◆第五話 ① ◆ 夏至の日
夏至。それは一年で昼が最も長くなり、太陽の力が最も強くなる日。
ヴェンタールではない他国には、色々な伝統や伝説などがあった。
「夏至の日には魔女や妖精、精霊などが姿を現し森の中でダンスをする日。水や草花が呪力を持つ日である」
「妖精界の扉が開いて人間界と交流する日。夜中にプリムローズや四葉のクローバーを用意すると、妖精がやってくる」
「夜寝る前にミルクを窓辺に置き、呪文を唱えると、朝にはそのミルクがなくなっている。妖精が飲んだのだ」
ただし『星詠みの国ヴェンタール』には夏至を祝う風習などは特にない。他の日と何ら変わらぬ平凡な一日だ。今年の夏至の日も、例年と変わらずそうなるはずだった。
しかし。
「陛下っ! た、大変ですっ! 神殿がっ! 『天降石』が祭られている神殿がっ!」
ルビア・マリーが『十歳の儀式』を行った神殿に仕える星詠み師達から、王城の国王の元へと伝令が走った。
「何事だっ!」
青ざめた顔で、王の元まで走った伝令は、汗まみれのままの体で王の前にまみえることを許された。
それほどの緊急事態が起こったのだ。
「も、申し上げます。『星詠みの神殿』が、何百、いえ、何千もの妖精たちによって占拠されました」
「妖精? それに占拠とはどういうことだ」
「わかりません。透けて見える幽鬼のような者に、背に羽の生えた美しい女や、赤い帽子をかぶった醜悪な顔の小人、巨大な蛇に、顔のない馬……。それから首だけの髪の長い老婆……。恐ろしいバケモノたちがいきなり出現したのです。星詠み師達や神殿の護衛騎士たちは眠らされたり、そのバケモノたちに手を取られ、何時間も踊らされたり……。と、とにかく尋常な様子ではありませんっ!」
国王は、宰相や国の重鎮たちを至急王城に集めた。
招集された者の中にはもちろんリシャール・デルト第一王子もルビア・マリーもいた。
もちろんギイ・クロードはいない。彼と『運命の娘』は、のんびりと幸せな時間を過ごしてもらわねば困る。悩ませるような問題など、二人に知らせるべきではない……というのが国王たちの考えだった。
「ともかく、伝令の話だけでは何が何やらわかりません。現場を見なければ」
宰相が言った。
「行くと言っても誰を行かせれば良いのだ? それに行ったところで星詠み師達や護衛騎士達と同じ目に遭うだけでは……」
沈黙が落ちる。
しばしの後発言したもがいた。
「あの……。精霊たちは気まぐれだという話も伝わっています。いずれ去るのを静観して待っていても良いのでは……」
「だが、去らなかったら? 去るにしても何十年も後だったらどうする」
宰相が即答した。だが、意見を否定しただけで、その宰相にも別の提案はない。
長引きそうな話に、すっと手を上げたのがリシャール・デルトだった。
「なんだ、リシャール・デルト」
「はい。この私とルビア・マリーは妖精の言葉を話すことができるかもしれません」
「な、なんだと⁉」
「妖精の言葉を話すことができるだと⁉」
一同はざわめいた。
「『妖精言語』という本を陛下はご存じでしょうか?」
「妖精……言語?」
リシャール・デルトは頷くと、『妖精言語』の本について説明していった。
「……私とルビア・マリーは既に『妖精言語』の内容を習得しています。書物に書かれている内容が本物であれば、妖精たちと意思の疎通は可能でしょう。また書物がニセモノであり、話すことができない場合でも、様子を見に行く程度のことはできます」
ともあれ、自国の聖地に等しい『星詠みの神殿』に、妖精などという不可思議な者たちに占拠されたままでは居られず、また、そこで妖精たちに眠らされたり翻弄されたりしている星詠み師たちや護衛騎士たちを放っておくわけにもいかない。
しばらく検討された後、結局他に案がないという理由でリシャール・デルトとルビア・マリーは『星詠みの神殿』に向かうこととなった。
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