告白
「ルーデルハイン。明日から魔法の訓練を行うからそのつもりでいるように」
先生が出し抜けにそんな事を言い出した。
エーリッヒさんが来てから3日が経ち、その日の仕事が終わって夕食を取っていた時だ。
「はい、わかりました。
でも、私はもう魔法は使えますよ?」
「魔法は使えるだろうが、その正しい使い方を教えるという意味だ。
君の魔法は我々のものとは発動の仕方が違い、特殊なようなのでな」
「はあ。そうですか。
でもいいんですかね?私はまだ危険人物扱いじゃないんですか?
魔法の使い方を教えたとなったら、国が文句を言ってきそうな気がしますが」
やれ、またあの悲劇を繰り返すのか?だとか。
教会は国家転覆でも図っているのだろうか?だとか
未だにそんなこと言って、教会の利権を剝ぎ取ろうとしてくるかもしれん。
「事情が変わったという事だ。それもあまり良くない方向にな」
この間の石板の事だろうか?
うかつに時間が止まるとか言っちゃったから、教皇様が勘違いして大騒ぎしているとか?
「この間の石板のことが関係してます?
あれは単なる思い付きだったので、大事になったのなら申し訳ないなと思います」
先生は指でこめかみをトントンしながら、言うべきか言うべきではないか悩んでいるようだ。
「そうだな。関係していないとは言えない。
教会にいるはずなのに、君は神を信奉しているようには見えない。
なのに神の御業である魔法が使える。訳のわからない存在だ。
そんな君だが、神の名はどれくらい言える?」
しれっとディスられましたが、俺だって神様の名前くらい覚えているよ。
「えーっと。6柱神だけでいいですか?
水の神:アピト
火の神:ヘーリオ
風の神:リオテス
地の神:ゲーア
光の神:ペレーヌ
闇の神:エレーズ
になります。どうですか?」
「どうですか?と言われてもな。それくらい子供でも知っている」
いや、俺まだ子供なんですが。
「その神の名前が、私が魔法の使い方を覚えるのになんの関係が?」
「神の名も碌に知らない君が魔法を使えるというのが異常なのだよ。
通常、魔法は神の力を借り、それを具現化したものだ?
詠唱には神への祈り、そして神の名を宿した詠唱が必要になる。
これで分かっただろう。君の魔法は異常だ」
「はあ。たしかに私は神の名は知らないし、詠唱もしたことがありません。
でも別に先生の前以外で使うことも無いですし、大丈夫なのでは?
もう外で魔法を使うこともできないと思いますよ」
そうだよね?
俺ってこの教会に軟禁?されているみたいなもんだと思ってる。
たまに買い出しとかで出かけさせてもらうこともあるが、それくらいだ。
基本は先生や教皇様の指示が無いと外に出させてもらえない。
「事情が変わったと先ほど言っただろう。
君が変なことばかりするものだから、君を外に出さざるを得なくなってしまったということだ」
変なことってなんだ?
3段撃ちの事か?それともダウンジャケット?
あれは喜んでもらったな。俺的にはそんなに暖かくなかったけど、教皇様は喜んでた。
リュクサック?
あれは俺みたいな子供がお使いに行くのに、ただの袋でいつも行かせるから、苦肉の策で自分で作ったんだが、そういやあれから街でちらほら見かけるな。
ん-、あとはやっぱこないだの石板の話かな?
思ったよりあったな。3年でこれなら変なことばかりと言われても仕方ない。
でもそんなたいしたことではないぞ。
「いろいろ思い当たったようだな。国も君の優秀さだけは認めているという事だ」
なるほど。使える奴だし、大人しくもなった。
今度は国が俺を利用しようと考えているのかな?
あの時の贖罪のためにとか言われたら、教会も無下にはできないだろうし。
「それで外に出たら、一番目立ちやすい魔法を人前でも使えるように矯正するというわけですか」
「そう捉えて貰ってかまわない。不本意かもしれんが従ってくれ」
「わかりました」
ま、どっちにしろ俺には決定権なんてないし。
外で動けるようになるのならいい風に考えておくしかないな。
次の日から「ルーデルハイン君矯正講座」が始まった。
講師は先生と事情を知っている教皇様とあと2名の大司教の方々。
ちなみに仕事は他の司教さんに割り振られたらしい。
なんだ、そんなことできんの?
先生はなんでずっと一人でやってたんだろう?
俺は他の司教も手いっぱいで、仕方なく一人でやっているのかと思っていたが、そうでもないようだ。
何か事情がありそうだが、今はそれどころではないみたい。
俺の教育方針で揉めているらしい。
「私は反対です!
彼の良いところを潰してしまうおつもりですか?!
神の力の相互関係なく、しかも詠唱無しで魔法が使えるなんて。
これこそまさに神の御業ではございませんか!」
この人はマリナ大司教。
あの事件の時、一番熱心にあの時の俺のレーザーを神の御業だと言っていた人だ。
貴族の出身で、教会の外務局長。
普段は城との連絡役みたいな仕事をしていて教会には住んでいない。
たまに教会で会うこともあったが、
初対面時に俺に膝まづいて「御子様」とか言い出してたので、
世間の事情から俺との接触を極端に禁じられていた。
単純に怖いので、その対応には感謝したい。
やっと俺が認められる時が来たのに、実力を隠すなんてとんでもないということらしい。
おそらく俺が外に出られるように王城に働きかけたのもこの人だろう。
38歳だがもっと若く見える。20代でも十分通用すると思うよ。
美人だがヤンデレっぽいので、少年の俺としてはあまり関わりたくない。
「このまま彼を表に出してしまうと、無用の混乱を招くことになると思いませんか?!
