第十二章「アンドロメダ」
三度目の作戦会議が、地下図書館で開かれる。
「聖剣エクスカリバーとブリュンヒルデの盾が手に入った。いよいよ、最終作戦だよ」
グラン・ママが重々しく宣言する。
「作戦目的は、アクアの魔導書の回収。それが唯一にして絶対。さて、そこで問題だ。魔導書は太古の宝物。どこにあるかは分からない。今はもう滅びて存在しないのかもしれない」
「そんなものをどうやって探すのさ? 無理ゲーじゃね?」
ジャズがバンザイする。
「でも、確実に存在している。歴史のどこかに。それを引き寄せるのさ」
「引き寄せるって、どうやってですの?」とシャル。
「アクアの魔導書について、確実に分かっていることが一つ。それは『海神の宝物庫』に収蔵されている」
「海神?」とビビ。
「海の神さま。世界中にたくさんいらっしゃる。古代メソポタミアのティアマト女神、インドのヴァルマ、中国の媽祖、日本のワタツミノミコト。でも、プルマロハの人々にとってはどうだろう? メジャーなのは十字教以前のヨーロッパの神話。ギリシャ・ローマ神話だね。ならば海神は?」
「ポセイドンですか」と一郎。
「そうだね。ポセイドンにまつわる神話は数多く伝え残されていて、イメージもしっかりしている。『ポセイドンの宝物庫』ということにしてみよう。宝物庫には番人がいて、盗賊や海賊から海神の宝を守っている。その番人は?」
一郎が回答する。
「海の怪物、でしょうか。リバイアタンとか、海坊主とか。そうだ、化けクジラですね」
「化けクジラが出てくる神話と言えば?」
「アンドロメダ!」
シャルとビビが同時に叫ぶ。
「え? え? 何のこと?」とジャズ。
「ジャズ、こういう物語なのですよ」
ビビが説明する。
「古代エチオピア国王の後妻カシオペアは絶世の美女でしたが、己の美しさにおごり高ぶり『美女揃いと讃えられている海のニンフたちよりも、わたしのほうが百倍美しい』と公言したので、ニンフたちの父である海神ポセイドンの怒りを買いました。エチオピアの海は大荒れとなり、たくさんの船が沈んで大勢の人が死にました。どうすれば、ポセイドンの怒りが解けるのでしょう? 『今は亡き前王妃。その末娘であるアンドロメダを生贄に捧げよ』との神託が下りました。アンドロメダは弱冠十五歳の美しき処女。生贄として、裸体を海岸の岩に鎖で縛り付けられます。海から巨大な化けクジラが出現して、アンドロメダを一呑みにしようとします」
「そんな、ひどいじゃんよ。アンドロメダ関係ないのに生贄? カシオペアを生贄にすりゃいいのに」
とジャズが抗議する。
「十五歳バージンとアラサーおばはんとじゃ価値がじぇんじぇん違うんですの。十五歳が十万ドルなら、アラサーは十セント」
シャルが分かりやすく、お金に換算して説明する。
「そんなあ!」
「アンドロメダの絶体絶命のピンチに、現れた英雄がペルセウス。化けクジラを退治して、アンドロメダを救い、二人は結ばれたのです」
ビビが物語を締めくくる。
「めでたし、めでたし、ですね。うふ」
一郎が追加説明する。
「英雄が怪物を倒して姫と結ばれる。世界各地にある基本的な神話パターンの一つです。ギリシャ神話にちなんで、アンドロメダ型神話と呼ばれています。日本神話で、スサノオノミコトがヤマタノオロチを倒してクシナダヒメと結婚する、という物語もそうですね」
「そこで続きだ。宝物庫の番人である化けクジラは倒された。彼が守っていた宝物庫が海底から出現する」
と、グラン・ママ。
「それを開ける鍵は、わたしたちがすでに手にしている」
グラン・ママは、戸棚から古めかしい鉄の鍵を取り出して、一同に見せる。
「五十年前の『幽霊』の時に、わたしが海霧の幻から引き寄せたんだ。わたし一人じゃ『海神の宝物庫』まではイメージできず、『海賊の宝箱』止まりだったんだが、それでも鍵を入手するので精一杯だった。でも、あんたらがチームを組んでやれば、きっと何とかなる」
