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◆第一話 ① ◆ 『星と運命の導き』によって、ルビア・マリーは『悪役令嬢』となった

初秋の夜空に月はなく、ただ無数の星々が静かにその光を放っていた。

星空の下を滑るように雲が流れていく。

風は、かなり、強い。

上空だけでなく、地上……神殿の柱の間にも、その強い風が吹き抜けてゆく。


ぶるり……と、ルビア・マリーはその小さな身を震わせた。体と同時に肩より少しだけ長く伸ばした夕暮れのオレンジ色をした髪も揺れる。


(やっぱり、ローラン・アルベルトお兄様の言うとおり上着を持ってくるべきだったわ。儀式は神殿で行われるって聞いていたから、建物の中だと思ったのに。ここの神殿ってば、柱が並んでいるだけで屋根もないし、外と同じじゃないの)


ルビア・マリーは小さな両手で自身の腕を掻き抱いた。儀式用の白いドレスには袖がない。ルビア・マリーの柔らかな肌は、夜風に冷えて、まるで氷のようだった。


(明かりだって先導してくれる星詠み師達が持つ手燭と星灯りだけ。足元すら見えないほど暗いし、寒いし……。星を詠んで占うのだから、灯りなんて邪魔だってことは分かるけど……。儀式なんて放り出して、もう屋敷に帰りたい……)


だが、ルビア・マリーの前を歩く父や母にそんなことを言っても承諾されることはないとわかっていた。

なぜなら今日……いや、今夜、これから行われるのはルビア・マリーの『十歳の(ほし)(うら)の儀式』なのだからだ。


(これから、もう間もなく。『星の導き』によって、わたしの『運命』が決まる。『星詠み師たち』によって、わたしの未来が占われる。……それが、この(ヴェンタール)国(王国)の貴族ならば、誰しもが受けなければならない『十歳の儀式』だけど……)


ルビア・マリーの体がまた震えた。


今度は寒さにではなく……怖さで。


(わたしの運命は……どう占われるのだろう……)


三十五年前にはルビア・マリーの父であるピエール・ユーグが、そして四年前には兄であるローラン・アルベルトが今日のルビア・マリー同様『十歳の儀式』を受けた。その占いの結果は、父と兄は共に『後継者』と出た。


(お兄様が『後継者』であるから、わたしがロシュフォール侯爵家を継ぐことはない……。まさか、お父様のお兄様たちのようになるの……?)


ピエール・ユーグには二人の兄がいたが、占いの結果はロシュフォール侯爵家にとって良いものではなかった。その為、二人とも親戚筋の男爵家へと養子に出されてしまった。


(占いの結果次第で、わたしもロシュフォール侯爵家から外に出されたりするのかしら……)


沈み込みそうになる気持ちを何とか奮い立たせながら、ルビア・マリーは先導する星詠み師達、そして父や母の後をついて、神殿の列柱の間を最奥まで進んでいった。


神殿の最奥の祭壇には、儀式を行うための『天降(てんこう)(せき)』が祭られている。


天降石(てんこうせき)』は、ぱっと見では、山や川辺に転がっている岩と何ら変わらない黒さび色の石だ。だがそれは、太古の時代に、星の彼方からこの地表に落ちてきた石なのだ。


ルビア・マリーは今からこの『天降石』に触れ、自らの『運命』を星詠み師達に占ってもらう。それが、『星詠みの国ヴェンタール』に生まれた者の『十歳の儀式』であった。


暗い神殿を一歩一歩進むごとに、不安が大きくなる。心臓は張り裂けそうなくらい高鳴っていた。


(不安だなんて、言えない……。ロシュフォール家の娘として、毅然としていなさいって、ローラン・アルベルトお兄様やお父様からいつも言われているし……。だけど、)


 叱責を覚悟で、ルビア・マリーの前を歩く父か母に手を繋いでもらうよう、言ってみようか……と、ルビア・マリーは思った。


その時、吹いてきた強い風によって、星詠み師たちが持っている手燭の灯りふっと消えた。


「ひっ!」

いきなり暗くなった視界に、ルビア・マリーは叫び、慌てて小さな掌で口を押さえた。


(あ、灯りが消えただけよ。夜空を見れば、星が瞬いている。大丈夫、びっくりしただけ。ただそれだけなの……)


心の中で、そう言い聞かせてはみるけれど、まだあどけなさの残るルビア・マリーのその顔には、明らかな不安……いや、恐怖が浮かんでいた。


頬は引きつり、大きくぱっちりとした瞳には、涙がにじみかけている。


「すみません、今すぐ灯りを点け直しますので……、少々お待ちください」

星詠み師の声に、ルビア・マリーはがくがくと頷いた。すると、ルビア・マリーの緩やかなウェーブを描く髪を飾っていた髪留めが……するりと、滑るように髪から落ちた。

カツン……と、固い音が響く。


「ああっ!」

「淑女が声を張り上げるものではないわよ?」


前を歩いていたルビア・マリーの母、クロエ・ディアーヌが、ルビア・マリーを咎めた。


「ご、ごめんなさいお母様。でも、か、髪留め、が……」


星詠み師のうちの一人が、ルビア・マリーとクロエ・ディアーヌのほうへ歩を寄せて、点け直したばかりの灯りでレンガ敷きの床を照らした。

クロエ・ディアーヌの侍女の一人が、床に落ちた髪留めを拾い、掌に載せる。


「あの、装飾の……宝石が、取れてしまっておりますが……」

「まあ、壊れてしまってはもう駄目ね。捨てて頂戴」

 

