ベルの話
乗せられた馬車は王太子のものだったらしく、門でも誰何されることもなくスルスルと城に入っていけた。
ちょっと前なら考えられなかったな。
なんたって犯罪者だったもんね。
それ一つとっても王の権力が強いというのがわかる。
この国は王と教会と貴族の力が拮抗していると昔読んだ本には書いてあった。
時代によって多少は変わるんだと思うが、今はどうなんだろう?
城の敷地に入って馬車を降りる。
待っていたメイドさんに案内されて城の中を歩く。
前来た時は緊張で何も見えなかったけど、あらためて見てみると、ここってお城にしては少し無骨な感じがするな。
国のシンボルというよりも地方、それも他国に近い前線の城塞を改修したような感じだ。
実際に改修したっぽい跡もあるしね。
調度品は綺麗なのでちょっと浮いてるかも。
「城の様子が気になるかい?」
城のことを考えていたところ、声をかけられた。
案内してくれているメイドさんが道を譲ってその人を通す。
誰だろう?
城にいるんだから偉い人だろう。王族かもしれないな。
「はい、少し気になりますね」
「君が知っているかどうかはわからないが、この国の都は何度か変わっているんだよ。
その度に王が住む城も変わってるんだ」
「そうでしょうね。都には王が住んでいるでしょうし。
でも、それだったら新しくてきれいな城になりそうなんですけど」
「この城は今から150年前にあった王弟の反乱の時に前線だった城なんだ。
それを改修して王の住む城としたんだよ」
「前線の城を使うなんて、不思議なことをする王様だったんですね。
城って国の象徴ににもなるものですから、大きくてきれいなものにするんだと思ってました」
「昔は今よりもっと王権は弱かったのさ。
弱いからお金もない、でも城は必要だ。
だったら今あるものを使おうってなるんじゃないかな」
ま、金が無いならそうするしかないよな。
「でも、それって150年も前の話ですよね。
ここまでその城を大事に使い続けているなんてこと、するもんなんですか?」
「ま、実際にここがそうだからね。
でも不思議なんだ。ここまで頑なにここにい続けるのは。
その当時の王の遺言があったって話もあるくらいなんだよ」
変な遺言残す王様だな。
ところで、この人は誰なんだろう?
メイドさんは壁に下がって下を向いたままだし。
俺が不思議そうな顔をしているからか、その人が答えてくれた。
「ごめんごめん。まだ名乗っていなかったね。
僕の名はクリストフ。 クリストフ・ミルデランという。
この国の王様の弟さ。今は外務大臣をやっている」
「えっ!失礼いたしました。
王弟殿下とは知らず。申し訳ありません」
「いいよいいよ。気にしてないから。
それに君も王族扱いなんだろ。親戚みたいなもんさ。
よろしく。ルーデルハイン君」
この人が王弟殿下か。
今の王の右腕。
王とは年が離れていて、たしか王太子殿下とそう年が違わないはずだったな。
たまたま俺が歩いているのを見つけて声をかけてきたのか、それとも何か意図があって俺に近づいてきたのか。
情報が無い分、この人の考えてることが分からない。
「しかし、君はすごい魔法使いみたいだね。
今回の魔物討伐の話も聞いているよ、今も城の中は君の話で持ちきりだよ」
「ありがとうございます。この力で国の役に立てるよう頑張って参ります」
「はは、そんなに警戒しないでよ。
別に外務大臣だからって君をすぐに他国に出したいわけじゃないんだからさ。
君はこれからジークに呼ばれてるんだろ。
じゃあ早くいかないと怒られるかもよ」
「はい、失礼いたします」
俺はそそくさとその場を立ち去る。
「ルーデルハイン君。またね」
「はい、また」
なんだったんだろう。
あの人、表情はにこやかそうに見えたけど全く笑ってなかったな。
何考えてるかわからないタイプの人だ。
あれだったらまだ王太子殿下の方が分かりやすい分、付き合いやすいな。
メイドさんに案内されて王太子殿下の部屋までついた。
メイドさんが中に入室の許可を取る。
中のメイドさんが開けてくれ、確認されたのち入室を許された。
「お呼びだとお聞きして参りました殿下」
「やっと来たか。何をしていたんだ。
城にはとっくに着いていただろう」
「王弟殿下にお会いしまして、少しお話をさせて頂いておりました」
「ちっ、叔父上か。あの人も抜け目ないな。
どうせ、お前の噂でも聞いて顔でも見に来たんだろう。
何か言われたか?すぐに他国に行かせるとか」
「いえ、逆にそんなことはすぐにはしないと言われました」
「あの人がそういうなら、そうなんだろう。
ただ、逆を言えばお前は必ず他国に行かせると言っているようなものだ。
あの人は国政や王へ意見を言うことはめったにないが。
国と王のためになると思えば躊躇せずやってくる人だ。
有能な分だけ、怖いと思っておけ」
「はい、わかりました。目を付けられないように頑張ります」
「もう目は付けられたと思うが、できるだけ大人しくしておけ」
あの人の目はなんだか人形みたいな印象だったもんな。
国への忠誠心か、俺には無いものだから不思議に感じるな。
「ところでルーデルハイン。
お前が今回使った魔法はゲーア神のものだったそうだが、何か意味があってのものなのか?
