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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

魔王は既に死んでいる ~勇者に倒されて100年後、復活してみたら全部予言されてました。正体隠して勇者のひ孫と交流しようと思います~

掲載日:2026/01/12

初投稿です(大嘘)


文字数多すぎたのでこちらは非公開にして連載版を投稿しております。

 辺りの空気に土埃が満ちる。


 夕陽の朱色が土煙に溶け込み、焔のようなゆらめきを纏っていた。


 辺りに散らばる瓦礫の山は、つい数刻前まで魔王城を構成していたものだった。


「勝負あったな、魔王アルナ」


 立ち込める土埃の中でも、その男の黒い長髪はよく目立った。

 男は右手に握る剣を腰の鞘に収め、眼前に座り込む少女を見据える。


「我が、負けるとは……」


 銀髪の少女は膝をつき、子牛のような角の生えたかぶりを振った。


 魔王アルナ――

 数多の魔族を力で纏めあげた、人に仇なす魔物の頂点。

 少女の姿をしているが、その実力は単身で国家を滅ぼせるほどのものであった。


 しかし、その魔族の王はたった一人の人間――『勇者』に敗北した。


「どうして君が僕に負けたのか、知りたくはないかい?」


「黙れ! そんなものただのまぐれじゃ!!

 今回は勝ちを譲ってやろう。じゃが、我はいずれ復活する! その時こそが貴様の最期じゃからな……!」


 魔王アルナは自身を見下ろす勇者へ指を突きつけ、負け惜しみとも取れる言葉を吐き捨てた。


「そうか。楽しみに待ってるよ」


 魔王の身体が塵のように崩れ、土埃に溶けてゆく。

 勇者に心の臓を潰され致命傷を負っていたのだ。


「ふん……いけ好かない小僧め、勇者ルミレスよ」


 そう言い残すと、魔王は塵となり崩れてゆく。その身体はやがて、風に完全に掻き消された。

 消えゆく瞬間のアルナの表情は、夕陽の染み込んだ土煙に隠れて見えなかった。






 ……魔王アルナは、勇者ルミレスによって討たれた。


 こうして世界は平和になった……かに思われた。


 しかし、魔王を倒し帰還した勇者はこんな事を言った。




『今から100年後の未来、再び魔王が現れるだろう』



 ……と。









 そして魔王討伐から99年後――


 魔王城の跡地である荒野の中心に、黒い稲妻が迸る。




「くく……我はついに蘇ったぞ!」




 稲妻の落ちた場所には、独り高らかに叫ぶ一糸纏わぬ姿の少女の姿があった。

 銀髪に、子牛のような角。眼は血を思わせる朱色。


 それは、魔王アルナそのものであった。


「勇者め、今度は負けぬぞ……! 絶望の淵で恐怖に歪む貴様の顔を見るのが今から楽しみで仕方がない!!」


 魔王アルナは肉体に縛られない精神生命体である。物理的肉体が滅ぼうとも、魂を内包する星幽体(アストラルボディ)を離脱させることで絶命を逃れたのである。

 その後は99年という時間をかけて、肉体を再構築。


 そして今日、とうとう復活を果たしたのである。


「あやつの故郷を手始めに滅ぼしてくれようぞ!」


 魔王アルナがパチンと指を鳴らすと、真っ白な肢体や身体を黒い襤褸が覆い隠した。

 それからアルナの背に巨大な蝙蝠の翼が顕現すると、ばっさばっさと羽ばたき飛び立っていったのであった。






 *





 魔王は最強である。

 しかしその最強を倒した化物(ゆうしゃ)がいるのも事実。


「……ふむ」


 アルナは、幻惑魔法で頭部の角を他者から見えなくした。

 こうすることで、人間どもの中に紛れ込む事ができる。


 街も勇者も滅ぼすつもりだが、いきなり魔族とバレて勇者に遭遇する訳にはいかないのだ。


 そうこうしている内にアルナの眼前に勇者の故郷であるコルカナオン国の街が見えてきた。


「待っておれ勇者よ! 今度こそは我が勝つからな!」


 そう独り呟くアルナの顔はどこか無邪気で弾んでいた。


 しかし――



「……は? 神歴245年、没……?」


 新コルカナオン国、エンディスの街――


 その中央広場には、この街出身であり嘗て世界を救った勇者の銅像が建てられていた。



 ――勇者は既に死んでいる。


「そんなはずが……」


 その事実に、アルナはその場に立ち尽くすしかなかった。


「我を置いていったのか?」


 あれだけ高鳴っていた胸の鼓動が、今や凍てついたかのように鈍くなる。

 感じたことのない空虚が、アルナの意識を現実から引き剥がしていた。




 ――どうして君が僕に負けたのか、知りたくはないかい?




 嘗ての勇者ルミレスの言葉が脳裏を過る。


「我を待っておると、言ったではないか……」


 99年。

 再び肉体を得てルミレスと相まみえる日を待ち望んでいたのに。


 人間の寿命はとても短い。

 アルナはそれを知らなかった。


 この感情の名を、アルナはまだ知らなった。


 それからどれだけの時間立ち尽くしていただろうか。アルナの意識は、独りの老人の悲鳴めいた声に現実へ引き戻された。


「うわああああっっっ!! 魔王がっ!! 復活しちまうっ!!!!」


「なっ……?!」


 それは昼間だというのに、顔を真っ赤に茹で上がらせた酔っぱらいだった。勇者の像にもたれ掛かり、発作のように叫びだした。


「あぁ……予言の日は近いっ!!! 君もそう思うだろう!? 俺たちはみんな死ぬんだっ!!!」


 両手でアルナの肩に掴みかかり、老人は突然泣き出した。


「知らん知らん! 予言とは何のことじゃ……!? ええい、離さんか!!」


 いっそ魔法で消し飛ばしてしまおうか?

