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第十一章「ブリュンヒルデ」

挿絵(By みてみん)


 再度、地下図書館で作戦会議が開かれる。今回は一郎(いちろう)も参加している。

「次はわたしの番ですの」

 シャルが主役宣言する。

「ビビはアクアの(みず)属性を()かし、アーサー王伝説の『湖の乙女』を演じて、聖剣エクスカリバーをゲットしました。対してわたしはイグナ。火の属性を活かして、北欧神話のブリュンヒルデを演じます。ブリュンヒルデは、主神オーディンの娘にして、戦乙女(いくさおとめ)ワルキューレのリーダー。まさにわたしにふさわしい」

「いやそれは、ちょっとお勧めしかねるザマス」

 マリアが異議を唱える。

「ブリュンヒルデもワルキューレも、さまざまな神話やサガで活躍し、さらには十九世紀のワーグナーの歌劇にも登場するキャラクターザマス。物語のそれぞれで、実在した女王だったり、女神だったり。イメージの幅が広すぎて、予想外の事態が危惧(きぐ)されるザマスよ」

「大丈夫ですわ、マエストラ。火は武器との相性がいいんですの。イグナのマナで変身したわたしが、ブリュンヒルデを演じて、甲冑(かっちゅう)から槍や刀の各種武器防具、さらには天翔(あまか)けるワルキューレの軍馬までをもゲットしまくったところで、現実世界に戻ってくれば、一郎を完全武装の騎士にしてあげられますわ。これぞ、ワイフ・オブ・カズトヨ・ヤマノウチ、すなわちサムライズ・ワイフの最高峰フジヤマ! だから、ブリュンヒルデの一択ですの」

「そうザマスかねえ…」

(それでお仕事が終わったら、武器も防具も全部、骨董(こっとう)屋に持って行って、思いっきり高く売りつけてやりますの。「ベルリン天使の(うた)」のピーター・フォークみたいに)

 ほくそ笑むシャルは邪念いっぱいだ。


 作戦第二回の場所は港の外れの廃車置場だ。

「材料となる金属はたっぷりありますわ」

 シャルは地下図書館の蔵書からマナを充填し、摂氏千度の熱に耐えるシリカクロス製のイグナ用ローブを着込んでいる。まだ、普段の姿でいるが、その白い肌は早くも、赤々と光り始めている。

「シャル、行きます! いぐな、変身!」

 シャルがリンガ・ビブリアで叫ぶと、全身が真っ赤に光り輝き、筋肉が隆々と盛り上がる。手足がぐんと伸びて、身長が二十センチほど高くなる。金髪ポニーテールを結んでいた髪ゴムが焼け飛び、髪が根元から毛先まで深紅に変わる。その体温は推定摂氏七〇〇度。

「変身完了! 続いて、ブリュンヒルデを演じます」

 シャルは北欧神話の「ブリュンヒルデの歌」を暗唱する。


(わらわ)はブリュンヒルデ

オーディンの娘にしてワルキューレの長姉(ちょうし)

金髪に羽兜(はねかぶと)(いただ)き、黄金の甲冑を(まと)い、

天翔ける軍馬を御して長槍を振るう戦乙女

戦場に(たお)れし雄々しき勇者の魂をヴァルハラに運ぶ

死せる勇者たちが(つど)いしオーディンの饗宴(うたげ)

妾は甲冑を薄衣(うすぎぬ)に換え、勇者の角杯(さかずき)蜜酒(ミード)を捧ぐ

我が瞳は炎、我が(かいな)は剣、

そして我が恋は死をも超えん」


 何度も何度も繰り返す、そのシャルの言葉が、次第次第に「古い言葉」へと変わっていく。それにつれて、周囲の海霧(うみぎり)が朝陽や夕陽を浴びたように赤く染まっていく。


「来るザマスよ!」

 マリアが警告する。

 ひゅうううん、という風切り音がして、海霧に閉ざされた上空から、何かが飛来してくる。それも多数。

「甲冑、ですか?」と一郎。

 バラバラに分解された甲冑のパーツが空から次々と降ってくる。シャルの身体(からだ)に張り付き、ガシャン、ガシャンと金属音を立てて連結する。シャルは中世ヨーロッパの騎士のような、プレートアーマーと兜に全身を覆われた姿に変わる。

「これって、なんていうか、『アイアンマン』みたいな?」

 ジャズが論評する。

 だが、次の瞬間、シャルの周囲に巨大な炎が出現した。


 高さ三メートルほどの炎の壁が四角く立ち上がっている。その中に石のベッドがあって、甲冑に身を固めた人物が横たわっている。両腕を胸の前で十字に組んでいて、その上に円い盾が置かれている。人物は、もちろんシャルだ。

