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母は悪役令嬢だった  作者: 春咲 司


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22 閑話〈タリア〉

タリア視点のお話です。

「ねぇ、今日は一緒に寝てもいい?」


 目と鼻を真っ赤にしたエミリアが上目遣いに尋ねてくる。

 一応許可を求めているが、寝衣の袖を掴んだ手が可以外の答えを拒んでいる。

 昔はこれと同じ台詞を何度も言われた。雷が怖いとか、怖い夢を見たとか、眠れないとか。何かあるたびに、枕を抱えたエミリアが部屋の前で泣いていた。

 デビュタントを終えてからは、すっかりこういうこともなくなったので、お願いされるのは随分久しぶりのことである。

 お互い寝相は悪くないし、特に断る理由もない。


「仕方ありませんね。今日だけですよ」


 その瞬間、エミリアの表情がパァッと明るくなる。喜ぶ姿が幼少期と重なって、タリアは懐かしさに目を細めた。


 屋敷よりも大きな客室のベッドに二人で潜り込む。

 最初こそぽつりぽつりと話していたが、エミリアはすぐに規則正しい寝息を立て始めた。

 色々あって疲れたのだろう。

 タリアは肩までしっかり掛布をかけてやると、しばしエミリアの寝顔を眺めた。


 言うつもりのないことまで話してしまった。家訓や当主のことは黙っておくつもりだったのに。でもそこまで言わなければ伝わらないのだから仕方がない。


 タリアはエミリアを起こさないようにそっとベッドサイドの灯りを消した。

 真っ暗になった部屋の中、エミリアの隣で仰向けに寝転がると昔のことが思い出された。自分は世界に拒絶されている。そんな風に思っていた幼少期のことを。


 よく晴れた昼下がり、公爵家の一室で絵本を読んでいたタリアは、愛らしい鳥の囀りに誘われて顔を上げた。

 窓の外に目をやると、庭木の枝に小鳥が二羽止まっている。

 もっと近くで観察したい。タリアは足音を忍ばせてそっと窓辺に移動した。しかし気配に聡い小鳥はタリアに気付くと、遥か彼方へ飛び去っていった。

 小鳥の姿が見えなくなるまで見送った後で、タリアはその場にひっくり返った。

 あーあ。また駄目だった。

 そんなことを思いながら、ぼんやりと屋敷の天井を眺める。


 以前は庭に迷い込んだ猫に逃げられたし、公爵家で飼われている犬にも吠えられた。

 一つ歳下の弟にも、少し前まで屋敷にいた赤ちゃんにも、顔を出しただけで激しく泣かれる始末。


 でも新しくやってきた赤ちゃんはよくわからない。遠目に何度か姿を見たことはあった。けれど母がお世話をしている間は隣の部屋で大人しくしているように言い含められていたから会ったことはない。

 別にいじめたりなんかしないのに、どうして嫌がられるのだろう。齢五つのタリアにはさっぱりわからなかった。


 もしかしたら、自分が周りとは違うから嫌がられるのかもしれない。

 タリアは生まれて間もない頃の弟の姿を思い出した。

 まだ首が据わる前の、髪もうっすらとしか生えていない弟が母の腕に抱かれていた時のことだ。周囲の大人達はかわいい、かわいいと慈しむように眺めていたが、タリアにはそれが理解できなかった。

