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【完結】星詠みの国の悪役令嬢  作者: 藍銅 紅(らんどう こう)@『前向き令嬢と二度目の恋』書籍発売中


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◆最終話 ◆『悪役令嬢』は『星詠み』を奪い、朝焼けへ進む

本編完結です。



神殿に向かいながらルビアは思い出していた。

十歳の儀式の夜を。

初秋の夜空に月はなく、ただ無数の星々が静かにその光を放っていた。風は、かなり、強かった。

上空だけでなく、地上……神殿の柱の間にも、その強い風が吹き抜けていた。


(あの時も、風がわたしの夕焼け色の髪に吹き付けてきた……)


怖くて寒くて、震えていた十歳のルビア。


(今はもう怖くない。寒くもない)


父母の後について神殿の列柱の間を最奥まで進んでいった。


(不安に思いながら歩いたあの列柱の上を、飛んでいる……。もうすぐに『天降石』が見える)


ルビアは右手を挙げて、まっすぐに指をさした。


「この先、まっすぐです。山や川辺に転がっているような黒さび色の石……。あれを、奪ってください」

「はいよー」


セイは気楽に返事をした。

『天降石』は、人間にとっては大人の背丈ほどもある大きな岩だ。

けれど、ドラコンであるセイにとっては、片手でつまめる程度のものでしかない。


眼下で騒ぐ星詠み師たちや弓を向けてくる神殿の護衛たちなどは全く気にせず、セイは前足でひょいと『天降石』をつまみ上げた。


「とりあえず、これ、つまんでみたけど、どうする?」


ルビアはちょっとだけ考えてから答えた。


「どこか……海や湖などはありますでしょうか? 『ヴェンタール』に『天降石』が欠片でも戻らないように、沈めてしまいたいのですけど……」

「あ、じゃあ、セイ兄。進路を少し西に変更。『ほんのちょっと』飛べば、すぐ海でしょ」


コウの『そのほんのちょっと』という言葉に、ルビアは首をかしげる。ヴェンタールの近隣には、大きな湖も海もない。けれど、人間とドラゴンでは距離感も異なるのだろうと、黙ってセイとコウの話を聞く。


「よし、じゃあ、北に帰る前に西に行くか」


空には傾きかけた太陽があった。その太陽に向かうようにして、セイは速度を上げた。


人の足では何日も何週間もかかるであろう距離を、セイは本当に『ちょっと』飛んだだけでたどり着いてしまった。


「あれが、海……」


ルビアは初めて見る海の大きさに思わず声を上げた。


「あれ? ルビアは海、知らない?」

「本の挿絵や絵画などでは見たことがありましたが……。色は青かったと……、それに視界に入りきらないほど……広いとは……」


太陽が、水平線に沈みかけていた。オレンジ色に光る海面。

夕焼けのオレンジ色が放射線をなして、空の果てまで伸びている。その夕焼け色の空と海は、刻々と色を黒く、また濃くしていく。


(まるで十歳の儀式のときに壊してしまった髪留めのガーネット・オレンジの宝石が、この空と海に溶けているみたい……。

一日の終わりを告げる夕日の色……。星詠みを終わらせる『悪役』の……、わたしの色……)


眼下の海は、オレンジの色を少しずつ暗くしていっている。

夜になれば、太陽が沈んだ後のこの空と海のオレンジは、夜の闇の色の染まるのだ。


「セイ様、あの海に、石を捨ててください」

「はいよ」


セイは掴んでいた『天降石』をぱっと離した。

そのまま海面まで落下した『天降石』は、しぶきを高く上げ、そうしてオレンジ色から黒に変わりかけている海に、深く深く沈んでいった。


(これで、わたしのできることは、終わり……。あとはリシャール・デルト殿下が国を変えるでしょう)


リシャール・デルトと共に国を変える選択をしなかったことには、やはりほんの少しばかり、申し訳なさがある。


けれど、ルビアは選んだのだ。


(わたしは、セイ様と一緒にいたい……。)


二つは選べない。


(わたしができたのは、星詠みを終わらせること。あとはリシャール・デルト殿下がきっと新しい国を作る。だから、殿下と一緒に歩めなかった悔恨は、今日ここまで)


道は違えても、ともに歩めなくても。


(それでもわたしを『友』と言ってくださったから)