迂闊に使ってよいものではないのだが。
いや使う事すらできないか。
噂が広まるにつれ、ゲーア神を信仰しているウェステンの大使から再び派遣の要請が来てな」
「いえ、特に意味はありませんでした。
敵を倒すのに最適なものを考えた結果、土で作った槍がいいかと思いまして」
「そうか、元来土魔法は攻撃には向かない魔法だからな。
そんな土の魔法でオーガの群れを瞬殺したと聞いたもんだから、ウェステンの大使が大喜びでな。
お前はゲーア神の御子だから寄越せと煩くてな。
幸い先に大規模な水魔法の噂が流れてたからなんとか押し返せたが、少し自重して欲しい。
お前が魔法を使うたびにこんなことになるのは勘弁してくれ」
「すいません。神の魔法について詳しくなくて、気を付けます」
俺が殿下に平謝りで話していると、扉を勢いよく開いてベルが入ってきた。
メイドさんが『お待ちください姫様』とか言ってる。
強行突破でもしてきたのかい。
「ちょっとお父様。
ルーデルハインを呼んでるなら、教えて下さいませ。
私も彼の話を聞いてみたいわ」
「ベレンジェール。許可も無しに入ってくるなといつも言っているだろうが。
もう10歳なんだ。いつまでも子供のままでは困る」
「なによ、私に聞かせられない話でもするっていうの?
仲間外れにするとお母様に叱ってもらいますわよ!」
「別に変な話などしておらん。
こいつがゲーア神の魔法など使うから、大使が変な気を起こしたから気を付けろと言っていただけだ」
ベルは部屋に待機してあるメイドに退出をお願いしていた。
ここから先は聞かせられない内容になるという事だろう。
「それなら全部の神の魔法を使えばいいんですわ。
そうすれば各国が牽制しあって抜け駆けしなくなるんではないですか?」
「そう、うまくいくか?
それにまずこいつがそれぞれの魔法を使えるかどうかもわからんのだ?」
「あら、使えるはずよ。そうでしょう?」
ベルが俺の方をみて話しかける。
「ああ、使えるという言い方は違うかもしれないけど。
魔法がどんなものかさえ分かっていれば、使うことはできると思うよ」
「ほらね。そういうもんなのよ」
「ベレンジェールも昔からいろんな魔法が使えたが、どういう理屈なのだそれは?
魔法は神の力を借りているのではないのか?」
これは俺から説明したほうがよさそうだな。
「力を借りるというのはそうなんですが。
神様というよりは力の源泉から汲み上げたり、吸い上げたりしている方が表現としては合っているかもしれませんね。
源になるところの力を具現化して出しているといった感じです。
何もない所から発現することもできますが、今回は騎士たちがいましたので地面の土を使ったまでです」
「でたらめな力だなそれは。
しかし、お前の力はベレンジェールよりはるかに強い。
それは何故だ?」
「それはわかりません。
私は彼女が魔法を使ったところを見ていませんし、彼女が同じ理屈で魔法を使っているのを今初めて知りましたので」
「そうか、そういえばまだ私たちの事を何も話していなかったな。すまなかった。
これもいい機会だ、話しておくとしようか。
ベレンジェール、どうする?
