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第二章「プルマロハ」

 まだ夜が明けきらないインターステート・ハイウェイをグレイハウンドバスが走って行く。アメリカ合衆国の各都市を結ぶ大型の長距離路線バスだ。

 天沢一郎(あまざわいちろう)はバスの車窓から風景を眺めていた。乗客は定員の十分の一ほど。ほとんどは黒人やヒスパニックで、それぞれの座席で眠りについている。車内で目覚めているのは、ドライバーと一郎の二人だけのようだ。

 ハイウェイの周囲は、さっきまでは木一本生えていない赤土の荒野だったが、海が近づいたからだろうか、ちらほらと灌木(かんぼく)の姿が見かけられるようになった。

 一郎は三日前のことを思い出す。


 ドローン攻撃から一郎をかばった剛史(たけし)は、救急病院に運び込まれた。命に別条はないが、骨折と火傷で全治一か月と診断される。

 一郎は「組織」を訪問し、「装備」を受領する。偽装のための処置もいくつか受ける。

 出立の前夜遅く、一郎は病院の剛史を見舞う。病院スタッフのユニフォームを着ての、隠密行動だ。

「明日早朝に出立します、國分(こくぶ)くん」

「そうか。天沢のガード役として手を挙げたのだが、とんだ役立たずだった。すまんな、天沢」

「そんなことはありません。國分くんは、ぼくを守ってくれました。友人として感謝いたします」

 剛史はふと、何かを思い出した様子で、「くっく」と笑い声をもらす。

「そう言えば、前にもこんなことがあったっけ。ドジを踏んで無様に入院。あの時の俺の相方は、中学生時代の穂村明(ほむらみん)だった。その明が今や天沢の女房とはな。世の中何が起こるか分からんもんだ」

「明とぼく、夫婦ともども、國分くんに守られてきたんですね」

「気にすんな。俺は、お前らの盾なんだ。そういうめぐり合わせなんだろう。天沢は、俺に守られて安心していればヨシ! そういうことだ」

「國分くん。本当にありがとうございました」

 一郎はベッドに向かい、深々と頭をさげる。


 シカゴを発った一郎は、最初にアメリカン航空の国内線でロサンジェルスへ。次にアムトラックでマイアミ、さらに空路でカナダ・モントリオールと複数の都市を巡回した。移動のたびにパスポートその他の偽装書類を使い捨てる。最後にグレイハウンドバスでカナダ/アメリカ国境を越えて、アメリカ東海岸最北部のメイン州に入った。

 バスはハイウェイを出て、一般国道に入っていく。地平から昇ったばかりの朝日に照らされて、国道沿いに、いくつかの建物が見えてくる。ドライブイン、ダイナー、モーテル、ガスステーションなど。すべて閉鎖されている。「生きている」施設が一つも無い。駐車場のコンクリがひび割れて、フェンスは(さび)だらけだ。火事を出したとおぼしき、黒焦げで半壊したビルもある。それも何年も前のことのようだ。

 そんな建物の一つの前で、グレイハウンドバスが停車する。バスから降りたのは一郎一人だけだった。荷物は背中のリュック一つだ。建物は四階建てで「プルマロハ・バスターミナル」と看板が出ている。廃屋だ。下りっぱなしのシャッターにスプレーで落書きがされている。

 建物の横から、背後の森の中へと続く一本道がある。道は荒れている。かろうじて舗装されてはいるが、整備されておらず、路面のアスファルトの割れ目から雑草が生えている。タンポポが黄色い花を咲かせている。でも、道はこれしかない。一郎は歩き出す。クルマ一台走っていない道を歩いていく。


 三キロほど歩いて森を抜けると、突然、一郎の目の前に広大な集合住宅群が出現した。六階建てで築年は五〇年以上だろう。東京都下の町田(まちだ)の住宅団地みたいだ。

 道に面した駐車スペースには年代物のクルマの群れ。クライスラーやフォードやトヨタ、フォルクスワーゲン。どれも(ほこり)まみれ、錆びだらけで、タイヤがパンクしていたりする。

 一見、廃墟にも見えるが、廃墟ではない。住人がいる。一郎は人間の姿を見かけて、ホッとする。すべて老人。ほとんどが白人の高齢者たちだ。団地の建物の前にパイプ椅子とテーブルを置いて、朝からビールを飲みながらカードゲームをしている爺さんたち。ベンチに座って編み物をしている婆さんたち。

