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第九章「幽霊」

挿絵(By みてみん)


(ちょう)(ゆめ)」の開店準備作業が始まる一五〇〇(ヒトゴーマルマル)の、ちょっと前、一郎(いちろう)はジャズに呼び出された。場所はバックヤードの休憩スペースだ。ジャズはすでにメイドの制服に着替えている。一郎は黒の執事スタイルが似合っている。これは、マエストラ・マリアからの貸与物(たいよぶつ)だ。

「一郎、あたしのブラザーになってくれないか?」

 ジャズは、単刀直入に一郎に申し込む。

「ブラザー。兄ですか?」

「んん、そうなんだけど、違うんだ。家族じゃないんだけど、家族みたいに親しくて、彼氏とか恋人じゃないんだけど、信じられて頼りにできる男のひと。それがブラザー。そして、あたしは一郎のシスター。って、具体的に言葉にしてみて気がついたんだけど、あたし、かなりワガママなことを言ってない?」

「いいですよ」

「え? え? ホントに」

「ぼくは結婚していますから、ジャズの彼氏にも恋人にもなれません。でもブラザーだったら、喜んで」

「感動! ありがとう、一郎」

 抱きついてくるジャズを、一郎は受け止めて、優しくハグする。

 この一部始終を物陰から観察していたシャルは、心の中で論評する。

(今ここで、天沢一郎(あまざわいちろう)の、天然女タラシっぷりが再確認されました。「環境のせいでタラシになった? 違うね。こいつは生まれながらのタラシだ!」と)

「いいなあ、ジャズ。わたしも一郎のシスターになりたい。お願いしてみようかなあ」

 シャルの隣で、同様に一部始終を目撃していたビビが、両手を胸の前で組んでつぶやく。

(ビビまで! (だま)されてるんじゃないですよ。なーにーがーブラザー(笑)ですか。そうやって女子の警戒心を骨抜きにして、シスター(笑)に密着して、シスターのベッドに潜り込んで、気がつきゃ、まんまとブラザー自身をシスター自身にハメちまってるんですよ、ガッデム!)

 と言いつつも、シャルも

「はい! はい! わたしもシスターにして、ですの」

 と手を挙げてしまう。


 一郎は「(さむらい)」ならぬ、三人娘の「ブラザー」として公私ともにフォローすることになる。買い出しを手伝ったり、外出をエスコートしたり、勉強で分からないことがあったら、教えてやったり。

 そんなこんなで一週間ほど。


 八月も半ばを過ぎたころ、その日は朝から濃い海霧(うみぎり)が立ちこめ、プルマロハ全体を包み込んでいた。翌日も霧は晴れない。その次の日も。

「今年もそろそろ、かねえ、マエストラ」

 グラン・ママがマエストラ・マリアに尋ねる。

「日付も気候も、熟しつつあるかと。あとは『幽霊』ザマスね」


 海霧に包まれた夜の港町を、焚書隊員(ふんしょたいいん)数名がパトロールしていた。その一人が「靴音」に気づく。それも多数。ザッ、ザッ、ザッと足並みを揃えて、行進しているようだ。

 焚書隊員はハンドライトを向ける。霧の中から出現したのは陸軍歩兵部隊だ。一小隊五〇名ほど。ライフルを肩に抱え、無言のまま、行進している。

「誰か!」

 誰何(すいか)した隊員は、部隊の異様さに気がつく。現代アメリカ陸軍じゃない。えらくクラシックな青い軍服を着ている。肩に背負っている長銃身ライフルも年代物だ。これは、一五〇年以上前の、南北戦争時代の北軍の…!

 あっけにとられている焚書隊員たちの目の前で、北軍歩兵小隊は霧に紛れて、そのまま消失する。

「幽霊…?」

 仰天した隊員たちは、焚書隊本部に報告する。


 同様の事態が、複数箇所で発生する。


 馬に乗ったインディアン…アメリカ原住民の一集団が港町の目抜き通りを疾走する。そのまま霧の中に消える。

 高台の団地の公園に並んだ昔の大砲群が、海に向けて、音もなく砲弾を発射する。それも霧に消える。

 そして、巨大な帆船の艦隊がプルマロハ港に接岸するが、やがて霧の中に消えていく。


 焚書隊は最大警戒態勢を発令し、本部ビルに籠城(ろうじょう)する。


「さて、わたしらのターンの始まりだ。『幽霊』の季節限定の、『プロジェクト・ゴースト』発動!」

 グラン・ママが宣言する。


 その少し前、グラン・ママに夢占(ゆめうら)が下った。夢占の夢は常に三つの言葉で構成されている。それが暗示する未来を判断するのが、グラン・ママの仕事だ。

 グラン・ママはマエストラ・マリアとジャズ、シャル、ビビの図書委員たちを地下図書館に集める。

「今年の夢占は、いかなる言葉ザマすか?」

 マエストラ・マリアが尋ねる。

「乙女、騎士、聖剣。さて、何のことだろう?」

 シャルが発言する。

「乙女といえばわたしら三人全員処女ですし、しっかり該当します。騎士と言えば、現在娼館(しょうかん)にいる唯一の男性である一郎しかいませんわ」

「あたしのブラザーの一郎が騎士だなんて…」

 凛々(りり)しき騎士姿の一郎を想像して、メタメタにポー状態のジャズである。

「そこまでは当たっているだろう。問題は聖剣だ」

「あ!」

 ビビが声を上げる。

「わたし、分かったかもしれません。聖剣って『アーサー王伝説』ではないでしょうか?」

「可能性は高いが、ビビがそう思うに至った確証が何かあるのかい?」

 グラン・ママが尋ねる。

「わたし、アクアの図書委員活動で、プルマロハの港内を定期的に潜水調査しているんですが、港の外れの海底にビルを解体したコンクリートの破片が沈んでいて、そこから突き出している赤錆(あかさ)びた鉄筋が、なんか『石に刺さった剣』みたいだなーと、以前から思っていて。もしかして、あれが『聖剣』なのかも」

「それは興味深い。プルマロハの海霧は、現在や過去のひとの思いや言葉を幻…『幽霊』として形にする。そして、幻にマナが強い力で働きかければ、現実世界へと取り出すことができる。でも、そのためには強いイメージが必要だ。ビビの直観がそれかもしれないね」

 グラン・ママが論評する。

 シャルは懐疑的だ。

「言葉の力で幻を呼び出すことはできても、それを本物にするなんて可能なんでしょうか? 幻はあくまで幻なのでは」

「失敗を恐れては何もできないザマス。トライアルエラー、まずは実行し、検証するザマスよ」

 マリアが議論をまとめる。


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