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「うーん……」


 エミリアは自室の化粧台(ドレッサー)の前で唸り声を上げた。

 神妙な面持ちで見つめる先には見慣れた自分の顔が映っているのだが、どうにも釈然としない。

 真っ直ぐに伸びた長い薄茶の髪。猫を思わせるつり上がった瞳は橄欖石(ペリドット)の色彩。

 目鼻立ちがくっきりとした容姿は、ありがたいことに周りからよく褒められた。


 ただ、その顔は父にも母にも似ていない。

 父の髪は亜麻色の癖っ毛で、下がった目尻は真顔でも微笑んでいるように見える。ヘーゼルの瞳もエミリアとは似ても似つかない。当然男女で違いはあるだろうが、骨格からして全く違う。

 一方、母は天鵞絨のような黄金の髪を持ち、目尻は父同様下がっている。

 なにより特徴的なのがその虹彩だ。光が当たるとまるで瑠璃(ラピスラズリ)そのもののように、濃い青の中に金色の粒がキラキラと光って見えるのだ。


「どうして今まで疑問に思わなかったのかしら」


 エミリアは溜め息混じりに呟くと化粧台(ドレッサー)に突っ伏した。


 昔から来客があると両親のどちらに似ているか話題になることがあったが、客人の意見は大体半分に割れた。

 そうなると決まって「エミリアは母方の親族にそっくりだ」と両親は口を揃えて言うのだ。

 だからエミリアはすっかりその言葉を信じて、会ったこともない親戚に似ているのだと思い込んでいた。


 しかし血が繋がっていないなら似ていないのも無理はない。


「お嬢様。そろそろお支度なさいませんと、パーティーに間に合いませんよ」


「うーん……」


 専属侍女のタリアに急かされてもエミリアは突っ伏したまま動かず、くぐもった声を出した。


「うーんじゃありません。ほら、もういい加減にしてください」


 苛立ちを含んだ声音におっかなびっくりしながらそろそろと顔を上げると、不機嫌なタリアと目が合ってしまった。


 あちゃー、怒ってる。それも結構酷い。どうしよう……。


 エミリアは心の中で悲鳴を上げた。


 しかしこんなふうにタリアを怒らせた原因はエミリアにある。

 そもそも支度するよう急かされるのはこれでもう七度目である。

 七回とも全て「うーん、もうちょっとしてから」と気のない返事をして全く動かずにいたらこうなってしまった。


 だがエミリアにだって理由があるのだ。ただの怠け者とは訳が違う!


 王国一の悪女、カリル侯爵令嬢が実母であると聞かされてから一週間。

 衝撃が大きすぎてエミリアは屋敷に引き篭っていた。しかし世間の様子は非常に気になった。エミリアは街へおつかいに行く侍女に頼んでそれとなく公爵家のことが話題になっていないかを確認してもらった。


 すると父の言葉通り、世間ではエミリアのことが噂になっていた。

 平民の間でも「王国唯一の公爵家の一人娘が、実は王国一の悪女の実娘であった!」と騒がれているらしい。


 王国一の悪女は今や刑の執行を待つ死刑囚。そんな女から生まれた自分が王子のプロポーズを受けてしまった。


 その時は知らなかったとはいえ、まるで騙すような形になってしまったことがエミリアには耐えられなかった。


 エミリアは父から真実を告白されてからすぐにヨシュア王子に手紙を書いた。

「大切な話があるからお会いしたい」と。

 しかしヨシュア王子は政務に忙殺されており時間は取れないと、王宮の従者がわざわざ手紙を届けに来たのだ。

 厄介な封筒を添えて。


 エミリアは件の封筒を恨めし気に眺めた。


 親愛なるレブルス公へ 


 我が第二王子ヨシュアと貴君の第一公女エミリアの婚約を祝し、披露目の席を用意することとなった。

 急な話ではあるが五日後、王宮にて執り行うので準備をするように。


 国王ルクレウス二世


 手紙を読み返したせいで、嫌な気持ちが更に膨らんでしまった。

 王族の婚約パーティーともなれば大勢の人が集まる。絶対にあれこれ言われるに決まっているし、ヨシュア王子にも迷惑がかかってしまう。

 それがわかっているので大人しく出席するのは気が引けた。


「……ねぇタリア。行かなきゃ駄目?」


 行きたくない。とは口が裂けても言えないので、ちょっと言い方を変えてみた。


「お嬢様が主役なんですよ!? あなたが行かないでどうするんですか!!」


 ついにキレられた。


 エミリアは観念して「はい……」と素直に立ち上がった。そもそも王様が主催のパーティーなので、欠席などできるわけがないのだ。


「まったく。支度するにも時間がかかるんですよ?」


「でもタリアは手際がいいからパパッと終わらせちゃうでしょ」


 だからもう少しギリギリに支度をしても間に合うんじゃない? と思ったのだが、タリアの顔を見ていたらそんな軽口も叩けなかった。


「確かに私は要領の良いできる侍女ですが、支度の時間が短いと私の負担が増えるのです」


「つまり自分の為なのね」


 エミリアはガックリと肩を落とした。


 側から見るとタリアは随分と主人に辛辣な侍女に映るかもしれないが、彼女は特別なのだ。

 タリアの母はエミリアの乳母であり、二人は幼い頃からこの屋敷で姉妹のように成長した。

 表向きは主従関係であるものの、エミリアにとっては姉のような友人のような存在である。

 だからエミリアも他の侍女に接する時とは違って、タリアには我儘を言ったり、ついつい甘えてしまう。


「……タリア。もし私のことが原因であなたにまで嫌な思いをさせてしまったらごめんなさい」


「嫌な思いってなんです?」


「だから、その……。私の出自が原因で犯罪者の娘に仕えている、とか。色々言われるかもしれないし」


 歯切れの悪いエミリアとは対照的にタリアの方は「ああ、そんなことですか」と気にした風もなく言ってのけた。


「別に構いませんよ。お嬢様のことをよく知りもしない連中に何を言われたって、ちっとも気になりませんから」


「そう……」


 あっけらかんとした態度からは気を遣って嘘を言っているようには思えなかった。

 他人から何を言われたって関係ない。そんな風に思えたらどんなにいいだろうか。

 エミリアはタリアの動じない精神力が羨ましかった。


「でもお嬢様を傷付けるようなやつがいたら話は別です。そんなやつがいたら私が再起不能にしてやりますから、不安そうな顔をなさらないでください」


 タリアはニコリともせずに言った。

 当然のように味方をしてくれるタリアにエミリアの涙腺は緩んでしまった。


「タ、タリア〜! 急にそんなこと言うなんてずるい!!」


 エミリアは勢いよくタリアに抱き付いた。


「離れてください、支度が進みません。あと泣かないでくださいね。これからお化粧するんですから」


「無理よぉ……」


「まったくもう」


 口ではそう言いつつ、タリアはあやすようにエミリアの頭を撫でた。

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