それぞれの事情
騒動から3日、俺たちはまだハイデルンから出立できないでいた。
未だに領主館襲撃の首謀者が見つかっていないからだ。
襲撃に参加した賊は判っているだけでいるだけで26人。
それには俺とルナが倒した4人も含まれていた。
他にも数名逃亡したようなので30人以上は参加していたことになる。
これはかなりの人数だ。
だが、計画というにはあまりに杜撰に思える。
実際、門の方に詰め掛けていたのは町民や農民などばかりだった。
一部冒険者も混じっていたが、戦闘力の高いものは多くなかった。
おそらく門の方は揺動で、俺とルナの方に現れたやつらが本体だったのでは?というのが
大方の見方だ。
俺たちが倒した魔法使いたちの尋問だが、二人は拘束されて尋問に移る前に自死していた。
「エイル様の誘拐が目的だったのでは?」
「門に意識を向けさせている間に、屋敷を物色し火でも放とうとしたのだろう」
「背後から我々を襲うつもりだったのでは?」
「あの冒険者が目的だったのでは?」
など、騎士たちの間で様々な憶測が飛び交っていた。
門で捕えられた者たちは、領主が王に反乱を起こそうとしているという噂を酒場で聞き、その真偽を問い質しに来たと言っている。
戦争反対のデモを起こすつもりで来たのだが、伯爵が出てきた途端、誰かが騎士の一人に掴みかかりそのまま戦闘へとなだれ込んだようだった。
もちろん伯爵以下、そんな謀略などなされてはいない。
誰かが酒に酔った者たちを焚きつけてデモへと導いたようだ。
目下の捜索は酒場で扇動したものの行方とその背後にいるであろう組織の捜索である。
王都からも騎士団が来て、捜索を始めるという。
捜査の名目は襲撃犯の捜査協力という事だが、おそらく伯爵の反乱についての捜査もするつもりだろう。
これが王都とハイデルンの溝を深めるのが目的だったのだとしたら、首謀者の目的は半ば達せられたことになる。
実際、騒動は起きてしまったのだ。
王都への叛意があろうがなかろうが、ハイデルンの王都の守りの要という価値は下がってしまった。
伯爵の執務室。
久しぶりに守護騎士5名が揃ったのだが、再会を祝し、魔物退治の成果を語るいつもの穏やかな雰囲気ではなく、伯爵以下6名の顔は厳しいものであった。
「こんなことで痛くもない腹を探られるのはたまらないね。
我々は長く戦乱や謀略のない時代に胡坐をかいてしまっていたようだ」
伯爵は悔しそうに呟く。
「王都の守りの要であるハイデルンへの今回の襲撃は、国への反乱の兆しであると思われます。
昨今の魔物召喚騒ぎの件と関係あるがあるのではないでしょうか?」
「おそらくそうだろうな。
間違いなく王都とハイデルンの離間を狙っているのだろう」
「それくらいは王都も分っているだろう。
だが、分かってはいてもハイデルンの疑いが消えるわけではない。
一度疑われたのならば、それを無かったものにするのは容易ではない」
「今は粛々と捜査を続けるしかあるまい。
おそらく首謀者たちは既にこの地から離れてしまっていると思うが」
「そういえば、ダーレス殿たちはまだこちらにおられるのでは?
あの襲撃犯を倒した若者も」
「そうだ、まだ出立できないでいる。
明日は王都の騎士団から来たものと面会することとなっている」
「できれば会わせたくは無かったのだがな。
ルナ殿の身元を隠すわけにもいくまい。コジロウ様に迷惑をかけることになるやもしれん」
やっかいなことになるかもしれんと、伯爵は今日何度目かのため息をつく。
ファースト君と先に話せていてよかった。
ここで彼の師匠の名が出ていたら余計に面倒なことになっていたところだ。
翌日、王都の騎士団から調査に来たという騎士が俺たちを訪ねてきた。
「失礼、こちらに襲撃犯の撃退に協力された冒険者の一行がいると聞いてきたのだが、間違いないだろうか?」
「ええ、我々で間違いありません。
事情を聴きたいということを伯爵様から聞いております。
そうぞお入りください」
領主館の一室を借りて騎士を出迎える。
「では、失礼する。
これはっ!ダーレス殿ではありませんか。ルナ様もおられるとは。
なるほど、冒険者が領主館で歓待を受けていたと聞いて疑問に思っておりましたが、そういう訳でしたか」
「ああ、こちらにはトーセンへの馬車を求めて立ち寄ったところだ。
偶然伯爵様が知られたようで、ここで招待頂いていたというわけだ」
ダーレスさんが相手の騎士に答える。
「そうでしたか。
こちらへはどうして?王都から戻られる途中でしょうか?」
「いや、ベルファスの地で冒険者として腕を磨いていたというところだ。
かの地のギルド長には縁があるのでな」
「そうですか。なるほど、地竜の討伐はあなたたちでしたか。納得いたしました」
ルナは辛抱たまらなくなったのか、騎士に詰め寄る。
「今回の襲撃は明らかに王都の防衛への不信感を煽り、ハイデルンの動きをす牽制するものではありませんか?
王都の騎士団は裏にいるものを掴んでいるのでしょう!?
即刻その者を捕えて、王への叛意を吐かせればいいだけ!
このままではいいように国を乱されて、外患を招く事態になるだけではありませんか!
被害を被った領地の者を虐めて、真犯人を捕まえないなんて意味が解りません!」
「これは手厳しい。
ルナ様の言いたいことはよくわかります。
だが、その真犯人に繋がるものが無いのですよ。
今、動いても動いたものが逆に反逆に問われる可能性もあります。
私が来たのも、その手掛かりをつかむたためでもあるのです」
「なんてことなの!せっかく教会の尽力で一時は魔物の数が減ったのに。
それをいいことに悪さをしようとする輩がいるなんて、ぶった切ってやりたいわ!」
ルナの剣幕で、その場が静まり返る。
誰もが苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「で、俺たちはいつここを出立していいんだ?
トーセンへ早く帰らなきゃいけない事情があるんだが」
「そうですね。実は私が聞くことは特にないので、お引止めする理由はないんですが。
今、出立されるとあらぬ誤解を受けるかもしれない。
できればあと2日ほどお待ち頂ければ」
「わかった。今はただの冒険者だからな。
ただの冒険者がすぐに出ていくと不自然に見えるか」
「そういうことです。申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
騎士の人はそういうと軽く挨拶をして部屋を出て行った。
あと2日か。ちょっと時間ができちゃったな。
そうだ、ルナと街を見る話をしていたっけ。
「ルナ、せっかくなんだから街でも見に行かない?
ほら、着いたときに美味しい店を探そうみたいな話をしていただろ」
「そうね。3日もここにいて退屈だったもんね。そうしましょう」
「あ、それなら俺とキキョウも・・」
「あなたたちは留守番よろしくね!」
ルクスさんの提案はあえなく却下されたのだった。