第三章「三人娘」
女性にテーザーを撃った焚書隊員は、銃をホルスターに戻して、特殊警棒を抜く。
残り二人もそれぞれ油断なくテーザー銃を構えている。
その時、音も気配もなく、隊員たちの前に一郎が現れる。先頭の隊員の懐に飛び込んで警棒を奪い取り、その柄をみぞおちにたたき込む。
「ぐっ!」と悶絶して倒れる隊員。
「何だ貴様!」
もう一人の隊員がテーザー銃を向けるが、一郎はそこにはいない。死角からすり寄って、わきを掴み、合気柔術の帯落しに似た形で地面に投げ落とす。投げられる途中の隊員の背中に、三人目の隊員が撃ったテーザーが命中する。「ぎゃっ」と叫んで、全身を硬直させる。
三人目が銃を投げ捨て、警棒を構える前に、一郎の警棒がこめかみにヒットしていた。失神して棒のように倒れる身体を、一郎は軽く支えて、頭が地面に直撃しないようにしてやる。
「大丈夫ですか?」
一郎は女性を助け起こす。大柄で一見大人に見えたが、容貌は若く、高校生ぐらいの少女であることに気づく。
少女に意識があるのを確認するが、感電によって、口もきけない様子だ。倒れている焚書隊員三人は捨ておいて、路上から少女のコートと帽子とトートバッグを回収する。何とか立ち上がった少女にコートをはおらせ、自分の背中にしょい上げて、その場を離れる。
一郎の背中で大柄のビキニの少女がつぶやく。
「眩しい…」
一郎は少女を日陰に運び、建物と歩道との段差に座らせる。少女はまだ朦朧としている。げほげほと苦しそうに咳き込む。一郎は少女の背中をさすってやる。
「大丈夫ですか?」
「胸が苦しいです。ブラを外したいのです」
「え?」
「ブラを外してください」
「ええ?」
「お願いです。苦しいのです」
一郎は目をつぶって少女の後ろからビキニのブラの背中をまさぐるが、金具をどうやれば外せるのか分からない。
「早く…外してください」
苦しそうな声に、覚悟を決めて目を開いて両手で金具を操作するが、どうにも外れない。一郎が女性の水着に触れるのなど、生まれて初めてのことだから、しかたがない。それでも何度か試行錯誤しているうちに、ポンと金具が外れた。リリースされたブラが外れ落ちて、少女は「ふーっ」と深く息を吐く。ブラからこぼれ出した、たわわな白い乳房から、一郎は視線を外す。
「コートを…」
一郎が手を伸ばしたところに、
「何やってんだ、てめえ?」
金串のように尖った声が頭上から降ってきた。二人の前に誰かが立っている。黒人の少女だ。その肌は最高級の黒檀のように黒光っている。細身で背がすらりと高い。髪を細かく編み込み、アフリカンプリントのブラウスに、カットオフジーンズという、お洒落っぷりだが、両目に炎の怒りが宿っている。
「ああ、これは」
一郎が立ち上がって、言いかけたところに、
「ビビから離れろ、この腐れチンコ野郎! えれか!」
少女が鋭く叫ぶ。
一郎の目の前に青白い光が炸裂し、そのまま、テレビの画面を切ったように、プツンと意識が途絶する。
一郎が目を覚ましたのは、ベッドの上だった。大きなベッドでダブルサイズの倍はある。まず目に入ったのは天井。インド風の彩色画をモチーフとした装飾が施されている。裸の男女が抱き合っている姿。キスしているところ、さらに様々な体位で交わっているところ。要はポルノなのだが、様式化されているので、いやらしさは感じられない。それ以前に、朴念仁の一郎には単なる「模様」にしか見えていない。
「あら、お目覚めですの?」
と声がして、ベッドサイドに少女が立っていた。ちょっとこどもっぽい顔立ちの小柄な白人で、金髪をツインテールにして赤いリボンで結んでいる。学校の制服だろうか。ブレザーに膝上丈のプリーツスカートだ。
一郎はベッドから起き上がる。
「急に起き上がるとお身体にさわりますわ。そのままお休みになって」
一郎は自分の身体をチェックする。両腕両脚を軽く動かしてみる。大丈夫、骨折もケガもしていない。でも、いったい何が? そしてここは…
少女はブレザーのポケットからスマホを取り出す。ワンタッチで番号をダイヤルし、誰かに繋ぐ。
「ジャズ、殿方がお目覚めですわ」
ダンダンダンダンと床を蹴る音が近づいて、誰か部屋に突入し、そのままベッドサイドに駆け寄ってきた。細身で背が高い黒人少女だ。一郎には見覚えがある。あの、腐れなんとかと叫んだ…。全力でダッシュしてきたのだろう。はぁはぁと息を弾ませている。
「あの、その、打ち合わせ通りでいいんだよね、シャル?」
とツインテールに確認する。ツインテールがこくり、と首を下に振る。
「イエス、ジャズ」
「あなたたちは…」
と、一郎が言いかけたのにかぶせるようにシャルがジャズに命じる。
「どぅーいっらいっなう!」
ジャズは瞬時に膝まづき、床に両手をついて、深々とお辞儀する。額を床に押し当てる。
「な、何を?」
一郎は驚く。これって、土下座…ですか?