 いや、この時代にも勇者ルミレスのような存在がいないとも限らない。もっと情報を集めるまで目立つのはまだ避けたほうがいい。


 男に揺さぶられつつそんな逡巡をしているアルナのすぐ横から、突然白い手が伸び男の腕を掴んだ。


「また昼から酔っぱらい過ぎですよゴルマさん」


 その少年……いや、男とも女ともつかないその者は、酔っぱらいの腕を掴んでアルナから引き剥がした。それから彼(?)の後ろで束ねた黒い長髪が風に揺れる。


「ヒック……でもよぉ」


「でもじゃありません。彼女怯えてるじゃないですか」


「は? この程度の下奴に我が怯えるなどあり得ないが?」


 さらっとアルナの逆鱗に触れた少年(少女)は、遠ざかる酔っぱらいを見送りつつアルナの頭を撫でた。


「よしよし、もう大丈夫だからね」


「な、不敬じゃぞ!!?」


 その時、そう嫌がるアルナのお腹がぐぅ~っと鳴った。

 肉体がある以上、腹は空く。至極当然の摂理である。


「僕はフィリア。君の名前は?」


「……アルナじゃ」


「ご両親は? ちゃんと食べれてる?」


「そんなものおらぬ! この街に来たばかり故金もないが、至高の生命体たる我はそんなもの必要な」


 ぐぅ~……


「とりあえずウチにおいでよ」


「……お、お主がどうしてもというなら行ってやらんこともない。お主がどーしてもっというならばな!!!」


 かくして、アルナは謎の性別不詳ことフィリアの家へついていくことになったのであった。





 *




 そこは街中でも少し変わった、大きな家だった。

 陽光に照らされた色とりどりの花たちが、家主の帰りを喜んでいるように見えた。


「少し散らかってるけれど入って」


 フィリアは扉を開けて、アルナに中へ入るよう促す。

 アルナは恐る恐るフィリアの家の中へ足を踏み入れた。


「……ん? あ、あれは……!?」


 フィリアの自宅に入るなり、アルナはあるモノから目を離せなくなった。


「あれはひいおじいちゃんの剣だよ。若い頃は勇者って呼ばれてたらしいよ」


 勇者の聖剣――

 アルコアという女神の祝福を宿した、魔王にとって天敵とも呼べる魔剣。


 無敵とも言える存在だったアルナの防御結界を破り、心臓を貫いた忌々しき剣。


 それが、なんか玄関先の壁に掛けられていた。


「ひいおじいちゃん……!?」


「うん。〝予言の勇者〟って呼ばれていたんだ」


「予言……あの者も言っておったな」


「〝魔王討伐から100年後。魔王が再び現れ、この地に災厄が見舞うだろう〟……というものだよ」


「なんと……」


 アルナは絶句した。

 勇者ルミレスは全て知っていたのだと。


 ルミレスは未来を見通す異能(チカラ)を持っていた。


 数秒先の未来を視れば、どんな攻撃にも対応できるのだ。

 これによりかつてアルナは攻撃の全てを見切られ、なす術もなく敗北した。


 しかしそれが、年単位……それも100年先の未来すら知る事が可能だった。


「まぁ、本当に起きるかどうかなんて分からないし心配し過ぎもよくないよ」


「そ、そうじゃな……」


 勇者ルミレスには、自身亡き後にアルナが復活することまでお見通しだった。


 アルナの胸の内に刺々した感情が生じる。


「そういえばお腹空いてるんだったね、今何か作るから待ってて!」


 アルナをソファに座らせ、フィリアはキッチンへと駆け足で向かっていった。


(――今この場でこやつを八つ裂きにすれば、ルミレスの血筋は途絶えるじゃろう。どうせこの街も滅ぼす予定じゃ、先に殺した所で何の問題もなかろう。

 予言通り、災厄を齎してやろうぞ……!!)


 アルナは魔王の超越魔法でこの地を灰燼に変えてしまおうと、体内で魔力を練り始めた。


 その時。


 ドッッカーーン!!


 キッチンから突然、破滅的な音が響き渡った。それと同時に、何やら火災現場のごとき焦げ臭さも漂ってきている。

 アルナは思わず魔法の発動をやめ、キッチンを恐る恐る覗き込んだ。


「何事じゃあ……?」


 もくもくと黒煙の漂うキッチンには、フィリアが黒こげで倒れ込んでいた。


 ……見間違いか?

 アルナは目を擦ってもう一度覗き込む。


 くもくと黒煙漂うキッチンには、フィリアが黒こげで倒れ込んでいた。


「な、何があったんじゃ……?」


「お料理しようとして……火力間違えて……」


「何故火力間違えただけで爆発が起こるんじゃ!? というかついさっき始めたばかりじゃろう!?」


「ごめん……あまり料理やったことなくて……でもカッコつけたくて……」


 思わず深いため息が出てしまう。

 この勇者の子孫の生活能力は、少なくとも料理に関しては最悪なようだ。


「代われ、我がやる」


「え?」


 アルナは雑にフィリアを押し退けると、食材や調理器具を取り出す。

 フライパンに油を垂らし、弱火で熱しながら薄く広げてゆく……。


「ぼ、僕にもできることはないかな?」


「ない!!」


「そんな……」


 アルナがビシッと言うと、フィリアはすごすごと台所から退散していった。

 その背中へ、アルナはため息をつきながらこう言った。


「食とは生の根源じゃ。食を蔑ろにする者に生を語る資格はない」


 この街も勇者の末裔も消し去るつもりだが、アルナとしてはそれより前にこの愚かな勇者の末裔に『食』の大切さを思い知らせてやらねば気が済まなかった。




 *




 数百年前――


 アルナが思い出せる1番古い記憶は、森の奥で屠った獲物の血の味だった。乾きを潤すために、生臭い赤い液体を必死で飲んでいた。


 きっと自分は両親に棄てられたのだろう。

 普通の人間を見かけた時に、角が生えていない事に衝撃を受けた。


 幼心に、自分は人間とは違う生き物なのだと悟った。


 ――ずっと1人で生きてきた。生きるために生きてきた。


 森の奥の打ち捨てられた古城を根城に、強力な魔物を狩っては喰らい、狩っては喰らう。

 時には泥水を啜り、枯れ木を齧って飢えを凌ぐことさえあった。


 ただ生きる事、それだけのために、戦う術を身につけ、古城の中の書斎から文字と魔法を覚えた。


 生きるために食べ、生きるために眠り、生きるために学ぶ。その繰り返し。


 生きる上で不自由はない。

 ただ……


「なんなのじゃ、この感覚は」


 渇いている。


 何をしても何を食っても、どんな書物を読み漁っても。


 この渇きは一体何なのか。


 正体の分からない渇きと虚しさが、後に『魔王』と呼ばれる少女の内で燻っていた。





 *





「――食え」


 ふっくらとしたふかふかな黄色の山が、皿の上で温かな湯気を纏っている。

 質素な木のテーブルの一角が、そこだけ秋の晴山のような明るさを放っていた。


「これは……」


「おむらいす、という料理じゃ」


「い、いただきます……?」


 フィリアは恐る恐る黄色い山を匙で掬いとって、口に運ぶ。


 口の中でふわふわの玉子が中のライスと溶け合って、信じがたいほど癖になる味わいを産み出している。


「味はどうじゃ?」


「美味しい……アルナちゃん、君すごいよ! お店で出せるよこれ!!」


「そ、そうか……。これでお主にも食の有り難みがわかったじゃろう? 妥協せず励むことじゃ」


 眼を輝かせ感動を言語化するフィリアに対して、アルナはまんざらでもなかった。


(……って何を考えておるんじゃ我は!? )