あの時も、各地の領主、貴族からの突き上げ。
それに、他国への対応であなたも忙殺されていたでしょうに!」
この人はアケロン大司教。
教会の総務局長で、全体的な取りまとめと調整をされている人だ。
つまり、何かあったらこの人が一番貧乏くじを引くことになる。
そりゃトラブルは未然に防ぎたいよね。
「では、神のお力を体現するのを隠し続けて、まだ世間を騙そうというのですか?」
「それは言い過ぎではありませんか?!
彼の力がまだ神から齎されたものだと決まったわけではありません。
たとえそうであっても、認定が済んでから公表すればいいだけの事」
「いいえ、ルーデルハイン君は神の御子です。間違いございません!」
それってあなたの感想ですよね?的なことを言いだすマリナ大司教。
俺は面倒だから隠す方向でいいんだけどな。
これ以上、面倒をしょい込むのは勘弁してもらいたい。
「マリナ大司教。すまんが今回は折れてくれんか?
今一番大事なのは彼を今一度表舞台に戻すことだと思う。
それはそなたも分かっていよう。
一番に尽力したのはそなたであるしな」
「ですが。そうは言いましても私は悔しいのです」
「そなたの気持ちは分かる。
じゃが、今はこらえてくれぬか。
彼については国内はもとより各国の教会よりも、未だに保護の名目で身柄を渡せと言ってきておる。
そんな状況で火に油を注ぐこともあるまい」
教皇様が諭すように話す。
そんなことになってんの俺?
俺が街に出るときとか、教会の人や騎士団の人が着いてきているのは薄々感じてはいたけど、監視目的だけではなかったのか。
外に出られる機会が増えるなって軽く考えていたけど、なんか怖くなってきたな。
「仕方ありません。
わかりました。彼を他国に奪われるのを防ぐためですね」
マリナ大司教はまだ納得できてはいないみたいだが、俺が他国に狙われると聞いて妥協したみたいだ。
ひとまずこれからのスケジュールを大まかに決める。
その後で、それぞれの担当と日程の調整を始めた。
これって、俺がいる必要あるのかな?
「ルーデルハイン。お主は古代語が読めるな。
神聖文字も理解できとるようだ。間違いないかな?」
ここでその質問が来ますか。
どう答えるべきだ?
誤魔化す?嘘をつく?黙秘する?
いや、駄目だ。
この人たちは俺を守ってくれようとしている人達だ。
既にバレている事で嘘をついても、心証を悪くするだけで碌なことはない。
しかし転生してきました!てへっ。って言うわけにもいかないし。
「どうしたのじゃ?何か応えられぬ理由があるのか?」
「いえ。お答えいたします。
私は古代語と神聖文字、それを読むことができます。
私の知る知識では古代語は「日本語」と言い、神聖文字は「漢字」と言います」
「左様か。古代語は「日本語」と言うのか。
また新たな事実がわかったな」
「素晴らしい!やはり彼は神の使徒なのでは!」
「マリナよ少し黙っていてくれぬか。
興奮するのはわかるが、まだ聞きたいことがある」
「はい。失礼いたしました。続きをどうぞ」
教皇様は小さなため息をついて続ける。
「では聞かせてくれぬか。
お主はどうして古代語が読める?いや、その知識はどうやって得たのじゃ。
お主がこれまで齎した知識も、それに関係があるのか?」
「私の記憶といいますか。
私はルーデルハインです。それは間違いではございません。
ですが、幼き頃より私の中には別の人間の記憶があります」
「その記憶の持ち主が古代語を使用していた人物だと?」
「はい。私の知識はその人物の持っていたものです。
残念ながら、名前は覚えておりません。
以前はその人物の生まれ変わりかと、考えたこともありました。
それどころか、もしかしたらこの記憶の人物。
つまり私になりますが、私が赤ん坊のルーデルハインの体を乗っ取り、
ルーデルハインの人生を奪ったのではないかと考え、悩んだ時もありました」
「なるほど、しかし過去形ということは今は違うと」
「はい、勝手な話ですがそれも自分だといつしか思うようになりました。
私はルーデルハインですし、それ以外ではありません。
そう考えているうちにどうでもよくなりました」
「ふむ。そうじゃな。
儂らにとっても誰にとってもお主はルーデルハインじゃ。それは間違いない。
既にその生き様。有り様がお主を作っているからの。
それにそういった話も過去にないわけではない。
伝えられている英雄などは、皆そのような逸話を持っとるからの」
「私などは今の話を聞きまして、逆に納得ができました」
「私もです」
「私もです。やはりあなたは神の使徒なのよ。
この世に使わされた神の使徒なのよ。ああ、神よありがとうございます」
一人興奮して神に祈りだしているが。
けっこう覚悟して話したのに、あっさりな感じでこっちが肩透かしを食らったみたいだ。
「それで、これからなのじゃが。お主は何をするのじゃ?」
「へ、なにをって?魔法の練習じゃないんですか?」
「いや、そうではなく。
ほら、あるじゃろこの世界にない知識を持って生まれたのじゃ。
なにか使命を神から授かったとか、何か探さなければいけないものがあるとか」
「いえ、特には?しいて言えば、のんびり平和に暮らしたいなと」
「ほっほっほ。これはよい。面白いではないか。
心配するな。お前は誰の体も奪ってなどはおらん。
魂は間違いなくルーデルハインじゃよ。
魂は巡る。それはこの世界も他の世界も混然一体じゃ。
中に以前の記憶を持つものもおるじゃろう。そういうものじゃ」
それは教皇様が俺を安心させるためだけに言ったことかもしれない。
でも俺は救われた気がした。
俺はルーデルハインでいいんだ。
ルーデルハインで生きていいんだと。
もう吹っ切っていたと自分では思っていたつもりだったが、まだ見えないところにあったしこりのようなものが取れた気がした。
自然と涙が出ていた。