クロエ・ディアーヌがつまらなそうに言う。


「で、でも、お母様……、この髪留めは、お兄様が贈ってくださったものなのです……」

「まあ、ローラン・アルベルトが?」

「は、はい。この飾りのオレンジ・ガーネットの宝石が……わたしの髪の色に似ているからと。それから十歳の祝いにと。ですから直して……」

「直す? そのようなもの見栄えが悪いわ。そんなことより早く行きましょう」


壊れた髪飾りになど興味はないとばかりに、クロエ・ディアーヌはルビア・マリーを置いて、いってしまった。


「髪飾りならまた別のものを買えばいい」

「お父様……」


ピエール・ユーグ・ロシュフォールもルビア・マリーに背を向けた。


(大切にしますって、ローラン・アルベルトお兄様に言ったのに……)


捨てろと言った母親の言葉がルビア・マリーの胸に突き刺さり続けた。けれど、このままここで立ち尽くしているわけにはいかない。


「捨てないで。持って帰るから。……お兄様に謝らなきゃ……」


壊れた髪飾りをそのまま侍女に預けて、ルビア・マリーは母と父の後を急ぎ、追う。

更に列柱の間を通り、最奥の祭壇へと辿り着いた。

そこには大人の背丈ほどもある大きな『天降石てんこうせき』が祭られていた。


(これが……運命を決める石……)


この『ヴェンタール』では、全てがこの『星詠みの儀式』の結果によって決まる。


それがこのヴェンタール王国が『星詠みの国』と呼ばれる所以であった。


「侯爵令嬢ルビア・マリー・ロシュフォール様、貴女の『運命』を占いましょう」


緊張で、歯がガチガチと音を立てそうになり、ルビア・マリーはぐっと奥歯を噛みしめた。


「さあ、どうぞ。『天降石』に触れてください」


星詠み師の一人がルビア・マリーを促す。ルビア・マリーは小さく頷いて、恐る恐るその小さな手を伸ばした。

丈が長く幅がゆったりとしたローブを着た星詠み師たちが詠唱を始める。

低く、高く。歌うように。幾人もの声が重なる。


「……遥か北にはレーベルク、空を舞う竜人の国。南にはルグリット、花の咲く妖精の国。そしてここは星詠みの国ヴェンタール。『天降石』は、力なき我ら人を哀れんだ『星の神』が遣わしてくれた『運命の石』なり……」

ルビア・マリーは『天降石』から目を逸らし、祭壇から離れた列柱の前に佇む両親たちを見た。期待に満ちた父親の顔。神に祈るかのように、胸の前で両手をぎゅっと組み合わせている母親。


「……星の力よ、運命の石よ。ここにルビア・マリー・ロシュフォールの未来を示せっ!」


まるで夜空に浮かぶ星のように『天降石』が光を放った。いや、星よりももっと強く、鋭く、大きな光を。


「きゃあっ!」


あまりの眩しさに、ルビア・マリーは思わず目を瞑った。


祭壇を取り囲んでいた大勢の星詠み師たちが「おおおおお……っ!」と、一斉に声を上げる。

何が起こったのかとルビア・マリーは思った。

何か大きな間違いをしでかしてしまったのかとも。

怖かった。

なのに。


「おめでとうございます! ルビア・マリー・ロシュフォール侯爵令嬢っ! 『星と運命の導き』によって、貴女様がこの『星詠みの国ヴェンタール』を繁栄に導く『悪役令嬢』ということが示されましたっ!」


一人の星詠み師が大声を上げた。

だが、その星詠み師の言葉の意味が、十歳のルビア・マリーには全くと言っていいほど理解できなかった。


「……え?」


思わず顔を上げた。右を見て、左を見る。

口々に「おめでとうございます」とルビアに告げ、拍手をする大勢の星詠み師たち。

感動のあまり涙を流しているルビア・マリーの母。その肩を抱く父……。


「まさか我々の代で『悪役令嬢』が登場するとは……」

「ああ、喜ばしい限りだっ!」

「これでこの国も安泰だっ!」


意味が分からずに、ルビア・マリーは戸惑った。


(あくやく……れいじょうって、なに?)


確かにルビア・マリーは侯爵家の令嬢だ。

だから、令嬢という言葉だけならば、まだ十歳のルビア・マリーにもその意味は分かる。

だが、告げられたのは令嬢ではなく『悪役令嬢』だ。


(あくやく……。悪役って悪い人のこと? わたしは悪い人になる運命にあるの? でも、おめでとうございますって……今、あの星詠み師が言ったわ。悪い人になるのが……おめでとう、なの?)


分からない。

ルビア・マリーには何もかもが分からなかった。

ただ、天空の暗黒に飲みこまれていくような不安だけが、ルビア・マリーの胸にべっとりとこびりつく。

そんなルビア・マリーには、この場に居る誰一人として気が付く者はいなかった。



長編予定。

のんびりお付き合いいただければ幸いです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


登場人物紹介

◆ルビア・マリー・ロシュフォール 

 侯爵令嬢。占いにより『悪役令嬢』という運命となった。

 現在10歳。

 夕焼け色の、緩やかなウエーブの胸まである髪の毛。

 ぱっちりとした瞳。


◆星詠み師

 『星読みの国ヴェンタール』で、夜空の星の流れを詠んで占いをする占い師。

 フードつきの服を着ている


◆ピエール・ユーグ・ロシュフォール

 ルビア・マリーの父


◆ローラン・アルベルト・ロシュフォール

 ルビア・マリーの兄


◆クロエ・ディアーヌ・ロシュフォール

 ルビア・マリーの母

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