第十章「聖剣」
あらためて、マエストラ・マリアが作戦を立案し、グラン・ママが承認する。メンバーはビビ、ジャズ、シャルの三人娘と一郎の四人だ。いかだを準備して、当該地点の海上に移動する。全員水着スタイル。ビビがビキニで、それ以外はシンプルな競泳用水着だ。ビビは、あらかじめ地下図書館の蔵書から、マナを十分に取り込んでいる。
一郎とジャズ、シャルはいかだ上で待機。念のための命綱として、ビビは右足にロープを結んでいる。
「ビビ、行きまーす!」
どぶん、と背面から海に飛び込む。そのまま、海底へと潜水していく。
アクアのビビは一時間は潜水可能だ。
海底に沈んだコンクリート塊から突き出した鉄筋を前にして、ビビは「アーサー王伝説」の「エクスカリバーの歌」を暗唱する。
「湖の乙女らが統べる銀の林檎の島アヴァロン
かの地にてエクスカリバーは鍛えられし
青き湖の底深く清浄なる砂より掬われし黒き金砂を集めて
一つ目の神の赤き炎により焼き熔かし熔かし尽くして黒鋼となし
鍛き鍛きて白鋼となし重ねて鍛きて玉鋼となし
八重に折りて鍛き鍛きて二十重に折りて鍛き鍛きて大剣となす
銀の泉水にて清めて銀泥の石もて研ぎて研ぎ研ぎて
岩をも鉄をも斬り裂く破邪の聖剣となす
聖剣を湖の乙女より捧げられし者こそが真の王
ひとたび王の双手で大剣を振えれば
暴虐なるサクソンの幾千幾万をも屠りて血の海に沈め
まほろばの島ブリテンに永遠の平和をもたらす
これぞ聖剣エクスカリバー」
何度も何度も、何十回も暗唱する。ビビの言葉に海霧が反応し、次第次第にビビの言葉が時を遡っていく。より古い言葉へと変わっていく。英語から古代のケルト語へ。さらにもっと古い太古の言葉へと。
それにつれて、鉄筋が姿を変える。まずは錆を還元した元の鉄筋へ。変形して、無骨な鉄棒へ。それが、幻の刀匠の鎚と金床により鍛たれ、鍛たれて、次第次第に「剣」の形となっていく。そしてついに…
「やった! 聖剣エクスカリバーが完成しました」
ビビはコンクリートに足を乗せて、聖剣の柄を両手で握って抜き取ろうとするが、がっしりと刺さっていて抜けない。二度、三度と試すがびくともしない。
(わたしが「湖の乙女」として、水中から聖剣をアーサー王に授ける物語のつもりが、アーサーに抜かれるのを待っている聖剣の物語になってしまったのかも)
ビビは考えをめぐらせる。
(そもそも二つの聖剣伝説があったのです。石に刺さった聖剣をアーサーが引き抜いて、ユーサー・ペンドラゴン王の正当な跡継ぎであることを証明する物語と、「湖の乙女」の物語と。だから、トマス・マロリーの「アーサー王の死」では、一度湖に捨てられた聖剣を、乙女が鍛え直してアーサー王に授けた、と合理化したのでした。でも、この状況を打開するには、わたしがアーサーの役をも果たさねばならない。どうすればいいの?)
ビビは必死で考える。さすがのビビも、海中で息が持たなくなりつつある。
「アーサーが聖剣を抜けたのは、王者の血のおかげ。その血は古きケルトの血脈。そして、わたしはビビアン・ウォルシュ。我がウォルシュ家のルーツはアイルランド。わたしの身体にも古きケルトの血、アーサーの血が流れている。ならば、わたしにも聖剣を抜く資格があるはず! いえ、資格はあります! 絶対に!」
ビビが断言する。その言葉に込められたマナが、聖剣とコンクリートを強く揺るがす。ビビは再度、聖剣の柄を握り、渾身の力を込める。強い、青い光が海底を満たす。
「もう一時間半ですわ。ビビの限界を超えています。サルベージしましょう」
シャルが提案して、三人でロープを引くが、重みがない。ロープをたぐりよせるが、切れっ端が、ぽかりと水面に浮かんだだけだ。
その海面が激しく泡立つ。
「何、何? どうなっているの?」とジャズ。
「何かが浮上してきます」
一郎が指摘する。
泡立つ海面から、すーっと一本の剣が空中に突き出される。その柄を右手でしっかりと握っている、白い女の腕も。
一郎は海に飛び込み、女の腕を掴んで、いかだへと引き寄せる。剣と腕に続いて女性の肉体が浮上する。一郎は右腕を使っていかだに上がりつつ、左腕で女体をしっかりと抱き、ジャズとシャルの助けを借りて、海から引き上げて、いかだの上に横たえる。
女性はビビだ。右手に剣を握り、横たわったまま目をつぶっている。その姿は一糸まとわぬ真っ白な全裸。一郎はもちろん視線を外すが、ジャズとシャルは大騒ぎだ。うわーうわーと叫びながら、そこらへんのタオルやら防水シートやらを総動員で、ビビの裸身を覆う。
ビビはゆっくりと目を開く。
「あら?」
とつぶやく。自分の右手に剣が握られているのを確認する。
「重いです」と小さく悲鳴を上げて、剣をいかだの上に置く。
「一郎、ミッションコンプリート。『聖剣エクスカリバー』ゲットですよ」
ビビは一郎に明るく言う。
「は、はい。ゲットですね」
一郎は後ろを向いたままだ。
「ビビ、あんたってば、なんでマッパなんですか! 潜る前はちゃんと水着着てましたよね。ビキニだったとしても。どこで脱いじまったんですか?」
シャルが難詰する。
「ええ、ああ、そうか。そうなんですよね。超大昔のエクスカリバーの時代には、ビキニの水着は存在していませんでした。だから、消えてしまったんですよ。おもしろいですよねえ」
あはは、とビビは無邪気に笑う。
「大丈夫ですよ、シャル。わたし、一郎になら何を見られても平気ですし」
「一郎は平気じゃないよ!」
ジャズが全力で突っ込む。
「蝶の夢」に戻った四人は、ママ&マリアに成果を報告する。防水シートに包んだ聖剣エクスカリバーを提出する。
グラン・ママが命じる。
「一郎、平常心を保ちつつ、聖剣を手に取ってごらん」
「はい」
エクスカリバーを一郎が手に取って両手で構える。と、剣は変型して、小太刀の木刀へと変わる。
「ぼくがふだんイメージしている『刀』がこれだから、なんでしょうか?」
「何か、RPGの『勇者の剣』が、『ひのきの棒』にイッキにスケールダウンした、みたいな」
ゲームに詳しいジャズが論評する。
「大丈夫。聖剣はいざという時に本来の姿に戻ります。それも神話の力ザマス」
マリアが保証する。




