◆第五話 ③ ◆
……ここではない、どこかに行きたい。逃げたい。……でも、どこへ?
ずっとルビア・マリーは考えてきた。
『十歳の儀式』で『悪役令嬢』の運命を告げられた。一番目の『悪役令嬢』は国外追放。
二番目と三番目は、王城の奥で『運命の娘』の代わりに、王子妃、王太子妃の政務だけをさせられたと教えられた。
そして、四番目の自分も過去の『悪役令嬢』と同じ運命になる。
この『星詠みの国ヴェンタール』の占いで決まった運命。それをこの国の誰もがおかしいと思っていない。
誰か優しい相手に嫁いで、子を成すという、貴族の令嬢として、ごく普通の人生をルビア・マリーは送ることができないのだ。ならば。
逃げたい。
他者のための人生を送るのではなく、自分のために生きたい。
どこか遠くに行きたい。少なくとも『ヴェンタール』以外の国は、占いなど重要視はしていない。公務で他国の人間と話す。書物を読む。そうしているうちに、ヴェンタール以外の国で生きていきたいと思うこともあった。
他国の馬車に侍女のふりでもして乗り込んで、国から出てみようかとも思ったこともある。
どこかの王族に見初められて、ギイ・クロードとの婚約を破棄して、他国に嫁す。そんな夢想をしたことも。
けれど。
何処へ逃げられるというのか。
(侍女のふりをする? わたし、侍女やメイドがいなければドレスを着替えることもできないのに? お金だって持ったことはない。どこの領地の税収がいくらかは言えても、実際に自分で買い物をしたことさえない。食べるものだって皆が用意してくれているものをただいただくだけ……。見初められるなんてこともあり得ない)
逃げた先で幸せになる。
そんなことは夢想だと、ルビア・マリーは理解していた。
(侯爵令嬢として、培った知識はある。外国語は話すことができる。でも……一人で旅をすることなんて不可能よね……。寝るところ、食べるもの……どうすればいいのかわからない)
考えている間にも、馬車は進む。
『十歳の儀式』を行った神殿へと。
(このまま十歳の……あの儀式の夜に戻って、そうして『悪役令嬢』なんかじゃない、ごく普通の運命を伝えてもらいたい……)
ルビア・マリーはじっとリシャール・デルトの顔を見つめる。
「ええと、会話と言っても何から話そうか」
「ご挨拶的なことや……何故、いきなり我が国にやって来たのかを聞くとかでしょうか……」
不自然にならないように返答しながら考える。
(リシャール・デルト殿下は……ご自分も精霊に頼んでこの国からどこかに逃げるおつもりなのかしら……。そして、それにわたしも誘ってくださっているということ?)
一人ではなく、二人で逃げる。
(そうよ、殿下とご一緒なら。この国から逃げることができるかもしれない)
希望の光のようなものが差し込んだように思えた。