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◆第一話 ② ◆

「ああ、これは急ぎ王宮へ知らせねばっ!」


歓喜の声を上げるピエール・ユーグ。


「もちろんでございますロシュフォール侯爵。国王陛下も『悪役令嬢』の誕生に喜ばれることでしょうっ!」

「正式な書面は後で良いとして、まずは先触れを出しましょうっ!」

一人の星詠み師がつんのめるようにして走り出していった。


(……何なの? なんなのよ、これ……)


興奮する星詠み師たちに、ルビア・マリーの父母。

ルビア・マリーだけが、父や母、星詠み師たちの歓喜を理解できない。

よろけるように後ずさり、その背が列柱の一本に触れた。そこでルビア・マリーはずるずるとしゃがみこんでしまった。


(床にしゃがみ込むなんて、淑女らしくないって、怒られるわ……。だけど、立ち上がれそうも、ない……)


そのまま、ルビア・マリーは放置された。

星詠み師たちはバタバタと動き回り……誰もルビア・マリーに目を向けない。

そうして各方面に先触れが出され、ひと段落して……ルビア・マリーたちが帰宅の途についたのは、夜半過ぎだった。


いつもなら、とっくにベッドで寝ている時間だというのに、眠気は全く訪れない。

かといって、父親や母親のように興奮しているわけでもない。

何か重たいものに押しつぶされるのを耐えているかのように、ルビア・マリーはただ、揺れる馬車の中で小さくなっていた。


馬車の小窓の外には青黒い夜の色が広がっている。その夜空には銀色の月と星。森の木々は鬱蒼として、そこから恐ろしい魔物が飛び出してきそうだった。馬車は揺れながら、夜の道を進む。護衛の跨っている馬は、まるで冥界の主へと導く三ツ頭の獣のように見える。


(……怖い)


唇を噛んでも、両手をぎゅっと握りしめても、どうやっても不安は消えなかった。

不安を抱えたまま、ようやくロシュフォール侯爵の屋敷に辿り着く。


屋敷の中は明るく、使用人たちが総出でルビア・マリーたちを出迎えてくれた。その先頭にいたのは、ルビア・マリーの兄、ローラン・アルベルトだった。


「おかえりなさい。父上、母上。それにルビア・マリー。十歳の儀式、お疲れ様。夜中までよく頑張ったね」

「……お兄様」


両手を広げて出迎えてくれたローラン・アルベルト。

その腕に、ルビア・マリーはよろよろとしがみ付いた。

ようやく安心できる場所に辿り着いた。


そう思い、ルビア・マリーは詰めていた息を吐きだした。


「あら、ローラン・アルベルト。貴方まで起きて待っていたの? 寝ていても良かったのに」

「母上、寝てなどいられないでしょう? ルビア・マリーが『悪役令嬢』という運命を授かったのですよ。これで我がロシュフォール侯爵家は安泰です」

「あら、星詠み師たちは王宮だけでなく、我が家にも先触れを出してくれていたのね」

「ええ。ずいぶんと早く知らせが届きました。ルビア・マリー、『悪役令嬢』とは、ずいぶんすごい運命を手に入れたのだね。おめでとう」


ローラン・アルベルトの腕の中で、ルビア・マリーはぴくりと肩を震わした。


(お兄様まで……。一体何なの『悪役令嬢』って……)


分からず、不安になった。何故だか恐ろしくて『悪役令嬢』の意味を聞けずにいた。


(だけど、このままじゃ……、怖がっているだけじゃ、駄目だわ……)


聞くしかない。


(他の誰かに聞くよりも、お兄様なら。それに、髪留めのことも謝らないと……)


ようやくルビア・マリーは意を決した。


「あの……お兄様。『悪役令嬢』って……何なのですか? 『悪役』とは、悪い人のことなのでしょう? それなのに、何故喜ばしいのですか? わたしは……」


いったい何の『運命』だと決められたのか。


「おや? ルビア・マリー、おまえ、家庭教師にまだ我がヴェンタール王国の歴史を習っていなかったのかい?」


咎められたのかと思い、ルビア・マリーはびくりと肩を揺らした。


「い、いいえ、お兄様……。太古の昔、空から星がこの地に落ちた。それを見つけた『始まりの星詠み師』ラシャ・ガブリエル・シャスタニエ導師が……神殿を建て、国を興し……。そこまでは教えてもらっています」


「そうだ。ラシャ・ガブリエル導師は、更に星詠み師を育て、読み取った多くの運命を人々に伝えていった……。お前が今夜受けた十歳の儀式が始まったのは、ラシャ・ガブリエル導師が亡くなってから約百年後、今から二百年前からなんだけどね」

 

導師に間違いはなくとも、その後継の者なら、導師より能力が落ち、間違うこともあるのではないか?


自分の運命が『悪役』というのは何かの間違いではないのか?


間違えであってほしいとの期待を込めて、ルビア・マリーはローラン・アルベルトに尋ねた。


「あの……お兄様。……星詠み師が、星を……詠み間違えたということも、歴史の中ではあったのでは?」


「あるかもしれん。だがそのために『天降石』がある」

「あの黒い石のことですか? 儀式で手を触れた……」

天から降ってきたと言われる黒さび色の石。固く冷たいあの感触。

「ああ。星詠み師たちの占いが正しければ『天降石』は輝き、誤っていれば沈黙する。『天降石』には星の彼方からこの地にやって来たというだけではなく、精霊の不思議な力も備わっているらしいね。詳しくは解明されていないとのことだけど」

「あ……」


光ったのだ。ルビア・マリーが手を触れた時。『天降石』は強く強く輝いた。


では、占いは間違いではない。自分は確実に『悪役』の運命を授かったのだ。

ルビア・マリーは呆然として、何も言えなくなった。


「とても強い光だったのっ! ああ、確実にルビア・マリーは『悪役令嬢』よっ! あれ程に強い光を『天降石』が放ったのだから、この国はもう何も恐れることはないわっ! 飢饉も天災も起こらず、平和な時がきっと過ごせるのよっ!」

「母上、落ち着いてください。それとルビア・マリー、お前はまだ『悪役令嬢』の説明は家庭教師から受けていないのだね?」

「は、い……」


ルビア・マリーは俯いた。


「それじゃあ自分の『運命』が何かわからず戸惑っただろう。父上も母上も興奮しているだけで、ルビア・マリーに説明はしていないのですか?」

「あ……」

「あ、あら……そう言えば……」


ばつが悪そうに顔を見合わせる父親と母親。


そんな二人にローラン・アルベルトは苦笑した。


「それでルビア・マリーはそんな不安げな顔をしていたんだね? そりゃあそうだよね。『悪役』なんて言葉を聞けばびっくりしてしまうだろうしね」


 ルビア・マリーは泣き出しそうな顔で、こくりと頷いた。


……ああ、ようやく、この不安が解消できるのだと、そう思った。




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