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第8話「元・陽キャの仮面」

その日、歩夢と凪沙はモニタールームで新たな候補者の紹介映像を見せられていた。


 画面の中に映ったのは、光そのもののような少女だった。

 栗色の長髪にリボン。明るい笑顔。アイドルのような声色。


「こんにちは〜! 和泉瑠璃ですっ☆ よろしくお願いしますね〜♪」


 歩夢は一瞬言葉を失い、凪沙は無言で画面を睨んだ。


「……陽キャじゃん」

「……なんでここにいるの?」


 二人の声が重なった。陰の共鳴者には、明るすぎる存在だった。


 


 が、その動画の背景には奇妙な“空白”があった。

 プロフィールに記された一文。


《2年前、SNS上の発言を巡って大規模炎上》

《学校側は対処不能と判断し、長期自宅待機処分》

《以降、周囲との関係断絶/擬態的社交癖の顕在化》


 


 映像が終わると、教官・葉月が呟いた。


「彼女はね、仮面を被ることでしか生きられなくなったの。

“すべてを笑ってごまかす”──それは、一種の絶望よ」

「笑顔の中にある“壊れろ”という衝動こそ、負の感情の極致」


 


 そのとき、施設のゲートが開いた。


 


 歩夢と凪沙は、初めて“本物の瑠璃”と対面した。


 


 彼女は制服を着崩し、携帯のストラップをじゃらじゃら鳴らしながら現れた。

 まぶしい笑顔。細かく跳ねる髪。足取りは軽く、まるで撮影会のような登場だった。


「あ〜〜、超お堅い施設って聞いてたけど、マジで陰の気配すごくてビビったわ〜☆」

「あっ、そこの君! 無口な感じいいねっ! クール系男子ってやつ? 好きだよ〜♡」


 言われた歩夢は、顔を引きつらせた。

 凪沙にいたっては、完全に無反応だった。


 


 だが──瑠璃の目をよく見ればわかる。

 その笑顔は、「本心」ではなかった。


 それは、誰かに「大丈夫」と思わせるために貼り付けた笑顔。

 もうとっくに、誰にも信じられないから自分で自分を演じ続けるしかなくなった人間の、笑顔。


 


 その日の午後、彼女は機体《MD-04 グリムブレス》に搭乗することとなった。

 搭乗テストを無視しての“実戦運用”。


 戦場に出た途端、モニターに高揚感を振り切る数値が並ぶ。


《感情共鳴値:96.5% → 103.9%》

《情緒制御不能。攻撃判断、自律暴走》

《“戦闘愉悦モード”に移行》


 


 敵性ヌル4体に囲まれた瑠璃の機体が、黒い口のような火口を開く。

 そして、通信越しに聞こえてきたのは──


「キャハッ☆ 焼き尽くしちゃお♥」


 


 爆炎。残虐。残滓すら残さない殲滅。

 まるで踊るように、歌うように、機体は敵を焼き尽くした。


 


 オペレーターたちが凍りついた沈黙の中、葉月だけが小さく呟いた。


「あの笑顔は、“この世界が全部燃えればいい”って願いを、

誰にも知られないようにしてただけ」


 


 戦闘後、帰還した瑠璃は更衣室で鏡の前に立っていた。


 笑顔のまま、震えていた。


「……楽しい……楽しいよ、ね……? 私、できたよ、ちゃんと、笑ってたし……」


 ぶつぶつと、誰に言うでもなく繰り返す。

 そして、鏡に映った自分の笑顔を見て──


 


「気持ち悪い……うざい……うるさい……やだ……やだやだやだやだやだ!!」


 


 叫びとともに、拳が鏡を砕いた。


 破片の中、映るのは“仮面が割れかけた少女の素顔”だった。


 


 その頃、歩夢と凪沙はただ、遠くからそれを見つめていた。


 誰も何も言わなかった。


 ただ、静かに、第三の“感情共鳴体”がそこに加わったことを──認識していた。



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