◆第十話 ② ◆
(不思議……。ギイ・クロード殿下を見ても、ナナ・アニエルを見ても……何の感慨もない)
学園で過ごしていた間は、二人に対し『悪役令嬢』としての茶番劇を繰り返すことに、酷くやるせない気持ちになってた。
無関係でいたい。虐めや対立などもしたくない……と、思っていた。
……思っていた。過去には。
今は、そんな気持ちなど欠片もない。
(どこか遠くの国にいる、無関係な他人が何かを喚いていたって、わたしには無関係……そんな気持ち。どうでも良いわね。ギイ・クロード殿下など)
ルビアの気持ちはもう、北の竜の国に向かっている。リシャール・デルトが準備の手配をしてくれたのだから、そこまで辿り着くのは難しいことではないだろう。問題は、竜の国に着いた後だ。
(どうか、セイ様が実在していますように。あれが、あの日々が、夢ではありませんように。それと、リシャール・デルト殿下のこれまでのご厚意に何のお礼もできていなくてごめんなさい)
そこ二つのことだけを、ルビアは考えに考えていた。
更にもう一つ、ギイ・クロードのことなどを気に掛ける余地など無く、もはや彼のことなどどうでもよかった。
だから、ルビアは「承知しました」とだけ答えて、さっさとギイ・クロードに背を向けた。
「ちょ、ちょっと、どこに行くのよっ!」
「待て、ルビア・マリー、これからお前には『嫉妬して、ナナに陰湿ないじめを繰り返したな!』という断罪をするのだっ! おい、待てっ!」
ナナ・アニエルとギイ・クロードの声など無視して、ルビアは会場の入り口付近でいるリシャール・デルトの前まですたすたと進む。
そうしてリシャール・デルトの前に立つと、まずはすっと背を伸ばす。それから片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま深く頭を下げた。淑女の手本のような、そして周囲から思わず感嘆のため息が出たほどの、美しいカーテシーだった。
「今までありがとうございましたリシャール・デルト殿下」
「ルビア・マリー……」
ルビアはリシャール・デルトをまっすぐに見つめ、そして言った。
「感謝の言葉を、どれだけ重ねても足りません。殿下のご厚意に対してなにもお返しできないのが心苦しいです。ですが、わたしは行きます。どうか、殿下の望みが叶いますよう。祈るしか出来ない非力なわたしをお許しください」
結局、いくら考えても、リシャール・デルトのために何かするなど考えもつかなかった。
一方的に助けてもらうだけで、何も出来ないのは苦しい。
だから、祈る。
リシャール・デルトは首を横に振った。
「私の唯一の『友』であるルビア・マリー。こちらこそ、今までありがとう。君の存在が私の支えだった。君がこれから進む道はとても厳しいものだろう。だが、君の『夢』が『現実になる』ことを、祈っている」
見つめ合い、微笑みあったルビアとリシャール・デルト。
それを、無粋にも、ギイ・クロードは遮った。
「何を二人して訳の分からないことを言い合っているっ! 今すべきは『悪役令嬢』の『断罪』だっ!
このオレから婚約を破棄されたんだっ! 捨てないでくださいと泣き叫べよっ! ナナに謝って慈悲を請うところだろうっ!」
「そうよっ! 『悪役令嬢』は『運命の娘』に謝罪するのよっ! 今まで意地悪してごめんなさいってっ! あたしは寛大だから、謝ってもらえれば許してあげるのよっ!」
「ちゃんと、やれよっ! ルビア・マリーっ! お前は星詠みによって『悪役令嬢』と占われたのだろうっ! ちゃんと王太子の愛を請えっ! そうしたらオレの愛する女、この『運命の娘』たるナナが、お前にも慈悲を与えてやるっ!」
喚くギイ・クロードとナナ・アニエルを、ルビアは無感動に振り返った。
「要りません」
静かな声が、会場に響いた。
「は? なんだと?」
「ですから、わたしの人生に、ギイ・クロード殿下は必要ありません」
表情一つ動かすことなく、ルビアは告げた。
「わたしが選んだのは、別の道。その道はあなた方とは無関係です」
「何を言っているルビア・マリーっ! 星詠みの占い通りに『悪役令嬢』の使命を果たせっ!」
「ええ、ですから、わたしはこの国から去ります。国外追放、承りました」
リシャール・デルトに何も返せないのは心苦しいが、もう、彼に挨拶も終えた。この場に留まる理由などない。ましてや、ギイ・クロードに縋るなど、そんなこと、思いもしないし、どうでもいい。
「学園で、悪役令嬢としてきちんと運命の娘を咎めよ……と、茶番を指示されたようなものでしたが、そもそもわたし、ギイ・クロード殿下にもそちらのご令嬢にも興味はございませんでした。運命なんてどうでもいい。『悪役令嬢』の役目もどうでもいい」
「どうでもいいだとっ! 『悪役令嬢』が『運命の娘』を苛め、『愛』によって『王太子』が『運命の娘』を守る。そうしてこの国は発展するというのにっ!」
「王太子殿下の公務を行っているのは貴方ではございませんでしょうに。遊んでばかりで何もしないギイ・クロード殿下。実際に、すべての王太子としての公務をおこなっているのはリシャール・デルト殿下です」
「だからなんだっ! オレが星詠みによって占われた本物の『王太子』だっ! 兄上など、このオレがつつがなく暮らすための踏み台なんだよっ!」
ギイ・クロードの言葉に、ふっと何かがルビアの心に浮かんだ。
十歳の儀式で、ルビアは確かに『悪役令嬢』だと占われた。
だが、ギイ・クロードは『王太子』と占われたわけではない。星詠みの結果は『愛をつかむ者』だった。
ナナ・アニエルも星詠みによって『運命の娘』と占われたのではない。『王太子』とされたギイ・クロードが選んだから、『運命の娘』と考えられただけ。
そしてリシャール・デルトは……『逃す者』だった。
ルビアが、それを思い付いたのは、一瞬だった。
(そうよ……できるかもしれない。ううん、これからわたしが言うことを、みんなが信じなくても……。それでも。水面に石を投じるように、波紋は起こるかもしれない……)
どうせ、国外追放になる。そして、北に向かい、セイに出会えるまで、この国に戻ることはない。
(セイ様は夢ではなく、現実だと……信じるわ。だから、わたしは命尽きても……ずっと探し続ける)
ルビアはリシャール・デルトを見た。
(わたしが、殿下にして差し上げられること……)
頷いて、そしてリシャール・デルトだけに聞こえるように、小さく呟く。
「≪殿下、わたしに合わせていただけますか?≫」
いきなり妖精言語で話しかけられたが、それでもリシャール・デルトは何も問わず、頷いた。
「ギイ・クロード殿下。本物の『王太子』はあなたではなく、リシャール・デルト殿下です。星詠みは、精霊たちの悪戯によって曲げられていた」
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