同行者
ハイデルンを出立する日
朝起きるとなんだかいつもと様子が違う気がした。少し屋敷が騒がしい気がしたのだ。
扉の外で言い争っているような声が聞こえる。
「こんな時間に何かあったのかな?」
俺は慌てて着替えて外に出てみる。
「ですから、私も行きます。
トーセンに着いて行くと言ってるではありませんか」
「エイル。何を言っているんだ。
お前はこのハイデルンの領主の娘なんだよ。
ましてやこんな時期に出かけるなど、危険過ぎて許可できないと言っているだろう。
わかってくれ」
「それでしたらお姉さまもトーセンの姫ではありませんか。
私と同じ立場でございます。お姉さまが良くてどうして私はいけないのでしょうか」
「ルナ殿はコジロウ様の元で鍛えて頂いている。
そもそもお前は旅などしたことないであろう。
それにこの間の襲撃はお前を狙っていたのかもしれんのだ。
お前を狙って彼らが襲われたらどうするつもりだい?」
「それは。困りますが。
あの、ファースト様が守ってくださいます!あの方と一緒なら大丈夫でございます」
「彼はまだ駆け出しの冒険者だよ。そこまで背負わせるのは酷だと思わないかい?
それに、たしかにエイルが狙われたら彼は守ってくれるよ。
それこそ彼の命にかけてね。
それでもいいのかい、エイル?」
「そ、それは困ります・・・」
どうやら伯爵様とエイルさんが言い争っていたようだ。
エイルさんがルナについて行きたいって、駄々をこねてる感じだな。
でも、理屈も弁も伯爵様の方に分があるので、これは無理だろうな。
そこで俺のが部屋から出てきたのに気が付いたのか。
二人とそれをはらはらした表情で見ている屋敷の人たちが一斉に俺の方を向いた。
中には俺のことを苦々しく思っているような視線もある。
どうなってんのこれ?
こんなタイミングで出てきたのがいけなかったのか?
もう一回寝に戻ろうかな・・・
「ファースト様。トーセンに今日出られるのでしょう。
私も一緒に参ります。お父様を説得してください!」
「いや、無茶言わないで下さい。
ルナについて行きたいのはわかりますが、伯爵様のおっしゃる通りですよ。
それにパーティーのリーダーはダーレスさんですから、私に決める権限はありません」
「それならダーレス様に仰ってください。エイルも連れて行くと!」
ふう、これは困った。
これは頭から否定するとこじれる感じのやつだな。
確かこんな時、師匠はまず受け入れるんだと言っていたっけ。
「エイルさん。私もあなたと旅ができたら素晴らしいと思います」
「でしたら!」
で、ここで相手を気遣いながら自分の話を入れて無理だと伝えるんだったな。
「だからこそ、今はあなたの身の安全が一番だと思っております。
ですが、伯爵も仰ったように。私にはまだあなたをお守りする力はございません。
私たちは必ずここにまたやってまいります。
伯爵様とあなたにお会いしに来るでしょう。
その時までお待ち頂けませんでしょうか?
私はトーセンで修業してあなたをお守りできるくらい強くなって帰ってきます。
その時またお気持ちが変わっていないのであれば、少しの旅ならご同行いたします」
「はい・・お待ち申しております・・・」
エイルさんはなぜか顔を赤らめて、嬉しそうに俯いてしまった。
あと屋敷の人たち、特に騎士の方々の視線が鋭くなっていく。
あれ?なんか変なこと言ったか?
強くなったら、護衛任務で雇ってくださいねってのを丁寧に言っただけなのに。
それから出立前に設けられた食事の席でもエイルさんの機嫌はよかったので、大丈夫だろう。
そしてハイデルンの領主館を揃って出立するときも、屋敷の人たちが見送ってくれた。
街を出るまでの道中、ルナが怪訝そうに俺に問いかけてきた。
「ファースト。あんた何を言ったのよ。
エイルさんがやけに赤い顔してあんたを見てたけど、なにかしたの?
