◆第七話 ④ ◆
ルビアの叫びから少々後のこと。
背に大きな翼を生やした赤い髪の女性が、手に服を持ってやってきた。
そして、赤い顔を押さえて、しゃがみこんでいるルビアと、それから裸体のままのセイを見比べた。
「えーと? どういう状況?」
赤い髪の女性は、背中の翼をパタパタと動かしながら、聞いた。
「赤いの。まずは……とにかく服をくれ」
「セイ兄からの思念伝達で『大至急服か布を持ってこい』ってコトだったけど。セイ兄、いつも竜形でしょ? なんて人型になってんの?」
「いいから服」
「持ってきたのあたしのベッドカバーだけど。布でいいと思ったから……」
赤いのと呼ばれた女性はばさりとシーツを広げた。生成りの簡素な布ではあるが、一面に可愛らしい小さな花の刺繍が施されている。
「それでいいから寄越せっ!」
兎にも角にもまずは……と、セイは花柄のベッドカバーを腰に巻き付けていく。それをしている間に、赤いのと呼ばれた女性は、ルビアの前にしゃがみ込んで顔を寄せた。
「で? あなたはどちらのお嬢さん? ニンゲンがこんなところにどうやってやって来たの?」
雲海が見えるほどの高所。しかも山は切り立った崖ばかりであるし、しかも空には百の頭を持つ蛇に近い姿をしたラードーンや炎に包まれた姿のファイヤー・ドレイク、ワイバーンといった様々な種類のドラゴンの類、翼の生えた馬であるペガサスなどの幻獣たちが飛び回っているのだ。
「わ、わたし……」
「あ、それとも貴女も竜種なの?」
「い、いいえ。わ、わたしは、えと、星詠みの国の、侯爵家の娘で、ルビア・マリーと……」
「星詠み? うーん知らないなあ。ま、とにかくあなたはニンゲンの女の子なのね?」
ルビアはコクコク頷いた。
問答をしている間に、セイは腰にベッドカバーを巻き終わったようだった。
「なんか知らんけど、そいつ、いきなりそこにいたんだよ」
「あ、あの……わ、わたしもよくはわからないのですが。わたしの国に妖精が現れて、その女王に何かを問われ……それで、気が付けばここに飛ばされておりまして」
そう、ルビアは飛ばされたのだ。
「妖精……。ああ、夏至の日の祭りかな?」
「何かご存じなのですか? あ、えっと……赤いの様……と、お呼びすればいいのかしら?」
この赤い髪の女性を、セイは「赤いの」と呼んでいた。だが、セイは自分のことを「青いの様」と呼ぶのはおかしいから「セイ」で良いと言っていた。
「あー、『赤いの』に『様』つけられるのおかしいし。あたしのことは『コウ』って呼んでね」
「では、コウ様。何かご存じならば、教えていただけませんか?」
「んー、別に詳しいわけじゃないけど。ほら、妖精ってさ。夏至の日に、どこかに集まって祭りをするでしょ。場所は決まってないで、気まぐれに選ぶ。貴女……えっと、ルビア・マリーの星詠みの国? ってトコロを今回たまたま選んだんじゃないのかな?」
「で、妖精に出会って、ここまで飛ばされたのか?」
コウがセイに問いかけた。
「じゃないかな? 妖精のやることはよくわかんないよ。気に入られたから飛ばされたのかもしれないし、悪戯されたのかもしれないし。ねえ、ルビア・マリー。アンタ、妖精たちに何か働きかけとかした? それとも知らないうちに妖精の祭りに呼ばれた系?」
「あ……、えっと」
リシャール・デルトと共に、いきなり現れた妖精たちの元に行き、まずはお菓子やミルクを捧げたことを、ルビアは話した。
「それから……頭だけの妖精の女王に……、そう、貢物の礼、と言われたわ……」
「ん? 礼でこんなところに飛ばされたんか?」
「ニンゲンの女の子、一人でこんなドラゴンの谷に飛ばすなんて……礼というより悪戯かしらね。嫌がらせ?」
セイとコウは眉間に皴を寄せた。
「……わかりませんが、女王の暗闇のような瞳に吸い込まれたと思ったら……本当に暗い坑道のようなところに来ていて……いえ、その前に、わたし、女王に問われたんだわ」
「問われた? なんて?」
ルビアは、思い出すように、じっと考えてから答えた。
「明かりもない暗い道を、一人、歩いていく勇気はあるかと。リシャール・デルト殿下は「はい」と即答されましたがわたしは……」
「ん? ルビアはなんて答えたんだ?」
「一人では、怖いけれど、誰かに、手を引いて、貰えるのなら……と」
言いながら、ルビアは恥じるように俯いた。
きっぱりと即答したリシャール・デルトに比べて、一人では怖いなんて、甘えでしかないように感じてしまったのだ。
けれど、コウもセイもルビアのそんな弱さを咎めたりはしなかった。
「確かにニンゲンの女の子なんて弱っちいの、一人でいたらすぐ死ぬものねえ」
「竜種は生まれてすぐ飛んで、食い物も調達できるし、戦えるけど。ニンゲンって、独り立ちするまで十年とか二十年とか掛かるんだろ? ちなみにルビア、お前今何歳?」
「あ……十六歳です」
「……めっちゃ幼体じゃん」
「セイ兄、ニンゲンは幼体っては言わないのよ。コドモって言うの」
「ま、コドモでも幼体でも呼び方は何でもいいけどさ。保護、必要なんじゃねえの? どうするよ、コイツ」
「あ、あの……わたし、もう十六です。幼体でも子供でもないです。デビュタントは済ませてますし、い、一応婚約者もおります。婚約は破棄予定ですけれど、その、もうすぐ学園を卒業すれば、一人前の大人として扱われます」
ぼそぼそと告げたルビアに、セイとコウは驚いた顔になった。
「えっ! ルビア、お前、それで成体なのか?」
「うっそっ! こんなにちっさいのに? ちゃんと自分でご飯とか確保できるの⁉」