 目もきちんと開いてない、しわしわの弟をかわいいとは思えなかった。

 それは公爵家で母が世話をする赤ちゃんを見た時も、同じようなことを思った。宝石みたいな綺麗な青い瞳をしていたけれど、ただそれだけ。

 けれど周囲の反応は違う。

 かわいい。そう口にする大人たちの表情から声音から仕草から、それが演技などではなく心の底から発された言葉だということがわかる。

 そのたびに、タリアは自分が異端に思えた。


 他の人とは違う考え方も、動物に懐かれないことも、子供に泣かれることも、全部自分が変だからなのだと思っていた。

 世界が自分という存在を拒絶しているのだとすら感じた。


「別にどうでもいっか」


 感性の違いだったり、人や動物から好かれないことに生きづらさは感じても、別に死ぬわけじゃない。衣食住は保証されているし、なんの不便もない。

 齢五つにして身に付いた達観した考えすらも大人達から奇異の目で見られる原因になっているなど露知らず、タリアは絵本の続きを読み始めた。


 ところがしばらくすると隣室から子供の泣き声が聞こえてきた。

 母が世話している公爵家のお嬢様だ。

 最初のうちは聞き流すことができたけれど、それがだんだん大きくなってくると流石に気になってしまう。


「いい? 隣の部屋には入っちゃ駄目よ。あなたの顔を見ると泣いてしまうかもしれないから」


 母にはああ言われたものの、もう既にこれだけ盛大に泣いているなら別に様子を見るくらいいいんじゃないだろうか。

 タリアは言い訳を思いつくと、さっそく隣室の扉を開けた。


 毛足の長いクリーム色の絨毯が敷かれた部屋には、可愛らしいウサギやクマのぬいぐるみが落ちている。

 声の主は部屋の中央で母に抱っこされながら大きな声で泣き叫んでいた。


 二歳になったお嬢様は、以前見た時よりも大きくなっていた。


 母は泣きじゃくる幼子の背をポンポンと優しく叩きながら、懸命にあやしている。

 耳元で泣かれている為か、扉から背を向けた状態で座っている母は、タリアの存在に全く気が付いていない様子だった。


 これ幸いと、タリアは二人に近付いた。

 やはり母はすぐ後ろまで来ても気付いていないようだったが、幼子の方は違った。

 ちょうど顔がこちら側を向いていたのも相まって、涙で潤んだ目はしっかりとタリアを捉えた。


 目が合った。タリアがそう思った瞬間、全く泣き止む気配がなかった幼子がピタリと泣き止んだ。


 突然のことに戸惑うタリアをよそに、幼子は食い入るようにタリアを見つめると、小さな手を伸ばしてきた。

 考えるよりも先に、タリアは手を差し出していた。

 柔らかな手がタリアの人差し指をぎゅっと握った。その温かさと思いのほか強い力に驚いていたら、幼子は嬉しそうにニコニコと無邪気に笑った。


 瞬間、タリアの胸に温かいものが宿った。ふわふわするような、ギュウっと胸が締め付けられるような不思議な感覚。

 あぁ、そうか。タリアは唐突に理解した。

 これが愛おしいという感情なんだ。


 自分は冷たい人間だと思っていた。他人とは違う変な人間なんだと思っていた。

 でも違った。自分にも誰かを慈しむ心があった。

 そして笑顔を向けてくれる存在がいた。

 タリアにとってエミリアは特別で何よりも守りたい存在になった。


 それからタリアは駄目だと言われてもエミリアの世話を焼くようになった。まるで自分の妹のようだとすら感じていた。


 しかし母は、タリアがエミリアと一緒にいることに関していい顔をしなかった。

 その理由を知ったのは、もう少し大きくなってルフェンの家訓を正しく理解した時のことだった。


 自分がルフェン伯爵家の人間である以上、最優先すべきはレブルス公爵で、エミリアであってはいけない。


 母はタリアがエミリアと共に成長することで、必要以上に情が移るのを避けたかったのだ。

 きっと父にも言い含められていたに違いない。


「伯爵家に戻ってきなさい」


 母が乳母としての役目を終え、伯爵家に戻ることが決まった時、父に言われた言葉だ。

 だがタリアがどんな答えを出すのか、父には分かっていた筈だ。人格形成に強い影響を及ぼす幼少期をエミリアとともに公爵家で過ごしたことで、タリアの優先順位は揺るぎないものになっていった。


 家訓を守れぬ者が、当主に相応しい筈がない。

 だから言ったのだ。家督も伯爵家での権利も全て弟に譲る。だからどうか、お嬢様の側にいさせて下さいと。


 一筋縄ではいかなかったが、他でもないレブルス公爵の口添えもあって、タリアはエミリアの専属侍女になった。


 公爵家の血筋でなかろうと、犯罪者の娘だろうと、タリアには関係ない。彼女こそがタリアにとっての太陽であり、良心だった。


 だから、ねぇ。お父様。

 私はあの日の選択を後悔したことはない。ただの一度も。


 世界中の全てがエミリアの敵になったとしても、私だけは味方でありたい。

 ……なんて、自分以外にも同じようなことを考えている人はいるから、たった一人の味方になることなんてあり得ない話だけれど。


 タリアは一人笑みを溢すと目を閉じた。

ブックマークやリアクションありがとうございます。

大変励みになっております。

自分が思っていたよりも、お話が長くなってきました。

が、だいぶいいところまで進んできました!

もう少しお付き合い頂ければ幸いです。

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