襲撃
ハイデルンの領主館。
「よくお越し頂いたルナ殿。
長旅の途中と聞いております、さぞお疲れでしょう」
「お招き頂き、ありがとうございます伯爵様。
突然の来訪にも関わらず、このような歓待を受け感謝の念に堪えません」
格好はいつものままだが、そこには貴族の淑女であるルナの姿があった。
彼女も辺境伯の父を持つれっきとした貴族の娘である。
こういった場の作法も学んでいる。
後ろに控えるダーレスも、いつもの冒険者のような振る舞いは鳴りを潜め、貴族家に仕える武人として堂々としていた。
「なにぶん王都から戻ってきたばかりで、大したもてなしもできませぬが、歓迎の食事を用意させて頂いております。
供の皆様も後ほどこちらに参られると聞いておりますので、ご一緒に旅の話でも聞かせてください」
「ありがとうございます。
伯爵様もお元気そうで何よりですわ。
お父様からも伯爵様のお話はよく聞かせて頂いております。
お体の事を心配しておりましたので、そのうち手紙でも送って頂けませんか」
この領主館の主であるハイデルン伯爵はルナの父と貴族学校で同級だった。
彼は生来より体は強い方ではなく、その分学問に秀でていた。
特に経済学を好み、それが今の自領の発展の成果へとつながったのだろう。
ルナの父はコジロウの薫陶よろしく、貴族学校でも訓練ばかりして武に偏っていた。
時には危ないこともしていたようだ。
相容れないと思われる二人であったが、馬が合ったのか友人として今まで長く付き合いがあった。
歓待の時間まで少し時間があるので、応接で引き続き話をする。
ルナと伯爵がソファーに向かい合って座り、ダーレスはルナの座るソファーの後ろに立っていた。
彼も伯爵に席を勧められたのだが、従者としてふるまう事を選んだらしい、やんわりと断っていた。
「いつ来てもこの街は活気があって素晴らしいですね。
騎士団も隊長の方々をはじめ、皆様ご活躍だと聞いております」
「私はこの通り、戦いのことについては全くダメでして。
騎士の経験も無ければ、戦地に赴いたこともない。いや、できないと言った方がいいか。
そんな貴族としては情けない男です。
先のフルスエンデ家の騒動の際に、コジロウ様に子弟をご紹介頂いていなければ今頃どうなっていたか。
コジロウ様には本当に感謝してもしきれません。
もちろんルナ殿のお父上にもね」
「祖父と父に言っておきますわ」
その時、部屋の扉が開き一人の女性が入ってきた。
「お父様、遅くなりまして申し訳ございません」
「おお、エイルよ。よく来た。
ルナ殿、いきなりで申し訳ありません。こちらは私の娘のエイルと申します。
あなたにご挨拶させようと、呼んでおりました」
「エイルと申します。よろしくお願いいたします。ルナ様」
カーテシーを見せ、挨拶をする女性。
「ルナです。よろしくお願いいたします。エイル様」
「エイルは私が妻に先立たれてから男親一人で育ててきました。
情けないもので、女性同士の付き合いというものがわからず。
王都での婦人会にも参加していないので、同年代の友人と呼べるものがいないのです」
「二人は年も近いので良き話し相手になって頂ければと思いまして。
ルナ殿はご都合で貴族学校には1年しか通われなかったと聞きます。
うちの娘とは会う機会はなかったのでは?」
「はい、お父様。
私の方が学年が一つ下でしたので、ルナ様とは入れ違いになります。
ルナ様は学校を去られた後もその名が語られるほど有名なのですよ!」
(まずいわ、碌なことした覚えがないわ。
どうせ1年間だと思って上級生の男の子を殴ったり、授業で教官を倒しちゃったり。
語り継がれるほどの悪行なのね)
「ルナ様は、いじめられている女子学生の為に男性の上級生と決闘したり。
女子生徒の体を触ることで有名な教官を懲らしめて追い出したりと、女子学生の間では憧れの的だったんですわよ!」
(ええ、そんな風に伝わってるの?なんでそんな美談にすり替わってるのかしら)
「ほう、それは素晴らしい。
ルナ殿のお父上にも同じような逸話がいくつもあるのです。
いや、親子して学校の風紀を守る強い正義感には感服いたしますな」
(そんな話をお父様から聞いたことがあるわ。
でも、お父様と仲が良かったのならそれは真実ではないと知っているはずよね)
(もしかしたら。伯爵様がお父様の悪事を、上手に善行へとすり替えていったのかも。
間違いないでしょうね。懐かしそうに笑っていらっしゃるもの)
(ということは私の噂の真相もだいたい分っているってことか。ああ、恥ずかしい。
ダーレスまで笑って!もう。あとでお仕置きが必要だわ!)
