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◆第五話 ⑤ ◆

「ああ、では挨拶の練習は終えて、何故この国に妖精たちが来たのかという問いかけからやり直そうか」

「そうですね。どのように尋ねたらいいでしょうか……」

 

もちろんこんな前振りは馬車に同乗する護衛と侍女に向かって告げた言葉で、本当は先ほどの会話の続きをするのだということはルビア・マリーにもわかっていた。


「≪あまり詳しく話す時間もなさそうだから、端的に言おう。私は逃げない。星詠みに支配されているような国を潰して、私が新たな国を作り上げる≫」

「≪そんなこと……できるのですか?≫」

「≪できるできないではなく私はやる。ただそれだけだ≫」

「≪殿下……≫」


国を潰そうと決意するほどの怒り。

それはいきなり思いついたわけではなく、鬱屈した思いが重なって、そして今爆発したようなものなのだろう。


(逃げるつもりでいた。だけど逃げないで、国を変えようと決意した。リシャール・デルト殿下はそう決めたのね……。じゃあ、わたしは? わたしはどうなるの……?)

 

一人ではなくて二人なら、この国から逃げられると思った。それを期待した。

 

けれど、リシャール・デルトは逃げるのではなく戦う。


(わたしも……リシャール・デルト殿下のようにこの国を変えようと戦うの? それとも……一人で逃げるの……?)

 

戦うこと……自分の意志で誰かに逆らうことも、どこか知らない場所に一人で行くことも、どちらも怖い。

 

現状を嘆くだけ、嫌だと思うだけで、ルビア・マリーは自分一人で何かをどうにかする強さはない。


(誘っていただければ……わたしも一緒にって思う……だけど、わたしが、自分で、何かを選ぶ……?)


戸惑っているうちに、馬車の窓からは星詠みの神殿が見えてきた。


「≪……いきなり色々言われても混乱するとは思う≫」

 

リシャール・デルトに言われて、ルビア・マリーは俯いてしまいそうになった顔を止めた。


「≪私としては、私と一緒にこの国を変えてほしいとは思う。だけど、ルビア・マリー、君は私のようにこの国に怒りを覚えているわけではないだろう?≫」

 

ルビア・マリーは指摘されてはっとした。


「≪わ、わたしは……≫」

 

逃げたいそう思った。

それは、この国ではごく普通の令嬢のように誰かに嫁いで子を成して……という当たり前の幸せが手に入れることができないからだ。

 

国を、変えたいのではない。

 

逃げたいと思いつつも、本当は逃げるのも怖い。逃げた先で、生きていけるのかもわからないから。


ただ、誰かの人生の犠牲になるのではなく、ごく普通に、当たり前の令嬢としての平凡な人生を送りたい。


本当の願いはそれだけだった。


(わたしは……強くない。逆らうことができないから、仕方なく言われたとおりに『悪役令嬢』をしていた。嫌だって思いながら……。嫌だけど、逆らうなんて……そんな強さも、一人で逃げようなんて意志も……わたしにはない……)

 

だから、どこかの誰かに助けてほしかった。


(誰か、ここから連れ出して。そうしてわたしに、ごく当たり前の、平凡な幸せを与えてください)


けれど先ほどリシャール・デルトが言ったのは『この国から逃げたいと願うのなら、精霊に頼め』だ。『代わりに私が頼んであげるよ」ではなく『私が頼むから、一緒に君も連れて行ってあげるよ」でもない。自分で、動け。自分で、願ったことを行え。そういうことだ。


(殿下は……助けてはくれない。こういう道はあるよと教えてはくれる。だけど……)


恐ろしいのだ。

現状に不満があっても、それを変えようとするほどの怒りはルビア・マリーにはない。

ただ、このまま、誰かが自分を幸せにしてくれるのを、消極的に願っているだけ。


だから、返事ができなかった。


馬車の窓を見れば、もう間もなく神殿に到着しようとしていた。


リシャール・デルトと話せる時間も、あとわずか。


「≪私が君の人生を決めるわけにもいかない。だけど、もしも、逃げたいと思うのならば、チャンスは今回と……後もう一回しかないと思う≫」

「え?」

「≪妖精に頼めば、その不思議な力を持って願いを叶えてくれるかもしれない。可能性は高くはないけれど、妖精は気まぐれだ。願いを叶えてくれたという逸話も数多く残っている。それから……一番目の『悪役令嬢』は『卒業パーティ』で『婚約破棄』されて、国外追放になった。だが、二番目と三番目はそうじゃない。王宮に閉じ込められ政務だけを行わされた。逃げたいのなら、『婚約破棄』後に何とか君の処遇を国外追放に持って行くこともできる……かもしれない。だけど、ルビア・マリー。陛下はきっと君を国外追放にはしない。ギイ・クロードとナナ・アニエルのために優秀な君の能力を使おうとするだろう。一番目と同じように国外追放に持っていくには、相当の努力が必要だ。それを考えれば、妖精に頼む方が、まだ可能性がありそうな気がする……≫」

 

ルビア・マリーの目の前には、三つの道が示されている。

 

このまま、嫌だと思いながらもギイ・クロードたちの、この国のために使われる人生。


妖精の力を借りて、もしくは婚約破棄後になんとかここから逃げる。 

 

そして、この国に留まり続けはするが、リシャール・デルトと共にこの国を変えるために戦う。


けれど、今のルビア・マリーには、どれも選べない。


(わたし……わたしは、どうしたいの……? このままは嫌なのに、かといって自分で現状を変えることなんて……怖い。逃げたいけれど、一人で逃げるのは怖いのよ……。だって、逃げた先で、わたし、一人で生きていけるの? 食べるものは? 寝る場所は? どうするの? 嫌だけど、このままでいれば……少なくとも、生活に困ることはないのよ……)

 

誰か助けて。

わたしをここから救って。

 

例えば悪い魔女に囚われて、高い塔に閉じ込められた童話の中のお姫様。

王子様によって救われて、幸せになる。


ルビア・マリーの願いはそんな他力本願なものだ。


現状は嫌なのに、逃げることも戦うこともできない。


(誰かに助けてほしい。ここから連れ出してもらって……そして、その誰かに守られて、幸せにしてもらいたいけど……。そんな都合の良い未来は……あるわけはない)

 

わかっていても動けない。

リシャール・デルトはある程度までは助けてくれるかもしれない。けれど、彼は彼でやりたいことがある。


どうするべきか、ルビア・マリーには選べない。


そして……馬車は、神殿に到着した。


次回、第六話 妖精事件

そして、第七話 ドラゴンの谷 へと続きます。



一応、全十話の予定ですが、一話が長いので、①・②・③など分けて掲載になると思います。

途中・結末ともに全て決めてはあるので、後は書くだけ。

がんばりますー。


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