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3.鬼の哭いた家

今年(2025年)の節分は2/2らしいですね。

てっきり2/3は固定なのかとばかり思っていました。

せっかくなので鬼に絡めて書いてみました。

 私とアイラは、とある依頼を受けて山の中へと入り込んでいた。

 「鬼」

 この地方の人間で、その名を知らないものはいない。

 赤い肌に、圧倒的な力を持ち、村々を襲い、金品や若い女を略奪する。

 伝説上の怪物。知らぬものなどいない。

 しかし、知られていないこともある。

 それは、鬼は実在するということだ。

 今でも山の奥にひっそりと暮らしているそうだ。

 そして、私たちはどちらも別段戦闘に優れているという訳でもないのに、鬼退治に向かわされていた。

 鬼退治の方法は、凡そ子供に英雄譚として語ることは出来ないような方法だ。

 まずは鬼に、今までの狼藉は謝罪する、誠意の証にこの酒を受け取ってくれ、と酒を渡す。これは、なんて事ない普通の酒だ。

 (愚かな人間は何をやらかしたのだろう。)

 週に一度、必ず酒樽ひとつを持っていく。

 するとどうだろう。一年もする頃には、鬼は酒樽を警戒しなくなる。

 そして、油断しきった所に、毒入りの酒を捧げ、コロッだ。

 なんて卑怯な。この作戦を考えたやつは性格がひねくれているに違いない。

 私たちは、そんな卑怯極まりない作戦の大トリを任せていた。つまり、毒の入った酒樽を持っていく仕事だ。

 大トリといっても、何も名誉な仕事ではない。最後に鬼が気づいて使者を殺してしまう可能性があるから、死んでも痛くないやつにしとこう。それだけの事だ。

 ではなぜ、私たちはそんな危険な依頼を受けたのか。

 金だ。

 この仕事はその危険度にあった超高額報酬だった。そしてそれにまんまと釣られたバカ二人が私たちって寸法だ。

 普段ならあからさまに怪しい仕事など避けるのだが、グラースィエラを出てから特に金を得てもいなかった私達は、しばらくろくなものを口にしておらず、金(=食べ物)を前に、判断力を鈍らせていた。

 「あーあ、こんな危険な仕事受けなきゃ良かった。」そうボヤくのは、私の旅仲間、アイラだ。

 「受けようって言ったのはアイラですよ。明らかに怪しかったですし、私は反対しましたよ。」

 ——超高額報酬!

 勤務時間一日のみ。

 服装、自由。

 アットホームな雰囲気。

 詳細は機密事項につき契約後にお伝えします。

 ※なお、機密情報を取り扱いますので仕事の間連絡手段はこちらで制限させていただきます。

 

 怪しいなんてものじゃない。

 広告自体が、私を信用しないで!と言っているようなものだ。

 しかし、ついに金が底を尽き始めたためにここで一発、大きく稼ぎたい、なんて思っていたのも事実だ。

 つまり、私たちは愚かだったのだ。

 向こうは巧妙で、私たちの荷物を預かって置く、なんて言って荷物を人質にとって逃げ出せないようにしてしまった。

 「だいたいさ、なんで鬼なんか殺さないといけないの?悪さをしたなんて噂は聞いたことないのに。」

 「知りませんよ。国に何か不都合でもあったんじゃないですか?」

 何もしていない鬼を殺すにしては気合いが入りすぎている気がする。何か陰謀でもあるんだろうか。

 ——などと話していると、着いた。着いてしまった。鬼の居城に。

 

