◆第二話 ② ◆
王城へ到着した馬車が止まる。
意気揚々とした父親を先頭に、家族全員で馬車を降りる。降車場には既に警備の兵と案内の者が待機していて、その者が深々と頭を下げた。
「お待ちしておりましたロシュフォール侯爵家の皆様。謁見の間までご案内いたします」
王城の長い廊下を歩き、案内された謁見の間。
両開きの扉が開かれると、まず見えたのが、最奥の玉座まで真っすぐに敷かれている赤い絨毯だった。その絨毯の右側には白いフードを被った星詠み師たちが何人も控えていた。左側には恰幅の良い壮年の男たちが並んでいて、無遠慮な視線をルビア・マリーに投げていた。
(名前は分からない。だけど着ている服の豪奢さから考えて、宰相様とか、この国の政治を動かす人たちよね……)
この場で声を発して尋ねることなどできないのは、幼いとはいえ、既にきちんとした淑女教育を受けているルビア・マリーにもわかっていた。
だから、口をつぐんだまま、ただ、父たちの後について歩く。父のピエール・ユーグが玉座から少し離れた場所で歩みを止めた。
誰も話などはしない。ただ静かにその場に立ち、王の登場を待つ。
耳が痛くなるほどの静寂に、ルビア・マリーが耐えられなくなりそうなその時、ようやく国王と王妃、それから二人の王子が現れた。星詠み師や壮年の男たち、ロシュフォール侯爵家の者たちが一斉に頭を下げる。
国王であるアンドレ・クロード・ヴェンタールが豪奢な玉座に座る。王妃オルガ・マルグリット・ヴェンタールは玉座の右後ろに立ち、二人の王子は玉座の左後ろに立った。
「さて、待たせたな」
国王アンドレ・クロードがぐるりと一同を見渡し、そして、その視線をルビア・マリーの上で止めた。
「先日、星詠み達からの知らせがあった。『悪役令嬢』と占われた娘が現れたと。……おまえがそのルビア・マリーか」
ルビア・マリーは震えそうになる体を押さえながら、一歩前に出る。
ここ数日、家庭教師の者たちから何度も練習をさせられた淑女の礼を取った。手に汗がにじむほどの緊張。思わず手を握りしめたくなったが、あくまでふんわりとした手つきで優雅に両手でスカートの裾を摘まむ。片足を斜め後ろに引いて、深く膝を折り曲げる。
「……ロシュフォール侯爵家の娘、ルビア・マリーにございます」
「よい、顔を上げよ、ルビア・マリー。皆の者も楽にせよ」
声が震えなかったことにほっとしながら、ルビア・マリーは顔を上げた。
すると、黄色に近い眩しい金の髪を持つ、やんちゃな顔付きの王子がいきなり大声を出した。
「父上っ! それがオレの婚約者になる『悪役令嬢』ですかっ!」
ルビア・マリーはぎょっとした。
(殿下とはいえ国王陛下の前で勝手に発言をするなんて……。しかも、オレの婚約者になる『悪役令嬢』って……)
しかし、国王の前で、王子を批判するような感情を顔に出すわけにはいかない。
口を結んだまま、黙る。
(えっと、黄色みの強い金髪を持つのは……第二王子のギイ・クロード・ヴェンタール殿下……よね。シルバーのようなホワイトブロンドの方が第一王子のリシャール・デルト・ヴェンタール殿下……。そう習ったわ)
「こら、ギイ・クロード。気が早いぞ。現時点ではまだ確定はしていない」
「えー、でも、決まったようなものでしょう? だってオレは『愛をつかむ者』なんだし。リシャール・デルト兄上は『逃す者』なんだしさ。そんでもって『悪役令嬢』が現れた。貴族学園に入学した後に『運命の娘』と出会うのは、オレって決まってるようなもんじゃん。オレが『運命の娘』との『愛をつかむ』だろ? 兄上は愛をつかめない、つまりは『逃す』んだ。それだけじゃない。王位を『逃す』、良い運を『逃す』んだよな。兄上の運命ってそーゆーことだろ?」
ギイ・クロードは隣に立つ自身の兄を、「ふふん」と見下した目で見た。
リシャール・デルトは表情にはどんな感情も顕わさず、ただ黙って目を瞑った。
「星詠み達の占いが、どのようなものになるのか、それ確定させるために今ここに皆を集めた。結果を先走るな」
そう言いつつ、国王アンドレ・クロードは視線を星詠み達に流した。玉座に一番近い位置に立っていた星詠みの一人が頷いてから、一歩前に出た。
「……これまでは第一王子のリシャール・デルト殿下の『逃す者』、そして第二王子のギイ・クロード殿下の『愛をつかむ者』の意味は確定しておりませんでした。が、先日のルビア・マリー・ロシュフォール侯爵令嬢の十歳の儀式において、彼女の『悪役令嬢』である運命が星より伝えられました。と、いたしますと、ギイ・クロード殿下が今おっしゃられたとおり、きっとのギイ・クロード殿下が『運命の娘』と出会い、その『愛をつかむ』のでしょう」
恭しく言った星詠みに、ギイ・クロードは「ほら、やっぱりな」と更に表情を明るくした。
「なあなあ、星詠み達。オレが出会う『運命の娘』はもう誰か分かっているのか?」
「……いえ。『運命の娘』は平民や下級貴族であることが多く、その場合『十歳の儀式』を受けていないという場合もございまして……」
王族や貴族は必ず受けるこの『十歳の儀式』は、実のところ強制ではない。その上かなり高額な費用がかかる。
ただし、受けない者、つまり、自身の未来を占わない者は他者からの誹りを受ける。だから、借金をしてでも『十歳の儀式』を受ける者も多い。更に『十歳の儀式』を受けて、その結果得られた『運命』が素晴らしいものであれば、仮に平民だとしても相手から尊敬される。
つまり、王族、貴族、平民という身分と別の、もう一つのステイタス……社会的、慣習的な称号とさえ言えるのだ。
だから、第一王子リシャール・デルトの『逃す者』のように、あまり良くない結果を得たものは、相手から見下されてしまう。
「えー、じゃあどうやって『運命の娘』を探すんだよ」
「出会いは必ず貴族子弟の通う学園で、でございます」
「そーなのか?」
「はい。ですのでギイ・クロード殿下が学園にご入学されればきっと『運命の娘』に出会います」
「へえ……。じゃあオレが学園に入学するのは十四歳になってからだから、四年後か」
ギイ・クロードが指を一、二、三、四とゆっくりと折る。
(四年後に、わたしも学園に入学し、そこで二年間を過ごす。つまり、わたしが十六歳になったら、『運命の娘』のために生きなくてはならなくなるかもしれない……。ううん、入学して『運命の娘』が誰か分かればその時点から……なのかもしれない)
ルビア・マリーの顔は、更に蒼白になった。
お読みいただきましてありがとうございます。
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登場人物
◇ギイ・クロード・ヴェンタール 第二王子 『愛をつかむ者』王太子 黄色に近い眩しい金の髪。
◇リシャール・デルト・ヴェンタール 第一王子『逃す者』シルバーのようなホワイトブロンド。
◇アンドレ・クロード・ヴェンタール 国王
◇オルガ・マルグリット・ヴェンタール 王妃