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 青い空、白い雲。中庭の薔薇は満開を迎え、その中心に置かれたガーデンテーブルの上にはカラフルなお菓子と紅茶が並んでいる。


「ん〜! 幸せ……」


 エミリアは大好物の苺のケーキを口に運ぶと、頬に手をやりうっとりと呟いた。

 口溶け滑らかなクリームと酸味のある苺ソースの相性は抜群で、どれだけ食べても飽きない美味しさだ。


 婚約披露宴から数日が経過し、世間がどんな反応を見せるのか戦々恐々としていたエミリアだったが、そんな不安とは裏腹に穏やかな時が流れていた。


 タリア曰く、もしエミリアがエドワードと婚約して次期王妃に内定していたら、他家は黙っていなかっただろうとのことだ。


 とはいえ批判が全くないかといえばそうでもない。

 国内には放蕩王子のエドワードではなく、血筋では劣るものの能力の優れたヨシュアを王にすべきと主張する第二王子派が存在する。


 彼らからしてみれば死刑囚となった悪女カリル侯爵令嬢の娘であるエミリアは目の上のたんこぶに違いない。


 しかし王家が二人の婚約を認め、婚約披露宴まで行った今、表立って非難することは王家を敵に回すに等しい行為だ。


 結果的に訪れた拍子抜けするほど平穏な日々に、エミリアは戸惑いつつもホッとしていた。

 その反動だろうか? 安心したら食欲が止まらない。

 エミリアは一つ目のケーキをあっという間に食べ終えると、今度はチョコレートケーキに手を伸ばした。


「あんまり食べると太りますよ、お嬢様」


「だって美味しいんだもの。太ってドレスを着られなくなったら、それはジェフリーのせいだわ」


 タリアの苦言にエミリアは満面の笑みで答えた。

 料理長ジェフリーが作るスイーツは絶品で、駄目だとわかっていてもついつい食べ過ぎてしまう。


「ほんと、ジェフリーのスイーツは絶品だよねぇ。宮廷にスカウトしたいくらいだ」


 エミリアの向かい側に座ってケーキを食べていたエドワードがしみじみと呟く。

 公爵家お抱えの料理人を取られてはたまらないと、エミリアは慌てて声を上げた。


「ジェフリーは絶対にあげませんよ!」


「はは、冗談だよ。……半分は」


「それって半分は本気ってことじゃないですか!!」


 幼い頃からジェフリーの作る料理を食べてきたエミリアにとって、彼の料理はまさしく家庭の味。

 公爵家の料理人はジェフリー以外には考えられない。

 しかし王室に本気で勧誘されたら公爵家としてはどう頑張っても勝ち目はない。勧誘される前にどうにかエドワードの気を変えなくては。エミリアは必死に頭を働かせた。


 ──そうだ! エドワード殿下のケーキにレモン汁をかけてしまおう!


 エドワードは酸っぱいものが苦手だから酸味のあるケーキは嫌いな筈。ジェフリーの料理が口に合わなければエドワードも引き抜きを行ったりしないだろう。

 美味しいケーキを作ってくれたジェフリーには申し訳ないけれど、これしか方法はない。


 エミリアは側に控えるタリアを手招きすると耳元に口を寄せた。


「タリア、厨房に行ってレモンの輪切りを貰ってきてちょうだい」


「レモンですか?」


 聞き返されたエミリアは真剣な表情でしっかりと頷いた。

 するとタリアは呆れた表情をしてため息をついた。


「エドワード殿下、お嬢様を揶揄うのはやめてください。冗談が通じないんですから」


「え? 冗談?」


 タリアの言葉にエミリアは目を点にした。


「はははっ! ごめんごめん。真剣な顔で悩んでるのが可愛くて、つい」


「エドワード殿下!!」


 エミリアは楽しそうに笑うエドワードをキッと睨みつけた。


「ごめんって」


 重ねて謝罪を口にするエドワードだが、顔には笑いが残っている。


「あーあ、なんでバラしちゃうんだよタリア」


「殿下は私に感謝すべきですよ。そうでなければお嬢様にレモンをお見舞いされてましたからね」


「レモン?」


「わっ、タリア! しっ、しーっ!!」


 なんとか誤魔化そうと二人の会話を遮ったエミリアだったが、残念ながら失敗した。


「エーミーリーアーちゃーん?」


 何をしようとしたのかな? とエドワードがエミリアに詰め寄る。

 エミリアは椅子から立ち上がるとタリアを盾にして逃れた。


「で、でも最初に揶揄ったのはエドワード殿下ですよね?」


「それを言われると怒れないじゃないか」


 エドワードは肩をすくめるとあっさり引き下がった。


「そういえばエドワード殿下、最近毎日いらっしゃいますけど、お暇なんですか?」


 エミリアが疑問を口にするとエドワードは心外そうな顔をした。


「暇だなんてとんでもない。私の仕事は弟の可愛い婚約者を眺めることだからね。今日も大忙しさ」


 婚約披露宴が終わってからの数日、全く連絡がつかず会うことも叶わないヨシュアとは対照的に、エドワードは毎日のように公爵家を訪れている。

 追い返すわけにもいかないので、エドワードとは毎日庭を散歩したり、一緒にお茶をしたりして過ごしている。

 これではヨシュアとエドワードのどちらが婚約者なのかわかったものではない。


「冗談はもう結構ですから、御用件をどうぞ。それとも、今日もただお茶をしに来ただけなんですか?」


「そうしたいのは山々なんだけどね、今日は言伝を預かっているんだ」


「言伝?」


 エミリアはタリアの後ろに隠れたまま首を傾げた。


「そ。エミリアにはヨシュアの婚約者として暫くの間王宮で過ごしてもらいたいんだ。王宮のしきたりとか行儀作法とかを色々と学んでもらう為にね」


 公爵令嬢として一通りの礼儀作法は学んだものの、王族の末席に名を連ねるとあればそれだけでは不十分なのだろう。

 それに加えてエミリアは悪女の娘という欠点がある。出自ばかりは変えようがないが、これ以上ヨシュアに迷惑をかけない為にも自分にできることは頑張りたい。

 エミリアはやる気に満ちた目でエドワードを見据えた。


「わかりました。それで王宮にはいつから行くことになるのでしょうか?」


「早ければ早い方がいいからね。明日改めて迎えに行くよ」


「明日!?」


 驚きのあまり裏返った声が出てしまった。


「うん、明日。支度もあるだろうから私はこれでお暇させてもらうよ。それじゃあね、エミリア」


 エドワードはひらひらと手を振ると言いたいことだけ言ってさっさと帰ってしまった。

 エミリアが呆然とエドワードを見送ると、タリアが訝しむように言った。


「明日だなんて、急な話ですね」


「う、うん。びっくりはしたけど、ヨシュア殿下の為に頑張る」


 僅かな動揺はありつつもエミリアは決意を新たに拳を握りしめた。


「あ、そうだ。なんでさっきレモンのことエドワード殿下にバラしちゃったの?」


 タリアなら味方をしてくれると思ったのに。そんな不満を込めて見つめると、タリアは悪びれた様子もなく言った。


「厨房まで取りに行くのが面倒で」


「もぉ〜、タリア〜」


 らしいと言えばそうなのだが。

 エミリアはガックリと肩を落とした。

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