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母は悪役令嬢だった  作者: 春咲 司


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 人の口に戸は立てられない。

 たとえ箝口令を敷いたのが王族であったとしても関係ない。ひとたび目に触れれば、雨漏りした天井から水が滴り落ちるのと同じように、情報は漏れ出て広がっていく。

 そうして大きな水溜りが出来上がる頃には、もはや隠すことすらままならない。


 ヨシュアは椅子の背もたれに体を預けると天を仰いだ。

 思い出すのは、青の中で金の光が輝く、他に類を見ないあの瞳。そうだ、全てあれが悪い。

 自分こそがレブルス公爵家の本物の公女だと、無言で主張してくるあの色が忌々しくて仕方がない。


「くそっ。よりによって母親と同じ瞳を持って生まれてくるなんて」


 胸に巣食う苛立ちをヨシュアは言葉にして吐き捨てた。他人の目がない自室だから、取り繕う必要もなければ、態度が悪いと咎められることもない。

 だが、そんなヨシュアを見て笑う者が一人だけいた。


「お前のその悪態を聞いたら驚くだろうな、エミリア」


 ヨシュアは目だけを動かして屈託なく笑う兄を見た。


「ノックくらいしてください、兄上」


 ヨシュアの苦言にエドワードはニコニコと笑みを浮かべるだけで返事はない。

 だが念押しはしなかった。あれこれ言ったところで、どうせ口だけの返事しかしないのだ。無駄だとわかりきっていることに余計な労力を使いたくない。頭が痛くなるような問題を抱えている今は尚のこと。


 それにもともと兄には強く物を言えない。

 王太子という立場でありながら兄が愚者を演じる原因が、半分しか血の繋がらない自分にあることを知っているから。


 そんなヨシュアの心の内を知ってか知らずか、エドワードは来客用の長椅子に頬杖をついて寝そべった。


「相変わらずエミリア以外には愛想がないな、お前は」


「兄上を基準にしたら、誰だって愛想のない人間に映るでしょうよ」


「えぇ〜? そんなことないと思うけどなぁ」


 晴れ渡った夏空のように朗らかに笑われては、説得力に欠ける。

 実際、軽薄な王太子を演じていようと、口達者で常に明るく周囲を和ませる兄はいつも人に囲まれている。


 兄からの評価はさておき、周囲との関係構築には心を砕いてきた。第二王子派などという厄介な派閥が出来上がるくらいには。


「噂になっているね、彼女」


 どこか諦めたような、疲れたような、そんな声音で兄が言う。彼女というのは他でもない、ソフィアのことだ。


「彼女を王宮に連れてきたのは、悪手だったと思いますか?」


 ヨシュアは膝の上で手を組むと険しい表情をして言った。

 あれだけ親の特徴が色濃く容姿に現れていれば、存在を隠すのは容易でない。そこら辺を歩いているだけで自らの存在を吹聴しているようなものだ。だから街中をウロウロされるよりはマシだと思って王宮に連れてきたというのに。


「どうかな。彼女が自分の出自を隠すつもりがない以上、遅かれ早かれ噂にはなっただろうさ」


「そう、ですね。だとしても、王宮内でエミリアや夫人と鉢合わせることだけは避けたかった」


 優しいエミリアのことだ。本物の公女の存在を知れば、きっと自分を責めるだろう。たとえ彼女自身になんの責任がなかったとしても。

 だから彼女が悩んだり苦しんだりする必要がないように、すべて内密に終わらせたかった。

 それなのに、婚約披露宴には出席できずエミリアを不安にさせてしまったし、今も彼女と会う時間すら取れずにいる。ヨシュアは己の不甲斐なさに嫌気がさした。


「それにしても、なぜソフィア嬢はあの日王宮にレブルス公爵夫妻がいるとわかったんだろうね。情報は遮断していたんだろう?」


 エドワードの言葉にヨシュアは頷いた。


「もちろんです。ただ前に一度、迷子になったと言って南棟に入ったことがあったので、その時に情報を得た可能性はあります」


「迷子か。なるほどねぇ……」


 エドワードはテーブルの上に置いてあったキャンディーボックスから飴を一つ選ぶと口の中に放り込む。

 まるで部屋の主かのように寛ぎながら、エドワードはしみじみと呟いた。


「兄上はソフィアのこと、どう思われますか?」


「どうって、お前と一緒だよ」


 意地の悪い笑みを浮かべて言葉を濁す兄にヨシュアは溜め息をついた。

 使節団の来訪まで残り二週間。それまでになんとか問題を片付けなくてはならないというのに、事態は解決へ向かうどころか、さらにこんがらがってきている。


「カリル侯爵令嬢は相変わらず?」


「……えぇ。このままでは刑が執行されてしまうというのに、全て私がやったの一点張りですよ。けれど、彼女と話せば話すほど、彼女が犯人だとは思えない。やはり、レブルス公爵夫妻の言う通りなのかもしれない……」


「まぁ、浪費癖があるとか、他人の家庭を壊して楽しむ趣味があるとか、そういうのは別として、子供の人身売買を彼女が主導していたとは思えないね。そもそも彼女にはアリバイがあったんでしょ?」


「それについても言及しましたよ。でも、彼女はこちらが出した証拠を否定するんです」


 ヨシュアは牢での押し問答を思い出して、乱暴に頭を掻いた。


「そりゃ困ったねぇ。私も、お前も、エミリアも」


 エドワードは「よっこいせ」という掛け声とともに体を起こした。

 そのまま扉へ向かう兄の背にヨシュアは声を掛けた。


「どちらへ?」


「可愛い可愛い妹のところへ。あんな騒ぎの後だからね」


 兄の返答にヨシュアは唇を噛んだ。

 本当なら自分がエミリアの元へ行きたい。今すぐにでも全部放り出して、彼女の元へ走って行きたい。けれどあんな約束をした手前、中途半端なことはできない。今回の問題を解決できなければ、自分はエミリアの隣に立つことができなくなってしまうから。

 ヨシュアは会いたい気持ちをグッと堪えると、机に向き直った。

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