魔王?
ルナと街を見てまわった翌日。俺はエイルさんに捕まっていた。
「ファースト様、昨日はどこへ行ってらしたんですか?
倒れられてからまだ日も経っていないではありませんか」
「いや、昨日はルナと武器を見に行っただけだよ。
別に動き回ったわけでもないし、せいぜい店でお茶したくらいだよ」
「そうですか。ルナお姉さまと。
では、わたしとはいつ行かれますか!?」
「いや、ご領主様のお嬢様と買い物はちょっと難しいんじゃないかな・・・?
ほら、もうすぐ俺たちはトーセンに行くし」
「だからですわ。すぐに行かないともう行けないかもしれないではないですか」
えーっと、どうしたらいいんだこれ?
貴族のお嬢様ってみんなこんな感じなのか?
俺はただの田舎もんの冒険者だよ。それも駆け出しの。
たぶん、領主の娘ってことで家から出ることもないだろうから遊びに行きたいんだろう。
「あ、そうだ。ジェリクさんとかに頼んでみましょうか。
護衛付きってことになっちゃいますけど、街を見てまわれると思いますよ。
あ、でも今は難しいか。
事件があってすぐだもんね。あの人も忙しいだろうし」
「もう!そういう事じゃありませんの!」
どういうことなんだよ?
「とにかく今は事件があったから難しいと思いますよ。
また、ハイデルンに来ることもあると思いますから、その時状況が落ち着いていたら行きましょうか」
「きっとですわ。約束ですよ」
「ええ、その時はどこか美味しいお店でも教えてください」
「はい!」
そのあと、皆がいる部屋に戻り一息つく。
「ファーストは罪作り。期待だけ持たせてひどい」
「いや、ちゃんと行きますよ。トーセンから戻って来てからになりますけど」
キキョウさんがそういう事じゃないと、首を振って呆れる。
なんなんだいったい?相手は伯爵様の一人娘だよ。
無下に断れるわけないじゃないか。
たぶん俺が街から出たらすぐに忘れてるよ。
「みんな揃ったな。
こんな事態になって足止め食らっているわけだが、せっかくなんでファーストに俺たちのことを話しておく機会でも持とうと思ってな」
「どうしたんだ、ダーレス?
トーセンに着くまでは詳しい話はしないと思ってたんだが」
ルクスさんが怪訝な表情でダーレスさんに聞く。
「ちょっと事情が変わってな。
と言っても大したことじゃないが。
ファーストには先に話しておいた方がいいと思ったんだ」
「そうですか。では私も口調を戻しておきますね。その方が話しやすいですし」
ルクスさんの口調が俺と戦った後の口調になってる。
いつもの飄々とした口調もいいけど、こっちの方が素なのか。
「ああ、でもお前はどっちでもいいんじゃないか?
その軽い感じは昔のお前じゃないか」
「ひどいですね隊長。ま、そう言われたらそうなんですけど。
今はこっちでいきますよ」
「さて、何から話そうか。
おそらく察しはついていると思うが、ルナ様はトーセン家。辺境伯家のご令嬢だ」
「はい、それは知ってます。
知ってたけど、実感したのはここに来てからかな」
「そうか。トーセン家のコジロウ様の事は知っているか?」
「すいません。名前は最近よく聞くのでなんとなく分かってはいるんですけど。
ものすごく強い方だということくらいしか」
「そうだ。今はもうだいぶご高齢になられてはいるが、おそらくまだこの国ではかなう奴はいないと思うくらいお強いお方だ。
若いころに冒険者として名を上げられて、当時のトーセン伯の娘とご結婚されて仕官された方だ。
そのあとからもいくつもの戦いで功績を上げられ、トーセンの領地も広げられた。
いわば伝説の人だな。
お前も冒険者を目指してたんだから、名前ぐらい知っててもおかしくないはずだが?」
「うーん、親からも師匠からもそこら辺は教えて貰えてなかったですね」
「そうか。普通は誰かしらに聞くぐらいの人なんだがな。まあいい。
で、そのコジロウ様は身内だけの訓練だけでなく、実際に魔物と戦ったり各地を歩くようにとルナ様に指示なされたわけだ」
「ルナは、いやルナ様はそれでベルファスで冒険者をしていたと?」
「ルナでいいわよ!いまさら呼び方変えないでよ!」
「そういうわけだ。あと、呼び方はそのままでいいそうだ。
で、俺たちなんだが。
俺はトーセンの衛士隊になる。俺は8番隊の隊長だ。ルクスは副隊長だ。
ドルガンは12番隊の隊員。
キキョウは隠密隊になる。隠密隊のことはよく知らん」
「秘密」
「はあ、そうですか。
ダーレスさんが選ばれた理由はベルファスだからですか?」
「そうだ、エーリッヒは俺が昔、冒険者をしていた時の仲間だった。
あるきっかけがあってコジロウ様に紹介頂いた。
俺はトーセンに、あいつはギルドに入ったというわけだ」
「そのきっかけというのは?」
「それは話せんし、この件とは何の関係もない。
とにかく。
ベルファスならエーリッヒがいるから融通が利くだろうという事で、俺が供をすることになった。
ルクスは俺の副官だったし、ドルガンとキキョウは能力を考慮してという事だ」
「エーリッヒさんってまだ若いですよね?