「みーとぅー!」
シャルも同様に床にひれ伏して、ジャズと並んで土下座する。
「このたびは、天沢さまに対して、失礼極まりない振る舞いをいたしましたこと、心底からお詫び申し上げます」
ジャズが丸覚えしたと思しき口上を棒読みするように並べる。
「我が同志にして心友たるビビを悪逆非道な鬼畜・焚書隊の毒牙からお救いいただいた天沢さまに対し、電撃で気絶さしあげるなどという、忘恩負義の所業をやらかしたことについては、万死をもって償うしかない、と」
そこまで聞いて、一郎は事情を推察する。アクアの少女…ビビを助けた自分を、焚書隊員と誤認してジャズは攻撃したんですね。
「ともかく、頭を上げてください」
が、ジャズもシャルも頑として土下座を崩そうとはしない。
「万死をもってして、天沢さまのお許しをいただきたく」と唱和する。
はあ…と一郎は嘆息する。
(仕方ないですね)
一郎は、古武道中条流の格式と優雅を兼ね備えた動作で床に両膝を付く。そして両手を床について、深々と土下座する。
「お二方とも、なにとぞ、おかしらをお上げいただくよう」
重々しく告げる。
(これは、しまった、かも)
シャルは必死に思考を巡らす。数時間前のジャズとの打ち合わせを思い出す。
「要するにこういうことですの? アメリカ政府の密命を受けて、日本からプルマロハにいらっしゃった天沢一郎さまを、ジャズが電撃で昏倒させた、と」
「そういうこと、なんだけど。だって、ビビがさぁ」
ジャズが抗弁する。
「ビビを介抱していた天沢さまを、ジャズが電撃で昏倒させた、と」
「だって、だってだよぉ、ビビが」
「天沢さまは、ビビが焚書隊に襲われた現場にたまたまい合わせ、焚書隊員複数を撃退。テイザーを食らったビビを安全圏まで退避させ、その上で介抱していただいていたところを、ジャズが電撃で」
「もうかんべんしてくれよシャル。ごめんなさい。ごめんなさいだよぉ」
ジャズはもう半泣きだ。
「わたしじゃなく、天沢さまにごめんなさい、でしょ」
「するよ。謝るよ、なんべんだって」
「そこでジャズ。わたしにいい考えがあります」
「???」
「どうせ謝罪するなら、徹底的にやりましょう。さらに、天沢さまの故郷であるジャパンには、きわめて特殊な謝罪スタイルがあります。そのスタイルを採用することによって、単に謝罪するのみならず、謝罪を通じて、逆に相手に対する優位性を獲得できるという、悪魔的な奸智すら感じさせる『謝罪』を決行するのです」
「シャルが何言ってんのか分からないよ」
「それが『ジャパニーズ土下座』ですのよ」
(ジャズの土下座、さらにわたしの土下座を重ねて、ダブル土下座! これで勝ったも同然、と思ったのに、まさか天沢さまが、土下座返しされるとは)
シャルは思考を全力回転させる。
(単純に数なら、二対一でわたしたちの勝利。でも、わたしとジャズはしょせんは小娘なのに対して、一郎さまは殿方。さらに、この威風堂々の土下座は、サムライ土下座と称賛される最高峰、すなわち土下座のフジヤマでしょう。ううむ、どうすれば…)
「あのー、天沢さまがお目覚めになられたと聞いて…」
大柄な黒髪ロングの少女が現れた。ピンクのブラウスに、ふわっとした水色のロングスカート姿だ。両手を胸の前で組んで、もじもじしている。ビビだ。
「助けていただいた、お礼を申し上げねばと」
「ナイスタイミングです、ビビ!」
シャルが叫ぶ。
「土下座、らいっなう!」
「土下座…ああ、はいはい」
ビビも床に膝まづき、両手を付いて土下座する。
「天沢さま、ありがとうございました」
(やった!)
