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◆第四話 ① ◆ 学園生活 

入学式を終え、学園生活が始まったばかりの初秋。

まだ日差しは眩しいが、吹く風はさわやかに感じられる。学園の広い敷地内の中庭には、プラタナスやボダイジュといった大きな木が芝生に日陰を作っていた。木の下にはいくつものベンチが点在している。ひと休みする生徒。景色を眺める教職員。授業に備えて本や教科書を読む者たち……。皆、思い思いに昼の休み時間を過ごしている。


そんな場所に、今、大きな声が響いていた。


「もおっ! ギイ様ったらっ!」

「あはははは、ナナは可愛いなあ」


ヴェンタール王国では、例えば「ルビア・マリー」「ローラン・アルベルト」というように、ファーストネームとセカンドネームを合わせて呼ぶと言った習慣がある。


ファーストネームだけを呼び合うのは夫婦だけに許された呼び方だった。兄弟姉妹間でさえ、ファーストネームだけの呼び方はしない。しかも、ギイ・クロードとナナ・アニエルは互いにファーストネームだけを呼び、手と手までをも繋いでいる。

 

ルビア・マリーはため息を呑み込みつつ、二人に近寄っていった。


「……ごきげんようギイ・クロード殿下。それからナナ・アニエルさん」

 

二人から数歩離れた位置で足を止める。そうして、軽く会釈をした。


「何か用かルビア・マリー」


ギイ・クロードは気分を悪くしたように、眉間にしわを寄せた。

けれど、ルビア・マリーは本当にはギイ・クロードが不機嫌ではないということを知っている。その証拠に、ギイ・クロードの口元はにやにやと歪んでいた。


「……いいえ、特に用は。ただお二人のお姿が見えましたもので、ご挨拶を……と」


 淡々とそう告げれば、ギイ・クロードはルビア・マリーにちらちらと目配せをする。

 

その視線は「挨拶じゃあないだろ? 悪役令嬢としてちゃんと運命の娘を咎めろよ。注意しろよ。そうしないと俺がナナを庇えないだろう」と言っていた。


茶番だと思いながらもルビア・マリーは仕方なしにぼそりと告げた。


「……婚約者でもない方同士が、そのように近い位置で座るのは、どうかと思いますわ」

「なんだと? ナナはこの俺の親しい友人なのだ。おかしな邪推はするんじゃない」

 

にやにやと嗤うギイ・クロード。


そう、悪役令嬢が運命の娘を苛めれば苛めるほど、運命の恋人たちはその絆を強くするとギイ・クロードは知っているのだ。

 

だから、わざとナナとファーストネームだけで呼び、ナナ・アニエルとの親密さをルビア・マリーに見せつける。

 

一方、ナナ・アニエルはそんなことなどは知らない。

運命的にギイ・クロードと出会い、恋に落ちた。だが、そのギイ・クロードには婚約者がいた。ただ、それだけだと思っている。


「あたしはギイが好きで、ギイはあたしが好き。それのどこがいけないんですか?」

 

ナナ・アニエルがルビア・マリーを睨む。


「……いけない、とは言ってはいないわ……」

「じゃあ、そんなふうにあたしたちを睨まないでください。あなたはギイの婚約者かもしれないけど、それって王命で仕方なくってだけなんでしょ? ギイが好きなのはあたしです。さっさと身を引いたらどうですか?」

 

王命ではなく星詠みの結果だ……と。そして、身を引けるならさっさと引きたい……と、ルビア・マリーは言いたかった。


そもそもとして、ルビア・マリーはギイ・クロードを好いてもいないし、婚約など欠片も望んでいないのだ。


(運命の恋人たちを結びつけるための『悪役令嬢』なんて、わたしだってやりたくなんかない。この二人なんかとは無関係でいたいのに)

 

だが、そんなことを言えば、星詠みの示した運命に逆らうことになる。


だから、ルビア・マリーは星の導き通りに「ギイ・クロード殿下はわたしの婚約者です。ナナ・アニエル、あなたは立場を弁えなさい」と言い、ナナ・アニエルから「ひどいっ! 身分が低いからと言って差別してくるのね」などと反論されなくてはならない。


そうして、ドレスにお茶を掛けたり、教科書を破いたり、階段から突き落としたりと次第に虐めと対立を激しくしていかなければならないのだ。

 

それが、これまで三度繰り返されてきた『悪役令嬢』の役目。


(やりたくなんてないのに……)


ルビア・マリーは、ギイ・クロードやナナ・アニエルから視線を外し、無言のまま、その場から去って行った。


「ひっどおおおいっ! あんなふうに睨むなんてっ! あんな人がギイの婚約者だなんて信じられないっ!」

 

ナナ・アニエルの甲高い声とギイ・クロードの「俺だってナナが婚約者の方が良かったな」という声を背中に聞きながら、ルビア・マリーは後何度こんな茶番劇を繰り返さねばならないのだろうかと、酷くやるせない気分になった。


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