◆第七話 ① ◆ ドラゴンの谷
(暗い。何も見えない。わたしの手も足も……。ここは、何処なのかしら……。リシャール・デルト殿下は……)
星灯りさえない完全な暗闇の中。ルビア・マリーは身動きすらできないまま立ち尽くしていた。
(妖精の女王に見つめられて……黒い瞳に吸い込まれそうになったところまでは覚えている。だけど、そのあとわたしはどうなったの? この右も左も見えない場所は何処?)
一歩、足を踏み出そうとして見ても、足元など見えないこの場所では、その一歩先が断崖絶壁かもしれない。そう思えば、足もすくんで動けない。
それでもじっとしているのも恐ろしくて、ルビア・マリーは恐る恐る、震える右手を暗闇の中に伸ばしてみた。
すると、何か堅いものに指先が触れた。
「ひっ!」
慌てて手を引っ込める。そのままじっと身縮めていても何も起こらない。
ルビア・マリーはもう一度、右の手を同じところに伸ばしてみた。
指の先に触れた感触は、固いものだった。
そのまま指先だけではなく、掌も、そこにつけてみる。ひんやりと。またごつごつとした硬い感触がした。
(手に触れたのは岩の……壁? もしかしてここは……どこかの坑道の中、かしら……。それとも、洞窟とか……。まさか、妖精の女王の瞳の中に吸い込まれたとか……じゃないわよね)
分からないから、動けない。
壁らしきところに手をついたまま、そのままどのくらいそうしていただろうか。自分の体も見えないほどの暗闇が、ほんのわずか薄れたように感じた。右手を壁らしきものにつけたまま、じっと目を凝らす。
すると、視線の先に砂粒ほどの点が見えた。その点は、じっと待っていれば、次第に白く、明るくなっていくようだった。
(もしかして、ここは洞窟の中の道で、あの点に見えるのが……外の光?)
壁に手をつきながら、足の裏を擦るようにして一歩一歩進む。進んでいくと、砂粒ほどの点が、少しずつ大きくなっていった。
(やっぱり、あちらが外なんだわ! 点にしか見えないのは、外の光が随分と遠いからなんだわ)
ルビア・マリーは一旦そこで立ち止まり。自分の周りをぐるりと見まわした。まだ薄暗くはあるが、自分の手や足元ぼんやりと見え始めてきていた。
(掌に感じた堅い感触はやっぱり岩だったのね。ここは……思った通り洞窟の中みたい。高さも……わたしの背の何十倍もある。横幅もかなり広いし……。あの点に見えたのは、やはり外……。かなりの距離があるのね……)
ごつごつした道は歩きにくかったが、それでも、外を目指して慎重に歩く。
そして。
「う……っ」
出口と思しきその場所から、一歩も先には進めなくなった。
ルビア・マリーの辿りついた場所。そこは……
眼下にまず見えたのは、一面の、雲。雲がまるで海のように広がっていた。
「これ……雲海? なら、ここは、どこかの山か高所……?」
呆然と見ていれば、日が昇ってきた。その畝雲のようなモコモコとした雲の模様に、朝日が当たり、白い雲は橙色に輝いた。
怖い、よりも。あまりの神々しさに、ルビア・マリーは動けなくなった。
そのままどのくらいの時間が経ったのか。
雲海は少しずつ薄れていった。雲の代わりに見え始めたのはいくつもの岩の山。いや、石の林というべきか。
まるで森の木を、空から俯瞰して見た時のように、岩の山が林立している。どこまで続くか分からないほど、岩の柱に見える山々が、はるか遠くの方まで続いていた。
「隆起した岩の山……が、幾千あるのかしら。それが、見渡す限り続いている……」
そっと、足元の先も覗いてみる。目が回りそうなほどの、切り立った険しい崖。
(他国には……高い山の頂上に、まるでノコギリの刃のようにとがっている断崖絶壁があると聞いたことがあるわ。垂直な断崖から、下を覗きこむ場所があって、山岳部族の度胸試しに使われるとか……。でも落ちたら確実に死ぬって……)
ルビア・マリーは無意識に一歩、二歩と、後ずさり、そうしてそこにぺたりと座りこんだ。
だが、不思議と、体は震えなかった。
恐ろしいというのを、どこか通り越してしまい、ただただ茫然とした。
感覚が麻痺してしまったようだった。
ぼおっとしているだけのルビア・マリーの視界の右から左に、何か鳥のような黒い影がすっと通り過ぎた。つられたように左の方向を向く。けれど、そこには何の影もない。
(鳥が、飛んで、通り過ぎたにしては、速いわよね……)
きょとんと、したまま、首を傾げる。すると、ルビア・マリーの頭上から、低い声が、した。
「どうしてこんなところにニンゲンの女が」
声がした頭上に、ルビア・マリーは顔を上げた。
するとそこに飛んでいたのは巨大な一匹のドラゴンだった。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
ここで内容的には物語の約半分です。
完結までお付き合いいただければ嬉しいですm(__)m