ダーレスさんと冒険してたのっていつ頃なんですか?」
「ああ、あいつはエルフの血が入ってるから見た目は若いが結構な年だぞ。
と、いってもだいぶ薄いみたいだけどな。
歳は確か俺よりも上だったはずだ。
もう50は超えているんじゃないか?」
「そうなんですね。エルフに縁がある人でしたか。
やっぱりエルフの人って若いしかっこいいんですね」
「そういうことだ」
「で、俺はトーセンに一緒に行くことになったんですけど。
そこら辺の事情を教えて貰えませんか?」
「それなんだが、お前の強さは瞬間的なものだろ。しかもまだ使い慣れていない。
そこら辺がちぐはぐに見えてな。
コジロウ様の技も似たような感じなんだ。
それでお前がどこかの高弟の子弟かと思ったが、どうも似ているようで違う。
一度連れて行ってそこら辺を明らかにしようと思ってな」
なるほど、秘伝の技を使うやつがいるけどなんか違う。
気持ち悪い奴がいるからとりあえず暇そうだし連れていくかという訳か。
「それが、この間お前の師匠の名前を聞いただろ。
それでスッキリしたってわけだ。
スッキリと言っても、なんでわからんかったのかが分かっただけだ。
お前の力についてはさっぱりわからんままだからな」
「隊長。ファーストの師匠って誰なんです?」
「そうだな。この流れで話さないのもおかしいか。
だが、絶対に他言無用で頼むぞ」
「わかってますよ。よそで喋るようなやつはここにはいません」
「ルーデルハインだ。
ルーデルハイン・フルスエンデ。
あいつだよ」
「それは・・・、とんでもない名前が出てきましたね」
「ファースト!本当なの?
本当にあのルーデルハインさんなの?」
「うん、そうだよ。有名人みたいだねうちの師匠」
「有名人どころか、あれは一種の魔物だ。
魔王と言ってもいいかもしれない。
おっと、悪いなファースト。お前の師匠だったな」
「いや、いいですよ。あの人は本当にひどい人でしたから。
でも、そんなに凄いんですか?
この間、伯爵様とダーレスさんの話で魔物をいっぱい倒したってのは聞きましたけど。
村にいるときは俺には厳しかったですけど、普段は普通の人でしたよ。
まったく神職っぽくは無かったですけど」
「隊長はたしか一緒に討伐にも参加したことがあるんですよね?」
「ああ、あれは東の方の領地の魔物討伐だったな。
当時、コジロウ様についてトーセンの衛士隊で参加したときのことだ。
恐ろしい数の魔物がいたのを覚えている。
全員死を覚悟したくらいだ」
「聞いたことがありますね。『東の事変』でしたっけ?
あれってそんなに凄かったんですか?
記録ではそこまで多かったとまでは書いてなかったと思うんですが」
「ルーデルハインが関わったからだ。
あいつが無茶苦茶やったから、他国に知れないようにそこら辺を調整したんだろ。
クソみたいな話だがな。
当時は国が滅びるかどうかってくらいの出来事だった。
あいつの功績を消したかったんだろ。詳しい事情は知らん」
「無茶苦茶って何をしたんです?王族をぶん殴ったとか?」
「そうだったらスカッとするがな。
あいつは一人で倒しちまったんだよ。その魔物の群れを。
見渡す限りにいた何万という魔物をそれも一瞬でな」
「例の魔法ですか?あの城をぶっ壊したってやつ?」
「いや、違う。聞いていたそれではなかったと思う。
当時俺はコジロウ様について作戦本部にいた。
この先どうするか皆が頭を抱えているところだった。
明日にでも魔物の群れが動き出すんじゃないかとみんな恐れていたな。
そんな時だ、あいつはひょっこりと作戦本部に現れて
『めんどくさいんで、吹き飛ばしていいですか?』
と言い出した。
みんな、そんな言葉を真に受けてはいなかったが
『できるもんならやってみろ』と。
その時の総大将だった今の王に、当時はまだ王子だったがな。
言われて出て行った。
それから30分くらいだったか、恐ろしい爆発音が聞こえたかと思うと。
『終わりました~』って戻ってきやがった。
皆、半信半疑で確認しに行ったら魔物の群れが跡形もなく消えていたんだよ。
信じられるか?
バカでかい穴が魔物の群れの中央付近だったと思われるところにあって、
そこから円周上に魔物の死体が散乱していた。
バカバカしい話だ」
「そりゃ凄い話ですね。話したのが隊長でなかったら信じてませんよ」
「そうだろ。とにかくそういやつだお前の師匠は」
師匠らしいというかなんというか。
とにかくやばい人だったんだな。うちの師匠は。
「ということで、お前の力がルーデルハインと同じとは思えんが、あいつに教えて貰ったのは事実だ。
管理するというわけではないが、その使い方と制御の仕方を学ぶためにもあらためてトーセンに着いてきてほしい」
「わかりました。
師匠の話は正直びっくりしましたが。
あの人だったらやりかねんなというのが感想です。
俺はそんなやばい魔法は教えて貰ってませんが、力の引っ張り出し方は教えて貰ったので、コジロウ様のところで修業させてもらいます」
「ああ、よろしく頼む」
「で、うちの師匠は放っておいていいんですか?
俺なんかよりやばいのは師匠でしょ?
そっちを連れて行った方がいいんじゃないですか?」
「あいつは教会の庇護下にいるからな。
庇護下と言っても、それこそ管理されている兵器みたいなもんだ。
接触を持つことすら危険視されると思う。
おそらくお前の村にもそれとなく監視の人間がいたはずだが気付かなかったか?」
「いや、まったく。平和なもんでしたよ」
「そうか、そこを探っても仕方ないな」
「ファーストはその師匠と同じく、神職になるの?」
「いや、今のところはそんなつもりは無いよ。
トーセンに着いたら一応登録だけはして、あとは剣の修行をして剣士になりたいな。
だって師匠みたいな魔法が使えないんだったら、剣士の方が強いもんね」
「そうね。一緒に頑張りましょう!」
その日の話はそこで終わりになった。
さ、明日は出立できるかな。