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母は悪役令嬢だった  作者: 春咲 司


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 不安と緊張で手が震える。

 椅子に座ることすらもどかしくてエミリアは立ったまま手紙を広げた。

 冒頭には時候の挨拶と脚の怪我を気に掛けたことに対する感謝が綴られていた。

 脚は問題なく回復しているとの近況にエミリアはホッと胸を撫で下ろすと、続く文字を目で追った。


 お嬢様がお尋ねの件について、という一文が目に入ると、そこで一度手紙から顔を上げて深呼吸する。


 本当は何が書かれているのか見るのが恐ろしい。しかしエミリアは知らなくてはならない。


 意を決して再び手紙に目を落とした。


 ──申し訳ありません。私にも、お嬢様がお屋敷に来ることになった経緯はわからないのです。

 恐らく当事者である旦那様と奥様を除いて、真実を知る者はいないように思えます。

 ただ、私が知っていることといえば、奥様が出産なさった御子が女児であったこと、そしてその子は公爵家でひと月の間、なんの問題もなく健やかに成長されていたということだけです。

 ですが、どうぞこれだけはお忘れにならないで下さい。

 エミリアお嬢様は紛うことなきレブルス公爵家の公女です。公爵様と奥様がお嬢様に向ける愛は本物であり、そして私たち使用人一同、皆がお嬢様を愛しております。

 どうぞ、お身体を大事に王宮での日々をお過ごしください。


 丁寧に綴られた言葉にエミリアは目頭が熱くなった。

 結局真実は分からず仕舞いで、なにも解決していない。けれど今だけは、素直に嬉しいと喜んでも良い筈だ。


「ありがとう、マーサ……」


 エミリアは手紙を抱きしめると一人呟いた。


 ******


 仕事を放り出して部屋を飛び出したタリアは、廊下の先を歩くエドワードを見つけて駆け寄った。


「エドワード殿下」


 エドワードは振り返ると、目を瞬かせた。


「あれ、タリア? エミリアは?」


「部屋にいます。この後は午後の講義がありますから」


「あぁ、そうだよね。それで君はどうしてここに?」


「殿下に聞きたいことがあって。どうせ暇ですよね」


「どうせって、酷いな。これでも結構忙しい立場なんだよ」


 エドワードはお決まりの忙しいを口にすると、頬を掻いた。

 だが忙しいだなんて見え透いた嘘で逃す訳にはいかない。タリアはヘラヘラと笑うエドワードを睨め付けた。


「何言ってるんですか? 弟の婚約者の部屋にお菓子を食べに来るくらいは暇なんですよね」


「おぉっと、痛いところ突いてくるね。でもごめん、本当に忙しいんだ」


 じゃ、と言ってエドワードは逃げるように踵を返した。

 こうなればもう実力行使しかない。タリアは一括りにされたエドワードの後ろ髪を容赦なく掴んだ。


「あだだだだっ!!! ちょっ、禿げる禿げる!!」


 髪を引っ張られてエドワードが悲鳴を上げる。

 しかしそんなことはタリアの知ったことではない。

 エドワードはその場から動くことができずに、地面に頽れた。


「違う、そうじゃないんだよ……」


 消え入るような声でエドワードが呟く。

 なんのことかわからずにタリアは怪訝な顔をした。


「はい?」


 タリアが聞き返すとエドワードは両手で顔を覆った。


「君が引き止めることくらいわかってたよ? わかっていたけれども! やるなら服の袖を掴むとか、もっと他にあるじゃないか! ドキッとするような引き止め方が!!」


 本当に、この人は何を言っているのだろう。

 こんな的外れな願望を聞かされるとは思いもよらず、タリアは掴んでいた手を離した。


「服より髪の方が掴みやすかったので」


「……タリア。これは切実な願いなんだが、君も陛下を見ればわかるだろう? うちは期待できない家系なんだ。だからできるだけ髪は大事にしたいんだよ」


 エドワードは珍しく真顔になって主張した。

 そういえば、陛下も先王も頭に飾電灯(シャンデリア)の光が反射していたような気がする。

 尊重するべきだろうか、いや、しかし。


「私、殿下の頭髪に一ミリも興味ありません」


「今日はいつにも増して当たりが強いな」


「殿下が逃げるからじゃないですか。茶化さないでちゃんと話を聞いてください」


 タリアは逃げられないように今度はしっかりとエドワードの手を捕まえた。これなら文句はない筈だ。


 エドワードは溜め息をつくと、弱りきった表情を浮かべた。


「ほんと、参ったな……」


 観念したようにそう言って、エドワードは廊下の先にある部屋を指差した。


「ここじゃ誰が見聞きしているかわからない。話なら向こうで聞くから」


 もう逃げる気はないだろう。

 わかってはいたが、タリアは部屋に入るまでエドワードの手を掴んで離さなかった。

 エドワードは部屋に入ると内側から鍵を掛けた。


「いいよ、聞きたいことって?」


 エドワードは壁にもたれかかると、先ほどまでとは打って変わって真剣な表情で尋ねた。追求は避けられないと腹を括ったらしい。