 その見た目は大変禍々しく……ない。

 少しのっぺりとした石製の壁に、大きな窓がはめ込まれており、少々奇抜ではあるものの、受ける印象は、お洒落、だ。

 私は最初、目的地を間違えたのかと思った。

 しかし、こんなにも深い森の中に他に建物があるはずも無い。

 しかも、大きな門には可愛らしい文字で「鬼」と書かれていた。

 その真偽は分からないが、とりあえずここに酒樽を置いてさっさとトンズラすれば、最低限仕事をしたことにはなろう。

 「よし。行きましょう。」

 コンコン、と重そうな木製の扉を叩く。

 しばらくすると、中からトン、トンという軽い音が段々と近づいてきて、キィとその見た目に似合わぬ軽い音を出して、扉が開いた。

 中からは大きな目がこちらを覗いている。

 大きな、と言っても驚くほどでは無い。

 一般的な人間の範疇で、だ。

 「あ……入ってきてくれるんだ……」

 家の主——鬼はそう言った。

 「ええと……あなたが『鬼』さんですか?」

 「え、ええ。」

 そう言いながら現れたのは、その名が驚くほど似合わない、可憐な少女だった。

 「鬼、は苗字です。下の名前は澪といいます。」

 細々とした声で、顔の半分程を扉から覗かせながら言う。

 「人と話すのなんて何年ぶりだろう。三百年くらいかな……いっつもお話もせずに怪しいものだけ置いて居なくなっちゃうから……」

 その顔は少し寂しげだ。

 というか、最初っから怪しいって思われてんじゃん。

 「え、と。今まで持ってこられたお酒はどうしていたんですか。」

 「裏山に捨ててました。お酒は好みません。」

 国を上げての謎の作戦は全くの失敗していたらしい。

 「……それより、うちの中でお話しませんか?」

 鬼、なんて名前だからもっと猛々しいのを想像していたが、この少女は淡い金色の髪や静かな美しさを持つ服とともに儚い空気を纏っていた。

 「……お邪魔します。」

 こうして、私とアイラと、鬼と、文字だけ見れば略奪、とかオトシマエ、とか物騒な言葉が聞こえてきそうな鬼との対談が始まった。

 

 鬼の家は、全体的に大人しい色合いで、その家の主をよく表しているようだった。

 私たちは、玄関からしばらく歩いた後、今に通され、お茶や菓子を提供されながらこれまでの旅のことを話していた。

 「……それで、結局お金が足りなくなっちゃって、鬼の家に毒入りの樽を持っていく、なんて怪しい仕事受けちゃったんです。」アイラは家主の暗殺計画をいとも簡単に漏らした。

 対する鬼……澪さんの方はそれを聞いても他人事のように楽しげに聞いていた。

 「……可笑しい……でも、私も一人で退屈だったので貴女達が来てくれて嬉しいわ。」

 「あの、失礼かとは存じますが、いまはお幾つなのですか?」

 「覚えてないわ。二千かそこらだとは思うけど……こっちの世界の暦は分からないのよね……」

 彼女はケロッとした顔で答える

 こっちの世界、とはどういう意味だろう。

 「ずっとこの家にいらしたんですか?」

 「いえ、最初の百年くらいはあなた達みたいに旅をしていたわ。でも、この体の呪いの所為で友達に先立たれて、それからはずっとここで独り。しばらくの間は退屈だけど不幸せでは無い日常が続いていたんだけど、段々暇になってきちゃった上に、なんだか鬼退治だーとか言って魔物扱いされて……退屈だったところよ。」

 「呪い、とおっしゃいましたか?」

 「ええ、この世界に来る時、女神みたいな人に付けられたものなの。最初の頃こそ不老不死って言葉に喜んだものだけど、やっぱり本で読んだとおり辛いものなのね。」

 女神、これも気になる言葉だ。

 ここは、少し聴き込んでみようか。

 ——私は、私たちの旅の事情を話し、彼女に詳しい話を求めた。

 