 自らの頬をぺちんと叩いて、アルナはフライパンの上でオムレツをひっくり返しながら我に帰った。

 仇敵の勇者の末裔に塩を贈るどころか飯を作ってやったなどとんだ笑い話だ。


「僕が誘ったのに作らせちゃってごめんね……」


「ふ、ふん。懲りたならばきちんと料理の勉強をすることじゃ」


 アルナは困惑を適当に誤魔化すと、出来上がった自分のぶんの料理を皿に盛り付け黙々と食べ始めた。


「……お主、まだ子供じゃろ? 普通は〝親〟とかいうのと共に住んでおるのではないのか?」


「……両親なら5年前に事故で死んだよ」


「……そうか。勇者の血族はお主だけか?」


「そうだよ。もう僕しかいない。

 だから僕は5年前からずっと、お城で剣の稽古をつけてもらってたんだ。ひいおじいちゃんの予言が本当だった時、復活した魔王と戦えるようにって」


「……」


「朝から夕方までずっと稽古と鍛練で、料理なんてしたこともなかったんだ」


「……ならば何故ゆえ我に料理をしようと思ったのじゃ」


「なんでだろ? 僕にもよくわかんないんだ」


 アルナは首を傾げ、何言ってんだコイツという表情を浮かべていた。


「ふん、カッコつけたかったと言っておったではないか」


「そうだっけ?」


 やれやれとアルナはかぶりを振った。


「馬鹿馬鹿しい……」


 ただ……そう呟くアルナの『渇き』が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。



 *




 その日の晩――


 誰もが寝静まる夜闇の中、フィリアの自宅に一人の影が忍び寄る。


「アニキぃ、ホントにこんな家にあるのかよ? 勇者の剣」


「黙ってろ、俺たちは依頼をこなすだけでいい」


 2人の男はフィリアの家の鍵を針金でこじ開け、音が出ないようにゆっくりと扉を開ける。


 ――立ち去れ


「ん? なんか言ったかアニキ?」


「何も?」


「おっかしいなぁ、聞き間違いか? ……おぉ、あれじゃねえか?」


「情報通りだな」


 玄関先に飾られた剣を暗闇に発見し、2人はそれに手を伸ばす。


「……アニキ、この依頼本当に大丈夫なのか?」


「深く考えるな。依頼主が何者かは知らないが、前金だけであの額だ。依頼を達成すりゃ一生遊んで暮らせる」


「それもそうだな」


 そうして2人は勇者の剣に手をかけ――

 ――その時



『失せよ痴れ者』


「だ、誰だ!?」


『10秒やろう』


 突然少女のような声が闇に響き渡る。

 ――その時、辺りの闇の中で無数の眼が浮かび上がり、2人を取り囲んだ。


『剣を置いて立ち去れ』


「ひっ、ひいぃぃ!!」


「おっ、置いてかないでアニキぃ!」


 そうしてフィリアの家へ侵入した泥棒は、腰を抜かして走り去っていったのであった。


 ――やれやれ、世話が焼けるのう。


 盗人を追い返したアルナは、闇の中で静かにため息をつくのであった。





 *



 勇者にのみ扱えるとされる、不死の魔王すら殺してみせた聖剣。


 これは嘗て、勇者ルミレスが死兆星の神から授かったと言われている。


 聖剣は強大な力だ。

 魔王という敵がいた時はまだいい。

 しかし平和になった世界では、無用の長物。


 だが勇者ルミレスは、聖剣を手放そうとはしなかった。


 強大な力は、時として人を狂わせる。ルミレスは、聖剣が悪用される事を恐れたのだ。


「――恐ろしいモノを見て逃げ出した、と言っていた」


「これが勇者にのみ扱える聖剣の力、か?」


「勇者の剣にそのような力があるとは聞いたことがないな」


 カーテンで閉ざされた暗い部屋の中心で、彼らは円卓を囲み密談を執り行う。


「雇った薄汚い盗人はどうした?」


「無論、殺処分済みでございます。剣の奪取に成功の有無に関わらずの結果です」


「ならばよい。剣の奪取はあくまで保険、フィリアに勇者の剣の力は扱えないと聞いている」


「……勇者の血族は本当にフィリアで最後なのか?」


「確かに。フィリアの母親とその兄、従兄弟は5年前、事故に見せかけ殺しました」


「エンディス家は愚かよのう、勇者の血族なぞさっさと取り込んでおけば良かったものを」


「そもそも勇者の血族に権威はあれど特別な力は無いのだろう? 〝特別〟だったのは勇者ルミレスだけと聞く」


「ルミレスだけが受け取った神の祝福か……忌々しい。しかし我らの願いは間もなく叶えられる」


 密やかに、彼らは語り合う。


「長かった。しかし間もなくだ


 ――かの〝予言〟の成就する日は」


「我がオーニング家に、永劫の栄光があらんことを」




 *





 これは敵情視察、これは敵情視察じゃ……


 うんうんと念じながら、アルナはまたドアをノックした。


「やあアルナちゃん、よく来たね。ほら上がって」


 内側からドアが開けられ、フィリアの性別不詳な顔が覗き出る。


「おじゃまします、なのじゃ……」


 覚えて数日の挨拶を唱えつつ、アルナはフィリアの家に上がり込んだ。

 ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐり、アルナのお腹がくぅと鳴った。


「この香り、何を作ったのじゃ?」


「むふふ、ちょっと待っててね」


 フィリアはほくほく顔で台所へ駆けて行くと、しばらくしてから大皿を抱えて持ってきた。皿の上には小麦色の平たいモノが何枚か並べられている。


「クッキー焼いてみたんだ~」


「ふむ、菓子か。どれ一つ……」


 アルナは歪なクッキーを一つ手に取り、口に放り込んだ。

 サクサクとした歯ごたえと香ばしさが口の中に広がる……。


「どう、かな?」


「焼きが足りぬな。中心部が僅かに生焼けじゃ」


「足りなかったかぁ~……」


「じゃが、まぁ……小麦粉を直接火に焚べておった最初よりかはだいぶマシになったじゃろう」


「ハハ……」


 思わず乾いた笑いがフィリアから溢れる。


 ところで、とクッキーをさくさく齧りつつ紅茶を啜りながらアルナは切り出した。


「昨日我に『明日いいものを見せてやる』と言っておったな。何を見せる気なのじゃ?」


「あぁ、それね。ちょっと外に出るよ。きっとアルナちゃんも気に入ってくれるよ」





 ――――




 しっとりしたクッキーを食べ終わり、2人はフィリアの家の庭である花壇にやって来ていた。


「何を見せるつもりじゃ?」


「ふっふっふ……これだよ」


 アルナに差し出されたフィリアの拳の中には、何やら黒い粒がいくつか入っていた。


「何じゃこれは? まさかこれが面白いものとでも……」


「お花の種だよ。一緒に育ててみない?」


「花の、種じゃと……?」


 花。知ってはいる。

 成長した植物が最盛期に咲かせる、見た目鮮やかな器官。

 見たことが無い訳でも知らない訳でもない。ありふれた、モノ。


 ――それを、我に育てさせると?


「断る。それを我に育てさせて我に何の得があるというのじゃ?」


「そ、そっか……。気に入ると思ったんだけどな……。ごめんね」


 フィリアは重苦しく俯き、縮こまってしまった。


「ぐぬ……」


 ……ここ数日遠ざかっていたはずの『渇き』が、アルナの胸の内で急速に潤いを奪っていくような気がした。


「……仕方ない、やってやろう。花の種とやらをよこせ」


「え、いいの!? やったぁ!!!」


 ぱぁっと花が咲いたように、フィリアの笑顔が煌めいた。


(こやつ……見た目こそ勇者の面影はあるのじゃがなぁ……)


 かつての勇者はこんなポンコツではなかったのに――と嘆きつつ、アルナは種を受け取りしげしげと眺める。


「土にこう、ね。等間隔に指で穴を開けてね、そこに一粒ずつ入れるの」


「こ、こうか?」


「そうそう! 上手!!」


 一粒、一粒。花の種を入れた穴に丁寧に土を被せてゆく。


 その後は井戸から水を汲み、ジョウロでたっぷりと花壇に水を雨のようにかけ流した。


「花はいつ咲くのじゃ? 明日か?」


「明日は早すぎだよ~、二月後くらいかな?」


「そんなにもかかるのか……」


「そのぶん咲いた時にはすごく嬉しくなると思うな」


 ……。


 ――どうして君が僕に負けたのか、知りたくはないかい?



