デート?
翌日、俺は街中の公園で待たされていた。
何時に出かける?と話をしていたのに
「あんた何言ってるの?待ち合わせするに決まってるじゃない!」と、わけもなく怒られてしまった。
ルクスさんが呆れた顔で首を振るのを見て、そういうものかと諦めた。
あらためて待ち合わせ場所を決めたというわけだ。
ポンっと肩を叩かれ「お待たせ!」という声に振り向いてみたら、白いワンピースにカーディガンという姿になったルナがそこに立っていた。
ロングの金髪をカチューシャで留め、いつもとは全く違う。いや真逆の装いの、いかにもお嬢様という姿になっていた。
「びっくりした。きれいだよルナ」
「な、なによ。当たり前でしょ!」
照れた表情を見せながらプイっと横を向くルナ。中身はそのままなんだな。
「しまったな。俺も服でも用意していたらよかった。
こんな格好じゃ一緒に歩くの恥ずかしいよな」
俺はいつもと変わらない、冒険者の姿だ。腰の剣もそのまま。
普段から軽装なので普通に街を歩くくらいなら問題は無いのだが、いかにもいいところのお嬢様となったルナの横を歩くには不釣り合い極まりない。
よく見えてお付きの護衛に見えるくらいだろうか。
「何言ってんのよ。そのままでいいのよ。
あんたがおめかししても似合わないわよ!」
ルナの言葉はきついが、その口調には俺を気遣う優しさが感じられた。
さっそく気を使わせちゃったみたいだな。
「では参りましょうか、お嬢様」
胸に手を当て恭しく頭を下げ、右手を差し出しエスコートをする。
「なに、似合わないことやってんのよ。普通でいいわよ。普通で」
「一度やってみたかったんだよ。
最初はどこがいい?腹減ってないか?一応ルクスさんに店くらいは聞いてきたんだけど」
「そうね。最初は武器屋に行きましょ!」
「いきなりかよ。いいのかその格好で店に行っても」
「いいのよ。私が行きたいんだから。恰好は関係ないでしょ。
ほらさっさと案内しなさい!」
「へいへい」
「はい、は一回」
そんな締まらない会話をしながら俺とルナのデートは始まった。
今は冒険者として活動はしているが、ルナはれっきとした貴族家の娘だ。
先日あんな事件もあったので、周囲の警戒を十分に行いながら移動を始める。
いつ、どこから敵が来ても対処できるようにしとかないとな。
いざとなったら俺が足止めしている間にルナを逃がすか。
いや、ルナは逃げないか。
となるといつでも力を使えるように薄く開いておくしかないのか。
今日は一日疲れそうだな。
「いきなり武器屋ってのもいいけど、軽く食事でもしていこうか」
「そうね。あそこの店なんてどう?テラスもあるみたいだしいいんじゃない?」
カフェっぽい店に寄ってフルーツのジュースを二つ頼む。
ここはパンにはちみつを練りこんで薄く焼いたものが名物なようだ。
それをルナのために一つ頼む。
「武器屋って言ってたけど、何か欲しいものでもあるの?
剣はあるだろうし、予備でも探すのか?」
「この間の戦闘で少し痛んじゃって。
ほら、あいつら魔法使いをかばって防御一辺倒だったじゃない?
受けられたから、剣を研いでおかないといけなくなったのよ」
ルナの持っている剣はトーセン風の刀になっている。
刀は切れ味は鋭いが、その分頻繁に手入れが必要になる。
ましてや盾で防がれたり、刃の部分を合わせたりすると欠けることもある。
「あー、そういやルナは刀だったな。でも今日は持って来てないだろ?」
「今日は下見ってとこね。
この街で刀の手入れができるかどうかわからないし、
できないのなら予備の剣でもみるわ。
別に刀しか使えないわけじゃないもの」
「そうか。腕のいい武器屋があったらいいな」
「うん、楽しみね」
武器屋を見てまわるのが楽しみなようだな。手入れできる武器屋があったらいいな。
でも明後日には街を出るんだけど、間に合うのかな?