祈る。

リシャール・デルトの未来が明るいものであるようにと。


『天降石』が沈んだ海面を、ルビアはじっと見た。


「じゃあ、北に戻ろうか」

「……はい、セイ様」


ルビアの返事と同時に、子竜たちが騒ぎ出す。ぱたぱたと羽を動かして何かを訴えている。


「あー……チビどもは腹減ったか」

「そういえば、ずっと何も食べていなかったしねえ。ルビアはどう? お腹すいてない?」

「え、えと……」


「くう」とルビアの腹が鳴るのと「きゅい」と子竜たちが鳴く声が重なった。


「あっはっは、じゃ、適当なところで休もうか」


海から離れ、近くに見えた森へと向かう。森にセイがそのまま下り立てば、何十本かの木々がバキバキと倒れてしまった。


「セイ兄、おーざっぱ」

「うるせ、いいだろ。木の一本や二本」

「二、三十本は倒れたと思うけど。ま、いいか。枝とか燃やして焚火でも作りましょう。あたしたちはいいけど、ルビアは寒いでしょ」


随分と長い間、セイの背に乗り空を飛んでいたのだ。ルビアの手も足もかなり冷えていた。


「ルビアはちょっと休んでてよ。セイ兄、あたしは子竜たちと食べるもの探してくるから、セイ兄は倒れた木の枝で焚火でも作ってて」

「待て、赤いの。さすがにドラゴンの姿のままじゃそんなチマチマした作業できねえぞ」


言われて、コウは仕方なしにとばかりに着ていた服を脱ぎだした。

いきなり裸体になったコウに、ルビアは真っ赤になった。


「コ、コウ様……っ! い、いきなり何を……」

「あー、あたしの服はセイ兄に渡すから、セイ兄、着れるでしょ」


コウが服をセイに放り投げてから、ドラゴンへと姿を変えた。

ただし、セイのように巨大ではなく、ルビアの背の高さほどしかない、細身の赤い鱗のドラゴンへと。


「まあ、着られるけど。お前の服は胸が余るんだよな……。ズボンの丈は短いし……」

「上から外套はおれば、気にならないでしょ~」


ブツブツと文句を言いながらも、セイはドラゴンから人間の体に変化し、そして、コウの服を着ていく。ルビアは、セイの裸体から、素早く顔をそらした。


「じゃあ、そういうことで、よろしく~」


コウと子竜たちが森の奥へと姿を消した。

セイはコウに言われたとおりに倒した木から枝を取り、それを櫓のように組み立てていく。


「えーと、火力調整……。出力は最小限にして……」


ぶつぶつ言いながら、口から炎を吐いて、そうして木に火が付いた。


「ルビア、こっち来いよ。焚火であったまったほうがいい」

「あ、ありがとうございます……」


セイが焚火から少し離れたところに座り、ルビアもその横に座った。


「あったかい……」


ほう、と。息を吐く。


「疲れただろ、ルビア」

「ええ……、そうですね……。セイ様は大丈夫ですか?」

「まあ、人間とドラゴンじゃもともと持ってる体力が違うから。俺たちはへーきだけど。赤いのとチビどもが帰ってくるまで少し眠るか?」

「い、いえ……大丈夫、です」


ルビアはそう答えたけれど、卒業パーティに婚約破棄、そのまま出立して、その上ドラゴンの背に長時間乗っていたのだ。

疲れていないわけがなかった。

焚火で暖まれば、瞼の重さを感じだしてしまった。コウたちが戻ってくるまで、目をつぶるだけ……と思いつつ、ルビアはそのまま眠ってしまった。




ふっと、意識が戻り、ルビアは目を開けた。

開けたとたんに叫びそうになった。

セイに横抱きに抱きかかえられていたのだ。


(きゃ、きゃああああああっ!)