 シャルは焦りまくっている。

(神族でありながら、人間の英雄ジークフリートに恋したブリュンヒルデが、父神オーディンに罰せられて、炎の寝台に幽閉されている。ブリュンヒルデを解放できるのは、炎の壁を乗り越えられる、命知らずな殿方のみ。それが、たとえプアーでロウアーで教養ゼロの地元のきこり、もとい森林労働者のシズヤマガツ親父であったとしても、わたし/ブリュンヒルデは、その殿方に処女を捧げ、妻となる運命)

(まさか、このシーンが来るとは思いませんでしたわ。ブリュンヒルデの神話的キャラクターに対して、わたしのイグナの「火」が強すぎたんでしょうか? というか、これがベストのシーンだと『海霧』が判断しやがったのでしょうか、あほAI(エーアイ)的に。ガッデム!)

 シャルは心の中で毒づき、中指を立てる、心理的に。身体を動かそうとするが、一ミリも動かない。

(どうしましょう? ビビに水をぶっかけてもらって消火する? でも、ただの水じゃ消えそうにありませんし)

「シャル、今行きます!」

 一郎が小太刀(こだち)の木刀を構える。木刀は聖剣エクスカリバーに変わる。二メートル弱の長剣を一郎は諸手(もろて)で大上段に構え、気合いとともに炎の壁に斬りつける。一撃、二撃、三撃。五撃目の斬撃(ざんげき)で炎の壁が破壊される。炎が無数の火の粉に変わって崩れ落ち、壁が消滅する。

 シャルの身体を束縛していた力が消え去る。シャルは石ベッドから降り立つ。胸の上に乗っていた盾が地面に転がり落ちて、ぐわらん、ぐわらんと派手な音を立てる。

(と、ピンチ継続ですの!)

 甲冑がなおも真っ赤に燃え盛っている。脱ぎ去ろうにも、そもそも甲冑など着たことがないシャルには、どうすれば脱げるのか分からない。今現在のシャルはイグナの変身状態で、赤髪赤肌の女子レスラー体型の炎のファイター。火も熱も平気の平左(へいざ)だが、マナが尽きて変身が解けたら? 燃え盛る甲冑の中で、高熱オーブンに放り込まれたチキンのごとく、こんがりとローストされてしまう。いや、ローストを通り越して消し炭だ。

(そして、わたしのマナは、今まさにガス欠寸前!)

 あわわ、あわわとパニックになりかけているシャルに一郎が告げる。

「落ち着いて、シャル。ぼくを信じてください」

「は、はいい!」

「アッテンシオン!」

 毎日のマリアの号令が身体に染みついていたシャルは、反射的に「気をつけ」をする。

「えいっ!」

 一郎はエクスカリバーを振り下ろす。その研ぎ澄まされた切っ先が、シャルの甲冑の薄皮一枚、一ミリの十分の一ほどを、上から下へと真一文字に切り裂く。

 ぱあんとガラスが砕けるような音がして、シャルの甲冑が粉々に吹き飛ぶ。甲冑の中から出現したシャルの全身から、イグナのマナが真っ赤な霧となって噴き出し、渦を巻いて、身体を包み込む。

 赤い霧が消える。そこに立っているのはシャルだ。変身が解けて、いつもの金髪ロリ体型に戻っている。ただし全裸のすっぽんぽんだ。甲冑の下に着ていたはずのシリカクロスは消滅している。

「ああ…」

 地面に崩れ落ちそうになるシャルの身体を一郎が抱き留める。ジャズとビビが駆け寄ってきて裸体を毛布で覆う。

「マッパで一郎の腕に抱かれて、これでわたしは一郎の妻…ワイフ・オブ・サムライ?」

 つぶやいて、シャルは意識を失う。


「ブリュンヒルデの甲冑、全部吹き飛んじゃいましたね。シャルが気がついたら、がっかりするでしょうねえ」

 ビビがため息をつく。

「でも、これが残っています」

 一郎は、盾をジャズとビビに見せる。金属製の円い盾だ。

「これって、なんていうか、『キャプテンアメリカ』みたいな?」

 ジャズが感想を述べる。

「星じゃなくて、何か字みたいなのが彫ってあるけど」

「ルーン文字ですね。ぼくはあまり詳しくはないのですが『この盾に挑む愚か者は滅びる』的な警告だと思います」


挿絵(By みてみん)


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