あの子に変なことしたらぶっ飛ばすわよ」
「いや、エイルさんが着いてくるって駄々こねてるから。
また今度、強くなったら護衛で雇ってくださいねって事を言っただけだよ」
「ファーストはエイルを口説いてた。俺が守ってやるから待ってろって」
「いやいやいや。そんなこと言ってませんよ。
言ってないですよね?あれ?キキョウさん?」
えー、そんなことになるの?いやそれにしても俺だよ。ただの駆け出しの冒険者。
「もう!あんたはー!どうしてそんな気を持たせるようなこと言うのよ!
あんたはただの農民の次男坊でしょ!
大人しく修行してたらいいのよ!」
「へいへい。ちょっと言い方に格好つけちゃったかもしれません。すみませんね」
「はい、は一回!」
「おい、そろそろ門だぜ。ここに来たのはトーセンに行く馬車に乗るためだろ。
ぼちぼち休暇はおしまいだぜ」
ルクスさんはいつもの冒険者風の口調になっていた。
そうだ、やっと出発するんだ。
期間にしたら短かったけど、いろいろあったな。
エイルさんとの約束もあるし、またハイデルンに来れたらいいな。
門の近くの馬車の待合所でトーセンに行く馬車を探す。
どうやら直接行く便はこの時期はないようで、経由地で乗り換えて向かうことになるようだ。
馬車は10人ほど乗れる大きさで、御者は二人いた。
今回は同じ方向に向かう商人の馬車も一緒に向かうようで、護衛役としての冒険者の人もいるようだ。
基本的には馬車での移動は自己責任。
各領地の大きな街道を通ることもあって、頻繁に盗賊や魔物に襲われるということは無い。
盗賊だが、彼らは殺人のような重犯罪はほとんどしないそうだ。
重犯罪を起こすと領地の軍や騎士団に目を付けられる可能性があるし、盗賊のほとんどはその領地の農民であることが多いからだ。
この世界の農民は裕福なものばかりではない。
この国は比較的気候が安定しているので、収穫量も見込めるのだが、たまに不作が重なったりすると盗賊まがいのことをするものも出てくるようだ。
当然捕まると農民なのでその分領地の収穫量は減る。
しかし捕まえないわけにはいかない。
そうしたジレンマをどの領地も抱えてるってわけだ。
物語に出てくるような盗賊団はほとんどいないらしい。
人里離れたところに拠点を構えると魔物に襲われるからだ。
討伐は人が多いところからするのが当たり前だからな。
その分注意しなければいけないのは魔物による被害だ。
魔物は突然出没することがある。
だいたいが力の弱いものなんだが、たまに群れで出てきたり強い魔物が出没するときがある。
御者もそれなりの訓練は受けているようだが、対処できない場合が当然ある。
その時のために護衛役である冒険者を雇うというわけだ。
無事に何も起きずに目的地までたどり着ければ幸運。
単体の弱い魔物に数回遭遇するのが普通。
群れや強い魔物に出会ったら一目散に逃げる。
これがこの世界の移動の常識だ。
今回俺たちは馬車の客兼護衛ということで料金を割り引いてもらったようだった。
出発の準備が整ったようで、俺たちが乗る馬車を先頭に街を出る。
トーセンまではいくつか街を経由して約1か月くらい。
次の街のバスィアまでは10日ほどかかるらしい。
途中休憩で村や集落には寄る事もあるという事だった。
馬車での旅は快適だった。
ルナだけは修行にならないとぶつくさ言っていたが。
街を出ていくつかの村に立ち寄り、馬を変えたりしながら馬車は進む。
10日間そんな感じで進み、途中2回ほど狼の魔物に遭遇した。
ルクスさんの弓で一撃を加え、そのあと商隊の冒険者が止めを刺していた。
俺は出番なし。
それもあってか商隊やその護衛の冒険者の人たちとも打ち解けていた。
「いや、ルクスさんの弓は凄いですね。
ほんとにCランクなんですか?
俺たちも同じCなんですけどあんなきれいに弓を当てる人なんか見たことないですよ」
「俺たちは冒険者を休んでいた時期があったからね。
リーダーのダーレスはたぶん実力的にはAくらいはあるんじゃないかな?