マエストラ・マリアが後を引き継ぐ。
「シナリオは完成したザマス。後はわたくしたち『劇団・蝶の夢』で上演するだけ。配役を決めましょう。侮辱された海のニンフはビビ。父のポセイドンに復讐を求めます。化けクジラを退治する英雄ペルセウスは、エクスカリバーを持った一郎。これは鉄板ザマスね。で、アンドロメダなんザマスけど…」
「悪い予感…」とジャズ
「ジャズ、あんたが最適任。アンドロメダはなんたって『エチオピアの王女』だから、アフリカ繋がりで、よろしくザマス」
「アフリカって広いんだぞ。アメリカと中国とインド合わせたよりもでかいんだぞ。あたしのルーツとエチオピアじゃ、北京とニューヨーク以上に違うのに…」
ジャズの地政学的抗議は無視される。
「わたしの配役は?」とシャル。
「天翔るワルキューレとして、アンドロメダのピンチをペルセウスに伝える役ザマスね。ギリシャ神話ならメルクリウスの役目なのですが、構造的に入れ替え可能ザマスから」
「カシオペア役も必要ですね」とビビ。
こほんこほん、とマリアが空咳をする。
「仕方がないザマスね。よござんす。不肖わたくしがお引き受けするザマス」
シャルの失敗を反省材料に、分かりやすさ最優先で、とことんベタなお芝居をやる、と決める。
「要は化けクジラ→海神の宝物庫という流れが絶対に欲しいんザマスから、化けクジラが登場しない別のお話になってしまったら、文字通り、お話になりませんザマスのよ」
プルマロハ港の埠頭で「劇団」が公演の準備をしている。今日もプルマロハには濃い海霧に閉ざされていて、周囲に人影は無い。
アンドロメダ役のジャズは全裸…じゃさすがに何なんで、裸の上にギリシャ風のトーガを着ている。埠頭のピラーに鎖で縛り付けられ、波しぶきに濡れて漆黒の素肌が透けて見える。
「恥ずかしいけど、しょうがないよ。古代ギリシャには競泳用水着もビキニも無かったんだから」
ニンフ役のビビも全裸にトーガで、海の中に入っている。波を受けてトーガがめくれ、たわわな胸や白いお尻がちらちら見えてしまっている。
「わたしは海のニンフ! お父さま、わたしを侮辱したカシオペアに復讐を!」
すっかり役に入り込んで、熱心にせりふの練習をしている。
シャルはイグナ用の耐熱ローブ。一郎は動きやすさ最優先で、黄色のジャージ上下。「死亡遊戯」のブルース・リーを想起させる。アチョー!
ぱんぱんぱん、とマエストラ・マリアが手を叩く。
「さあ、ニーニャたち、それに一郎。始めるザマスよ。『劇団 蝶の夢』開演!」
「マム・イエス・マム! ゴー・フォー・ブレイク!」
一同唱和する。
マリアが毎日の訓示で鍛えまくった声で、朗々と語る。
「我が名はカシオペア。エチオピア王国の王妃にして天下無敵の美女ザマス。神話伝説で美貌を誇っている海のニンフたちなんざ、わたくしの美しさの足下にもおよびませんザマスのよ。おーっほほほほ!」
それを受けて、ビビが語る。
「海のニンフ、うら若き乙女たるわたしたちを侮辱した、アラサーおばはんのカシオペア許すまじ。お父さま、ポセイドンさま、エチオピアに復讐を!」
多分にアレンジが入っていて、聞いてるマリアは眉をぴくぴくさせている。
鎖に繋がれたジャズが、後を続ける。
「アラサーおばはんのお母さま(継母)がゴーマンかましてくれたせいで、エチオピアの海は大荒れ。国民の皆様のご苦労をお救いせんがために、あたしアンドロメダ(十五歳処女)は海の怪物の生贄に。これってどうよ、とマジ思うけど、言えません、言えませんですよ。よよよ、よよ」
アレンジ入りまくり。
だが、効果はあったようだ。プルマロハの沖合に、巨大な黒雲が生じ、それが集結して、真っ黒な巨大な何かが海上に出現する。プルマロハ港に接近してくる。
