騎士団長室にて
翌日から空気が変わった。
俺に対する扱いが顕著に変わったわけではない。
何というかみんなの雰囲気や見る目が変わったと言う感じだ。
これがお披露目の効果なのか。
俺はいつものように先生と一緒に魔法の訓練をして、語学の勉強をする。
「ルーデルハイン。いや、ルーデルハイン殿。
明日より貴君は騎士団に行き、騎士たちと魔物討伐の任に着いてもらいたい」
「先生。いきなりかしこまられると気味が悪いです。
任務の件はわかりましたので、これまで通りにしてください」
「ふう、君は本当に分かっているのかね。
昨日で君の罪人としての処遇は終わった。
これからは一人の貴族として扱われるという事だぞ。
もっと喜んでもいいのだぞ」
「いや、扱いが変わるのはうれしいんですけど。
先生にまで他人行儀にされると、なんというか寂しいじゃないですか」
「まったく。
本来君は名門貴族の子弟なのだ。
ましてや今回の件で特に王家に連なる者としての扱いを受けるようになったのだ
そのような者をこれまで通りに扱えるわけがないであろう」
おお、いつの間にか罪人からステップアップどころか、二階級特進並みに扱いが良くなってるじゃないか。
でも他のみんなはそこまでではないから、やっぱり先生が堅苦しいだけだろうな。
「とにかく、明日から騎士団本部に行ってくれ。
私との授業は継続するが、基本は騎士団での任務が優先になる。
よろしいか?」
「はい、わかりました」
翌朝、いつもより早くに目覚めた俺はなんとなく部屋の掃除を始める。
別に今日明日に出ていくわけではないが、そんな気分になったのだ。
試験中に急に部屋を掃除し始める学生の心境に近いかもしれない。
「ここにいられるのも、もしかしたらあと少しなのかもな」
ここに来てからは、事件の件で落ち込んでいる暇はなかった。
たぶん先生が、余計なことを考えないようにしてくれていたのだろう。
目まぐるしく過ぎる日々のおかげで、俺の心も少しずつ平穏になっていったと思う。
先生にも幸せになって欲しいな。
いつか先生とロイスさんが結婚する日が来たら式にも出席したい。
子供にも会ってみたいな。
先生はイケメンだし、ロイスさんも美人だ。
きっとかわいい子になるだろう。
お兄ちゃん大好きとか言われちゃったりして・・・。
いかんいかん、掃除だ掃除。
掃除を終え食事をとり、先生に行ってきますの挨拶をしてから出かける。
門番の兵士の人たちも俺が一人で出かけることに何も言ってこない。
俺は自由になったのか・・。
騎士団の駐屯所の場所は知っている。
昔、お爺様とランドさんに会いに行ったことがある。
見たことのある景色に懐かしさを覚えながら、敷地の門の前まで来た。
「すいません、今日からこちらに来るように言われたものですが」
「あー、はいはい。どちらさんでしょうか?」
当番の騎士の人が眠そうに聞いてくる。
夜勤だったのかな?
「ルーデルハインと申します。おじ、ジルベルト様にお繋ぎ頂きたいんですが?」
「ル、ルーデルハイン。
いや、失礼いたしました。少しお待ちください」
騎士の人は俺の名を聞いた途端、頭がフル回転したのだろうか急に背筋をピンとして慌てて確認の名簿を探りだした。
「確認できました。
だんちょ、いえ指南役殿を呼んでまいりますので。
ここでお待ちいただけますか?」
そっかお爺様は今は指南役だったな。
あの反応を見るとお爺様は団長として活躍してたんだなと思う。
少し待っているとお爺様が現れた。
後ろにいるのはランドさんじゃないな。別の人か。
「よく来られたルーデルハイン殿。
まずは団長に挨拶いただきたい。ご案内しますぞ」
ニコニコしながら挨拶するお爺様。
なんだかお爺様にこんな扱いされるのはむず痒いというか、なんというか。
「お爺様。ルーデルハインでいいですよ。他人行儀だと寂しいです」
まだ俺の孫パワーは使えるだろう。
俺は上目遣いで目をキラキラさせながらお爺様にお願いする。
お爺様は顔をしわくちゃにして満面の笑みを浮かべたが。
「いや、ここは騎士団だ。いわば公的な場である。
そなたはもうフルエンデ家を出て公の立場を得たのだ。
ならばそれ相応の扱いをするべきなのだ」
くっ、13歳はもうダメか。
いけると思ったんだけどな。
「はい、申し訳ありません。ジルベルト殿。
では案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ルーデルハイン。そんな呼び方を儂にするな!