たぶんトーセンの鍛冶屋の感覚で言ってるんだろうけど、ここはハイデルンだからな。
まあ無いならその時だ。
街は騒動が起きたからか、最初に来た時よりも人通りが少ないように見える。
それでもベルファスよりも人は多いのだからやっぱり都会なんだな。
いつかは王都にも行ってみたいが、まずはトーセンだ。
コジロウ様って人にも会ってみたいし、何より本格的に修行させてもらえるかもしれない。
店の代金をルナが払おうとしていたので、俺が格好をつけて払ってみせる。
「いいのに、私の方がお金持ちよ」
「いいんだよ。そんな気分なんだ。気持ちよく払わせておいてくれ」
軽く食事を済ませたあと二人で肩を並べて冒険者向けの商店が並ぶ街を歩く。
目当ての武器屋だけでなく雑貨店なども見てまわりながらゆっくりと歩く。
何気ない話をしながらこんなゆっくりとした時間を過ごすのも悪くないな。
ただ会話の内容は先日の襲撃の話や国の対応について。
他にも道中に魔物に会った時どうするかなど、デートには似つかわしくない内容ばかりだ。
道行く人の中にはルナの美しさに振り向く人も結構いた。
ルナが辺境伯の娘だというのがバレているとは思わないが、貴族の子女に見える娘が不釣り合いな男を連れて歩いているのはやはり目立つようだった。
「ルナ。とりあえず、あの店に入ってみようか」
俺はルナを街の人に見せるのが急に惜しくなって、目についた武器と防具を販売していそうな店に誘った。
「いらっしゃいませ~」
店には客はおらず、カウンターに若い女性店員が一人いた。
奥の方で話し声が聞こえるので店主は商談中のようだ。
「割と品揃えが多いわね。ちょっと見てみましょうか」
「このエストックなんかルクスさんに似合いそうじゃない?
あの人こういった派手目の武器とか好きそうだし」
「そうね。あの人の好きそうな剣だわ。
ルクスは弓がメインだけど剣も上手いのよね。
筋はいいんだから、もうちょっと稽古を真剣にしたらいいのに」
「そういやダーレスさんたちとはどこで出会ったの?
みんな個性的だけど、全員がルナのお父さんの部下になるのかな?」
ベルファスを出た時に簡単に自己紹介的なことは聞いていたが、あまり突っ込んだ内容は聞いていない。
貴族家の事なので話せないこともあるだろうと気を使っていたのだが、まだ旅行気分だったのが正直なところだ。
だが、今回の襲撃事件で少し事情が変わってきたと思う。
俺もルナの家の事情に巻き込まれたというか、もうたぶん逃げられないだろう。
これからは遠慮も無くなってくるだろうし、俺もしないことに決めた。
「そうね。私から話すのがたぶん一番いいわね。これまで曖昧にしていてごめんなさい」
「いや、いいよ。話せない内容もあると思うし」
「でも、店の中で話すことじゃないわね。帰ってからにしましょ」
「そりゃそうか」
奥の話し声が近づいてくる。
どうやら店主が商談相手と店の方に出てくるみたいだ。
「いやー、イロスさん。今日は面白い話を聞けて良かった。
あなたもこんなタイミングにハイデルンに来て災難でしたな」
「そうですな。もう少しで出立できそうですし、こうやって新たな商談もできた。
ま、こんな時もあるのが商売ってやつですな。ではまた」
奥から出てくる人を見るとイロスおじさんだった。
そっか、出かけてるって聞いてたけど今はハイデルンだったのか。
「あれ?ファー坊じゃないか。
おっとファーストだ。すまんな、慣れてなくて。
で、なんでこんなとこにいるんだ?
ベルファスで頑張っていると思ってたぞ」
「おじさん。お久しぶり。
ちょっと縁があってトーセンまで行くとこなんだ。
ここには馬車の都合でね。
おじさんの店にも挨拶に行ったんだけど、おじさんいなかったからさ」
「そうかい。そりゃ悪かった。
おや、そちらのお嬢さんは・・・。
デート中かい。わるいね邪魔しちゃって」
「ルナと言います。ファースト君とは旅の道中で同じになりました」
「そ、そうなんだよ。
ルナ、この人はイロスさん。
俺をベルファスに連れてきてくれた人で、行商人をしているんだ。
地元の村にも来てくれてて、うちの家とも仲が良くてね」
「お前たちもこの間の騒動で街から出ずらいのかい?