 「……そんなことがあったのですね……わかりました。なにかお役に立てるかも知れませんし、退屈しのぎをしてもらったお礼に知っていることは全て話しましょう。

 ——私は元々この世界の人間ではありません。

 詳しいことは分かりませんが、転生?というものだと思います。

 鬼澪、は前世での私の名前です。幼い頃は何度もバカにされ、嫌いになったこともありましたが、今ではこれがほとんど唯一の私を私たらしめるアイデンティティです。

 私が向こうの世界で、突然、原因は分かりませんが、死んでしまいました。

 ただ、その事に自分で気づいたのは……というのも可笑しな話ですけど……私が雲の上のような、中のような明るい場所で女神と名乗る人に会った時です。

 彼女は自らを春の女神と名乗り、別の世界で生まれ変わるにあたって、自分に出来る最大の援助として、無限の生命を与えてくれると言ったのです。その時の私は喜んでもらいましたが、まぁ今になってみれば後悔しています。それが本当に私を思ってのことなのか、或いは私を貶める呪いだったのかは分かりませんが、その後は、気がつくと「迷いの森」の中で、この体で目を覚まし、旅をし、普通に生きることを諦め、今に至ります——


話す中で、彼女の目には懐古の念や、哀しさ、時には涙が浮かんだ。

 「……似ていますね。」

 「ええ、そっくりね。」

 そっくりなのだ。アイラが目を覚ました状況に。

 「その女神はどんな見た目をしていたのですか?目が覚めた時、どんな格好をしていました?」

 アイラは身を前に乗り出して、机を挟んで向こう側のソファに座る澪さんに詰め寄る。

 「……え、ええと。女神様の見た目は霧がかかって良く見えませんでしたし、目が覚めた時は裸でした。」

 「……んー。ここは違うらしいね。」

 「どこが違うのですか?」

 「私はハッキリとでは無いですが、顔以外の女神の姿は見ることが出来ました。あと、目が覚めた時はこのローブを着ていました。」

 アイラはそう言いながら、金色の刺繍の入った純白のローブのような服を取り出す。

 それを見た、澪さんはしばらく考え込んだ後、ふと、そういえば……と話でした。

 「……二千年程前、まだ旅をしていた頃、例の女神を崇める神殿でこの服に似た服を見たことがあります。」

 春の女神を崇める神殿で、目が覚めた時アイラが来ていた服(に似ている)服を見た……

 「迷いの森出目を覚まし、春の女神に関係がありそうな服を着、女神のお告げを受けた……。これはこの女神について少し調べた方が良さそうですね。」

 「春の女神フォンスを信仰しているのは、北方大陸の東部のフリューリーナが中心です。……少なくとも昔はそうでした。」

 さすが、亀の甲より年の功。

 「じゃあ今後はそちらの方へ行ってみましょうか。」

 「ええ、そうとなるとのんびりしていられないわ!」

 アイラは次なる可能性に目を輝かせていた。

 「いえ、今日はもう遅いわ。うちに泊まって行きなさい。」

 澪さんは優しく言った。

 彼女の言葉に外を見ると、いつの間にか辺りの木々は暗い影を落としていた。

 「それに……あなた達お金がなくて困っていたんでしょう。少し私に案があるの。」

 「ほう。聞かせてください。」

 「……私はここで死ぬの。そして私たちはその討伐報酬でフリューリーナを目指すのよ。」

 「……私たち?」

 「ええ、私は首から下が切り取られてもまた生えてくるわ。だから私の首から下をここに残して、私たち3人で鬼を殺したことにするの。首は……証拠にしようと切ったらどこかに飛んで行ったとでもしとけばいいわ。鬼っぽいしね。」

 「そうじゃなくて、いや、その案も衝撃的ですけど、あなたも旅についてくるんですか?」

 「ええ。いけない?」

 「それは……そんなことは無いですけど。」

 「それにあなた達、この世界を旅したことのある優秀なガイドが必要なんじゃなくって?」

 ……強かだ。実に強かだ。

 「分かりました。そうしましょう。アイラ、それでいいですか?」

 「ええ。異論ないわ。」

 こうして、私たちのパーティに鬼が加わった。

 