 一郎が歩いて行くと、人なつっこく手を振って声をかけてくる。

「どこからきたんだい?」

「東京か、中国は今大変だよな」

「プルマロハにようこそ」

「どこへ行くんだい?」

 一郎がダウンタウンへの道を聞くと、港行きの路面電車に乗ればいい、と教えてくれる。


 団地の外れの小さな無人駅で一〇分ほど待ったら、路面電車がやってきた。年代物の車輌だが、そこそこの大きさがある。一郎は電車に乗り込む。チンチン!とベルを鳴らしてドアが閉まり、電車が走り出す。

 客は年寄りがちょぼちょぼ。最後部座席にコート姿の女性が座っている。幅広の帽子を深く被っていて顔は見えない。

 電車は団地が建つ高台を半周しつつ、崖下へと降りてく。高台の下は戸建ての住宅やビルが並んでいて、間に墓地や公園がある。谷間の反対側の高台にカトリックと思しき教会の尖塔が見える。


「ピリリリリ!」とホイッスルが鳴らされる。電車が臨時停止する。前の線路が簡易バリケードで封鎖されていて、その周囲に黒の制服の男が五人ほど立っている。その一人がハンドマイクで告げる。

「善良無知なる痴民(ちみん)の皆さん。プルマロハ焚書隊(ふんしょたい)です。焚書隊の臨検です。ご協力お願いいたします」

 電車のドアが開き、黒の制服の焚書隊員が二人、電車内に乗り込んでくる。十人ほどの乗客一人一人の荷物をチェックし、左手の甲に記されたバーコードタトゥーにスキャナーをあてる。

「今週は図書撲滅週間です。痴民の皆さんのご協力お願いいたします」

 ハンドマイクが繰り返す。

 一郎もリュックを開いて、中身を隊員に見せる。左手甲をスキャンさせる。シカゴで準備済みの偽装バーコードだ。

 と、最後部席のコートの女性が席を立った。生成りの布製のトートバッグを持っている。半分ほど開いていた電車の窓を全開にして、窓枠に足をかけ、車外へとジャンプする。

「そこの女性、止まりなさい。車内に戻りなさい」

 ハンドマイクが警告するが、意に介さず、女性はダッシュで駆け出す。大きなスライドでかなりの速度だ。焚書隊員三名がその後を追って走り出す。

「すいません。降ります」

 一郎はリュックを背負って車外に出る。そ知らぬ顔で歩き、建物の角を曲がったところで、女性と焚書隊員が向かったと思しき方角へと全力で走り出す。いくつかブロックを過ぎたところで、走っている女性と、後を追う焚書隊員たちの姿を発見する。

 女性の帽子が脱げて、髪が風に流れ出す。豊かな長い黒髪で、ゆるくウェーブがかかっている。先頭の隊員の一人が女性に追いつき、コートの肩に手をかける。女性は素早くコートを脱ぎ捨て、コートごと、両手の掌底(しょうてい)で隊員を突き飛ばす。バランスを失って地面に転がる隊員。

 コートの下は…何と水着だ。マリンブルーのビキニに同色のサンダルというビーチスタイルだ。黒髪と対照的に、その素肌は雪の白さ。背が高く、グラマラスな肢体(したい)を惜しげも無く白日の下にさらしている。一郎は、あっけにとられている。

 女性はトートバッグからペットボトルを取り出してキャップを外し、両手で頭上に掲げて握りつぶす。透明な液体…水?が女性の全身を濡らす。

「あるま・あくあ!」

 女性が鋭く叫ぶと、水が薄青い光を発し、女性の身体を覆い尽くす。

(アクアの「水の(よろい)」! 彼女は図書委員ですか)


挿絵(By みてみん)


 一郎は女性に助力すべく、ダッシュする。

「このアマっ!」

 焚書隊員が特殊警棒で殴りかかってくるのを、ビキニの女性は右腕で受け止める。カッと青い光が輝いて、警棒が弾かれる。さらにカウンターで女性が繰り出した左ストレートが、隊員の顔面を直撃する。のけぞる隊員。

「本の魔女だ! 警戒!」

 後続の隊員が叫ぶ。さきほど道路に転んだ隊員が、ショルダーホルスターから銃を抜く。奇妙な形の拳銃だ。それを見て、女性は、きびすを返して逃げようとする。

 パシュッ!とガスが噴出する音がして、拳銃から何かが飛び出し、女性の背中に命中する。バチッと火花がとんで、女性の身体が硬直する。

(テーザー銃!)

 一郎は気がつく。導線付きの端子針を圧縮ガスで撃ち出し、一〇万ボルトの電圧で感電させるスタンガン。

 女性は地面に膝を突き、そのまま倒れ伏す。


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