武器屋でデートってのはちょっとアレだが、しっかりやれよ」
「あのイロスさん。
よろしければ少しそこのお店でお話聞かせてくれませんか?
ファースト君の田舎の話とか、彼何も教えてくれないので・・」
いや、別に隠してるわけじゃないんだが。
特に何もないんだよな。何か名物があるわけでもないし。
「ああ、いいよ。こいつは村でも変わったやつでな。
話なら山ほどあるぞ」
そんな事を言いながら、先ほどとは違った店に入る。
適当に注文をしながら、俺は気が気じゃなかった。
おじさん頼むよ。変なこと言わないでくれよ。
「そうなんだよ。
こいつは昔から頭はよかったんだが、ある日から裸で村を走り回ったり、ブツブツ言いながら村の端から端まで何日も歩き回ったりして。
みんな頭がおかしくなったんじゃないかって、驚いてな。
でも話してみると普通に受け答えする。
そのうちこいつは頭がいいが変人なんだって認識になった。
15になって村を出るって時も面白かったぞ」
俺は頭を抱えて下を向いて黒歴史を聞かされる羽目になっていた。
「ふふふ。そうなんですね。
彼、変わってますものね。でも頭は良いというか理解が速いというか冷めてるところがあって」
「そうなんだよ。
こいつは小さいころから村の役人や村長の仕事も手伝うし。
家の仕事も手伝うし、優秀な奴なんだ。
ただそれ以外が変わってるんだよな」
師匠との修行はおかしなものが多かった。本当に多かった。
でも、村の人は俺が師匠と修行してるなんて知らないだろうし。
はたから見ると奇行に見えてるのはわかってた。
「彼の家は農家なんですか?昔から続く家だったとか?」
「農家は農家だ。でもこいつの家も変わっててな。
20年位前に夫婦で村にやってきて住み着いたらしいんだ。
たしか村長の知り合いかなんかだったんじゃないかな?」
へえ、そうなんだ。知らなかった。
俺は昔からそこに住み着いていた代々の農家だと思ってたよ。
「親父さんはちょっと歳がいってたけど、母親はまだ若かったな。
こいつが家を出るときは泣きまくってたな」
「そうなんですね。家族に愛されていたんですね」
「親父さんは昔は王都にいたって言ってたな。
酒を飲んだ時にそんな話をしていたと思う。
きっちりした性格で村長にも役人にも気に入られて、すぐに村でも自警団の管理とか重要な役目を引き受けていたな。
実家かどっかから援助もあったみたいで割と裕福だったぞ。
村長ではないが村の顔役みたいな感じだった」
そうだ、うちの親父は剣もそこそこできたみたいで、自警団の発足当時は指導もしていたと聞いている。
でも事務方の方が性に合ってるみたいだったけど。
「そうなんですね。貴重なお話ありがとうございました」
「いやいや、こいつのことは頼んだよ。
わるいやつではないのは私が保証しよう。
だけど、ちょっと抜けてるところがあるからな」
「おじさんも元気でね」
「ファースト。またベルファスに戻ったら顔を出すんだぞ。
それと一度家にも顔を出しておけ」
「いや、まだ1年も経ってないよ!」
「そう言うな。会える時に会っておかないと後悔することになるかもしれん。
俺も行商なんてやってるからな、いつ何が起きるかわからん」
「わかった。ありがとうおじさん」
店を出ておじさんを見送る。
ちなみに刀の件だが、おじさんにこの街の武器屋の事情を聞いていた。
残念ながらこの街ではルナの剣を研げるような職人はいないという事だった。
「面白い人だったわね。あなたの話も聞けたし、今日は楽しかったわ」
「そっか、それならよかった。
結構時間も経ったしそろそろ帰ろうか」