師匠って?
騒動から4時間経ったころの深夜。
ようやく伯爵様と騎士隊の守護騎士3名が揃って顔を出しに来てくれた。
ちなみに騎士隊5隊の残りの2隊長は自分の隊と一緒に周辺の魔物を掃討する定期遠征に出ており、今回の犯行はおそらく騎士隊の人数が遠征で少なくなった時期を見計らっての計画的な犯行だったと思われる。
「ルナ殿、この度はご迷惑をおかけしました。
娘とうちの執事を守って頂いたそうで、感謝いたします」
疲れた表情を見せながら伯爵様が頭を下げてくれた。
「お守りすることができてよかったですわ。
せっかくできたお友達ですし。お力になれたようでなによりです」
「途中でダーレス殿が来てくれて助かりました。あの時はこちらの人数もまだ少なかったので押し込まれてしまうところでした」
「襲撃犯が何者か、分かったのでしょうか?」
「それについては騎士団に任せておりますので、まだなんとも。
だいたい目星はついてはおりますが、今はまだ憶測で話せる段階ではありませんので。
・・・ところで彼はまだ?」
「はい、まだ目を覚ましておりません。
特に外傷は無いので眠っているだけだとは思うのですが」
「そうですか、彼には恩ができました。
この家に縁もゆかりもない客人でしたのに。娘を守って頂いた」
「あの人はそんなこと気にしませんよ。
困ってる人がいたら見過ごせない人ですから。
私も一緒に戦ったとはいえ、彼に助けられました。
先の地竜の時のこともありますし、私こそ彼に返しきれない恩義を感じています」
ファーストは眠っていた。
騎士団が到着し、気が抜けたのだろうか。
あれからすぐに倒れるように崩れ落ち、そのまま眠ってしまっている。
伯爵とルナはファーストが眠っている部屋の方に自然と目をやる。
(不思議な人。あの魔法、事前に詠唱していたのかしら?
いえ、彼も剣士と戦っていたわ。そんな暇なかった。
彼にはまだ分からないことが多すぎるわ)
俺が目覚めたのは翌日の昼も過ぎた頃だった。
「ふぁああ。よく寝たな」
「よく寝た。ではないですよ。もうお昼でございます。
みなさん心配したんですよ!」
誰でしたっけ、この人?
なんか見たことあるような・・・・。
エイルさん?でしたっけ?ほんわか美人で俺を睨んでた人ではないですか。
なんでこの人がここにいるの?
「坊主、エイル様はお前を心配して付いていて下さったんだ。感謝しろ。
それとお嬢の機嫌がすこぶる悪いからお前は死ぬかもしれん」
「えーっと。どういう事なんでしょ?俺死ぬんですか?
せっかく賊を追い返したのに?」
「ファーーーーーースト!やっと起きたのね!! さっさとベッドから出なさい!」
部屋が騒がしくなったのを察知してかルナが部屋に飛び込んできて、叫ぶ!
なに?怖いんですけど。どんな状況これ?
「ファースト君、モテる男はつらいねえ。
わかるよ。わかる。俺も以前はそうだった。以前は・・・・」
ルクスさんがなぜか落ち込んでいる。ますます訳が分からん。
「ファースト倒れた。エイルが心配して夜通し付いてた。ルナはそれが気に入らない」
キキョウさん、簡潔に説明ありがとうございます。
「ファースト。さっさと起きなさい!
伯爵様にご挨拶してさっさと出発するわよ!」
「いけませんお姉さま!
ファースト様はまだ病み上がりでございます。
せめてあと1週間、いえ1か月は休まれないと!!」
なんか二人の目からバチバチ出てるんですけど。
仲良かったんじゃないですか、この二人?
それこそ俺がルナと仲良くしてたらエイルさんが怒るくらいに?
ドルガンさんはやっぱり部屋の隅で寝てる。この人大丈夫かな?
