戦闘前夜
ベルたちが帰ってから、しばらくしてふと我に返った。
ひょっとしてとんでもないことになってないか?
ベルって次の王様の娘だよな。中身はアレだけど、殿下はなんで理解できてるんだ?
あの時さらっと流したけれど、かなりやばい状態になってる気がする。
俺、消されるかもしれない、どうしよう。
賢者モードの俺は、お爺様たちの待つ休憩所に向かう。
休憩所にはサイアレス団長、ラースルフさん、お爺様。
あと数人の騎士が話し合っていた。
他の団員たちは、水浸しになった訓練場の片付けや王都の警邏などそれぞれの仕事に戻って行ったみたいだ。
俺に気づいたラースルフさんが声をかけてくれる。
「ルーデルハイン殿、本日の訓練は見事でした。
あれほどの魔法は聞いたこともありません。
今回は私たちが貴方の力を見誤っていただけです。
次からはこんなことにはさせませんので、安心してください」
おそらく俺が暗い顔をしていたから、訓練のことで殿下に何か言われたのだろうと思ったのだろう。
明るく励ましてくれていた。
「はい、ありがとうございます。
今日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「ルー君。あ、もうめんどくさいからルー君でいいよね。
助かったね水の魔法で。
ひどい惨事にならなかったのもそうだけど、この国は水の神アピト様の守る国だから。
団員達もアピト様の恩恵だってずいぶんはしゃいでたよ」
そっか、そういう理由だったのか。
水浸しにしちゃったのに、なんであんなに嬉しそうなんだろうと思ってたけど、そういう理由もあったのか。
「あと、君がいれば現地で水にも困らないことが十分にわかったからね。
水がない地域や水はあるけど汚れている地域もあるから助かるぞーって感じでね」
そういや一般の神職も水を魔法で出したら結構魔力使うって聞いたことあるもんな。
水はやたらと重いわりに、たくさん必要だからな。
遠征隊には喜ばれるってわけか。
「そうじゃ、みな水の神の御子だって嬉しそうにしていたぞ」
よかった、偶然かもしれないけど今度はみんなに嫌われないですんだ。
その日から毎日、騎士団に行き連携の訓練をする。
次の討伐へ備える。
訓練は順調そのもの。
火の魔法はまだ使っていない。万が一を考えてしまうから。
でも、あれやってみたいんだよな。
『今のはメラゾーマではない・・・メラだ』ってやつ。
あのシーンは興奮した。
あんなに魔王感出たシーンってなかなか無いからな。
もちろんやらないけどね。
お城からの招待というか呼び出しはまだ無い。
無くていいけどね。
ちょっとベルには聞きたいこともあるけれど、今じゃなくていい。
今の俺はルーデルハインだ。
前世のことは覚えているがそれだけのことだ、ベルとの事は今後どうなるかわからない。
あいつが言い出したら聞かないのは分かってるが、ベルとしての自分の立場もわかっているだろう。
そろそろ遠征の日が近い。
俺はサイアレス団長に呼ばれて、ブリーフィングルームで遠征の予定を聞くこととなった。
「今回の遠征はハイデルンの近くの公爵領だよ。
現地では公爵領の役人の人が案内してくれるから、先に寄る事。
相手はオーガの群れという事だ。
群れと言っても10体くらいだろう。
もしかするとルー君の出番はないかもしれないね」
よしよし、出番がないのが一番。
俺は初陣だからな。
「今回はルー君を入れて20名で行ってもらうよ。
戦力としては十分だと思うけど、気を付けるように」
「「はい!」」
出発の時間になった。
俺は緊張している。なんせ実戦なんて生まれて初めてだ。
前世ではただのサラリーマンだったんだから。
「ルーデルハイン君、緊張されているようだね。
まだ現地までは3日はかかるんだし、今は旅を楽しんだ方がいいと思うよ」
「はあ、実は王都から出て遠出するのも初めてなんです。
馬は昔、乗せてもらったことはありますけど」
「そうか、それはいいな。
君くらいの頃に生まれたところ以外を見ることができるなんて、いいことだと思うよ」
ラースルフさんに励まされて討伐隊は出発した。
今日はお爺様もいない。
みんな顔は見たことあって、中にはちょこちょこ話す人もいる。
だけど不安なんだよな。
道中の移動は快適とは程遠かったが、そこまで苦ではなかった。
なによりこれから先の戦いのことを考えて、それどころじゃなかったと言う方が正しかっただろう。
隊列は進む、目的地に向かって。
俺を戦いの場へ向かわせる。
公爵領は狭い。
俺の感覚ではあっという間に現地に着いてしまった。
ここからだとハイデルンの方が近いのではないだろうか。
ここから先は現地の役人が案内してくれるはずだ。
「お待ちしておりました、騎士の方々。
私がこの地を管理しておりますモーリスと言います。
よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。
私は騎士団副団長の一人でラースルフと言います。
早速で申し訳ありませんが、オーガの群れの情報を頂けますか」
「はい、ありがとうございます。
オーガの群れはここから10キロほど先に行った丘陵に現在は棲家を作っております。
今のところ家畜への被害程度で済んでおりますが、いつ住民へ被害が出るかと心配しておりました」
「それは心配だったでしょう。
数は10体ほどと聞いておりますが間違いないでしょうか?