 ふと、勇者の言葉が蘇る。

 もしかしたら……花を咲かせれば、少しは分かるのだろうか。


「……フィリアよ。曾祖父は、どのような男だった?」


「みんなから好かれてた凄い人だったよ。強くて優しくて、街のみんながひいおじいちゃんを頼るんだ」


 フィリアは嬉しそうに語る。


「そんな……自慢の、ひいおじいちゃんだった」


「?」


 フィリアの表情に、なぜか微かな曇りが見えた。


「……そうか。あやつは独りではなかったのだな」


「? どうしたのアルナちゃん?」


「何でもない、ただ気になっただけじゃ」




 ……もしも、アルナが勇者と争わず生きる道を選べていたら。

 違う未来もあったのだろうか。


 魔王たるアルナを唯一畏れなかった、勇者ルミレス。その差しのべてくれた手すらも振り払って、今ここにいる。


 ルミレスには、アルナが子孫の側にいるという未来も見えていたのだろうか。








 *





 ――――



 〝アルナ〟


 〝それは遠い遠い過去、世界を救ったある少女の名〟


 〝アルナ〟


 〝それは遥か遥か未来、恐怖を齎す殺戮の神の名〟


 〝アルナ〟


 〝それは果て無き旅路を歩む者が垣間見た希望の光〟


 〝アルナ〟


 〝それは全てを嘲笑う者が作り出した偽りの光〟


 〝アルナ〟


 〝それは果て無き旅路を歩む者と同じ答えに辿り着く者の名前〟



 ――――





「ククッ……〝アルナ〟か。いいだろう、今この時から我は〝アルナ〟じゃ」


 古城の中庭に築き上げられた血と泥と屍の山の上に座り、少女は血に濡れた掌を眺めながら自らを『アルナ』と名付けた。


 数刻前――古城を根城にしていた少女(アルナ)の元へ、『魔族』と自称する者どもが訪れた。

 彼らは彼女と同じく頭に角の生えた姿をしており、少女は初めて己が魔族なのだと自覚した。


 そんな初めて邂逅した同胞だったが……彼らは少女(アルナ)に刃を向けた。彼らの目的は古城に隠された、とある魔導書だったのだ。


 そこからは……ただの蹂躙だった。彼女にとって、同胞たる魔族も魔物と大した違いはなく、簡単に軛殺せてしまった。


『この力は魔王様よりも――まさか、あれが……〝殺戮の神(アルナ)〟――』


 築き上げられた屍の山は、日に日にどんどん高くなってゆく。


「おい、〝あるな〟とは何じゃ?」


 一匹だけ残しておいた魔族に、少女は問う。


 ――『アルナ』という名前は、魔族に伝わる〝伝説〟と〝予言〟が由来だ。



「そ、それは――」





 恐怖を齎す殺戮の神。偽りの光。


 こうして、少女は『アルナ』となった。


 それから、アルナは繰り返し攻め入る魔族どもを何度も鏖殺していった。何ヵ月も何年も、時に懐柔しようとさえする者すらも。


 そんなある日、アルナは偶然『魔導書』を見つけ出した。魔族どもが探し求めていた、不死の禁術の魔導書である。


 アルナはそれに記された術式を起動し……そして、不死となった。


 その後も魔族の――魔王軍の襲撃は続いたが、とうとう痺れを切らしたアルナは自ら魔王の元へと赴いた。


 そして、『魔王』を殺してみせた。


 数百年もの間人類と戦争を続けてきた魔族の傑物を、たったの一撃でだ。


「ぐふっ……我輩には貴様の未来が見える……。独り孤独に求めるモノが何なのかさえ解らないまま、果てることもできずに彷徨い続ける未来が――」


 知ったことか、とアルナは思った。面倒な害虫の親玉を駆除した、ただそれだけのこと。魔王の言葉に何も思うこともなかった。


 その後――魔王を倒された事で、配下の魔族たちはアルナを新たに『魔王』と呼ぶようになった。


 絶対的な力の化身、生物が到達しうる究極の暴力。力の強さが価値観の基準たる魔族にとって、アルナは絶対的な王なのであった。


 悪い気はしなかった。

 集団の頭に立つという経験は新鮮で、それなりに楽しめた。どうやらアルナにはカリスマというものもあったらしく、乗っ取った『魔王』の勢力はどんどん大きくなっていった。





 ……それでも、『渇き』は無くならなかった。





 *



「ほう、これが花か」


「まだ芽だよ?」


「これが花じゃな?」


「まだ若葉だよ」


「こ、これこそが花じゃろ……!」


「惜しい! まだつぼみだよ」


 花壇に植えられた種たちはすっかり丈の高い草葉となり、真ん丸のつぼみをつけていた。


「つ、つぼみか……咲くのはもう少し先なのじゃな……」


「この感じだと、明日かな」


「明日?! ついに咲くのじゃな!?」


 毎日花壇に水をあげ、花が咲くのはまだかとフィリアに聞き続け……


 そんな生活を2ヶ月繰り返し、ついに正真正銘の開花直前となった。


「うれしいのう、まさかあんな小さな粒ごときにここまで心踊らされるとはのう」


「明日は僕、出かけないといけないんだ」


「せっかく花が咲くというのに、か?」


 首をかしげ、アルナは心底不思議そうにフィリアを見つめた。


「明日は平和の祝祭。勇者が魔王を倒してから、ちょうど100年の日なんだ。だから子孫の僕は出席しないといけない」


「難儀じゃな……」


 フィリアの表情は暗く重苦しい。


 100年……

 ――あれからそんなに経つのか。ルミレスとの戦いは今でも鮮明に思い出せる。


 そしてふと、『予言』についても思い出した。


「魔王討伐から100年後に、再び魔王が現れる……と言っておったな。もしや明日がそうなのではないか?」


「それは……わからない。100年後、としか言ってなかったから。明日かもしれないし、1年後の今日かもしれない」


「魔王が現れたら……お主は、戦うのか?」


「うん……。戦わなくちゃ、いけないんだ」


 フィリアの表情は更に暗く重くなってゆく。


 ……思えば、アルナはフィリア自身のことは何も知らない。

 共に過ごした2ヶ月、アルナの『渇き』はすっかり鳴りを潜めている。


 芽に、若葉に、じょうろで水を与える。アルナが世話をしなければたちまち渇き枯れてしまう、儚き存在。


 渇きを癒されているのは、アルナの方も同じなのかもしれない。


 ――我は魔王。これもほんの一時の戯れ……だったはずなのに。

 フィリアをこの手で殺そうと思うだけで吐き気がする。

 我はどうしてしまったんじゃ?


 人も魔物も魔族も、己以外皆等しく塵芥。つつけばたちまち崩れてしまう土塊。

 他者などせいぜい『渇き』をほんの一時忘れさせる退屈しのぎの価値しかない。


 はずだったのに。


 殺さなければ。宿敵の末裔を。


 しかしできない。

『予言』は魔王が復活し災いを齎すと言っているのに。



 ……。


 ――そもそも、なぜこの我がわざわざ予言に従ってやる必要がある?


 ――そうじゃ、あえてこのまま何もせず正体も明かさずに過ごしてやろう。ルミレスの予言を覆せば、今度こそヤツに勝ったと言えるじゃろう。


 そうと決まれば何もしない。


 その答えに内心、アルナはほっとしていたのであった。





 翌日――


 街は朝からすっかりお祭り騒ぎで、大通りにはたくさんの屋台が出店を構えいい匂いを漂わせていた。


 そんなお祭りムードの街中に対し、アルナはフィリアと共に庭の花壇をしゃがんでほくほく顔で眺めていた。


「咲いたのう」


「咲いたねぇ」


 花壇一面に咲き誇る花々を眺め、アルナは今まで感じたことのない感慨に浸っていた。


「してフィリアよ、この花はどれだけ咲き続けるのじゃ?」


「4日くらい、かな。その後は萎れて枯れちゃうよ」


「た、たったの4日じゃと……?! これだけ時間をかけて、4日じゃと?」


 花の命が短いことも、美しさも、全てアルナにとっては新鮮な驚きに満ちていた。


 せっかく咲いたのに、たったの4日で枯れてしまう。けれどもアルナは、そのことに怒りを感じることはなかった。


「枯れてもそこで終わりじゃないよ。花は枯れた後に種をつけるんだ。その種からまた芽吹いて、花を咲かせるんだ」


「その繰り返し、なのじゃな」


 フィリアはゆっくり頷いた。

 そして、少し暗い顔を浮かべて切り出した。


「……僕、そろそろ行かなきゃ」


「何処へじゃ?」


「……お城」


 ――そういえば、今日は魔王討伐から百年の祭事であったか。勇者の子孫のフィリアが、主役となるというのだったな。


「そうか。では我は待つとしよう。早く帰ってくるのじゃぞ?」


「うん……またね(・・・)


