3年後
「おい、聞いたか?
あの魔王がまたやってくれたらしいぞ。
リダーワリス共和国の亜竜の群れを叩き落したらしい」
まだ日が明るいうちの酒場で、今日の仕事を早めに終えた工夫らしき男がが二人。
景気のいい話を肴に、冷たいエールを空けていた。
「それもすげえが、ウェステンに出た山のように大きなアンデッドを土に返したとも聞いたぞ」
ここはミルデラン中部の町、ベルファスの酒場。
ここでの最近のもっぱらの話、酒の肴と言えば『魔王』の活躍話である。
「すげえな魔王。
そいつがいりゃ魔物なんて怖くねえじゃねえか。
なあ、あんたもそう思わねえか兄ちゃん!」
酔った男の一人が鼻息荒く旅装束の二人に絡んできた。
もう一人の男が「すまねえ。こいつ酒癖悪いんだ」と宥めながら話を聞き直している。
二人とも笑顔だ。
ここ最近、その魔王のおかげで世界の魔物被害が減少しているらしい。
けっこうなことじゃないか。
「だ、そうだ。どうだね?街の者の話を聞いて」
「どうもこうもありませんね。
いつも言っていますが、魔王ってのは本来悪役に付ける呼称じゃないですか?
なんで勇者って言う名にならないのかなぁ?」
「私は言い得て妙だと思うがな。
君はまごうこと無くこの世界最高の魔法使いだ。
もはや神職という枠には収まり切れていないと言える。
魔物を撃つ魔法の王。
まさに魔王ではないか。
まさしく君にふさわしいなだと思うがね」
「先生、からかってますよね?」
「あたりまえじゃないか。
こんな美味しそうな酒の肴が目の前にいるというのに、からかわないものがいるというのかね?」
はあ、先生もここ数年でかなり性格が変わったよな。
前はもっとストイックな感じだったと思うんだけどな。
「ところで先生、いい加減ベルを救う手がかりは見つからないんですか?
何か新しい情報はないんでしょうか?」
あれから3年、俺は世界中、というほどではないが何ヵ国かを周って魔物を狩り尽くしている。
そりゃもう馬車馬もびっくりするような働き方だ。
この世界には働き方改革などない。
ましてや準王族扱いで教会所属の俺は、とんでもなく働かされている。
「まだ何もないな。気配すら見せていない。国内の情勢も安定している。
それ自体はいい事なのだが、君は納得できないだろう?」
「国が安定してるのはいいことだと思いますよ。
でも、手掛かりがないのはきついですね。
そうだ、殿下は何か言われてましたか?」
「殿下か。そうだな。
ここでは、できない話になりそうだな。場所を変えよう」
ジェキル先生はそう言うと、ゆっくり席を立ち俺についてくるように目くばせをした。
そのまま、支払いを済ませ店を出る。
向かう先はこの街の教会のある地区だ。
おそらく教会の一室でも借りて話をするのだろう。
ジェキル先生はこの3年の間、月に一度、場合によっては2度も俺にコンタクトを取ってくれている。
表向きは教会の指示と王城からの指示を、俺に伝える役目になっている。
それと同時にベルやお婆様からの話を俺に伝えてくれている。
ベルとは実は最近遠く離れていても、少しくらいなら会話ができるようになった。
だからといって全ての情報が手に入るわけではない。
ベルは彼女が自分の部屋で見聞きしたことしかわからない。
なので、逆にこちらからジェキル先生から得た情報を教えているくらいだ。
先生と俺は教会の一室を借りてそこで話を続けることにした。
ここなら話が漏れるようなことは無いだろう。
「実は王の体調がよくないらしい。
おそらく年内はもたないだろうということだ」
「そうなんですね。
それでは殿下は目処のたたない犯人探しには時間を割けそうにないですね。
ちなみに後継者争いとかそういうのはないんですか?」
「幸いにも次の王は王太子殿下ですでに決まっている。
譲位の儀も密かに終わっているということだ。
もちろん知っているのは、王族と一部の貴族だけだが」
「あの何とか言う王弟様はどうだったんですか?」
「クリストフ様か?
特に何も反対などはしていなかったとは思うが。
何か思うところでもあるのか?」
「いえ、特には。
ちょっと気になっただけで」
気のせいかも知れないが、あの人からは王家への忠誠というより何かに固執しているものを感じた。
それは、今の王に対するものかと思っていたのだが。
王太子への譲位に何も言わなかったのであれば杞憂だったのかもしれない。
「ところでルーデルハイン。君はどうするつもりだね?」
「どうって何がですか?」
「おそらく、そう遠くないうちに王は変わるだろう。
そのタイミングで国に戻れるように殿下にお願いすることもできると思わないか?
理由は何でもいい。
ある程度各国への義理も果たしただろう。
国の防衛のためだとか、なんとでも理由をつけて君を戻すこともできるはずだ」
「それこそクリストフ殿下が文句を言うんじゃないですかね?
あの人は俺のことを危険人物だと思っているでしょうし
あの人が外務を担当している間は無理じゃないですか?」
「それなんだが、おそらく新王が即位すると閣僚は一新されるだろう。
国の体制が変わったというのを見せる必要があるからな。
ただ、クリストフ様はまだお若い。
これは予想だが、解任ではなく別のポストに移ることになるのではないかと思う」
「ということは、方針も変わるかもしれないということですか」
「そうだ。だからこそこの時しかないと思うんだが」
正直、国には戻りたい。
でも、まだベルを助けるための手がかりが何もないのだ。
その状態で帰ってどうする?
彼女のそばに居て話し相手でもして、日がな一日過ごすのか?
「何か少しでも手がかりがあればいいんですが。
このままでは帰るに帰れないというのが、正直なところですね
何よりベルに合わす顔がないです」
「ふむ、やはりそうか。変なところで君は頑固だからな」
ジェキル先生は呆れたように肩をすくめ、優しげな眼で俺を見ていた。
「それより先生。ロイスさんとの新婚生活はどうですか?」
「・・・・・」
ジェキル先生は何も聞こえなかったかのように目をそらして、目の前にある葡萄酒のコップに口を付けた。
あれ?なにかまずいことでも聞いたかな。
残念ながら結婚式には行けなかったけど、ゆったりした幸せそうな式だったと聞いたんだけどな。
「すいません。余計なことでしたね」
「・・・できた」
「え、なんですって?」
「子供ができたと言ったんだ」
「えー、すごいじゃないですか。おめでとうございます」
「すまない。君たちがこんな状況にあるのに、フォローするはずの立場の私が・・」
「何言ってるんですか!そんなの気にしないでください!
ベルも喜んでたんじゃないですか!?」
「あ、ああ。そうなんだが。
やはりな・・・。君たちはお互いに触れ合うこともできないと思うとな・・・」
「いいんですよ。
俺たちは前世で子供もいましたし。それなりに幸せに暮らした記憶がありますから。
全然、気にしないでバンバン子供作ってください!」
「いや、バンバンは作らないがな。
なんというか。・・その。・・・ありがとう。
彼女と出会えたのも君がきっかけであったわけだし。
王太子殿下との縁もできたおかげで、結婚もスムーズにできたと思っている。
彼女との事に関しては君には感謝しても、足りないくらいだと思っている。
できれば恩人である君たちの力になれればと思うんだが・・・」
「何言ってるんですか、先生はこうして今俺の力になってくれています。
それだけでも十分ありがたいですよ。
これは先生にしか頼めないですからね」
「そうか、そう言ってもらえるとありがたい。
妻にも伝えておくよ」
なんともいい話が聞けたもんだ。
今日は幸せな気分で寝ることができそうだな。
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