「ファースト、もう十分休めただろ。ちょっと昨日の話聞かせてくれねえか。
伯爵様も心配してらっしゃるから顔見せに来てくれ」
ダーレスさんがナイスタイミングで助け舟を出してくれる。
「はい、すぐ行きます!」
俺はベッドをさっさと抜け出して、隣の部屋に逃げるように出て行った。
後ろではまだルナとエイルさんが何か言いあってるみたいだが、聞かないでおこう。
「おお、ファースト君。
昨日は娘が大変お世話になった。本当にありがとう。
セバスも君にお礼が言いたいそうだ。聞いてやってくれ」
「ファースト様。昨晩はお嬢様と私を助けて頂きありがとうございました。
あの素晴らしい魔法。感服いたしました。心よりお礼申し上げます」
「いえ、無我夢中で。
お二人に怪我がなくてよかったです」
セバスさんのお礼が終わり、後ろに控える。
伯爵様がセバスさんに何事かを言い含めるように伝える。
承知しましたと簡潔に応えたセバスさんは、恭しく一礼してこの場を後にして行った。
この部屋には俺と伯爵様とダーレスさんだけが残ることになった。
「さて、この部屋には我々だけになりました。
内密の話をするからと、家の者も遠ざけております。
これで落ち着いて話ができますね」
「坊主、お前またとんでもないことやりやがって。
あの場にいたのが少なかったからよかったものの、下手したら大変なことになっていたぞ」
「えーっと、俺何かしましたっけ?」
剣士と魔法使いの二人を倒して、そのあと倒れちゃったんだよね?
あれか、エイルさんか。エイルさんが夜通しついていたってやつか。
「おおお、俺はお嬢様に。エイル様には何もしていませんよ。
ずっと寝てただけです。誓って何もしていません!勘弁して下さい!」
「エイルは君に恩義を感じて、付き添っていただけだのはわかっているよ。
それに部屋にはエイル以外にも人がいただろ。
君がエイルにそんな大それたことをしたなんて誰も思っていない」
「へ?そうなんですか?ではなんでしょうか?」
「お前は本当にちぐはぐな奴だな。
魔法だよ魔法。お前さん魔法を使っただろ?覚えてないのか?」
「あ、あー。そっちですか。
魔法ならこの前ダーレスさんとドルガンさんの治療にも使ったじゃないですか?
それがどうかしました?」
「マジでわかってないのか?
お前、瞬間的に魔法を使ったそうじゃないか?
それも無詠唱で。
氷の壁を作り出したと聞いてるぜ。
それがどんなことなのか理解してないのか?
理解してないんだろうな、こりゃ」
そうだった。師匠から魔法は適当に神様の名前を詠唱っぽく言っとけって言われてたんだった。
無詠唱とバレるとめんどくさいって言ってたな。
やっちまったけど、やらなきゃ死んでたし。
どうしようもなかった。
「ファースト君、あなたは神職の登録をされていませんね。
突然魔法が使える様になる方もいるので、それ自体は別にそこまで問題ではありません。
しかし、無詠唱となると話が変わってきます。
あなたはどこで魔法を学びましたか?
これはこの領、引いては国や教会にも関わることになります。
聞かせてくれませんか?」
困った。師匠の事言ってもいいんだろうか?
師匠は俺の名を出す時は覚悟しとけって言ってたな。
あれって無名の師匠だから恥かいても知らんぞって意味かと思ってたんだけど。
「坊主、お前は地元のクーリエ村だっけか、そこに師匠がいるって言ってたな」
「はい。クーリエ村の出身です。修行もそこでしました」
「イカレタ師匠で、イカレタ修行もさせられたって?」
「そうなんですよ!無茶苦茶な師匠で、まだ子供の俺を裸で森に放り出すような人なんです!
あ、靴は履いていいって言われましたけど」
「そりゃイカレてるな。
で、その師匠って人の名前までは聞いてなかったが、教えてくれねえか?
