◆第二話 ③ ◆
「更に外見的な特徴を申し上げますと、これまで現れた三人の『運命の娘』は全て、可愛らしいご令嬢で、髪の色は桃色でございますな」
「ふーん、可愛い系の子ね。そこの美人系だけど、目つきのキツイ『悪役令嬢』よりは、可愛いほうがオレの好みに近いかな」
ギイ・クロードはルビア・マリーに目を流した。
値踏みされるようなギイ・クロードからの視線を受けて、ルビア・マリーはびくりと震えた。
(嫌だ……)
「出会えばお分かりになるでしょう。それが『星に導かれた運命』というものでございます」
「ふーん、楽しみだな」
ギイ・クロードが鼻歌交じりにそう言った。
けれど、ルビア・マリーにとっては、ほんの少しの楽しみさえも見いだせなかった。
ともあれ、ルビア・マリーの運命は決まってしまった。
そして、同時に第一王子リシャール・デルトの運命も。
「ギイ・クロード・ヴェンタールを王太子とする。『運命の娘』と共にこの『星詠みの国ヴェンタール』を栄光に導け」
まとめのように、国王アンドレ・クロード・ヴェンタールがこの謁見の間に居る者たちに宣言した。
「はいっ!」
ギイ・クロードが満面の笑みを浮かべながら、元気に国王に答えた。
「第一王子リシャール・デルト・ヴェンタールはギイ・クロードの補佐として、支える役目を命じる」
「……畏まりました陛下」
リシャール・デルトは何の感情も浮かべないまま、淡々と一礼をした。
「そして『悪役令嬢』ルビア・マリー・ロシュフォール」
「……はい」
「これまでの例によると『運命の娘』では王太子妃、王妃としての公務はなかなかに難しいのだろう。だから、ルビア・マリーよ。お前は『運命の娘』が愛に溢れた素晴らしい日々を送れるように、彼女を補佐し、彼女のために生きよ。それが、この『星詠みの国ヴェンタール』を発展に導くであろう」
「……畏まりました。謹んで拝命いたします」
泣き出したい気持ちを無理矢理押し殺して、ルビア・マリーはギイ・クロードとの婚約証明書に名をサインした。
「まあ、婚約って言っても、学園の卒業パーティで婚約破棄する未来は決まっているから、なんていうの? 形式だけの婚約だよなっ!」
ケラケラと笑うギイ・クロード。
ルビア・マリーは「そうでございますね……」と答えることしかできなかった。
形式上の婚約でしかない。いずれ、破棄をする。
だが、婚約を結んだ以上、王太子の婚約者としての義務や公務は生じるのだ。更に婚約が破棄された後も『運命の娘』の影として、きっと更に公務は増えると思われる。
だから、ルビア・マリーには后教育と称して様々な知識を身につけさせられたし、王太子の婚約者として幾つもの公務を行うこととなった。
それは、王太子となり、後に王となるはずのギイ・クロードにも同様に課せられるはずのことだった。
が、ギイ・クロードは公務などには全く興味を向けなかった。
王族としてのマナーは元より、近隣諸国の言語、王国の歴史など、覚えていて然るべきことを全くと言って良いほどに、覚えずにいた。
「べっつにさあ、細かいことなんて覚えなくても、オレと『運命の娘』が愛で結ばれれば、国は栄えるんだろ?」
すぐに勉強に飽きて、遊びに行ってしまうギイ・クロード。
王太子としての公務はできようもなく、それはルビア・マリーとリシャール・デルトで肩代わりをするしかなかった。
また、王宮の者たちも、誰もがそれを許していた。
『運命の娘』と結ばれる『王太子』は健やかに過ごせばいい。
それが、国王並びに王妃、王城の使用人に至るまで、全ての者たちの共通認識だったのだ。
ルビア・マリーは淡々と后教育を受け、淡々と王太子の公務を請け負った。
運命を受け入れたわけではない。
単に反逆や反論などしても無駄だと理解をしたからだ。
(この国の誰もが、口をそろえて言うわ。『運命の娘』と結ばれる『王太子』はこの国に幸せをもたらすと。童話や物語の結末のように『そして二人はいつまでも幸せに暮らしました』となるって。公務もできない、勉強もまともにしない王太子がどうやってこの国に幸せをもたらすというの? だけど、そうやって反論をすれば、わたしのほうがおかしいと思われる。『悪役令嬢』はやっぱり変ですねって言われたこともあったわ……)
どうしようもない閉塞感。
誰にも理解されない辛さ。
抵抗しても無意味だと、そう思わされる。
塞がれた未来。希望など何一つない。
そんな思いを抱えたまま、施される厳しい后教育。王城に与えられた一室に閉じ込められるようにして、ギイ・クロードの代わりの公務を処理し続ける。
(来週は隣国トランティニアンの大使がやって来る。ギイ・クロード殿下には、せめて挨拶の言葉程度は話せるようにしてくださいと伝えてはいるけれど、覚えてくださる気はあるのかしら。それとも面倒がるかしら……ね)
吐きたくなるため息をぐっと飲みこむ。
同時に、ドアをノックする音が聞こえてきた。
ルビア・マリーの王宮での侍女、アンヌ・マルグリット・テターがドアを開け、そのままそのドアを押さえた。
「やあ、ルビア・マリー嬢。少し、時間、いいかな?」
リシャール・デルトは手に持っている革張りの本を、ルビア・マリーに向けてひらひらと振る。
「まあ、殿下……」
突然現れたリシャール・デルト第一王子に、ルビア・マリーは慌てて席を立った。
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