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役者崩れの男と夢見がちなお嬢様

──ガタンゴトン。


 艶のある革張りの椅子には、若い男女が向き合って座っていた。

 窓の外では、煉瓦造りの茶色いビル群が離れていき、平原の面積が大きくなっていく。

 そんなある日の蒸気機関車での話である。


 男は、女をジッと見て一言。


「ところでお嬢さん、乗り間違いじゃないの?」

「えっ?」


 男はキャスケット帽にサスペンダー。汚れたシャツは、分かり易く労働者といった出で立ちである。

 女の方は水色のワンピース。頭には大きなハットを被り、巻いた金髪が垂れる。

 如何にも良い所のお嬢様といった雰囲気だ。



「乗り間違いとはどういう事です?」

「あ、いやね。

基本的にこの列車は、田舎の農村や鉱山町を経由し、都会に至るという目的で作られたものなのさ。列車っていうのは大体がそうだ。

だから、逆に今みたく都会から出る場合は田舎に行っちまう。

お嬢さんは大した荷物も無いし、間違えたのかな~……って」


 言われた女は、ドヨンと顔を伏せていた。

 男はその様子に「悪い事を言ったかな?」とやや焦る。

 しかし女は、ガバリと必要以上に力を入れて首を上げて前を見た。

 男と視線を合わせる。


「いいえ、間違いではありませんっ!