「化けクジラ登場ザマス。作戦は成功」とマリア。
「でも、ちょっとでかすぎませんこと? と、わたしのセリフを忘れていましたわ」とシャル。
「ペルセウス一郎! へるぷあすらいっなう!」
「おけー! あいるかむらいっなう!」
一郎が応じる。小太刀の木刀を構えると、聖剣エクスカリバーに変形する。剣を右手に持ち替えて、左手でブリュンヒルデの盾を構える。
「化けクジラが出現したなら、シナリオ成功。配役変更ザマス」
マリアが指示する。ジャズはパチモンの鎖を引きちぎって地上に立つ。ビビは海から上がって、後方に控える。シャルはイグナの杖を構える。
化けクジラが吠える。ブオオオオ!と凄まじい咆哮が大気を震わせる。それと同時に、一郎は金属臭のような、嫌な匂いを感知する。
「マエストラ・マリア、これってDQ素では?」
「そうザマスね。神話の怪獣がDQ獣と化すとは、世もマツかもしれないザマス。反知性教会などというカルトがのさばるのも、むべなるかな、ザマスね」
「だったら、あたしらに有利だ。図書委員のマナはDQ素の真逆で天敵。あたしらの攻撃は化けクジラに百パー有効打ってことじゃんよ!」とジャズ。
「わたくしの専門は頭脳労働のデスクワーク。ここから先、戦闘指揮権は一郎に一任するザマス」
「ラジャー、マリア」
真っ黒な化けクジラが海から港へと迫ってくる。めっちゃでかい。ざっと四階建てのビルほどの大きさだ。
一郎が他のメンバーに指示を出す。
「アクアのビビは後方から『毒霧』を全面展開。DQ素から全員を保護してください」
「ラジャー、一郎」
「エレカのジャズとマリアは距離をおいて、化けクジラへの電撃をお願いします」
「ラジャー、一郎」
「了解ザマス」
「イグナのシャルは前衛。ぼくに付いてきてください」
「ラジャー、一郎。頼りにしてるですの、マイブラザー」
そして、決戦が始まる。
「ねぶら・あくあ」
後衛のビビがリンガ・ビブリアを唱える。周囲の霧が青く光って、チーム全体を包み込むように広がる。
化けクジラが接近してくる。今にも港に上陸しそうだ。
「ジャズ、マリア、それぞれ化けクジラに電撃を試射。最初にジャズは右翼、マリアは中心に。次はジャズ中心、マリア左翼でお願いします」
一郎が指示する。
「えれか!」
ジャズとマリアがリンガ・ビブリアを唱え、それぞれ右手から電撃を放つ。ジャズの電撃は化けクジラの身体をそのまま通過するが、マリアの電撃は化けクジラに吸収され、そこから真っ黒なDQ素が噴出する。続いて左手の電撃。ジャズの電撃は中心に直撃。マリアは通過。
「分かりました。化けクジラの大部分は幻。実体は中心のみです。ジャズ、マリア、効力射を中心に集中。可能な限り、連射をお願いします」
「ラジャー、一郎」
ジャズとマリアは左右の手から電撃を連射する。化けクジラの中心にヒットして、DQ素が盛大に噴き出す。
「ビビ、毒霧の濃度を上げて、前方に集中して展開してください」
「ラジャー、一郎」
チーム前方の青い霧の密度が高くなり、濃紺に近くなる。真っ黒なDQ素と反応して、花火のようにパチパチと青い光を放っている。
化けクジラはDQ素を噴出しながら、港に上陸する。だが、その身体は縮小し、二階建ての民家程度になっている。
「これが化けクジラの実体。それでも十分にでっかいですわね」とシャル。
「ここからが本番です。シャルは敵中心に砲撃してください。その後、ぼくが突撃します」
「有効射程で最大火球を五発、いえ、貧乏白人根性マックスで七発ぶち込んでやりますわ!」
「ラジャー」
「ぺろた・いぐな・ばすたんて!」
シャルが、自分の身長よりも長い杖をぶんと振るうと、その先端から巨大な火球が発射される。化けクジラの中心に命中して、DQ素が噴出する。二発、三発、そして七発!