 アルナは屈託の無い笑顔でフィリアの後ろ姿を見送った。


 ……フィリアの心に、暗雲が立ち込めている事も知らずに。





 *





「よくぞ参ったなフィリアよ。覚悟はできたか?」


 フィリアがやって来たのは、城とは真逆の町外れ。

 そこにはフィリアの他に、数百の兵士とこの国屈指の強者たちが立ち並んでいた。


 その中でも一際大柄で鎧を纏った男が立ち上がり、大きな声で話を始めた。


「皆のもの、よくぞ集まってくれた。ついにこの日が、――〝予言の日〟がやって来てしまった」


 男の名はギュピター。この国の軍事を総括する将軍である。


 そんな男がわざわざここまでやって来た事を意味するのは――


「今日、100年の時を経て〝魔王〟が復活する。そして、エンディスの街を始めとして、わが国に厄災を齎す……」


 ギュピターの言葉に、フィリアを始めとする面々は無言で頷いた。


 ルミレスの予言、〝魔王が再び現れこの地に厄災を齎す――〟


 それは、日時までも指定していたのである。


 だがこの事は国家機密。国民たちにパニックを起こさせないべく、日時の指定はせず、なおかつ『復活した魔王はほどなく倒される』という嘘も織り混ぜた。


 だが……実際には、予言に魔王が倒されるという言及はない。

 そして、晩年のルミレスは予言について頑なに話そうとしなかった。


 故に彼らには、今日来る魔王の脅威に勇者抜きで備えなければならなかったのである。


「フィリアよ頼んだぞ。そなたが我らの希望なのだ」


 これまでに何度も聖剣を扱える者を探し求めてきたが、未だにそれは叶わない。

 勇者の子孫以外の者では触れる事すらできず、すり抜けてしまうのだ。


 だが肝心のフィリアも、剣に『触れる』だけでその真価を発揮することは未だにできていない。


 しかしそれでも……やらなければならないのだ。


「僕なんかのために、皆さんありがとうございます」


 フィリアは青春のほとんどをこの日のための鍛練に捧げてきた。





 ――辛い



 ――苦しい



 ――逃げたい




 フィリアには戦う動機もなければ、守りたいものもなかった。


 鍛練なんて、嫌で嫌で仕方がなかった。



 でも、今は違う。


 フィリアの脳裏に、世間知らずの少女の顔が浮かぶ。


 やたら偉そうで色んな事を知っていて、それでいて花にすら触れたことがないらしい少女。


 あの少女の事を考える度に、不思議と胸が温かく心地よく高鳴る。



 ……。



「――この命に代えても、僕が魔王を殺します」



 胸に手を当てて、フィリアは強く宣言した。






 *






「早く帰ってこんかのぉ……」


 その頃、アルナはぽけ~っと青空を見上げていた。


 街中あちこちで賑やかに愉しげに騒がしい。

 フィリアが帰ってきたら、共に街中を巡るのも悪くない。


 アルナの中に、もはやフィリアへの殺意はない。この国を滅ぼすという理由もない。



 しかし、だ。


 それでも――呪われし〝予言〟は、必ず実現してしまう――






 黒き稲妻が、エンディスの街上空に迸る。


「なんだぁあれ?」


「ママー、あれなぁに?」


 人々は呑気に天を指さし、まるで危機感というものを持ってはいなかった。


 人々が指さす先に、何かがいる。

 天から街を見下ろすように、黒いローブを纏った少女(・・)が宙に立っていた。


 少女は顔に白い仮面を着けており、頭には牛のような角が伸びている。


 誰かが言った――




「魔王……?」




『魔王』が、眼科の街へと指を差した。

 それと同時に、黒き雷が街中へと降り注いだ。



 100年後、再び魔王が現れこの地に災厄を齎すだろう――



 街のいたるところから火の手が上がり、人々の恐怖の入り交じる喧騒が広がっていく。


 そこへ――


 宙を駆け登り、その者は『魔王』に斬りかかった。


「お前が魔王だな?」


『いかにも。この我に歯向かうというのか? 勇者ルミレスの子孫、フィリアよ。クックック……』


 魔王は片手でフィリアの聖剣とつばぜり合いをしながら、仮面の下で笑った。


「何がおかしい?」


『この程度か、勇者の血とやら。これでは寝起きの準備運動にもならん』


 刹那、フィリアの右頭部を魔王の蹴りが襲う。


 が、寸前に聖剣の腹で蹴りを防御。そのまま数メートル吹っ飛ばされるが、すぐに体勢を建て直し魔王へ聖剣を構える。ダメージは大きくない。


『少しはやるようだな。人間どもの身体強化魔法か』


 5年間に渡る鍛練。


 身体強化魔法と宙を駆ける魔法


 他者の身体能力を『借りる』魔法。


 国中の猛者の力を借り受け、フィリアは一時的ではあるがルミレスに並ぶ力を有していた。


「予言は僕が成就させない」


『ならばやってみろ、守ってみろ、抗ってみろ!! 夢、希望、愛、その全てがいかに無力か刻み込んでやろう!』


 魔王が仕掛ける。武器はなく、拳による殴打がフィリアを襲う。しかしフィリアもそれらを見事に捌き、カウンターの一撃を魔王にお見舞いした。


 魔王の小柄な体に一条の線が走る。フィリアの一撃が魔王にダメージを与えたのだ。


 だが、傷は深くはない。フィリアが与えた傷は即座に服ごと再生し、何事もなかったかのように戦闘を続行する。


「この程度か勇者よ!」


 魔王はフィリアと応酬を繰り広げながら、真下の街へ向けて黒き雷の弾を何発も放った。


「やめろ!!」


 フィリアは即座に放たれた雷撃の前へ割り込み、剣で弾こうと試みた。しかし何発かは弾けず、そのまま街へと落下してゆく。


 ――このままでは死者が出てしまう


 フィリアの脳裏に生意気な少女の顔が過る。


 その時――雷弾は、街へと到達することなく見えない何かによって弾かれた。


『結界か? 人間どもの中にもずいぶんと腕の立つ者がいるようだ』


 ――魔王の攻撃すら耐える結界。これならば街への被害を考えず、全力で戦える。


 魔王とフィリアの応酬は激しさを増してゆく。


 魔王は魔法を入り交ぜて、近接と遠距離中距離の攻撃を巧みに使い、攻めてゆく。

 対するフィリアは、一点のみ魔王に勝る敏捷で攻撃を回避し懐へ潜り込み、着実にダメージを与えてゆく。


 魔王の傷はすぐに塞がるが、見えないだけで必ずダメージは蓄積している。


 この状況が続けばフィリアにも勝機はある。






 ……続けば(・・・)、だ。






『その力、単なる鍛練で得られるものではない。何か仕掛けがあるな?』


「だったら何だ」


『ならばこうしよう』


 魔王がパチンと指を鳴らした途端――魔王が、5人に分裂した。


『分身じゃ。さぁどれが本物か当ててみよ!』


 魔王の分身どもが、フィリアへ襲いかかる――!