でもまだ駆け出しのEランクになりたての仲間もいるし。
チームとしてはまだまだだよ」
「そうなんですね。やけにいびつな感じですが何かわけでも?」
「それは冒険者の秘密ってやつさ。あまり気にしないでよ」
「す、すいません。立ち入ったことを聞いて。
そちらはどこまで行く予定なんですか?
俺たちはネーアの街まで行くんですけど」
「トーセンまで行こうと思ってる。だったらもう少し一緒の旅になるね」
「それは心強い。正直俺たちだけじゃきつい場面もあるかもしれないと思ってたんで」
「はは、よろしくね」
この人はダミールさん。
商隊の護衛の冒険者パーティーのリーダーだそうだ。
ダミールさんのパーティーは4人で、剣士が3人とヒール役の神職が一人という編成だ。
途中に仕留めた狼の魔物の死体は、魔石を抜きだしたあと神職の魔法で焼いていた。
ベテランの冒険者のようで、魔石の抜き出しと、死体の処理の手際が早かった。
俺も冒険者なら勉強していかないといけないな。
ちなみに狼の魔物の魔石は1個ずつ分けることにした。
こんな感じで特に大きなトラブルもなく馬車は進んでいく。
そして予定通りの10日目の昼過ぎにバスィアの街に着いた。
馬車のメンテナンスや馬の交換などがあるので出発は明後日の朝になるという事だ。
馬車から離れ宿を探す。
バスィアの街はハイデルンと違いそこまで大きくは無く、宿屋はすぐに見つかった。
ダーレスさんたち一行がベルファスに向かう時に立ち寄った宿と同じところにするらしい。
そこまで立派な宿というわけではないがまだ新しい。
部屋にカギがかけられ、防音がしっかりしているというのがいいところらしい。
部屋はルナとキキョウさんで1室。
俺とルクスさん。ダーレスさんとドルガンさんで1部屋ずつ取り、計3室の個室をとった。
行きは男3人で1室だったのでダーレスさんとドルガンさんのいびきが酷く、ルクスさんは大変だったらしい。
地味に喜んでいた。
部屋に荷物を置いてくつろぐ。
明後日の朝出発なので今回は宴会はしないらしい。
ドルガンさんに飲ませると普段と違いやたらと喋るようになるというのだが、なるほどあの時あんなに喋っていたのはそういうことだったのか。
普段は寝てるんじゃないかと思うくらい静かだけど、いや寝てた時もあるけどね。
「ファースト君。やっとくつろげたね。
どうだい長旅は?思ってたよりきついだろ。
歩きの時と比べると格段に楽になったけど、座っているだけってのもしんどいもんだろ」
「そうですね。歩いている時は正直死ぬかと思いました。
それに比べると馬車は快適ですね。お尻は痛いですけど。
それ以外は体を毎日拭けないのはちょっときついかな。
でもルナやキキョウさんたちも文句は言ってないし。
俺がきれい好き過ぎるのかなって思ってます」
「あれは慣れだよ。俺たちも別に気にしていないわけじゃない。
でも水は貴重だからね。
神職に水を出してもらってもいいけど、そんなことに魔力を使っていざ何かあった時に魔法が使えないようになると本末転倒だしね。
君は水は出せるのかい?」
「ええ、一通り生活に使えそうな魔法は使えますよ。
ただ、俺の魔法というか力の使い方はまだ甘いところがあるので、普通に魔法を使うより疲労があると思いますね。
俺の師匠は感覚派の人で、魔力だけは多かったみたいですが、そこら辺の微妙な操作は適当な感じでしたし」
「だろうね。例の人だもんな。
普通に教えてくれるわけないか。残念。
今はまだ他の冒険者がいるから無理だろうなとは思ってはいたけど、
俺たちだけになったら、ちょっとくらい使ってくれるかなと思ってけど無理そうだね」
「すいません。使ったらたぶんしばらく動けないかもしれません。
師匠にもいつも使い方が下手だって怒鳴られてましたし」
そんな会話をしていると、部屋の扉をノックする音がした。
「誰だろう?ちょっと見てきますね」
ドアを開けて見るとそこにはダミールさんのパーティーの神職の人がいた。
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