◆第十話 ⑤ ◆
「そーゆーのは後でいいでしょ。ほら、あっちのニンゲン、剣とか構えてセイに向かってきてるし~」
リシャール・デルトの制止にもかかわらず、恐怖にかられた形相で、それでもセイの後ろ足や尻尾を切りつけようとしている何人もの兵たちがいる。
けれど、セイの体に傷一つつけることはできない。
「人間の剣なんて、葉っぱで『ぺしっ』て叩かれている程度なんだけどなあ」
めんどくさそうにセイは長い尻尾を動かして、兵たちなぎ倒す。
「ルビアを迎えに来ただけだっつーの。こっちに何にもしないんなら、わざわざ手は出さねえよ」
セイの言葉に、リシャール・デルトが大声で叫ぶ。
「全員動くなっ! こちらのドラゴンの方々は我らに何もしないとおっしゃられているっ! 重ねて言う。いいか、動くなっ! これは王族としての命令だっ!」
周囲の人間を睨みつけてから、リシャール・デルトはセイの前まで進んできた。
「恐怖にかられた兵どもが、攻撃を仕掛けたこと、お詫びいたします」
そして、深々と頭を下げた。
「あら。人間にもまともなのがいるのねえ」
コウがリシャール・デルトをじろじろと見る。コウだけではなく、白色のうろこを持つ子竜も、コウと同じようにリシャール・デルトを凝視していた。
「リシャール・デルト殿下……」
ルビアがつぶやくように、名を呼んだ。
リシャール・デルトはルビアににっこりと笑った。
「そちらのドラゴンの方がルビアの大事な相手?」
「はい……、はいっ!」
「迎えに来てくれたんだね。よかった。……皆様、私の『友』をよろしく頼みます」
もう一度、リシャール・デルトはセイたちに向かって、頭を下げた。それから、ルビアに向き直る。
「ありがとうルビア・マリー」
「え?」
感謝の言葉を告げるのは自分のほうだとルビアは思った。
リシャール・デルトの厚意に感謝するだけで、自分はリシャール・デルトに対して何も返せていないのに……と。
戸惑うルビアにリシャール・デルトは優しく微笑む。
「本物の『王太子』は私だと、言ってくれてありがとう。嬉しかった」
ルビアが告げたことは嘘だと、口からの出まかせだと、リシャール・デルトにもわかっていた。
わかっていて、それでも嬉しいとリシャール・デルトは思ったのだ。
「あなたが本当の王太子であり、この国をまっとうに導く存在であると……わたし……、『悪役令嬢』ルビア・マリー・ロシュフォールの名をかけて、申し上げます」
これから先、道を違えることになる。
これまで助けてもらったことに対して、返せるのはこんなふうな出まかせしかない。
それでも、どうか、リシャール・デルトを信じ、彼と道を同じくする者が現れるようにと、願いを込めて、ルビアはリシャール・デルトに向かい、深々と頭を下げた。
「今まで本当にありがとうございました。リシャール・デルト殿下」
「うん、ルビア・マリー。元気で」
別れの言葉をお互いに口にして、そうして、ルビアはセイを見上げた。
「連れて行ってくださいセイ様」
「じゃあ、いこっか」
「はい」
子竜たちがルビアの手を取って、そうしてセイの背にルビアを乗せた。子竜たちも、ついでにコウも、そのままセイの背に飛び乗った。
「来るのに疲れちゃったから、帰りはあたしたちも乗っけてね」
「子竜どもは仕方がないけどさ。赤いの、お前は別に疲れてなんていないだろーに」
「あはは。まあいいでしょ。帰りの道中、セイの背中でボーとしているのもルビアは暇でしょ。おしゃべりしながら帰ろ」
「あ、あ、はいっ!」
「……ま、いっか」
セイが大きな青い翅を広げる。
リシャール・デルトはセイの邪魔にならないようにと、壁際まで下がった。
そこにはガタガタと震えるばかりのギイ・クロードがいた。
「お前も王族の端くれだろうに。震えていないで被害状況の確認くらいしろ。ぱっと見たところ怪我人などはいないようだが、ドラゴン殿になぎ倒され、気絶している兵もいる。この建物だってそうだ。のちには修繕しないといけないだろうが、今はまず、安全に皆を外に誘導しろ」
だが、言われていることが理解できているのかいないのか、ギイ・クロードはナナ・アニエルにしがみついて震えるばかりだ。
リシャール・デルトは大仰にため息をつく。そしてギイ・クロードに、というよりは周囲に聞こえるように大声で告げる。
