◆第一話 ③ ◆
「わかった。もう夜も遅いから、ルビア・マリーは眠った方が良いんだろけど。不安なままだと辛いよね。掻い摘んで説明しようか」
ルビア・マリーはローラン・アルベルトの優しくも温かな声に、縋るように頷いた。
「我が国には今まで三人の『悪役令嬢』が存在している。ルビア・マリー、お前はその四番目となる」
「四番目……」
多くはない。だが決して少なくない数。
「そうだ。一番目に『悪役令嬢』と告げられた令嬢は当時の王太子殿下の婚約者だった。が、王太子殿下は貴族学園に入学されたあと、ある男爵令嬢と出会う。それが『真実の愛で結ばれる運命の娘』だった」
「しんじつの……あい? うんめいのむすめ……?」
「ああ。『悪役令嬢』は嫉妬に狂い『運命の娘』を虐げる。だが『真実の愛』を知った王太子が彼女を守り、悪は滅ぼされる。そして、この国は愛に包まれ飛躍的な発展を遂げた」
「え……?」
ローラン・アルベルトの説明は途中途中が端折られているのか簡潔だった。簡潔過ぎてルビア・マリーにはローラン・アルベルトの言っている言葉の意味がまるで分からなかった。
「『真実の愛』は強い。愛を以てして国を治めた王太子と『運命の娘』は、その愛を周りにも振り撒くのだ。二番目の時も三番目の時もそうだった」
「二番目と、三番目……」
思考が付いていかずに、ルビア・マリーは兄の言葉を繰り返すことしかできずにいた。
「ああ、二番目の『運命の娘』は平民出身だった。だから、『悪役令嬢』は断罪され、国外追放となるが……実はこっそり裏でね、後に王妃となる『運命の娘』の影となるんだよ。おっと、影については、これは王家や侯爵家だけの秘密だ。『悪役令嬢』は滅ぼされることになっているからね」
内緒だよと片目を閉じるローラン・アルベルト。その言葉の後をクロエ・ディアーヌが引き継いだ。
「愛は素晴らしいものだけれど、平民や下級貴族の娘に王妃という大役は厳しいでしょう? 一度目も二度目も三度目の『運命の娘』もねえ、ちゃんと王妃教育は受けさせられたのだけれども……、特に二番目の『運命の娘』なんて、自分の名前すらかけなかったくらいだからねえ。やっぱり、王妃の役割なんて無理だったのよ。そこでね、『運命の二人』を邪魔したとして断罪された『悪役令嬢』が『運命の娘』に代わって王子妃、王妃の仕事を任されることになったのよ。表向き断罪はされるけど、実は王宮の奥でひっそりと実権を握れるようなものね。ああ、子を成さなければ恋人程度は作ることもできるし、王宮からは出られないけれど、家族に会うことも可能よ? それに『悪役令嬢』から『王妃の影』になった娘の実家には、王家からたくさんの報償が頂けるの」
「まあ、『悪役令嬢』は『真実の愛の恋人たち』を支える礎になった。『悪役令嬢』が居るからこそ、『真実の愛の恋人たち』は愛だけを見つめて生きていける……とも言えるのかな?」
「それから『悪役令嬢』は身分の高く、優秀で、美しい娘がなるのよ。ルビア・マリーにぴったりじゃない!」
ルビア・マリーは半ば呆然としながらも、兄や母の言葉を何とか理解しようと努めた。
「ええと、つまり……『悪役令嬢』は、『王太子殿下』の婚約者となり、その『王太子殿下』が愛する『運命の娘』を支える……の?」
「そうだ、ルビア・マリー。理解が早いな。さすが我が妹。優秀な頭脳の持ち主は『悪役令嬢』としてぴったりだ」
愛し合う二人が幸せになる物語なら、ルビア・マリーも読んだことはある。
不遇な少女が、優しい王子に見初められ、結婚して、そしていつまでも幸せに暮らす……。
だが、ルビア・マリーに告げられた『運命』は、幸せになる二人の役ではなく、二人のための『悪役』だ。
嫉妬に狂い『運命の娘』を虐げる『悪役』。
『王太子』が『運命の娘』を守り、『悪』は滅ぼされる。もしくは『真実の愛の恋人たち』を支える礎……。
確かに、ルビア・マリーが読んだ童話や物語にも、主役を害する悪役は多数登場していた。
童話の中で悪役は必ずと言っていいほど罰を受けるのだ。そうして「王子様とお姫様はいつまでもいつまでも幸せに暮らしました」で物語が終わる。
だけど、その幸せの中に悪役は含まれない。
ルビア・マリーは『悪役』と占われた。
ならば……ルビア・マリーは幸せな結末の外にいることになる。
(何故、お兄様もお母様もお父様までもお喜びになるの? 『悪役令嬢』は害されたり、滅ぼされたり……他人のための犠牲になるのでしょう?『王妃の影』ってなに? わたしは誰かの影になったひっそりと生きるの? それをどうして喜ぶの? 国が発展? 報償ってお金? お金がもらえためだったらわたしがどうなっても良いの?)
優しくて、大好きだったはずの兄が、母が、父が、得体のしれない生き物のように思えて、ルビア・マリーは胸を押さえた。
(気持ちが悪い。何故? どうして? お兄様は……お父様は、お母様は、わたしが嫌いなの?)
俯くルビア・マリーの頭を、ローラン・アルベルトが撫ぜた。
「ああ、流石にもう眠いのだろう? 説明の続きはまた明日にでもしてあげるから、今日はもう休んだほうがいいね」
優しい手、優しい声。
だけど、その優しい声はルビア・マリーに「『悪役令嬢』おめでとう」と言った。
(悪役令嬢は、犠牲になる。周囲はいつまでもしあわせで……。でも、わたしは?)
侍女に着替えさせられ、ベッドに横になるように言われた。
眠れる気がしなかったが、シーツに潜り込んで丸くなっているうちに、まぶたは重くなった。
(ああ……お兄様に、髪飾りを壊してごめんなさいって……言えなかったわ)
眠り、そして目が覚めた時は、既に日は高かった。
窓から差し込む明るい光に、昨夜の出来事は悪夢だったように感じられた。だが、頭も痛く、気分も悪い。悪夢は、まだ続いているのだ。
起き上がる気力も無くて、目は開けたまま、ベッドに横たわり続ける。
(兎にも角にもわたしの『運命』は決まってしまった……)
受け入れることが酷く辛かった。気分も悪く、食欲もない。水を一杯飲んだきり、ルビア・マリーはまたベッドに潜り込んでしまった。
(眠って、目が覚めたら儀式を受ける前の時間に戻らないかしら? なかったことにならないかしら?)
ルビア・マリーがそんなことを願っても、現実の時間は真っすぐに動く。後ろに戻りはしない。
そうして、数日後、もやもやとした気持ちを抱えながら、ルビア・マリーは王城へと向かうことになったのだ。
お読みいただきましてありがとうございましたm(__)m
次回は第二話①
第一王子と第二王子登場予定




