第18話「陽キャが壊れていた」
誰もいない面談室。
防音の壁。録画される視線。
中にいるのは、葉月教官と如月カナタ──それだけだった。
カナタは、テーブルに両手を乗せて、にこにこと笑っていた。
「なんだか、面接みたいですね。就職活動とか、将来の夢とか聞かれそうな感じ」
葉月は黙って、資料をめくっていた。
そこには、カナタの過去が詳細に記されている。
児童相談所への一度だけの通報。
成績表すべて「5」──なのに、担任評価は「感情の起伏が読めない」
中学での「中心人物」──にも関わらず、転校直前に残された「集団LINEブロック」。
「……君は、ずっと笑ってきたのね。自分を殺して」
葉月の声に、カナタの笑顔がほんのわずかだけ動いた。
だが、すぐに戻る。
「だって……怒ったら嫌われちゃうでしょ?
悲しんでも、困らせちゃうでしょ?
だから、笑ってるのが一番いいんです。そうすれば、誰も僕を嫌いにならない」
葉月は、表情を変えずに言った。
「“本音を殺して笑う”──それは、生き延びるための嘘。
でもその嘘は、きっと君自身を、一番深く壊す」
カナタの笑顔が崩れる。
眉の筋肉がわずかに震える。
「……だって……じゃあ、僕が本当に“暗い人間”だったら、誰が一緒にいてくれるの……?」
「そんなの、いなかったんだよ、最初から」
言葉が鋭く突き刺さる。
「でもそれは、君のせいじゃない。
誰もが君に“明るい役”を期待しただけ。
演じなければ、居場所がもらえなかった──ただ、それだけ」
沈黙。
長い、呼吸の音だけの時間。
「……怖いんです。自分が何者か、もう分からない。
ほんとに“明るい子”なのか、
それとも、ただの“壊れた人間”なのか……」
そのとき、葉月は一枚の写真を見せた。
それは、試験中にカナタが微かに起動させた機体のデータ画像。
《機体名:MD-Σ(シグマ) スマイルホロウ》
《稼働条件:人格乖離率60%以上》
《感情要因:認識喪失型 不信情動》
葉月が告げる。
「これは、“自分の感情を信じられない者”だけが動かせる兵器よ。
君の“笑顔”は、軽やかなんかじゃない。
それは一番重たい鎧。
君がそれを着たまま動けるなら──この戦場に、居場所はある」
カナタはその言葉を聞いて、笑うことも泣くこともできなかった。
ただ、口元が少し、ぎこちなく引きつった。
「……じゃあ、僕も“こっち側”なんだ……」
その頃、訓練棟の通路では──
凪沙と瑠璃が、壁越しにその会話の音を聞いていた。
凪沙はそっと呟いた。
「……違うと思ってた。あの子は、陽キャで、明るくて、私たちとは別だって……
でも……本当は、いちばん……痛いんだ、きっと」
瑠璃は、真顔で言った。
「笑ってるやつが一番やばいって、昔から相場は決まってるのよ」
その夜、MD-Σ スマイルホロウのコクピットで、カナタは初めて「無表情」で座っていた。
静かな起動音。
《感情リンク開始──自己否定形・欺瞞属性──共鳴成功》
《機体稼働:初期モード「マスクフェイス」起動》
そのとき彼が呟いた言葉は、通信にすら乗らなかった。
「……もう、笑わなくても……いいのかな」




