◆第十話 ④ ◆
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
だが、見上げれば、ダンスホールの天井はなくなっていた。
ぽっかりと空いた其処から、青く晴れた空が見えた。
何が起こったのかと思う間もなく、すぐに、地面が揺れた。
何者かによって、天井が取り外され、それが放り投げられた。その衝撃によって、地面が地震のように揺れたのだ。
揺れと、轟音。
会場に居る者たちには何が起こったのかはわからず、ただ起こった轟音に耳をふさいだ。
立っていられずに倒れた者もいた。騎士たちは、流石に足に力を入れ、その場に踏みとどまってはいたが、それでも体勢を崩していた。
そんな中、青い空を背に、のっそりと、な巨大なドラゴンがあらわれた。
ぎょろりとした大きな目で、会場内を一瞥する。
叫び声が上がった。
逃げようとした者たちが、出口に向かって殺到する。
失神した者、その場にへたり込んだ者もいる。
ギイ・クロードとナナ・アニエルも、へなへなとその場に座りこんだ。
リシャール・デルトは、現れたドラゴンと周囲の様子を素早く見回した。
ドラゴンに対応できる戦力はない、ならば、この場に居る者たちを、逃がさねばならないと考えたのだ。慌てるな、ゆっくりと逃げろ、とリシャール・デルトが叫ぶつもりだった。
けれど。
ルビアが、ドラゴンを見つめ、信じられない思いで呟いたのだ。
「セイ、様……?」
吐息のような小さなつぶやき。それが聞こえたのか、ドラゴンは、その瞳をルビアに向けた。
開いた天井から、ドラゴンが顔を伸ばしてきた。じっと、ルビアを見つめる。
ルビアは、がくがくと震えながら、それでもドラゴンに……セイに、手を伸ばした。
「本物ですか……? 本当に、セイ、様、なの……」
ドラゴンが咆哮を上げた。空気がビリビリと振動する。逃げまどっていた者たちも、あまりの恐怖にその場から動けなくなった。
取り外された天井から、ドラゴンが舞い降りる。ルビアのすぐ近くまで。降り立った衝撃で、またもや地面が揺れた。ルビアは体勢を崩しながらも、それでもドラゴンに手を伸ばす。ドラゴンはそのルビアの手に、顔を寄せていった。
震えるルビアの掌が、ドラゴンの頬に触れた。ごつごつとした鱗に覆われた皮膚を、ルビアは、そっと撫でてから、頬を寄せた。
「探した」
ドラゴンが……セイが、ぼそりと告げた。
「いきなり消えたから、何が起こったのかと思って。わかんなくて、呆然としてたら、コウに殴られた」
「え、え、え。な、殴る……?」
「うん。さっさと探しに行けって。星詠みの国ってどこだよって、知らないから、精霊の女王ところまでまず行って、あちこち見て回って、ニオイとか辿って」
「えっ! に、においって」
「ルビアは花みたいにいい香りがするんだよ。でも、遠いとわからなくて。だから……迎えに来るの、おそくなってごめん」
ルビアは首を横に振った。迎えに来てくれた。自分が絶望している間にも、探してくれていたのだ。
じわじわと、ルビアの身体に温かいものが通るような気がした。
「わたし……セイ様との日々は夢かと思って」
「夢じゃないよっ!」
ルビアは頷いた。
だけど、きっと、リシャール・デルトがいなければ、絶望したままだったに違いない。
「でも、リシャール・デルト殿下に支えていただいて……これから北まで確かめに行こうと思っていたところなの」
「え、ルビアがこっちまで来るつもりだった⁉」
それは大変だと、セイは思った。
「でも……会いたくて」
ルビアが、そう告げると、セイの口元が少しばかり緩んだ。どうやら微笑んでいるらしい。
「うん……、うん。会いたかった。すっげえ、会いたくて、だから、飛んで、ここまで来たよ」
へへへ、とセイは笑った。
ドラゴンの姿のままで微笑んでも、それはルビア以外には恐怖でしかなかったのだが。
ガタガタと震える大勢の者や、ドラゴンを攻撃しようと奮い立っている騎士たちをリシャール・デルトが何とか抑えていた。
ルビアも、セイも、ようやくそれに気が付いた。
「あ……」
「あー、人間って、ドラゴン怖いんだっけ?」
「えっと、セイ様。人の形に変化すれば……」
そうすれば少なくとも怖がられはしないとルビアは思った。ルビアはセイのことを知っているから、ドラゴンの姿でも恐れることはないが、他の人間にとって、巨大なドラゴンは恐ろしいのだろう。
だが、セイは「うー……」と低く唸った。
「えっとな、人の形になれることはできるけど……」
「はい」
「……服が、ないから。その、また、裸体に……」
「あ……」
思い出して、ルビアの頬が赤く染まった。
「だから、ホントはルビアを抱きしめたいなーって思ってるんだけど、できなくて」
さらに首までが赤くなる。
「えっと、それは、あの……北に、向こうに着いてから、お願いします……」
言ってから、はしたないことを思わず告げてしまったと、ルビアは下を向いたが、セイは喜色満面で、咆哮を上げた。
会場の窓や壁、床までが更に揺れた。
そこに、翼の生えた赤い髪の女性が空から舞い降り、ドラゴンであるセイの頭をその足で蹴っ飛ばした。
「ちょっと、いちゃついてないで周り見なさいよっ! 人間の皆様、恐ろしがっているじゃないっ!」
コウと、それから三匹の小竜たちだった。
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