【2】聖なる祈り、迷子になる
器に入った私は、まず恩寵で自らを包み込んだ。
神の光が私を護る。これでどんな過酷な地でも聖なる祈りを捧げられる。
――ああ、これぞ大天使の栄光。
だが、その瞬間。
……私ははたと気付いた。
――どこで祈ればいいのだ!?
普通、大天使は神の御心を受け、その場所に降り立ち祈りを捧げる。
だが今の私には、なぜかその“御心”が見えなかったのだ。
焦燥に駆られ、私はひとまず聖なる祈りを唱えてみる。
だが――違う!ここではない!それだけは分かる!
――これは神の尊き試練に違いない。
この大天使ガブリエルだからこそ、下された使命……!
絶対に神の御心に合った場所で祈らねば……!
だが……難しい!!
数千年ぶりの地上……!
街は変貌し、人は眩く、情報は奔流のごとく……!
ここで私が間違った場所で祈れば――きっと天より雷が落ちる!
そればかりか、人間界の通信網が麻痺するかもしれない!
神の試練はかくも苛烈……!
……誰かいないか?
口が固く、私を滅茶苦茶に尊敬してくれる真面目な大天使……!
だが世には“承認欲求の権化”のような大天使もいる。
毎秒いいねの数を数えては悦に入っている者も少なくない。
そういう者に尋ねれば――
「私は大天使の中でも、やはり“特別”なのですね!」
などと誇らしげに語り始め、延々と自慢話を聞かされる羽目になる……!
私はまだ地上の務めで忙しいというのに……そんな報告会、ゾッとする!
……うーん。
だが――私の胸の奥には、祈りへの揺るぎない炎が確かにある。
必ず御心に辿り着き、正しく祈りを捧げてみせよう。
そうして私は地上にいる大天使たちの所在を一瞬で把握した。
そして――私はもう飛んでいた。
ルシアンの恩寵に、突如として光が過ぎった。
――これは……ガブリエル様の恩寵!
まさか、ガブリエル様が地上に降り立たれるとは……!
きっと何か、特別な秘跡が行われるのだろうか。
おお、何と素晴らしいことか……!
地上の大天使たちの翼が、一斉に眩く煌めくのが分かる!
私は使命のため“ルッキズム”を行い、エチオピアのダナキル砂漠へと赴かねばならぬ。
だが、ガブリエル様の御業が奇跡を生むことを心から祈ろう。
私は静かに目を閉じた。
その瞬間――
「ルシアンよ。観光ゴンドラ乗り場17番へゆけ」
聖なるメッセージが、光の如く瞼の裏に浮かび上がった。
ゴンドラってこんなに揺れたっけ???
ガブリエルは大天使らしく、ゴンドラの上にすっくと立ち、片足をゴンドラの縁に乗せていた。
クリスタルのピンヒールが、川面の光を反射してキラリと光る。
それにしても――
なぜ、船頭は前を向いておらんのだ?
チラチラと私を見ては赤面している……。
前をしっかり見て漕ぐのが船頭たる役目ではないか!
しかも観光客と思しき人間達も、なぜか私に向かって小箱を掲げている。
……ハッ――!
まさか…!!
ガブリエルの真っ白なコートがはらりと揺れ、はち切れんばかりのボディを包む真っ赤なランジェリーが見え隠れする。
私の聖なる恩寵が、人間に漏れてしまっている!?
そうか――この光を放つ小箱は、彼らが跪くための信仰の印か!
信仰が形を変えてなお、私に集うとは…神の御業の深遠さよ!
観光客のざわめきが波紋のように広がる。
スマホを掲げる手は震え、誰もが言葉を失っていた。
まずい……いや、本当にまずい。
大天使が人間に悟られるとは……正に神の雷事案ではないか…!!
早く漕げ!船頭!
私を見る暇があるなら、手を動かせーーー!!
ルシアンは観光ゴンドラ乗り場17番で、跪いていた。
かれこれ1時間……。
凍える風の中でも、ルシアンの瞳は揺るがなかった。
彼にとって、待つことすら祈りなのだ。
そして――見えたのだ。
大天使ガブリエルの器に入った姿を。
ルシアンは感動の余り、動けずにいた。
正に奇跡……!
ガブリエル様が地上に降臨されたのだ……!!
だが、そんなルシアンの感動を打ち砕く悲劇が起きた。
そう――ガブリエルがゴンドラの上で躓いたのだ。
ルシアンの意志とは関係なく、身体は動いていた。
まるで神に操られるかのように、ガブリエルの身体を支えた。
その瞬間は、天上の絵画を切り取り、この地上に貼りつけたかのような光景だった。
――だが、次の瞬間。
ガブリエルが鬱陶しそうに、ルシアンの身体を押しのけた。
ルシアンは感動の余り忘れていたのだ。
ガブリエルは恩寵を使えば、“躓く”ことなど、かすり傷一つ付けずに避けられることを。
ルシアンは再びヴェネツィアの石畳に跪き、頭を垂れた。
――これは夢か、それとも啓示か。
だが確かにいらしている!
大天使ガブリエルの御姿が、地上に降り立ているのだ!
胸の奥で、何かが燃え上がる。
「神の御業は、かくも偉大……!」
声は震え、しかし止められぬ。
「この光は奇跡そのもの……!」
「天より降る輝きが、大地をも抱いている……!」
「ガブリエル様……あなたは神の栄光を映す鏡……!」
一つ一つの言葉が、まるで聖歌のように積み重なり、
その跪拝は祈りそのものへと変わっていった。
尊い!
ルシアンの片想いは、すでに俺様の心に深く刻まれた。
ならば――ズッ友の俺様が、愛のキューピッドになるしかないっ!!
「待ってろルシアン!まずはこれだっ!!」
俺様はズッ友のため、必殺の秘策を発動した。
……世界が震え、地獄の王の間にすらリリカルな余韻が走る。
何を繰り出したか? それは――次回、俺様が世界を震わせるさ。期待して待て。
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