泣いてしまうではないか」
「なんですか、お爺様。
今、お爺様がそう言ったのではありませんか!」
お爺様は情緒不安定でございました。
昨日の今日だもんな仕方ないか。
「ごほん、指南役殿。少し落ち着かれてください」
「あ、すまんな。ラースルフ。ちょっと取り乱したわい」
「失礼しました。ルーデルハイン殿。
私は副団長をしておりますラースルフと申します。
今日はよくお越し頂きました。
本日は騎士団長と会って頂き、そのあと午後に軽く実力を見せて頂きたく存じます」
「はい、わかりました。よろしくお願いいたします」
話をしながら案内してもらう。
駐屯所の中は外から見るより大きく感じる。
昔の記憶なら東京ドーム何個ぶんとかになるはず。
どれくらいかは知らないけど。
団長室の前に着く。
お爺様が勤めていた時と変わっていないんだな。
「団長、ラースルフです。ルーデルハイン殿をご案内して参りました。
入ってもよろしいですか?」
当然返事が来るものだろうと思っていたのだが、予想に反して扉がそのままガチャっと開いた。
中から見たことのある顔が覗く。
「いらっしゃい。
待ってたよ。どうぞ入って」
「サイアレス。
お前はもう団長になって何年になる?
もうちょっと威厳を持たんか?」
会話を交わしながら部屋に入って行くお爺様とラースルフさん。
多分いつもこんな感じなんだろうな。
俺も慌てて一緒に入る。
「団長の威厳なんてものが今の所、役に立った覚えはないですね。
ジルベルト団長がその分、団長っぽいからいいじゃないですか。
僕は別にいらないんじゃないですか?」
「まったくお前は。
今はお前が団長だろうが、いつまで団員のつもりだ。
儂のことは指南役と呼べというとるのに」
お爺様とラースルフさんがソファーに腰掛ける。
サイアレス団長はソファーではなく奥にある自分の執務机だ。
俺が所在無げにしていると、ラースルフさんが向かいの席を進めてくれた。
「公の場ではちゃんとしますよ。安心して下さい。
柄じゃないのは自分が一番わかってますからね。
団長が復帰されるまでの繋ぎと思ってますんで」
「無理だな。儂はもう団長になんてなるつもりは無い。
爵位も下がったし、せいせいしとるわ。
お前の方が爵位は上なんだから、しっかりしろよ伯爵様」
「ひどいなぁ。詐欺みたいなもんじゃないですか。
僕なんか家柄だけの人間ですよ。
まったく。
で、なんでしたっけ?」
「団長。今日からルーデルハイン殿がこちらに来てくれる事になりました。
次の遠征が来週なので、それまでにうちの隊員たちと連携の訓練が必要かと思います。
どうやって連携を組むか先に打ち合わせが必要かと思いまして参りました」
「ああ、そうだったね。
でも連携なんて必要なのかい?彼の魔法を使えば魔物なんか瞬殺だろ?」
「すいません。あの魔法は使用禁止になっておりまして。
普通の魔法で戦うことになると思うのですが」
多分あのレーザーの魔法だろうと思って俺は答える。
「なんで!?意味わかんないよ。
せっかく強い魔法があるのに使わないなんてありえない。
城のやつらは何を考えてるの?!」
「さあ、そこまでは私には分かりかねます。
あれは曰く付きの魔法だからじゃないですかね?」
「そうなのかな。あれからもう何年だ?いいかげんしつこいよな王家も。
あ、そうか許されたんだっけ君?」
「はい、貴族籍に戻ることになりました。違う家ですけど」
サイアレスさんは大領地ルーランドの跡継ぎで伯爵様だ。
俺も昔、何度かあったことがある。
その時はまだただの団員だった。
ルーランドは王都から西、公爵領を超えたところにある。
トーセンとの中間にあるが、丘陵や川があるので直接の道は今のところ作られていない。
なので経済的に劣っているかと言えばそうではなく、鉱山があるので潤っている。
お爺様が騎士団長を退任するとき、サイアレスさんは代替わりして領地を引き継いだばかりだった。
騎士団から退団して領地経営に専念するはずだったところを、家格が高いからと引き留めて団長になってもらったらしい。
この人にも迷惑かけてしまっているな。
「王家になるんだっけ?城でお披露目もしたし。すごいじゃない」
「あー、そうなるんですかね?