 翌日、事前に打ち合わせしていた通りに澪さんを殺した。

 私もアイラも人の首を跳ねられるような武人ではないのでちょうど持ってきた毒を飲んでもらった。

 余程強力な毒だったようで、一口飲んだ途端に、澪さんは泡を吹いて倒れた。

 そして、ナイフで恐る恐るその頸を切り取る。

 頸から下は玄関近くのよく見える場所に放置することにした。

 しばらく人間の頭が今に転がる異様な光景が広がっていたのだが、しばらくすると首の付け根の辺りから、メキメキと再生が始まった。グロい。

 

 ——ひとつ問題があった。

 どうやら再生する時に、服までは再生されないらしい。

 つまり、勢い良く首から全裸の少女が目の前に形作られて行っていたのだ。

 あまりに異様な光景に私は動くことが出来ずにいた。下心はあまり無かった、と思う。

 首が再生され、細い鎖骨が浮き出た首下が再生され、肩が再生された頃から少しずつ膨らみが出来ていく。この間三秒程だ。

 いよいよ坂は小さなホクロをこえて、頂点に達しようとし、何とは言わないが見えてしまいそうになった所で、私が彼女を見ていることに気がついたアイラの指が飛んできて、私の目にクリティカルヒットした。

 うっ、という間もなく、私は彼女のローブを顔の上からかけられた。

 「……見るつもりはなかったんだ。」

 我ながら情けない弁明だ。

 「問答無用よ。」

 アイラは冷酷にそう言う。少し蔑みの色が見えるような……

 「……私は気にしないわ。もう慣れっこだもの。」

 全身が再生され、意識も戻った澪さんが言う。

 「私が嫌なのよ。」

 アイラはやはり不機嫌だ。

 

 ——その後私は、亀のように丸くなって土下座をして、何とかお許しを得た。

 これは後にエオラスの屈辱と呼ばれることになるのだが、これは別のお話。別の時にお話しよう。

 

 替えの服を着た澪さんとアイラと共に街へと下る。

 「……いや、ほんとに申し訳ありませんでした。」

 「私もいきなり目潰しして悪かったわ。痕になってない?」

 正直かなり痛いし、まだ目の奥がジンジンと非常事態を知らせている。

 が、ここで掘り返す必要も無いだろう。

 「大丈夫。この傷は戒めとして……」

 「ふふふ。あなた達本当に仲がいいのね。」

 澪さんは鈴を転がすような声で笑いながら言った。

 「え?まぁ確かになんだかんだ数ヶ月一緒に旅をしてますし。」

 「そういう意味じゃなくってね……まぁどっちも気づいて無さそうだしいっか。」

 なんなのだろう。歳を重ねると隠し事が多くなるのかもしれない。

 「……ところで、嫌な話ですけど、」

 アイラは少し神妙な面持ちで切り出す。

 「私たちは、決して命の長くない普通の人間です。それでも一緒に旅をしてくれるんですか?きっと私たちはあなたと仲良くなってしまいます。」

 仲良く「なってしまう」。

 これは彼女にとってはまた辛い思いをすることになるのではなかろうか。

 アイラがそう言うと、澪さんは少し寂しげな顔をして話し出す。

 「……あなた達が来て、少しお話して、思い出したの。友達ってやっぱり素敵だなって。また何十年かくらいは刹那的な楽しさに身を投じたいなって。」

 何十年かが刹那的なのか……

「そう。それに、彼女が、私のこの世界での最初の友達が死ぬ時に言っていたのを思い出したの。『私を忘れないでね。』って。私はずっと彼女を覚えていたわ。だからこそ辛かったのだけれど……でも、貴方たちと話して何となく彼女の言いたかったことを思い出したのよ。彼女はきっと、私が独りになることを恐れて人から離れるって分かっていたのね。だから、私の記憶の中で、私の一番近くで、永遠を生きようとしてくれてたんだと思うの。きっと。賢い彼女と違って、愚かな私は、その事に気がつくのに何十世紀もかけてしまったけど……」

 澪さんは目に涙を浮かべながら言った。

 そして、最後に、

 「つまり、ひとりじゃないからもう怖くないってこと。」

 といった。

 その顔に儚さはもうない。

 あるのは強さと希望だけだった。

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