そんな感じでルナは内心冷や汗をかきながら、夕食までの時間を伯爵とその娘と共に過ごしていた。
そこに執事よりファーストたちの到着を知らせる知らせが入る
「ルナ殿のお仲間が着いたようですな。ご紹介頂いけますかな」
「はい、是非。
エイル様。私は今、祖父の言いつけで身分を隠して冒険者として過ごしております。
祖父は私に身分を隠して過ごすことで、見聞を広めてもらいたいと考えているようで」
「素晴らしいお考えですわ。さすが剣聖と他国からも慕われるコジロウ様ですわね。
あの、それと私のことはエイルと呼んでください」
「あ、ではいきなりは失礼なのでエイルさんと呼ばせて頂きます。
私の事もルナで構いません」
「はい!ルナお姉さま!」
「お、お姉さま?
ま、実際私の方が年上なようなのでいいですが。
それで、これから私と共に冒険者として活動して頂いている仲間を紹介いたします。
といっても、大半はトーセンからの従者なので本当の冒険者ではないのですが」
「それは仕方ありませんわ。お姉さまに何かあったら大変ですもの。
で、大半と仰ったってことは従者でない方もいらっしゃいますの?」
「はい、ファーストと言いまして。まだ15歳で冒険者になったばかりの者がおります。
ちょっとした縁がありまして、わが領まで一緒に参ることになりました」
ちょうどその時、屋敷の者に案内されファーストたち4人が部屋に案内されてきた。
部屋に入ってルクスさんたち3人がさっと腰を折り挨拶する。
ファーストも慌てて、少しだけ遅れて挨拶をした。
「伯爵様、お招き頂きありがとうございます。遅くなりまして申し訳ございません」
「いや、あなたたちは騎士隊舎で事情聴取を受けられたと聞いております。
この地を預かるものとして、必要なことだと聞いてはおりますが、ご迷惑はおかけしておりませんですかな?」
「はい。トーマス殿に少しいじめられましたが、それ以外は特に」
「おい、ルクス」
「そういえば、トーマスはコジロウ様のところで修行しておりましたな。
積もる話もありましょうが、そろそろ食事の準備もできたころだと思います。
続きは食事の時にでも」
和やかな雰囲気で食事会は進んでいった。
俺は慣れない作法に悪戦苦闘しながら、料理を口に運ぶ。
一応師匠に食事作法も習ったけど、まさか使う時が来るなんてな。それもこんな早くに。
それにしても先ほどから伯爵様の娘からの視線が痛い。
俺がルナに気安く接しているのが気に入らないようだ。
先ほどルナのあまりの変わり様に驚いて、口をあんぐり開けていたところ。
ルナから
「なんて顔してるのよ、これでも一応貴族の娘なんだから仕方ないでしょ!」
といったことを言われた。
逆にその切り替えに驚いたのが伯爵様の娘のエイルさんと言うわけだ。
自分の憧れのお姉さまが、どこの馬の骨とも知れない冒険者と仲良くしているのが気に入らない、といったところだろうか。
「旦那様。お食事中申し訳ありません。
至急、お耳に入れたいことがございます」
執事の人が食事中にもかかわらず、伯爵様に何かを耳打ちする。
伯爵の表情が強張り、皆にも緊張が伝わる。
「失礼。急用が入ったようなので、申し訳ないがこれで失礼させていただく。
エイル。あとは頼む」
伯爵様が扉を開けて出ていくと、そこには武装した騎士が数名いるのが見えた。
なんだか物々しかったな。何が起きたんだろう?
