第4話「陽キャには動かせない」
光のない会議室のような場所に、歩夢はひとり座らされていた。
壁の一面に設置された巨大なスクリーン。
その中央に、ひとりの少年の映像が映し出されている。
髪は明るく、顔には自信に満ちた笑み。
はきはきと話す声。誰とでもすぐに打ち解けそうな態度。
どこからどう見ても、いわゆる“陽キャ”だった。
「大丈夫ッス! 俺、やる気めっちゃあるんで!」
「こんなチャンス、逃したくないっすよね! 世界を救えるなら、マジ全力でいきます!」
その声を聞いた歩夢は、無意識に息を止めた。
機体──《MD-01 コクーン》の前に立ち、コアリンク接続を受ける少年。
だが次の瞬間、モニターの端にエラー表示が浮かぶ。
《適性:なし。感情共鳴ゼロ。リンク拒否。駆動率:0.0%》
少年は笑顔のまま、何度も装置を操作するが、機体はピクリとも動かない。
「おかしいな、なんか設定ミスとかじゃ……」
彼が困惑するその横で、研究員が淡々と記録をとる。
そして、画面が切り替わった。
葉月が歩夢の隣に立っていた。スーツ姿のまま、腕を組んで彼を見下ろしていた。
「これが、“適性のない人間”の例よ」
静かに語られた言葉は、異様な重さを孕んでいた。
「元気で、前向きで、社交的で、明るくて……
そういう人間は、機体を一切動かせないの。感情共鳴が発生しないから」
「……でも、それって……おかしくないですか?」
「おかしいわよ。とても。
本来なら、そういう子たちこそ世界を救うべき。
でもこの機体は、“希望”や“信念”では動かない」
歩夢はスクリーンの黒い残像を見つめながら、ぽつりと言った。
「……じゃあ、俺たちは、何で選ばれたんですか」
葉月は一瞬だけ目を伏せ、そして告げた。
「君たちの“ダメさ”は、社会にとっては毒薬よ。
でも──この星にとっての、唯一の“抗体”なの」
その言葉は、歩夢の胸に重く沈んだ。
否定ではなく、肯定でもない。“役割”としての価値。
世界の中心ではなく、世界の“病”に触れる者。
誰にも褒められず、評価されず、でも確かに“意味”を与えられる役目。
歩夢は、しばらく何も言えなかった。
そしてようやく、ひとつの感情が湧いた。
「俺……このままでも、いていいのかも……」
つぶやいた瞬間、後頭部に鋭い刺すような違和感が走った。
心臓の脈が遅れ、視界が一瞬だけ白く霞む。
感情適性メーターの針が、不自然な動きを見せた。
《感情共鳴値:一時的低下……警告:適性喪失の兆候アリ》
研究員たちのざわめきがガラスの向こうで交錯する。
葉月は静かに目を細めた。
「……今、何か“救われた”と思ったでしょ。
でも、それが一番危ないの」
「危ない?」
「自己肯定感は、共鳴の敵。
“許されたい”と思った瞬間、コアは拒絶を始めるわ」
歩夢は何も返せなかった。
でも確かに、胸の中に何かが生まれていた。
わずかな希望。わずかな救済。
それが──自分を兵器から、ただの人間に変えつつあることを、
このときの彼は、まだ理解していなかった。