あと、大きな個体など特徴のあるものはいますでしょうか?」
「そうですね。数はそれくらいだと思います。
大きな個体は聞いておりませんね」
「わかりました。ありがとうございます」
ラースルフさんは情報が正しくて少し安心したようだ。
これで変異種などいたら戦術を練り直さなくてはいけないからな。
「我々はこれからさっそくですが、現地に偵察に向かってみます。
その報告次第ですが、討伐自体は明日行う予定としております」
「承知いたしました。何卒お願い申し上げます」
「よし、では偵察に2名向かってください。
我々はここで野営の準備をしましょう」
この近隣の村は規模が小さくこの人数の騎士を受け入れられそうになかった。
村でテント張って過ごすなら、ここでも同じことなんだろう。
「あのー、食事や水はどうされますか?
ここからだと水場も遠いですし、もう少し村の近くでもいいのでは?」
「いや、我々には今回優秀な神職がついてきてくださっています。
水の問題はありません。食料はそうですね。
一応持ち合わせてはいますが、肉など生物が頂けるのであればありがたい」
「それは素晴らしい。水を運ぶのは一苦労ですからな」
モーリスさんはそう言って、村に食料をとりに行ってくれた。
今日はここで野営するのか。
ここ何日間かの旅で普段使いの水と火の扱いにはすぐに慣れることができた。
ほんの小さな力でいいので、アピト神の名に火をと言うだけで済むから、簡単なものだ。
実際はそれもいらないんだけどね。
俺が規格外ってことはみんな理解しているので、神の名だけでいいのだと思っているのだろう。
野営の準備をして、食料を持ってきてくれたモーリスさんに丘陵周辺の地理を確認する。
しかし、オーガの群れが丘陵周辺を改造しているらしく、あまり意味がないかもしれないと言う話だった。
野営の準備が整ったころ偵察に言っていた2名の騎士が返ってきた。
「どうでした?情報と違うところはありましたか?」
「いえ、数、特徴共に情報通りでした。
オーガは丘陵の南側に住みついているようですので、ここからだと丘陵の反対側になります。
大きく迂回していかねば丘陵の上で見張られていたら、待ち伏せをされる恐れがあります」
「そうですか、オーガにもそれくらいの知性はあるでしょうね。
では、明日は西に大きく迂回してから突撃するとしよう。
10名ずつの2隊に分け先行隊が敵をおびき出してから、後発隊を突入させます。
後発隊はあまり早く出すぎ無いように。
数が多いとみて散り散りに逃げられる可能性がありますので」
明日の作戦も決まり、今日は早めに解散となった。
解散と言ってもみんな一緒にいるんだけどね。
もちろん周辺の警戒は怠らないようにしている。
俺はこの遠征隊の指揮官でもあるラースルフさんと一緒のテントにいた。
「さて、明日のことなんだが。
ルーデルハイン君、君はどうしたい?」
「どうしたいって、俺の出番なんかなさそうなんですけど?」
「普通に行けばそうだろうね。よくある討伐だと思う。
でもこれは君の初陣だ。
ある程度花を持たせるのが騎士団では慣例となっている。
最初に武勲を上げさせて自信を持たせる意味もあって、一番槍だったり、強そうな敵の止めを任せたりね。
みんなもそのつもりだと思うよ」
「そうなんですか。緊張ばかりして武勲なんて何も考えていませんでした。
私はこれから国のために魔物を狩りまくるんですから、別に気にしなくてもいいですよ」
「そういうわけにはいかないよ。
ジルベルト様にも、戸籍上のお爺さんにも頼まれてるしね。
君が武勲を上げられるようにって」
そうなのか、後押しされてるってことなのかな。
早く認めて貰えるように。
「わかりました。
では、明日は私に任せて貰ってもいいでしょうか?
無茶はしません。
敵の群れを見つけたら、牽制の魔法を放つようにしますから」
「そうですか、わかりました。
では、明日は先発隊に同行してください。
魔法を詠唱しつつ接敵して、敵が気付いたら魔法を放ってください。
くれぐれも軽くでお願いしますよ」
そうして、戦闘前夜は終わったのであった。
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