 この機を逃すわけにはいかない。タリアは単刀直入に尋ねた。


「お嬢様を王宮に連れてきた本当の理由はなんですか? 講義を受けさせる為、なんて嘘は必要ありませんから」


「嘘、か……。全部が全部嘘って訳ではないけれど、まぁそうだね。……エミリアの身の安全の為だよ」


「やっぱり、そうなんですね」


 身の安全。その言葉にタリアは喉元に刃を突きつけられたような心地がした。


「参考までに聞かせてほしいんだけど、タリアはいつ気が付いた?」


「最初に違和感を感じたのは王宮からの迎えです。あの護衛の数は多過ぎます。お嬢様ですら困惑してましたから」


 そう、誰がどう見ても過剰と言えるほどの警護だった。お嬢様が不安にならないようにあえて誤魔化したけれど、あの数の護衛を見たことで今回の王宮行きには別の目的があるのではないかという考えが浮かんだ。


「確信に変わったのは、明らかに不必要な分野の講義まで受けさせて、お嬢様を部屋の中に缶詰にしているこの状況です。いくら使節団との交流の為といってもここまで詰め込む必要はないですよね?」


 そもそも講義を受けるにしてもわざわざ王宮に呼ばずとも、人を公爵邸に送れば済む話だ。

 しかしそうはせずにわざわざエミリアを王宮に呼び寄せたのは王宮が公爵邸に比べて警備が厳しく、国内で最も安全な場所だからに他ならない。

 そう考えると、あれこれ講義を詰め込んでいるのは、エミリアを部屋から出さない為としか思えなかった。


「やっぱり君には敵わないな」


 エドワードは苦笑すると、タリアから視線を逸らした。


「本音を言うと、君には事情を話すべきか迷ったんだ。でも君はエミリアとの距離が近過ぎる。君を通してエミリアにも知られてしまう可能性がある以上、伝えるべきじゃないと判断したんだ」


「お嬢様の身に危険が迫っているなら、私も黙っている訳にはいかないです。きちんと説明してください。一体誰がお嬢様を狙っているんですか?」


 居ても立っても居られず、タリアはエドワードに詰め寄った。お嬢様の一大事に蚊帳の外だなんて、冗談ではない。


「前にも言っただろ? 話してあげたいのは山々だって。でも言えないんだ」


「なぜですか?」


「一つは本当にエミリアの身に危険が迫っているのか確証が持てないこと。もしかしたら杞憂かもしれない。そんなことで君やエミリアを不安にさせたくなかった」


 何もわからないこの状況こそ不安以外のなにものでもないのだが。タリアは不満を抑え込んで、冷静になろうと短く息を吐いた。


「つまり今回の処置は大事をとって念の為、王宮でお嬢様を匿っているということですか?」


「そういうこと。そしてもう一つは、君がルフェン家の出身で、レブルス公爵家を第一に考えているから」


「言っている意味がよくわからないのですが」


「さっき君には伝えるべきじゃないと判断したって言ったろ? でもその判断を下したのは僕じゃない。もうわかるよね?」


 タリアの脳裏に穏やかに微笑むレブルス公爵の顔が浮かぶ。そういえば旦那様も奥様も、王宮からの迎えが来たあの日、居並ぶ護衛を当然のように受け入れていた。


「……旦那様も、この件に関わってらっしゃるのですね」


「君にもエミリアにも余計な心配を掛けたくない、というのがレブルス公爵の考えなんだよ」


 余計な心配。

 それは旦那様なりの気遣いであることは間違いない。

 けれどお嬢様の気持ちはどうなるのだろうか。


 幼い頃からずっと側で見守ってきたのだ。エミリアの小さな変化にだってタリアはすぐに気が付いた。


 自分がカリル侯爵令嬢の娘であると知ってからのお嬢様は、時折不安そうな顔をして思い悩んでいる。

 不安の理由はタリアにも見当がついた。

 きっと恐ろしいのだ。公爵家が自分の本当の居場所であると胸を張って言えないことが。

 そんな不安で押し潰されそうなお嬢様に、大切なことは伝えずに黙っておくことは本当に正しいことなのだろうか?


 わかっている。自分はルフェン伯爵家の人間で、仕えるべきレブルス公爵がなすことに疑問を抱くことなどあってはならない。幼い頃から父に口酸っぱく言われてきたことだ。しかし、それでも……。


 葛藤の末、タリアは真っ直ぐにエドワードを見据えた。


「私に事情をお話ならないと判断したのが旦那様であることはわかりました。ですがそれなら、殿下ご自身はいかがですか? 先ほど話すべきか迷ったと仰ってましたけれど、私がお願いしたら殿下は教えてくださいますか?」


 タリアの言葉にエドワードは目を細めた。


「なるほどね。君はレブルスよりもエミリアの方を選ぶって訳だ」


 エドワードは複雑な表情で小さく笑みを溢した。


「やっぱり、君が羨ましいよエミリア」


 いつもの飄々としたエドワードからは考えられないような雰囲気に、タリアは内心驚いた。

 そんなタリアの心情を知ってか知らずか、エドワードは空気を変えるようにパンッと一度手を叩いた。


「さてと! どこから話そうか?」


 エドワードはそう言って強気な笑みを浮かべてみせた。

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