「この通り『名ばかりの王太子』は役に立たん。私が指揮を執る。自力で動けるものは、ゆっくりとこの会場から外に出て、まずは安全な校舎のほうにて待機。怪我をした者はいないようだが、腰を抜かすなどで動けない者は護衛兵たちの助けを待て」
指揮をするリシャール・デルトを見下ろしながら、ルビアはもう一度リシャール・デルトに頭を下げた。
しばらく飛んでいるうちに、遠くのほうにロシュフォール侯爵家の館が見えた。
父と母とそして兄であるローラン・アルベルトの顔を思い浮かべる。
別れの寂寥のような感情は欠片も浮かんでこない。
(……わたし、薄情なのかしら。家族なのに……何も感じないなんて。思い出の一つや二つ、懐かしむ程度、離れるさみしさも……なにもない)
ただ何となく。十歳の儀式のときにローラン・アルベルトからもらった髪留めのことを思い出した。
(あの時……お母様は……「壊れてしまってはもう駄目ね。捨てて頂戴」とおっしゃった。そうね、わたしはもうとっくに……家族のことを捨ててしまっていたのね……。結局お兄様に謝ることもできずにそのまま……あの髪留めわたしの部屋のどこかにしまわれたまま、忘れていたのよね……)
セイやコウと、北の地で暮らしているうちに、きっとロシュフォール侯爵家のことも忘れてしまうのだろう。ルビアはそう思った。
だけど。
(リシャール・デルト殿下のことは忘れたくない。殿下から受けたご厚意も、こんな何もできないわたしを『友』と言ってくれたことも)
たかが出まかせ一つ告げた程度で、受けた厚意のすべてを返せるとは思っていない。
(道を違えた後も……わたしが殿下のためにできることが何かあるかしら? ただ幸せに、セイ様たちと暮らしていいのかしら?)
じっと一点を見つめたように考え込んでしまったルビアに、コウが首をかしげながら聞いた。
「ルビア、怖い?」
「え?」
「いや、顔がこわばっているように見えたから。空高く飛ぶのって、あたしたちはへーきだけど。ルビアは慣れてないでしょ。セイ兄、もうちょっと地面に近いところをゆっくり飛んで」
「ああ、そうだった。ごめんルビア」
セイが速度を落とした。
「いえ、大丈夫で……」
ルビアが、言いかけたところで、セイが飛んでいるその先に神殿が見えた。
(あれは……十歳の儀式のときの……あの神殿)
「ごめんなさいセイ様。できるだけ、ゆっくりと、地表の近くを飛んでもらえますか?」
「いいけど……どうした?」
途中で声色が変わったルビア。
セイがいぶかしげに尋ねてきた。
ルビアがすっと腕を伸ばして、指をさす。
「あそこの神殿に、天降石という大きな黒い石……岩があるのです」
「大きい?」
ルビアは、「あ」と声を出した。
「セイ様にとっては小さいかもしれませんね。わたしの背と同じくらいの石……岩です。あの神殿に祭られている」
ふと思いついた。
あんな石があるからこそ、このヴェンタールでは星詠みなどが行われるのだ。
(だったら、あれがなければ?)
ドキリ、と心臓が鳴った。
(星詠みの国の、象徴。あれによって、皆の運命が決められた……)
それを奪っていいのか。天降石を失った後この国がどうなるのか。
(混乱する? 悲嘆にくれる? でも、きっとリシャール・デルト殿下なら大丈夫)
逡巡は一瞬だった。
(『星詠みの占い』がわたしに『悪役』を押し付けたのだから……。ならば『悪役』らしく、わたしはこの国の一番大事な『星詠み』を奪う。そのくらい、しても、いいわよね?)
息を吸って、そして吐く。
迷わずに、『悪役』になる。
自らの意志で。
「セイ様。お願いです。あの、黒い岩を……この国から持ち去ってください」
天降石。それを、この国から奪い、ヴェンタールを星詠みの国ではなくす。
そう決めた。
お読みいただきまして、ありがとうございました!
もう少しで完結。
最後までお付き合いいただけることを願います。
それから、来月一迅社様より、私の初めての書籍『悪役令嬢は素敵な旦那様を捕まえて「ひゃっほーい」と浮かれたい 断罪予定ですが、幸せな人生を歩みます!』が発売されます。
https://www.ichijinsha.co.jp/iris/#newrelease
にて、美しいマルレーネと学園長を見ていただけると嬉しいです。
では、『星詠み』の続きはなるべく近日中にお届けしたいと思います。
どうぞよろしく!