さぞ名のある人かと思うんだが」
「いや、師匠は自分は大したことないって言ってましたよ。
俺より頭いい奴も強い奴もこの世には山ほどいるって。
俺なんかゴミみたいなもんだっていつも言ってました」
「ファースト君、その師匠の名は?」
「えーっと、いつも師匠って呼んでたからなぁ。
たしか、ルー・・・ルーデルハイン。
そうだルーデルハインって言ってました」
師匠の名前を口にしたとたん、二人の顔が強張った。
え、なに?どうしたの?二人とも。
「坊主。お前はとんでもないやつの弟子だったみたいだな。
信じられねえ。まだ生きてたのか。とっくに死んでると思ってたぜ」
「ファースト君。その名前は私たち以外に誰かに言いましたか?」
「いえ、師匠の名前なんか村を出てから初めて口にしました」
「そうですか。そういうことですか。
それで納得がいきました。
彼が弟子をねえ。
今、彼は30歳くらいですか。さぞ見違えているでしょう」
「伯爵様は師匠をご存じなんですか?」
「知ってるも何も、彼ほどの有名人はいませんよ。
幼いころはいろいろありましたが、教会に入ってからの彼は凄まじかった。
魔物の討伐に関わったことのあるものなら、彼の凄さと恐ろしさを知らないものはいません」
「魔物を狩りつくして暇になったから何をしているのかと思えば、田舎で教師の真似事をしてたのか。
ファースト、お前の村は教会と縁でも深いのか?」
「いえ、そんなこと無いですよ。師匠が来るまで教会も無かったですから。
昔はあったみたいですけど、長いこと来てくれる神職さんもいなかったみたいですし」
「クーリエ村ですか。
あそこはたしか旧フルスエンデ家の領地の端の方になります。
おそらく旧臣の縁か何かでしょう。
事情の分かる場所で、教会の目も届き、王都とも程よい距離があります。
そんなところでしょう」
伯爵様とダーレスさんはなんか知らんが納得してくれたみたいだ。
師匠って有名人だったんだな。
「ファースト君、無詠唱のことはくれぐれも口外しないように。
余計な危険を呼び込みます。
もちろんあなたの師匠のことも 。わかりましたか」
「は、はい。わかりました。絶対に口にしません」
いきなり怖い顔をしないでくださいよ。
柔和な伯爵様に凄まれるとめちゃくちゃ怖かった。
「ダーレスさん。コジロウ様はこのことは?
いえ、何もご存じないと思います。
これは早めにトーセンまで行った方がよいでしょうね」
「そうですね。エイルが彼に興味を持ったみたいなので、親としては複雑なのですが」
いやいや、俺は農民の次男坊ですよ。今はしがない冒険者ですし。
エイルさんなんて高嶺の花どころか自殺行為ですがな。
そういやルナもいいところのお嬢様だったな。
俺なんかじゃ釣り合わないか、そう思うと気が沈んできた。
「おや、その顔。
どうやら身分差が気になるようだね。
この国は比較的そこらへんは厳しくないと言っても限度は確かにある。
しかし、コジロウ様は一介の冒険者だよ。
確かにあの人は英雄だが、そこまでならずとも魔物討伐などで騎士爵はもちろん準男爵にもなれる国だ。
ダーレス君もこう見えて準男爵だしね」
「俺を引き合いに出すのはやめてください伯爵様。
それに俺はそんな柄じゃないんで。
でも、坊主。お嬢やエイル様との縁が、お前のやる気になるのなら頑張ってみろ。
爵位を持っちまえばあとはお前の頑張りしだいだ」
そっか、そういう道もあるのか。
めちゃくちゃ道は遠そうだけど、頑張ってみるか。
女の子が理由って言うのはちょっと情けないけど、今はそれでもいい。
まずは爵位をとる。
そして、いつか振り向かせて見せるんだ。