「失礼いたしました。食事を続けましょうか。
大丈夫です。当家の誇る騎士団がいますもの。
何かあったとしても皆様にご迷惑をおかけするようなことはないと誓いますわ」
エイルさんは気丈に父の代わりをしようと、務めて明るく振舞っていた。
その時だった。
遠くから争うような音が聞こえ、再び執事の人が部屋に飛び込んできた。
「申し訳ございません。正面の門から賊が侵入したとのことです。
エイルお嬢様。皆様ここは安全かと思いますが念のため奥に避難をお願いいたします!」
「お父様はどうなさったの!?騎士団は何をしているの!?」
エイルさんは混乱している。
無理もない、こんな状況など経験したことは無いのだろう。
お嬢様育ちには無理もない。
「エイルさん。私たちも応戦するわ! 執事さん。賊はどこ?!」
「お姉さまいけません!客人をそんな危険な目に合わせては当家の面目が!」
「お嬢はエイル様と一緒にいて安心させてやってくれ。
俺たちが行ってくるから。心配するな」
ダーレスさんが有無を言わさぬ口調でルナに宣言した。
他の3人も戦闘モードに切り替えたみたいだ。
「ファースト。お前はお嬢とエイル様と一緒にいてくれ。
何かあったらお前が最後の砦だ。
巻き込んじまって悪いが、地竜よりは楽だろ。頼む!」
ダーレスさんはいつもの片手で拝むポーズをして真剣な目で俺に言った。
「わかりました。必ず二人は守り抜きます。
みなさんも必ず無事に戻ってきてください。絶対ですよ!」
「ああ、行ってくる!」
4人は急いで戦闘していると思われる方へ駆けて行った。
「さあ、お嬢様。急いで移動してください。
旦那様は無事です。ですが敵はかなりの人数のためすぐに戻れる状況ではありませんでした」
執事さんが俺たち3人を案内しながら、状況を説明してくれる。
「賊の数は不明ですがかなりの数でした。今騎士隊舎に応援を呼びに行っています。
旦那様は現場で指示を出しておられます。
さ、こちらでございます」
その時だった、窓から数人の賊が飛び込んできた。
「きゃあ」
その場にしゃがみ込んでしまうエイルさん。
ルナと俺はエイルさんと執事さんをかばうように前に出て剣を抜く。
飛び込んできた賊は体勢を整えると、こちらに向かっていきなり切りかかってきた。
こんな時って『何者だ?!』とかって名乗りとかあるんじゃないの?!
いきなり攻撃してくるなんて、せっかちだな。
賊は全部で4人。
こちらも4人だが戦えるのは俺とルナだけ。しかも俺はルーキーときた。
やっばいなこれは。
敵の2人は剣をもって俺たち二人を相手している。
後ろの二人はどうやら魔法を使えるらしい。
神職ってことは無いだろうから、どこかの組織に匿われているモグリの魔法使いってとこか。
まずいな。簡単な魔法でもこの状況だったら有効な手段になる。
魔法使いは基本、戦闘には向いていないが相手が少なく、落ち着いて魔法が使える状況なら有効だ。
剣士の二人もなかなか手強い。
ルナはさすがに簡単にいなしているようだが、魔法使いを守るように防御一辺倒に戦われては簡単に突破できない。
その時、魔法使い二人のうちの一人の詠唱が終わった。
味方がいるのもお構いなしに炎を出して、俺たちに当てる気みたいだ。
味方もろともかまわず撃ってくるのかよ!
くそ!徹底してやがるぜ!
さすがに敵の剣士二人も自分ごと焼かれるとは思っていなかったのだろう。
チッと舌打ちをして少しだけ間を開けるようにして後ろに下がった。
そこに炎が迫ってくる。
猛烈な炎の勢いはまるで生きている様にうねり、避けた剣士二人を敢え無く巻き込んで、俺たちに迫ってきた。
俺は力を使うしかなかった。
体の奥の方にあるものを叩き起こすように。
見えない手でそこにあるものを引っ張り出すように。
「ちっくしょうがー!」
俺は手を前に突き出し。引き出した力をそのまま放出する。
間に合え!
力はすぐに変化した。
空気中にある水分を凝縮しただけでは足りないような水流が起き、それがそのまま瞬間的に凍結して俺たち4人と焼ける剣士の間に壁を作った。
炎は壁に当たりその勢いを無くして、消えていく。
なんとかなったか。けっこう深いところから持ってきたからキツイ。
「ルナ!」
「はい!!」
俺とルナは焼けて動けなくなった剣士を無視し、一気に魔法使いとの距離を縮める。
魔法使いの腕を切り飛ばす。
くそっ。生身の人間か。
躊躇してしまった俺は、剣の柄で魔法使いを殴り気絶させた。
ルナも同じように気絶させたようだった。
「二人とも大丈夫ですか?」
「・・・・は、はい。大丈夫です」
二人はいきなりのことに呆然としていた。
そらそうだろう。
今までハイデルンが襲われたっていうのは聞いたことがない。
たぶん戦闘を見るのもはじめてだったのだろう。
二人の様子をルナに任せ、俺は剣士の二人を確認する。
まだ火がチロチロと燃えているようだ。
丸焦げとはいかないが既に事切れたあとだった。おそらく窒息死だろう。
それからすぐに門の襲撃を収めた騎士隊が様子を見にやってきた。
ダーレスさん達も一緒だ。
「お嬢様。大丈夫ですか?!」
「は、はい。お二人に守っていただきました」
「ファースト。よくやった。
詳しい話はあとだ。もうすぐ騎士隊舎から本体が来る。
そうなったらさすがに次の襲撃は来ないだろうから、それまでの我慢だ」
「わかりました」
ルクスさんとキキョウさんが器用に魔法使いを縛り上げ、ついでに傷の手当てもしているようだった。
そのあと5分ほどで騎士隊の本体が到着したと知らせが入り、俺たちはようやく気を緩めることができた。