 分身どもの戦闘能力は据え置き。魔法こそ使っては来ないが、フィリアはこれまで以上に劣勢を強いられていた。


「ぐっ……このままじゃ……」



 このままでは(・・・・・・)、負ける。


「はああああっ!!!」


 フィリアは更に力み、魔王の分身どもを3体まとめて袈裟斬りに裂いた。

 そして背後から迫る2体を、振り向きざまに串刺しにした。


 五体の魔王を全て倒してみせた、が……手応えはない。


『やるではないか。だが、もう――』


 魔王が、フィリアの真後ろに出現する。

 そして、振り向いたその顔を殴り飛ばした。


 この程度、先ほどまでのフィリアなら避けるか防ぐかできたはずだ。しかし、もうフィリアは――


時間切れ(・・・・)、だろう?』


「クソっ……」


 フィリアの全身を黒い鎖が縛り上げる。

 更に魔王に顔を掴まれ、もはやフィリアは呻くことしかできない。


『聖剣の力とやらを使えればまだ戦えたろうに、残念だ』


 時間切れ――


 先ほどまでのフィリアは、身体強化魔法に加えてこの国の猛者たちの身体能力を借り受けるという術を施していた。そしてその制限時間は5分。


 それが切れた今、フィリアに魔王とまともに戦える力は残っていなかった。




 ……。




 ――勇者(・・)のひ孫なだけはある


 ――さすがは勇者(・・)の子孫


 ――これが勇者(・・)の血筋が為せる技か



 ひいおじいちゃんの事は大好きだった。


 けれど同時に、大嫌いでもあった。


 何をやっても勇者、勇者、勇者。


 勇者の子孫だから特別、勇者のひ孫だから凄い。


 そうじゃない。特別だったのは勇者ルミレスであって、フィリアじゃない。フィリアには予言の力も無ければ聖剣の力を扱うこともできない。


 ずっと、自分に自信が持てなかった。


 誰も『フィリア』を見てはくれなかった。




 ……あの日までは。




 ――なんじゃお主、料理ヘッタクソじゃのう


 ――ふむ、腕を上げたのう。これならそろそろ食えるものを作れそうじゃ


 ――花はいつ咲くのじゃ? 明日か!?