叫び声を上げないようにと、ルビアは自身の手で口を押えた。


「あ、おはよー。ルビア、起きた?」


鼻と鼻が付きそうなほど近く、しかも顔を覗き込まれて。

ルビアは声が出せないまま、コクコクとうなずいた。


「よく眠っていたから起こさなかったよ。とりあえずベリーでも食べる? チビどもの残り物で悪いけど」


セイがそう言いながら、ひょいひょいとルビアの口にベリーを放り込む。ルビアはむぐむぐとそれを飲みこんでから頭を下げた。


「す、すみません……。コウ様達が戻ってくるまでと思ったのですが……」


慌てて、あたりを見渡す。焚火の火は消えていた。あたりはまだ暗い。けれど、セイに抱きしめられているためか、寒くはない。むしろ恥ずかしさで体温が上がりそうだった。


「わ、わたし、かなり長い間眠っていましたか……?」

「うん、もうすぐ夜明けかな。まだ暗いけどね」

「セイ様にもコウ様にもお待たせしてしまって……」

「ああ、だいじょーぶ。俺はルビアの寝顔見ているだけで楽しかったし」

「ね、寝顔っ!」


ルビアは耳まで真っ赤になった。


「コウは……っていうか、子竜たちが騒ぎ出したから、あいつらには先に行ってもらった」


(じゃ、じゃあ……わたしとセイ様の……二人きり⁉)


真っ赤になった顔がさらに赤くなりそうな気がした。


周囲の暗さのためか、そんなルビアの様子にセイは全く気が付いてなかった。人の形のまま、背中の翅をばさりと開く。


「このまま飛ぶけど、まだ眠かったらルビアは寝ててもいいよ」

「え?」


ふわりと、ゆっくり。セイはルビアを横抱きにしたまま翅を動かした。


「落とさないから安心して」


以前と同じように、抱き上げられたまま、空を飛んだ。


(落とされるとは思いませんけど、でも、やっぱり、顔が近いっ! 抱き上げられるなんて、恥ずかしい……)


吹き付けてくる夜明け前の風は冷たいはずなのに、火照った顔と体にはむしろ心地よいくらいに感じられる。


西から北へとセイはゆっくりと飛んでいく。まるで空の散歩のようだと、少しばかりルビアが落ち着いたころ、東の空から太陽が顔を出した。


「ほら、ルビア、あっち見てよ」


薄暗かった空が、だんだんと明けていく。

漆黒の夜空は、黎明へ。

そして、オレンジ色に染まる世界。


ルビアはまぶしさに目を細めた。


「実はさ、きれいだな……って、ルビアの髪を見るたびに思ってたんだ。この夜明けの空の色だってさ」

「わたしの髪が、夜明けの色……」

「うん。朝焼けのオレンジ色」


東の空の色を、確かめるようにしてルビアは見つめ続けた。


今、空は、世界は、確かにルビアの髪の色と同じだった。


「わたし……自分の髪は……夕暮れの空の色と思っていました……」


終わりの色。

そう思ってきた。


だけど、今、セイは夜明けの、始まりの色だとそう言ってくれた。


「あー、夕暮れもきれいだよな。夕日が落ちて、一日が終わって、それで次の朝が来る。毎日毎日、これから俺、ルビアのオレンジ色を朝も夜も見られると思うとすげえ嬉しい」


終わりの色。

だけどそれは始まりの色でもあるのだ。

そして、夜と朝を何度もセイと繰り返す。


『悪役令嬢』と星詠みによって占われた、決められた人生。

そんなものは、もう、ない。

天降石は海に沈み、もう星詠みなどはできもしない。

『悪役令嬢』ではなくなったルビアは、自分の選んだ未来を生きている。

セイと共に。


ルビアは目をつむり、大きく息を吸った。

そしてその息を吐きだす。


(セイ様、あなたがいてくれたから、わたしは夕暮れから朝焼けへ変われたの……)


ゆっくりと、ルビアの顔が微笑みに変わる。

手を伸ばして、セイに抱きついた。


「……はい、セイ様。わたし、今、とても幸せです」


今だけでなく、きっとこれからずっと。

朝焼けを見るたびに思うだろう。


(日の沈む暗闇の世界から、こんなにも明るい世界へ、あなたがわたしを連れてきてくれた。大好きです、セイ様。あなたはわたしの光です)


明るくなる空の中、セイが翅を広げて飛んでいく。

その腕に、ルビアを抱えて。

ルビアとセイは顔を見合わせて、いつまでも笑いあっていた。






本編完結



本編完結までお付き合いいただきましてありがとうございました!


あと番外編としてリシャール・デルト殿下視点のお話をちょこっと書いたら完全に完結になります。


そちらまでお付き合いいただければ幸いです。






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