お前から話すか。私が話すよりその方がよいであろう」
「そうですわね。私からお話しさせて頂きます。
それとお父様も非公式の場ですからベルと呼んでくださいな」
「ああ、すまない。
ではベルお前から彼に話してくれないか」
「はい、わかりました」
「あれは5歳になるという頃でしたか・・・
私は殿下の娘として何不自由なく暮らしていました。
次期王の娘として教育も受けさせて頂き、美味しいものを食べて、この暮らしがずっと続くのだろうと。
まだ5歳になる前ですからどこかに嫁ぐといったような話もまだなく、のんびりとしていました。
それがある日、轟音とともに覆ってしまったのです」
なんか嫌な予感がするな。
その轟音ってあれですよね。時期的にもあれしかないですよね?
「そう、城の壁が轟音とともに崩れ去ってしまったのです」
やっぱりか、俺は顔を伏せてしまった。
「顔を上げなさい、ルーデルハイン!
まだ話は終わっておりませんよ」
「その轟音を聞いた時私は恐怖に震え、この生活が終わってしまう恐ろしさに泣いてしまいました。
しかし、それと同時に私の中で何か忘れていたものがあったことを思い出しました。
それはすぐに鮮明になっていき、私の中で確固たるものになるまで、そう時間はかかりませんでした」
それって恐怖のあまり、思い出したってことだよね。
やらかしてるなぁ俺。
「そんな卑屈な顔をしないでよ、あなた。
そのおかげであなたとのことを思い出したんだから、そう悪いものでもないでしょ?」
ま、俺的には結果的にそうなんだが。殿下や周りの人には心配かけたんだろうなぁ。
「2、3日は悩んだんですけど、思い出したからには5歳児の口調なんてできませんし。
なにより子供で過ごすことなんてできっこないと思って、お父様に打ち明けることにしました。
お母様はたぶん思い悩んじゃうでしょうからね」
「そうだな、彼女には受け止められなかっただろう。
私だって受け止めるには時間がかかった。
自分の娘の中に別の女性の人生があるなど。
今思えばまだ女性で良かったとすら思う」
そりゃそうか、私は昔男でした。は、親としてはきついだろうな。
「聞くところによると、昔から王家の人間にはそういった者が生まれることが稀にあるそうで、おそらく初代王もそうだったんではないかと言われているの」
そうだろうな。俺も伝記を読んだが。そんな感じだったもんな。
「その時よ、ちょうどあなたが捕まって幽閉されたって聞いたのは。
どう考えても7歳の子供がそんな魔法を使えるなんておかしいじゃない。
これは間違いなく私と同じような前世の記憶を持った人間か、それに近いものだと思ったわね。
だってレーザーよレーザー。
そんなのこの世界の人間が思いつくはずないもの。
だってこの世界ってもう何百年もこんな中世みたいな世界で停滞しているのよ」
そうなのだ。結構古い文献を読んでも今の生活とたいして変わらない生活をしているのだ。
まるで何者かに発展を止められているかのように。
「なので、私はお父様にその子を助けるようにお願いしたの。
もちろん、王家や世界に仇なすような人間なら、違ったけど。
聞いたところ温厚そうだし。反省もしている。
じゃあ、助けて恩を売りましょうって思って。
ま、元々お父様は子供を殺すことには反対だったみたいだけどね」
「あの、殿下はどうだったんですか?
彼女の中に前世の記憶が残っていることについては」
「どうもなにも受け入れるしかないだろう?
否定しようにも記憶が消えるわけでもない。
私にできることは、できるだけ影響の少ないようにすることだけだ。
幸いだったのは、彼女は元々優秀だったこともあって事件の影響で大人びるのが早くなったと思われたことだな」
「そのことはどれくらいの人が知っているのでしょうか?」
「妻には私から少しずつ話した。
最初は不思議がっていたが、今は受け入れていて良い話し相手にもなってくれている。
あとは王だけだな。
王が誰かに話しているかまでは分からないが」
そうだったのか。あの事件の裏にそんな事があったんだ。
途中で国の方針が変わったのはそういう事情もあったのか。
「でも、あなたへの接触は禁止されていたわ。
どんな影響が出るかわからないし、あなたが本当にいい人なのか見極める必要もあったからね」
「はあ、わかりました。
そうだったんですね。ベルありがとう。君にも命を救われたんだな俺は」
「そうよ、感謝してよね。
その時は知らなかったけど、今度は勝手に死なせないからね」
俺の失敗で俺は死にかけたが、その事で俺は死ぬ運命から脱するきっかけを得たことになる。
不思議なことだ。
おかげでベルとすれ違う事もなくこうして今世でも会うことができた。
神様って本当はいるのかもしれないな。
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