 アルナと出会って初めて、フィリアは自分がこの世界で生きていると実感できた。


 アルナだけが、『フィリア』を見てくれた。


 守りたいと、生まれて初めて思った。


「ま、だだ……!」


 フィリアは聖剣を強く握りしめる。


 ――だれが何と言おうと、今だけは――


「僕が――〝勇者〟だっ!!!」




 フィリアの決意と覚悟の宣言。


 それに、勇者にのみ扱える(・・・・・・・・)聖剣は応えた。



『何だ……?!』


 フィリアを縛っていた鎖が突如として切断される。


 そして、瞬きする間に『魔王』の首から胸にかけて深い裂傷を与えていた。


『ぐふっ……!?』


 再生が遅い。口から血を吐きながら、魔王は初めて自身の命に刃が届いた事を実感していた。


 それもそうだ。聖剣――死生剣(ミスティルテイン)は、不死の存在をも殺す神の剣。


 万物を平等に切り裂く聖剣の力〝絶対切断(ザンテツケン)〟は、時に神にすら届く。



 ――勝てる



 フィリアはそう確信し、止めを刺そうと迫る。


 その時――魔王の仮面が、地に落ちた



「え……?」


 仮面の下から現れた魔王の素顔。それは――


「アルナ、ちゃん……?」


 フィリアの手が止まる。

 命を賭してでも守りたい人。それが――目の前で血を吐いていた。


「なんで……アルナちゃんが……」


 呆然としている間に、魔王の傷は塞がってゆく。


『――よくもやってくれたな』


 耳元で魔王の怨みがましい声が聞こえた――


 と同時に、フィリアのみぞおちに熱い感覚が走った。


「ぐぶっ……?!」


『これで終わりだ』


 血に濡れた魔王の腕が、フィリアの背中から生えていた。


 フィリアはようやく、自らのみぞおちが貫かれている事に気がついた。


「がひゅっ、ごぼっ……あ、る――」


 魔王はフィリアのみぞおちから腕を引き抜いた。

 フィリアはそのまま、崩れ落ちるように落下してゆく。


『勇者の血筋もこれで潰える』


 勝ちを確信した魔王は、落ちゆくフィリアを冷徹に見下ろす。


 フィリアは特別ではない。特別だったのは曾祖父のルミレスだ。

 フィリアはあくまでも、どこまでも凡人。

 努力の果てに聖剣に認められる『勇者』となったが、そこまでだった。







 ただし――







「遅れてすまぬ、フィリア。お主は死なせはせん」


「え――」


 ――地に落ちてゆくフィリアの身体を、何者かが両腕で受け止めた。

 その者がフィリアの傷に手を当てると、不思議と痛みが引いてゆく。


「う、うぅっ……」


 フィリアの視界は、温かな海中にいるように、きらきらと優しく歪んでいた。


「ふん、泣くな弱虫め。よく頑張ったな」


「アルナ、ちゃん……? 本物?」


「本物じゃ……って我の衣で鼻水を拭うでない! ばっちいではないか!」


「うぅ、ごめん……」


「まあよい。説明は後じゃ、今は――」


 魔王アルナ(・・・・・)は、そのまま魔王(偽者)を一瞥し――


「――頭が高いな。誰の御前と心得る?」


『その顔、貴様はまさか……!』


 突如、魔王(偽者)の身体が見えない力で地面へと引き摺り堕とされる。


『な、なんだ?!』


「知っておるか? 万物には存在するだけで他の物を引き寄せる力がある。それはこの『大地』も例外ではない」


『このっ……かくなる上はこのまま魔王を討ち取ってくれる!!』


 魔王(偽者)は、堕ちる最中にアルナへ黒い稲妻を放った。

 だがアルナは稲妻を片手で掴んで止めると、それを投げ返した。


「フィリアを守らねばならぬ故、貴様は片手で相手してやろう」


『な、嘗めるなっ!!』


 アルナに瓜二つの魔王(偽者)は、怒り猛った。


 竜巻のごとき蹴り、山をも砕く拳、洪水のような魔法。


 フィリアを小脇に抱えたまま、アルナはあらゆる攻撃をいなし防ぎきって見せた。


「この程度か? ならば見せてやろう、本物の魔王の力を」


 そして――アルナはフィリアを抱えたまま、魔王(偽者)を圧倒した。

 ただの拳で国をも吹き飛ばせ、蹴りは天を割る。魔法は世界の法則そのものを書き換える。


 殴る、蹴る、殴る、蹴る、殴る、殴る、蹴る、蹴る、叩き割る。されど偽者が死なないように加減し、魔法で治癒する。


「この不敬者め。我の姿でなんだその体たらくは? ――〝解呪(デスペル)〟」


 アルナがそう呟いた途端、アルナと瓜二つの偽者の姿にノイズが走り――そして、細身の男の姿が現れた。


「それが真の姿か。魔族ではないな?」


「お、オーニング伯爵?!」


 フィリアが叫んだ。

 偽魔王の正体は、エンディス領に隣接するオーニング領の主――オーニング伯爵だったのである。


「どうやってそれほどの力を得たかは知らぬ。だが、さしずめ魔王を演じることで予言を成就させ、混乱に乗じて国を乗っ取りでもしようとしたか。下らぬな」


「クソっ……なぜ勇者の血族が本物の魔王と……」


「ただの偶然じゃ。正体も今まで隠しておったしな。おっと、逃げようとしても無駄じゃよ」


 オーニングの身体を黒い鎖が縛り上げる。