「うおおおっ!」
さらに八発目! シャルは全力を使い果たして、地面に膝をつく。
「一郎、後はお願いしますわ」
一郎はブリュンヒルデの盾を構えて、化けクジラに向かって突進する。化けクジラは。ぶおおおおと盛大に吠えて、DQ素を吹き出すが、盾が上下左右に受け流す。一郎はそのまま突進し、化けクジラの中心に聖剣エクスカリバーを突き刺す。
ばっかーん、と盛大な音がして、真っ黒なDQ素の霧が噴出する。空が真っ黒になる。
そして、霧が晴れた後に、立っているのは剣と盾を持った騎士・一郎。化けクジラは消滅した。
「やったぁ!」
ジャズが歓声を上げて、一郎に駆け寄る。そのまんま抱きつく。シャルも、そしてビビも。
「ウェル・ダン、ウェル・ダン、ザマスよ、皆さん」
マエストラ・マリアがパンパンと拍手する。
「そして、舞台は最終幕ザマス」
海が無くなって、プルマロハ港の海底が露わになっている。そこに四メートル四方ほどの四角い鉄の扉があるのが見える。
「あれこそが『海神の宝物庫』ザマス。急いで! 時間は限られているザマスよ」
一郎と三人娘は海底に降り立ち、扉を目指す。一郎が、扉の鍵穴に、グラン・ママから渡された鍵を押し当てる。鍵はぐにゃり、と変形し、吸い込まれるように鍵穴に入る。ガチンと音がして、扉が緩やかに開く。
四人は扉の中に入る。中は巨大な倉庫になっていて、さまざまな宝物が収納されている。武器や防具、宝冠や装身具、その他あれこれ。
「博物館みたいじゃん」とジャズ。
「うわ、うわ、うわー! これゲットして、骨董屋持ってったら、どれだけのお金になるんでしょうか?」
シャルが興奮する。
「宝物に手を出すと、罠が作動する可能性があります。ぼくたちの目的は『アクアの魔導書』ただ一つ。それ以外に手を触れちゃいけませんよ」
一郎がたしなめる。
「あった! 一郎、これでしょ?」
ビビが一冊の本を手にしている。確認するまでもない。アクアの図書委員ビビが手に取った時点で、それがまぎれもない本物である、と一郎は理解する。
「ミッションコンプリート。撤収です!」
一郎と三人娘は宝物庫から外に出る。その直後、扉が消滅し、ただの海底に変わる。
「みんな、急ぐザマス。海が戻ってくるザマスよ!」
マエストラ・マリアが警告する。四人は埠頭に上がる。
水平線の向こうから津波が押し寄せてくる。目測で高さ三十メートル。プルマロハの港町はもちろん、高台の団地もすべて洗い流してしまうくらいの巨大津波だ。
「ポセイドンの宝物庫を荒らした人間への、当然の報復なんザマしょうね」
「どうなる? どうするんだよ? プルマロハが丸ごと津波に飲み込まれちゃう!」
ジャズが悲鳴を上げる。
だが、マエストラ・マリアはあわてない。
「今や、わたしたちには『アクアの魔導書』がある。ビビ、あなたの出番ザマス」
アクアの図書委員であるビビが魔導書を開く。必要なページが自動的に開かれ、そこに記されたリンガ・ビブリアをビビは瞬時に理解する。それを音読する。
「荒ぶる海よ、鎮まれ
猛き波よ、鎮まれ
海の平和、疾く来たれ
いん・のうみな・びぶりおてかりあ・まぎか」
ビビの言葉は青い波動となって幾層、幾十層、さらに幾百層にも分かれ、互いに複雑にこだましながら、プルマロハの海と空全体を満たす。それに触れた巨大津波が幻のように崩れ、消滅する。
目の前に広がっているのは、普段と変わらない、プルマロハの平和な海だ。海霧も晴れ、青空が広がっている。
「これこそが、日本神話の、海幸山幸の物語に登場する宝物、天地の水を操る、鹽盈珠・鹽乾珠の力。すばらしいですね。そして…」
と、一郎の解説が途中で途切れ、皆が気がつくと、地面に倒れている。
「一郎、大丈夫!」
三人娘が駆け寄って、その身体を助け起こすが、意識を失っているようだ。
「『侍』とはいえ、図書委員ならぬ一郎が、マナの力を使って、図書委員以上の戦いを行ってくれた。その反動が来たんザマスね。大丈夫。十分に休養すれば回復するザマス」