とシャルは内心ほくそ笑む。
(これで三対一。小娘でも三人束ねりゃ『モーリズ・スリー・アローズ』で盤石。わたしらの勝利は確定!)
心の中でガッツポーズを決める。
(先に頭を上げたほうが負け。分かってますね、ジャズもビビも)
他の少女二人にアイサインを送る。
互いに土下座し合っている、少女三人と男子一人。
(これはちょっと、困った状況になりましたかねえ)
一郎が困惑しているところに、
「なーにやってんザマすか」と声が響く。
紺のスーツにハイヒールの痩せぎすの白人中年女性が立っている。黒縁メガネに黒髪のおかっぱ頭で、いかにもな「女教師」という感じだ。右手に紙製のハリセンを持っている。
「ヨガトレーニングか何かザマすか?」とシャルに問う。
「違いますわ、マエストラ。これはジャパニーズ土下座と言って、謝罪と見せかけての悪魔的な奸智すら感じさせる…」
「あほ」
マエストラはハリセンで、シャル、ジャズ、ビビの頭を順番に、ぽん、ぽん、ぽん、と叩く。「とっとと起立」
さらに、
「セニョール天沢も、ザマス」
一郎の頭も軽く、ぽん、と。
「ご起立願います」
「はあ」
全員起立する。
「お初にお目にかかります。セニョール天沢。わたくしはマリア・パスカルドミンゲス。当娼館『蝶の夢』のマエストラ…支配人ザマス」
マリアは一郎と握手する。
「はじめまして。天沢一郎です。セニョールは不要です。一郎とお呼びください。マリアさんも皆さんも」
「それでは、一郎。うちのあほ娘たちが失礼しました。責任者として謝罪するザマス」
深々と頭を下げる。
「いえ、そんな、こちらこそ」
一郎も頭を下げる。
「話はビビから聞いています。焚書隊の臨検からビビを助けてくださったと。感謝するザマス」
少女三人が、あらためて一郎に自己紹介する。
まずは大柄の黒髪ロングの白人少女・ビビだ。
「わたし、もうダメかと思ってました。テーザーで撃たれてダウンして、そのまま焚書隊に逮捕連行されてしまうのかと。一郎はわたしの恩人です。あらためまして、わたしはビビアン・ウォルシュ。略称ビビW。プルマロハの図書委員です。属性はアクア」
次は長身でスタイルがいい、お洒落な黒人少女・ジャズ。
「えー、そのー。ビビを助けてくれた一郎を、ちょっとした誤解で電撃でノックダウンさせちまったのが、あたし、ジャズミン・スミス。略称ジャズX。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。めんご→ごめんね→ごめんなさいと三倍心を込めて三回言ったから、謝罪は三の三乗の二七倍だよね。ビビと同じくプルマロハの図書委員。属性はエレカ」
最後が小柄で金髪ツインテールの白人少女・シャル。
「そのジャズの分まで重ねてお詫びしますわ。わたしはシャルロット・イェーガー。略称シャルY。イグナの図書委員ですの」
「以上、あほ三人娘。年は揃って十五歳のニーニャ。今後ともよろしくお願いするザマス」とマリア。
「誰があほ三人娘やねん? わたしは違うやろ!」と三人がコーラス。
「そういうところだぞ」とマリアがトドメを刺す。