「殺すのは簡単じゃが、こういうのは人間の手で裁くべきじゃろう?」


「そうだね、そうしてくれると助かるかな」


 それから2人は地上へ降り立つと、待機していたギュピター将軍に事情を話しオーニング伯爵を引き渡した。


「あ、我が予言通り復活した魔王アルナじゃ。よろしく頼む」


「は……?????」


 ……マジもん魔王アルナについては、一旦国王に報告し判断を仰ぐとのこと。ギュピター将軍は今後、慢性的な胃痛に悩まされることだろう。


 そうして――オーニング伯爵は拷問にかけられた後に〝不幸な事故〟で亡くなった。


 オーニング伯爵家は裏で人間に上位魔族の力を埋め込む等の禁術の類を研究しており、非人道的な実験も数多く行っていた事が明らかになった。


 だがその事が世間に知られる事はない。


 今回の事件は『魔王』が引き起こしたものとして知らされたのである。



 ――〝魔王は勇者フィリアの手で倒された〟と。


 フィリアはほどなく勇者として貴族に担ぎ上げられようとしていたが、国王の一存でそれは取り消しとなった。


 その理由を知る者は多くはない。



 そうしてフィリアは、今まで通りの日常へと帰っていった。

 そしてアルナは――


 ――フィリアの自宅の玄関前で土下座を決め込んでいた。


「今まで騙していてすまなかった……」


「ううん、それはいいよ。ところでさ、なんで最初から助けてくれなかったのかな?」


「うぐっ……それはじゃな……」


 フィリアに笑顔で詰められ、アルナは言葉に困る。

 最初からアルナが出て偽魔王を倒せばフィリアが傷を負うこともなかっただろう。


 しかし、だ。アルナにも考えがあったのだ。


「お主の覚悟に、水を刺したくなかったのじゃ」


 偽魔王をフィリアがそのまま倒せれば、それでよし。フィリアは自信を持てて、更にアルナは魔王という立場を脱ぎ捨てることができる。


「だったらさ、影からこっそり援護するなりあったでしょ?」


「け、結界で街を守ったぞ!」


「それは助かったけど……」


 と、言いかけたところで、玄関先の『聖剣』を飾るスタンドからひらりと古びた紙が落ちた。


「何これ?」


「壁との間に挟まっていたようじゃな。きっとルミレスのものじゃ! そうに違いない!!」


 しめた! とアルナは追究を逃れられる事を期待し、フィリアにジト目で睨まれる。


「なになに……〝予言には続きがある〟――」




 ――魔王討伐から100年後、魔王を名乗る者が再び現れこの地に災厄を齎すだろう。しかし、同時に蘇りし魔王アルナがこの地を守るだろう。



「なん、じゃと……?」



 ――そしてこの予言を、アルナ自身が見ている事だろう。


 フィリアとアルナはぱちくりと瞬きをして、目を合わせた。


 全て、全て、ルミレスの予言通り――


「くくっ……ぶははははっ!!!」


 アルナは大きく笑った。それはそれは、腹の底から、胃袋を吐き出してしまうんじゃないかという勢いで大笑いした。


「アルナちゃん……?」


「ひー、こんなに笑ったのは初めてじゃ。まさか何もかもルミレスの掌の上じゃったとはな」


「お、怒ってる……?」


「いいや、吹っ切れたわ。我はまたしてもルミレスに負けたようじゃな」


 にんまりと楽しそうに、アルナは涙を拭う。


「またひいおじいちゃんか……」


「何じゃ、またルミレスと自分を比べておるのか?」


 アルナはフィリアの眉間を人差し指で軽く弾いた。


「この魔王()の心を融かし、絆した。これはルミレスでさえできなかった偉業じゃぞ?」


「そうかな……そうかも?」


「今ここにいる我は、ただのアルナじゃ。お主こそが、魔王を打ち倒した真の勇者なのじゃ。誇るがいい」


 フィリアは凡人である。特別な才もなければ、神に愛された訳でもない。


 されど、魔王を倒した正真正銘の勇者なのである。


「――ねえアルナちゃん。君さえ良ければ、ここで一緒に暮らさない?」


 フィリアはアルナへ手を差し伸べる。


 嘗て――アルナは、ルミレスに差し伸べられた手を振り払った。

 もしもあの時その手を取っていたならば――


「……そうじゃな。人の一生ぶんくらい、囚われてみるのも良いかもしれぬな」


嘗て魔王と呼ばれた少女は、ただの『アルナ』としてこの地に根を下ろす。


それはフィリアの一生を見届けた後も続くのだろう。


ルミレスにはきっと、その事すらもお見通しだったに違いない。



 ――種が芽吹き、葉を繁らせ、花を咲かせる。そして枯れ果て、種をつける。


 その種がまた芽吹き……花を咲かせ、その繰り返し。


 アルナは決意した。


 ――これからは儚く尊き花々の営みを見守り続けよう。

 永劫のこの命が尽きる、その日まで。






 嘗て暴虐の限りを振るったその者は――


 ――魔王は、既に死んでいる。







フィリアくんちゃんの性別は読者の想像におまかせします。作者も決めてません。(が、百合好きの作者としては女の子派)




ここまでお読みいただきありがとうございました。

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