間違っているのは私の存在なのですっ!」

「お、おう……」


 男は「なんか地雷踏んじゃったかな?」と思いつつ、取り敢えず聞く体勢。

 向かいの席になった以上、逃げる事は出来ない。

 それに、どうせ長い電車旅。

 退屈しないよりは良いかもなとも感じていた。


 彼女は聞いてもいないのに喋り出す。


「そう……あれは貴族令嬢の私がパーティーで婚約破棄を受けた時の事でした……」

「パーティーで婚約破棄って良いの?」

「え、普通じゃないのですか?」

「いや、相手に恥をかかせる行為だからダメだと思うよ」

「ええっ!?でも、よく読む小説だとそういうシチュが多くて……」


 彼女は顔を青くし、後頭部を抱えた。


「いや、それはフィクションだからやっている事であってね。

ていうかどういう状況だよ」

「はい、アレは家の使用人達が素敵な舞踏会があるとういうので、付いて行ったのです。

すると、このように入場証にもなるエンブレムを頂きまして」


 連れて行かれた訳では無く、付いて行っただけらしい。


「そして会場では入場証にもなるエンブレムを頂き、中に入れば煌びやかな光景。

大きなシャンデリアに、踊りにふける若い男女たち。素敵な音楽が流れる会場でした」


 ポケットからピンバッチを取り出す。

 コミカルな髑髏のデザインだった。

 男は手に取るまでも無く、そのデザインで見当が付いた。


「これはナイトクラブの会員証だな。俺も何度か行ったことがあるよ。

しかし、それには入会料が必要な筈だが……」

「あっ、それなら使用人達がやってくれました」

「ばれてるがな」


 男は額に手を当てた。

 顔は苦々しい。

 「このお嬢さんの使用人も似たような気持なのだろう」と思ってしまう。

 実際、その通りだ。


「で、婚約破棄の方はどうなったんだ?」

「はい、劇の人がイケメンだったので婚約を申し込んだら破棄されてしまいました!」

「そりゃアンタが悪いがな」


 そして彼女はナイトクラブから追い出され、家の者達に大変迷惑をかけ、田舎の知り合いに預けられる事になったという。

 男は溜息を付くと、ぐちゃぐちゃな頭で彼女を評価し直し、「まあ、他人事だから良いか」という評価に落ち着いたのだった。

 フッと笑うと、女は男の顔をよく見る。


「よく見ると貴方、イケメンね。

汚れ気味だけど顔のパーツは整っているわ」

「なんか突然キャラが崩れたな」

「自分の中の物をぶちまけると、話し易くなるのよ」

「あ~、ハイハイ。心の距離が近く感じた訳ね」


 おいおい、この流れはよしてくれよ。

 他人のままでいようよ、きっと距離が近すぎると上手くいかないタイプだって。

 こういう時はなにか楽しい話をしようじゃないか。

 男はそう思う。

 つまり話題逸らしをして、煙にまくのである。


「ふむ、顔が整っているのは否定しないな。

俺も俳優志望ではあったからな」

「ええっ、なにそれ。聞きたい聞きたい」


 とても楽しそうに反応した。

 煙にまかれようとしている事は微塵にも思わず、自然と身体が上下に動いている。

 キラキラ空間に飢えている年頃の少女な印象といったところだ。


 男は窓の外をボンヤリ眺め、溜息をついた。


「元々田舎町で生まれて、チヤホヤされながら育ったのさ。

俺はそれなりに金持ちだったせいか、出し物の演劇の主役とかもやらされた。

で、調子にのっちまったのさ」


 ゴロンと首を反対に回し、気だるそうに肩で顔を支えた。

 女はその横顔と流し目にドキリとする。

 「だまされやすそうだな、このお嬢さん」と、男は思った。


「俺はある日、家を飛び出してさっきまで住んでいた街に来たんだ。

デカい劇場があるっていうんで、一旗上げてやろうと思ってな」

「それで、どうなったのかしら?」


 男は自嘲気味に笑った。


「見ての通り惨敗さ。

俺の上位互換なんて幾らでも居たし、努力しても才能が足りなかった。

劇団に入れたものの、やる事は舞台道具の荷物運びに落ち着いた。

そんな事を繰り返している内に、嫌になっちまってなあ……」


 「もっと長く居ればやれたのではないか」という想いが胸中に渦巻くが、やっぱ無理だったなという諦めの気持ちの方が強くなる。

 なにより、ちやほやされたいからはじめたのであって好きだった訳ではない。

 残ったのは荷物運びで培った筋力位な物か。


「そういう訳で夢破れた無謀な青年は田舎へ帰り、家業に専念する事になる訳だ。

まあ、途中で飛び出した俺は継ぐって訳でもないから……ん、なんだその顔は?」


 女は眉をハの字に歪め、口を開けたまま歪める。

 死んだハゼのような顔で、いかにもつまらなそうだった。


「終わり?

なんかラブロマンスとか無いの?」

「……終わりだな。だって俺、道具係だし」

「貴族の奥方から顔で眼を付けられて、男娼として弄ばれるとかは……」

「最近はそんな本が流行っているのか」

「え、まあ」

「……」

「……」


 会話が途切れた。

 目的地までまだ距離がある。

 蒸気機関車は、現代の電車よりもずっと遅い。

 「何か明るい話題でも話さなくちゃな」と、必死でネタを探すのだった。


 そんな外向きの考えが、到着した駅で、女も一緒に降りた事に対して疑問を沸かせない事となる。



 男の実家は、田舎の地主だった。

 農場の経営を行ったり、鉄道を使って農作物を都会へ運ぶ等で収入を得ている。

 特に蒸気機関車により輸送が進歩した最近は、貴族にも顔の効くブルジョアだった。


 実家に帰った男は、ちやほやされる事は無かった。

 使用人の女たちは入れ替わりが激しく、知ってる若い女たちはそれぞれに恋人を作っていた。

 そして家業も兄弟が継ぐ事になっていた。


 特に驚きはない。

 灰色の都会暮らしに揉まれた男の感性は、すっかりくたびれていた。

 そんな彼に与えられたのは、意外な役職。


「お前は奉公に出す。

先日、貴族のお嬢様が我が家の仕事を学ぶ為、別荘に暮らす事になったらしい」


 その一言で、感性がビンと跳ねた気がした。

 眼が見開かれた。

 とても心当たりがあるからだ。


「……あの、お言葉ですが、貴族令嬢ともなれば家政婦や執事などがおるのでは?」

「一応、ある程度の期間は居るそうだが、都市での仕事が忙しくて直ぐに帰るそうでな。

商売人のワシからみれば、貴族との繋がりを強くするチャンスだ。

なのである程度の使用人はウチで雇い、執事はお前がやるという形に纏めておいた」

「はあっ!?」

「やかましい、仕事を貰えるだけありがたく思え」


 こうして男は、尻を叩かれるように家を追い出され、貴族の別荘に向かう事になる。

 昔からあったもので、男の家が管理維持を行ってきたものだ。


 白い家の目の前には、腕を組んで仁王立ちした女が一人。

 列車の中で会った、あの『お嬢様』である。


「ふっふっふ……来たわね、イケメン!

さあ、私の世話をしなさい!」


 前途は多難なのだった。

読んで頂きありがとう御座います。


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