どうなんです。お爺様?」
「厳密に言うと王家になるが王族ではない。もちろん継承権などありえない」
いや、そんなもん欲しくなんかないですよ。
人並みに扱ってくれるのならそれでいいです。
「ただの貴族籍だと、他国から奪われる可能性があるからな。
教皇様の孫だけでは弱かったのだ。
これなら他国に行っても簡単には奪われない。王に話をせねばならぬからな。
英断だと思うよ儂は。王には感謝している」
そっか、教皇様の孫ってだけじゃ弱かったのか。
こんな人間兵器が他国に奪われて自国に使われると思ったら、そりゃそうするか。
「で、連携ってどうする訳?
他の魔法使いと一緒なら使い道少ないよ」
「あー、出力は大きくできるのでバリスタの代わりぐらいには使っていただけるかなと」
「それじゃ大型の時くらいだな。
範囲はどう?どれくらいなら大きくできる?」
「王都を呑み込むくらいならできますよ」
「おいおいおい、勘弁してくれよ。
俺たちだけにしてくれよ、そういうこと言うのは。
聞かなかったことにしとくからね」
「はい、すみません。ちょっと自由になって浮かれてました」
反省反省。言っていいジョークじゃなかったな。
「となると、殲滅にも使えますか。
ですが被害が大きくなりすぎますね。
ということは騎士達が追いこんでまとめて仕留める形になりますか」
「うむ、そうじゃの。
最近は数の多いまとまった魔物が出る。いいのではないか?」
「では、その方向で進めましょうか」
「オッケー。それでいいんじゃない。
あとは任せたよ、ラースルフ。俺は戦術とか苦手だからね」
「はい、わかりました。
指南役殿、あちらで次の訓練の打ち合わせをお願いします」
ラースルフさんとお爺様は別の机に向かい、駒を動かしながら戦術の確認を始めた。
俺も順調に育ってたらこんな感じで戦術の話とかしてたのかな?
「ねえルーデルハイン君」
「はい、なんでしょう?」
サイアレスさんが暇になったのか俺に話しかけてきた。
「君さ、なんか王太子に睨まれるようなことした?
今日君が来るって聞いたから午後から来るみたいなんだけど。
あの人、堅いから苦手なんだよね。責任取って君が相手しておいてね」
「えー、私もちょっと苦手なんですが。
別に何もしてないですけどね。
元々、王城壊したのを根に持ってはいたみたいでしたけど」
「んー、そんな感じじゃないんだよね。
あの人。立場で話すときはそんなこと言うと思うけど。
娘と年の近い子供の君を殺すのはおかしいって言ってたのもあの人なんだよね」
そうなのか、あの人も俺の命を救ってくれた人になるのか。
王太子ってのも大変なんだな、立場で話をしなければいけないのか。
王様と会ったあの時は、教皇様もいたしな。
「何しに来るんでしょうねえ?」
「さあねえ。碌なことじゃない気がするんだよなぁ・・・」
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