新しい遊びだった。私たちは公園の中央に無意味な穴を掘り続けた。嫌われているメンバーは学童には来ていなかった。なぜか、どうしてか。提案する前からだんだんと来なくなっていた。私たちは掘り続けた。けれど、いっこうに嫌いを受けている子は来なかった。忽然と学童に来なくなった。私たちは穴を掘り続けた。スコップがないから足で。浅い穴ができあがったときには、もう私も他のメンバーも学童に来なくなっていた。
そんなふとしたことを、いつか書こうとして、やめては繰り返した。未遂に終わったけれど、あまり良くないことだということを自覚している。あの頃、そういう恥ずかしくて、美しくなくて、いけないことを繰り返していた。
今年で桜エッセイは十年目。過去の桜エッセイを読み返して、冒頭のことを書いていることは多くあったけど、その顛末は美化のために省かれていた。私のなかでずっとわだかまりが残っていた。文字として切り離して、誰かに言うことが憚れた。そういうことを、さすがにもう何年も経っているし、踏ん切りということで書こうと思った。
私はとんでもないやつだ。美しくなくて、醜い、だから美しい記憶や物に惹かれるのかもしれない。そして、人間も同様、そんな人間と私はおんなじなのだ。みんな同じなら怖くない。かもしれない。
誰だって美しい記憶を表面に映しておきたい。けれど、忘れられていくこういった罰にまみれた記憶も私は忘れずに置いておきたい。確かに、あの時、私は罪を犯した。そしてそのまま生きているし、そういうやつで生きてしまっていることを申し訳なく思っている。
あの頃から私はとにかく文字を積んだ。漫画を読んで読んで読んだ。小説を読み始め、小説を書き始めた。今では日記、ネタ帳、手帳と、ぱっと思いついたことがあればスマホに入れて、付箋が近くあればそこに書き入れる。仕事中に眠気を感じたときは頭に浮かぶ情景を付箋に書いて引き出しに投げて眠気覚ましにし、いつでもどこでも書くこと中心になった。
貪欲なカフカのように書いていたかった。起きている時間全て費やすような。それに物語に触れていたかった。本屋さんに通って、映画を見るようになった。どれも感想を書き、感想を見漁った。散逸した文章を見るたびに、今死んだら、ばらばらになった文章を見て「一つにまとめてくれ」と言われるだろうと思った。時系列もバラバラ。なにげないメモもあって、自分で書いたものすら忘れている。
そうすると、書いたうえからまた書いて記憶が整えられていく。整地された記憶はまるで第三者から見たものになり、事実がぎゅっと小さくなっていく。量に触れていると、当時のことがまるで異なるものになっていく。忘れて、壊れて、また形成される。
「嘘じゃん」と当時も今も突きつけられることがある。それなら「本当ってどれ?」と言いたくなる。いったいどれが本当? どれが、正しい記憶なの? 正しく伝えられるものってあるの?
私たちは言葉や物語が絶対的に正しいと思いがちだ。
私は、最初から正しさを放棄している。当時、言えなかった、解らなかったことが多い。どうして気持ち悪かったのか。どうして息苦しかったのか。後から言葉に整えられるが、整えた後は、本当にその当時のままくり抜いているのだろうか。言えない。解らない。言葉にできない。それが本当なのではないだろうか。
ずっと言葉や物語の間で揺らいでいる。この揺らぎが、実はとてつもなく居心地が良い。たまに、いや、たまにではないほど、桜エッセイで思い出の扉を開けることがある。ああ、こんなことがあったのだ。そうだった。そう関心する。いらないところを繋げるけれど、そこがいい。記憶は記憶を繋いで、忘れないでいてくれる。
言葉はそういう力がある。そして言葉は大切に磨いてくれる。愛おしくてたまらないものとして。嘘だとしても。正しくないとしても。だからこそ、本当でもなく、正しくない、物語ることが私は、大好きなのだろう。
ここは他人のなかのものも、私のなかのものも一緒くたに混在している。複雑怪奇。完璧さはなく、未熟さに耽溺している。だから、ここに書かれていることも否定しないでほしい。肯定もしないでほしい。在るべきままに、在るべきようにじっと堪えて見てほしい。きっと捉えられない。捉えきれない。その余白を楽しみたいし、楽しんでほしい。これが今のくり抜かれた記憶だ。
まるで降り積もった花片のように、毎日積み上げている文字のように、今まさに募っている言葉たちのように、記憶は降り積もっていく。
これからも、よしなに。




